『 あたいはハーピー 』

著者:まきしゃ


第1部  大江戸幸福物語


    わんわんっ! ふにゃ〜〜っ! ちゅんちゅん、ちゅん…
  将軍綱吉の発した生類憐れみの令のせいで、町中には犬猫たちがあふれている、
  そんな今から300年ほど前、江戸の町人文化が華やいでいた元禄時代のおはなし…
   
  土鳩が群がる浅草寺の参道に、茶店を開いている一人の若い娘、お幸…
源さん 「よっ! さっちゃん、きょうも綺麗だねっ!」
「やっだ〜っ、源さん。 お世辞を言ったって、まけてあげないじゃ〜ん!」
源さん 「ちぇっ、だめか〜。 じゃ、いつものやつ、たのむよっ!」
「大福餅にお茶は渋めだったね。 すぐ出すから、ちょっと待つじゃん。」
  行商人の姿をした色男の源さん、どうやらお幸目当ての常連客のようだ。
   
「源さん、はい。 ところでさ〜、神隠しに遭った子供の噂話を聞いてきてくれたかい?」
源さん 「ぽつぽつと聞くこたぁ〜聞くんだけどな〜。 大抵は、たんなる迷子だしな。
  今日も、神田界隈でそんな話を聞いたけど、神隠しかどうかは、わかんね〜な。」
「そうかい。 でも、気になるから、あとで行ってみるじゃん。」
源さん 「幸っちゃんは、まめだね〜。 たしか、妹さんが神隠しに遭ったんだっけ?」
「うん。 だから、もしかしたら、身代わりで妹が戻って来てるかもしれないじゃん?」
   
   
  そんな話をしてる中、昼間っから酔っ払ってるチンピラが茶店に入ってきた。
チンピラ 「よっ! ね〜ちゃ〜〜ん。 かわいいね〜、俺と遊ばないかい〜?」
源さん 「この酔っ払いがっ! さっちゃんに、手を出すんじゃね〜っ!」
「源さん、こんな酔っ払い、相手にしなくていいじゃんっ!」
   
チンピラ 「ほんとは、相手してもらいて〜んだろ〜? うへへへ〜〜 うっ…?」
  パシッ! お幸にさわろうとして手を伸ばしたチンピラの手首を、軽く掴んだお幸
チンピラ 「は、はなせよっ!?」
  手首を掴まれたチンピラの顔が、強い痛みのせいで、みるみるうちに青ざめて行く。
  お幸を見れば、さほど力を入れているそぶりはないのだが…
   
「鷹っ! お客さんが、お帰りじゃんっ! 表まで、見送るじゃんっ!」
「へいっ! ネエさんっ!」
  お幸に呼ばれて、店の奥から出てきた鷹という名の男。
  精悍な体つきで、その目の鋭さは猛禽類のそれである。
  グイッ! チンピラの襟首を掴んだかと思うと、軽々と持ち上げて表に引きずり出してしまった。
   
源さん 「いつみても、すごいね。 鷹さんは…」
「あれぐらいしか、能がないから、たいしたことないじゃん。」
源さん 「あれだけでも、能があればたいしたもんだよ。 じゃ、俺はこれでっ!」
「どうもじゃん〜。 また、神隠しの話を聞いてきて欲しいじゃんっ!」
源さん 「ああ、わかってるってっ!」
   
  茶店を後にする源さん…
源さん (あの二人… ただものじゃないのだけは確かなのだが、いったい何者だ…?
  邪悪な波動を感じるのだが、それ以外は何もわからぬ…。
  神隠しにこだわる理由もわからぬ…。 何事もおこさなければ捨て置くのだが…)
  こんなことを考えてる源さん、あんたこそ何者?
  はい、源さんは幕府の隠密同心で、死して屍拾う者のないお人であります。
   
   
  一方、お幸は、あいかわらず茶店で他のお客の相手をしている。
  源さんのときと同じように、常連客には神隠しに遭った人の話を聞きまわっているようだ。
   
  ポ〜〜 ポ〜〜 ポ〜〜…
  茶店の店先に一羽の鳩がとまる。 お幸に、何か話しかけるようなそぶりをしながら…
「そうかい… やっぱり、迷子だったんだね。 ご苦労だったじゃん、また、頼むじゃん。」
  お幸がそうつぶやくと、鳩はバタバタと羽音を鳴らして飛び去っていった…。
   
   
  やがて、日暮れどきになり…
「やれやれ… 江戸は人が多すぎるじゃんっ。 人捜しは大変じゃんっ!
  もっと戦や飢饉が発生して、人間が減ってくれればいいのにっ!」
  恐ろしいことをつぶやきながら店じまいするお幸…
   
  そうは言っても、お幸…、いや、魔族ハーピーは、この生活が気に入っていた。
  若い娘の姿をしていれば、男たちがちやほやしてくれるからだ。
  一応、魔族のお偉いさんが出した通達、時空移動能力者の抹殺は、ここ数百年、
  ちゃんと捜して地道に殺して使命をはたしてきている。
  が、島原の乱以来の数十年、一人もそれらしい能力者を見つけられないでいた。
   
ハーピー 「鷹っ! 帰るよっ!」
「へいっ! ネエさんっ!」
  バサバサバサッ! 本来の鳥の姿に戻って上野の森の方に飛んでいく二人。
   
「ネエさん、時空移動能力者って、まだいるんですかね〜?
  ずいぶん殺してきやしたから、もうとっくに根絶やしになってるんじゃね〜ですかい?」
  何百年もハーピーにつきそってきた使い魔の鷹が、ぼやいている。
ハーピー 「あたいも、少しはそう思ってるんだけどね〜、お偉いさんもあいかわらず捜せっていってるから
  しょ〜がないじゃん? それに、これ以外の使命なんて、なんもないから、捜すしかないじゃん?」
  ハーピーの場合、これといってやりたいこともないので、時空移動者を根絶やしにするという
  上からの通達以外は、魔族らしいことは何もしていない。
   
「でも、他の魔族は、いろんなことをやってるみたいですぜ?」
ハーピー 「まぁね〜、人間を殺戮するために生まれてきたよ〜な魔族なら、いろいろするだろうけどね〜。
  人間が人間に恨みを抱いて魔族になったやつとかは、特にそうじゃん〜。
  でもさ〜、あたいは鳥類じゃん? 別に人間を殺すのはなんとも思っちゃいないけど、
  鳥たちがヒドイ目に遭ってなきゃ〜、わざわざ殺す必要もないじゃ〜ん?」
「まあ、そうですがね〜」
   
  バサバサバサッ! 上野の森にある自分たちの巣に戻って、羽根を休める二羽
ハーピー 「鷹、あんた、なんか不満がありそうじゃん? 言ってみるじゃん?」
「あっ、いえ… 不満ってほどのもんじゃねえんですがね…
  ここんとこずっと、昼間は人間に化けてるもんですから、羽根がなまっちまって…
  なんかもっと、こう、刺激が欲しいかなと…」
   
ハーピー 「そ〜ゆ〜のを不満っていうんじゃん! イヤならハヤブサと交代させたって、いいじゃん?」
「い、いえっ、めっそーもないっ! ネエさんのおそばにいるのが、あっしの役目だと思ってやすから!」
  お調子者のハヤブサに偉そうな態度をとられたくないので、あわてて否定する鷹。
  雑談はそれで終わり、鳥たちは静かな江戸の夜を迎え…… 静かな… いや…
   
  アオオ〜〜〜ンッ! アオ〜〜〜ンッ! ウニャンッ! ウニャニャァ〜ンッ!
   
  発情期の猫たちが、あちこちで声をあげている賑やかな江戸の夜を迎える…
ハーピー (あ〜もう、うるさいじゃん〜っ!
  毎年のことだからしょ〜がないけど、そんなに子作りしたいのかな〜?
  ……って、そ〜いえば…、あたいも男っ気がなさ過ぎじゃん〜?
  ん〜……  あたいに釣り合うような魔族の男ってゆ〜とぉ〜…
  アシュタロス様は、偉すぎて、おっかないしぃ〜
  ガキ姿のデミアンじゃ〜相手する気になれないし、ベルゼブルなんて鳥のエサじゃん?
  ウマ面のナイトメア? うげ〜〜、冗談じゃないじゃん?
  バンパイアハーフのピートは、色男だけど女に興味がないって話だしぃ〜…
  うぅ〜、こうしてみると、ろくなのがいないじゃん?
  やっぱ、恨みを抱いて殺されたどこぞの薄幸の美青年貴族が、
  悪霊化して魔族になるまで待つしかないのかなぁ〜〜〜?)
   
  一人でぶつぶつ言いながら、表情をころころ変えてるハーピーを見て、鷹が声をかける。
「ネエさん、どうかしやしたか? 何か考え事でも?」
ハーピー 「ん〜? 色男の魔族って、少ないなぁ〜って…」
「色男の魔族? ジークフロイドとかのことですかい?」
ハーピー 「おおっ! ジークがいたじゃんっ! ジークに決めたじゃんっ!」
「………、何を決めたんですか…?」
ハーピー 「そりゃあ、あたいの子作りの相手…  あわわわっ!
  な、なに言わせるのよっ! きゃぁ〜〜〜〜っ!!」
  いきなりウブな女の子のように真っ赤になるハーピー。 それなりにかわいかったりして…
   
「………、まあ、あっしもネエさんのおかげで長生きさせてもらってますから、
  そおゆう話には慣れてます。 そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ…。」
ハーピー 「そ、そお…?」
「ええ、心配いらないです。 他の鳥に言ったりしませんから。」
ハーピー 「す、すまん…。」
   
「ただ、ジークってのはどうですかねぇ…」
ハーピー 「なぜっ!? いい男じゃん?」
「その…、かなりのシスコンって聞いてましてね…」
ハーピー 「シスコンって、ジークの姉は… うっ…、ワルキューレっ!」
「まあ、噂の域は出ませんがね…」
  そんな話をしながらも、周りはあいかわらず発情した猫たちで賑やか…
   
   
  こちらは江戸の町外れにある蓬莱寺。 寺の名前はついているものの、道教の影響が
  色濃く漂っている。 もちろんこっちも、発情した猫で賑やか。
  薄暗い室内では、幕府隠密の源さんが、寺の道士と何やら話している…。
道士 「なるほど… そのような娘がおりますか…」
源さん 「道士さま、彼らはいったい何を企んでいるんでしょうか…?」
   
  源さんが訪れたのは、魔物退治で高名な道士である。
  数年後、死津喪比女を退治しにオロチ村に向かうのであるが、この頃は江戸住まいであった。
  特別付録 : この頃のおキヌちゃん
  おキヌちゃんは、お城から抜けだしてきた女華姫さまと、お寺で遊んでおりました。 以上。
   
道士 「神隠しに遭った者を捜しているということは…、その者を見つけ次第、殺すつもりなのであろう…。
  人が神隠しにあうのは、神がその者を魔の手から救うために行われるものなのだ。
  神が救う価値があると判断するからには、魔にあだなす者に違いあるまい…。」
源さん 「では… あの者たちは、やはり抹殺したほうが…」
   
道士 「いやっ! 安易に魔族に手だしをしてはならぬっ!
  簡単に退治できるものでもなく、退治したところで、新たな魔を招くだけとなる。
  退治しそこねたりすると、江戸中が火の海になりかねんっ!」
源さん 「では、どうすれば…」
   
道士 「そやつらが動き出すまでは、なにも刺激しないのがよかろう…。
  魔族の時間感覚は、人間と違い、きわめて長いものなのだ。
  そやつらが何もしないまま、われわれの寿命が尽きることだってじゅうぶん考えられる。
  今できることは、その者たちの動きをじっと見張っていることであろう…。」
源さん 「そうですか… わかりました…。」
   
  ゴロゴロゴロ… 遠くの方で雷の音が聞こえる…。
道士 「おや…、ひと雨来そうですな…。」
源さん 「そうですね。 でも、猫たちも、これで静かになるでしょう…」
   
   
   
  ぽ〜ん。 時空は飛んで、1978年の東京。
  18歳の美智恵が悪魔チューブラー・ベルから解放されたばかりの頃の実家…
  六道さんからの推薦もあって、ぽつぽつとGS美神の名で仕事も入ってきていたが、今日はお休み。
美智恵 「おかぁ〜さぁ〜ん、おとうさんは〜?」
「お仕事で、厄珍さんのところよ。 急ぎなら、電話すれば繋がるはずだけど。」
美智恵 「ん〜、いいわ。 おとうさんから出された宿題で、わかんないとこがあったんで、
  聞こうと思ってたんだけど。」
「ああ、南欧の魔術書の翻訳ね? そうね、帰ってきてからにしなさい。」
   
美智恵 「でも、最近、おとうさん、やたらと外出してるわね〜?
  翻訳の仕事で、そんなに外出することなんて、あるのかしら?」
  美智恵の父の仕事は、魔術関係の書籍翻訳業であった。 GSとしての信用を失って以来、
  それまでの知識と経験を生かして、転業したのである。
  残念ながら、美神という本名は伏せて、ペンネームを用いてだったが…
   
「おとうさん、あなたが悪魔から解放されたのが、嬉しくてしょ〜がないのよっ。
  誰かにそれを話したくて、無理やり用事を作って会いにいってるみたいね。」
美智恵 「そ、そうなの… (汗) あ〜、もう、恥ずかしいなぁ〜、おとうさんったら。
  じゃあ、厄珍堂に行ったのも、そのためなの?」
   
「一応、ちゃんとしたお仕事よ。 輸入物の除霊グッズの取扱説明書を翻訳しに行ったの。
  あそこも、最近、若主人が跡を継いだばかりで、苦労してるみたいなの。」
美智恵 「若主人って…、あの背の低いグラサンちょびヒゲのスケベそうなおっちゃんのこと?」
「こらっ、なんてヒドイ言い方なの? でも、そのとおりだけどねっ!」
   
  ゴロゴロゴロ… 遠くの方で雷の音が聞こえる…。
美智恵 「あら、雷だわ。 ひと雨降るのかしら…。」
「そうね、チューブラー・ベルがいたから今まで出来なかったけど、この機会にためしてみるか…。」
美智恵 「なにを?」
「あなたに、時空移動能力があるかどうかを。」
美智恵 「へ?」
   
  美智恵に時空移動能力について話し始める母…
「美神家の血筋にはね、古くから時空移動能力のある人間がいるの。 私も、そうだったのよ。」
美智恵 「えっ? おかあさんがっ!?」
「うん。 ただ、ほんの数回、使ってみただけなんだけどね。
  チューブラー・ベルに、チャクラをやられてからは、使えなくなったし…」
美智恵 「そうなの… で、どうすれば時空移動できるの?」
   
「雷を招き寄せるのよ。 雷雲が近くにあるとき、行きたい時空を念じていれば、
  勝手に雷が落ちてきてくれるわ。」
美智恵 「な、なんか、すごく危険な技だと思うんだけど…」
「そおね。 でも、心配いらないわ。 能力が無ければ、雷も避けてくれるから。」
美智恵 「う〜ん…」
   
「で、この能力だけど、命にかかわるようなこと以外のときは、使わないほうがいいわ。」
美智恵 「命懸けで移動するんだもの…、そう思うわ…」
「とくに、チューブラー・ベルを植え付けた妖怪を退治しようなんて、思わないでねっ!」
美智恵 「えっ? なんでっ!? あんなに、ヒドイ目に遭ったのにっ!?」
   
「だって、今の私たちは幸せだわ。 家族3人がそれぞれ元気で、未来に希望があるんだもの。
  美智恵が、その妖怪を退治したとしても、今の幸せが得られるかどうかは、わからないわ。
  下手をしたら、GSを続けていた私やおとうさんが、早死してるかもしれないしね。」
美智恵 「そうだけど… おかあさん、もしかして、過去を変えようとしてヒドイ目に遭ったことがあるの…?」
「うっ…」
美智恵 「やっぱり… それって、どんなことだったの?」
   
「そうね、話しておいたほうがいいわね…。
  ちょうど、今のあなたぐらいの歳のころね…。 おとうさんと出会う前、私にも他に好きな人がいたわ…
  ある日、その人が交通事故で大怪我をしてしまったの。 そんな怪我をさせたくなくて、
  私は過去に時空移動して、その日の彼の予定を強引に変えさせたわ…。」
   
美智恵 「でも、結局は、別のところで大怪我をしたとか…?」
「ううん、違うわ…。 彼は、怪我することもなく、ぴんぴんしていたわ。
  代わりに、別の人が、交通事故で大怪我したんだけど…。」
美智恵 「まあ、運の悪いのが大切な人から赤の他人になっただけと思えば…」 (汗)
   
「でもね、強引に予定を変えさせたその彼が、その日、別の女と運命的な出会いをしちゃってね…」
  ピキピキピキッ! ズゴゴゴゴォォ〜〜〜〜!
美智恵 「あああ……」
「ま、運命なんて、変えようなんて思っても、そんなものなのよ。
  それに、代わりに事故っちゃった運の悪い人が、あなたのおとうさんだしねっ!」
美智恵 「そ、そうなの…」
   
  なんだか、あんまり使い勝手の良くない能力だな〜と思いながらも、
  母とともに近くの公園にやってきた美智恵
「ここなら、雷が落ちても、まわりに迷惑をかけないわっ。
  今回は練習だから、時空移動しても何もしないで、すぐに戻ってくるのよ?
  変に過去に干渉しちゃったら、戻ってきたとき、微妙に違った世界になってるかもしれないからね。」
美智恵 「そおね…。 とりあえず、能力が有るかどうかがわかればいいわ…。
  さあて…、いつにしようかな…?」
   
   
  ピカッ! ドッドォ〜〜〜ンッ! ゴロゴロゴロ…
   
   
  再び、元禄時代の蓬莱寺…
源さん 「これはっ… 雷がお寺の境内に落ちたのではっ!?」
道士 「うむっ! 木に落ちて燃えていたらすぐに消さねば火事になるっ!」
  二人が外に飛び出してみると、雷の落ちた場所に呆然と立ち尽くす美智恵の姿が…
   
道士 「おまえはっ!?」
美智恵 「あっ! おじさんっ! ねぇ、今いつなのっ!?」
道士 「えっ? 今は、元禄の御世であるが…」
美智恵 「元禄時代っ!? やった〜! 時空移動は成功なのねっ!?」
   
源さん 「こ、こらっ、女っ! 貴様は、誰で、いったいどこから来たのだっ!?」
美智恵 「おんなぁ〜? 失礼しちゃうわねっ! って、江戸時代だからしょ〜がないかっ。」
  このへんの割り切りは、娘の令子と違って、かなり冷静な美智恵ではあった。
   
道士 「その姿からすると、この時代の者ではないようだが…」
美智恵 「そうよっ。 未来から来たの。 だいたい300年後ぐらいになるのかしら。」
道士 「ふむ…。 時空を移動できる能力があるのか…
  それで、この時代のこの場所に現れたからには、どのような理由があってのことかな?」
   
美智恵 「ふ〜ん、おじさん、物分りが良さそうね〜。 あら、霊力も相当ありそうな人ね。」
源さん 「こらっ! 人の質問に、ちゃんと答えろっ!」
美智恵 「こっちのお兄さんは、色男だけど、気が短そうね。」
源さん 「だから、早く答えろっ!」
   
美智恵 「そんなにいきり立たなくてもいいのに。 話は単純なの。
  ここに私が来たのは、単なる練習よ。 別に用が有って、来たわけじゃないの。」
源さん 「はあ…? 練習…?」
美智恵 「そうよ。 初めての時空移動で、偶然ここを選んだだけなの。」
   
道士 「偶然とはいえ、ここに来るそれなりの理由は存在するのではないのか?」
美智恵 「まあね〜。 たまたま、移動するときに近所の家から水戸黄門のテーマ曲が聞こえてきちゃって…。」
源さん 「水戸…、水戸のご隠居様のことかっ!?」
美智恵 「そうよっ! 300年後の私の時代では、黄門さまは悪代官を懲らしめる、庶民のヒーローなの。」
源さん 「おおっ! ご隠居様が、未来のヒーローっ!」
  ジーン…。 そこは幕府隠密同心の源さん、300年後も主家がヒーロー扱いされているのを聞いて
  かなり嬉しそう。
   
道士 「では、ここで何かを行うとかは考えてはいなかったのだな?」
美智恵 「うんっ! だから、私も、何もせずにすぐに元の時代に戻るつもりなの。」
道士 「……、それがよかろう…。」
美智恵 「でも、この時代に来た記念に、何か欲しいわね…。
  そうだわ、道士さまっ。 その帽子、もらえるっ!? そのかわり、これあげるからっ!」
  令子だったら、一方的に貰ってしまうところだが、そこは美智恵である。
   
道士 「えっ?」
源さん 「ぶはっ!?」
  いきなり服を脱ぎ始めた美智恵。 あっけにとられて眺めている蓬莱寺の二人…
  唐巣神父に言われて以来、つけるようにしていたブラジャーを帽子と交換することにしたらしい…。
   
   
  バサバサバサッ! 上野の森のハーピーの元に、ハヤブサが猛スピードで飛び込んでくる。
ハヤブサ 「ネエさん、て〜へんだ〜っ!」
ハーピー 「ん〜、こんな時間に何事じゃん〜? そろそろ寝ようと思ってたのに〜」
ハヤブサ 「そ、それが、 時空移動者が現れやしたんでっ!」
ハーピー 「なに〜っ! 本当かっ!?」
ハヤブサ 「へいっ! 間違いありやせんっ! 若い女が、自分でそう言っておりやしたからっ!」
ハーピー 「で、場所はどこじゃん?」
ハヤブサ 「蓬莱寺の境内でやすっ!」
ハーピー 「でかしたじゃんっ! ハヤブサっ、後で褒美をつかわすっ! 好きな望みを言うがいいじゃんっ!」
ハヤブサ 「えっ!? ネエさん、いいんですかいっ!?」
ハーピー 「いいって言ってるじゃんっ!」
ハヤブサ 「そ、それじゃあ、ネエさんと、交尾を…  ぶっ!?」
  ハーピーに殴られ、ハヤブサ、ダウン…
   
ハーピー 「鷹っ! こんなアホは、ほっといて、蓬莱寺に行くじゃんっ!」
「へ、へいっ!」
ハヤブサ 「うう… 俺たちみたいな鳥の望みって、食欲と性欲しかないのに…」 (しくしく…)
   
   
  蓬莱寺に急行するハーピーと鷹っ!
ハーピー 「たしかに境内に人がいるじゃんっ! 早速、殺すじゃんっ!」
  ビシュッ! フェザーブレットを人に目掛けて投げ込むハーピー
  若い女かどうかなど、確認もせずに…  まあ、夜だし、ハーピーは鳥目だったから。
   
源さん 「うっ!? 殺気っ!!」
  ズガンッ! すんでのところで、フェザーブレットをよけた源さんと道士。
   
ハーピー 「ちっ! よけられたかっ! もう一発…」
「ネエさんっ! やつら、男みたいですぜっ!?」
ハーピー 「ん? ほんとだ。 男に用はないじゃん! 若い女を捜すじゃん!」
「やつらが知ってるはずです。 脅して口を割らせましょうぜっ!」
ハーピー 「それがいいじゃん!」
   
  境内に降りて行くハーピーと鷹。 源さんと道士も、戦闘体勢をとり、ハーピーの様子を伺う。
ハーピー 「えっ!? げ、源さんっ!?」
源さん 「おまえは… さっちゃん…なのか…?」
ハーピー 「………、バレちゃ〜しょ〜がないじゃん…。 ま、あたいらは源さんには用はないんだ。
  ここに若い女がいたんだろっ? あたいは、そいつを捜しているじゃん!」
   
源さん 「やはり、神隠しにあった人を殺そうとしてるんだな?」
ハーピー 「源さんには、関係ないじゃん。 どこ行ったか教えるじゃん!」
   
道士 「一足遅かったな。 もう、ここにはいないっ。」
ハーピー 「そんなの、見ればわかるじゃんっ! どこに行ったか聞いてるじゃんっ!」
道士 「もう、未来に帰ったと言ってるのだ。」
ハーピー 「うっ…。 時空移動してしまったのか…?」
道士 「そうだっ! 300年後の未来から来て、すぐにその時代に帰っていったわいっ!」
ハーピー 「くっ… 逃がしてしまったか…。」
  がっくりと肩を落とすハーピー… 数十年ぶりの獲物を逃してしまったのだ。
  未来に逃げられたのでは追いようがない。 残念だが、使命を果たすことはできなかった。
   
  落ち込んでいるハーピーを励ますつもりで、鷹が声をかける。
「ネエさん。 こいつら、始末しやすか? あっしらのことを知っちまいやしたから。」
ハーピー 「………、ほっとけばいいじゃん…。 知られたからって、どうってことないじゃん…。
  もうあの茶店には出れないけれど、また別の所に行けばいいじゃん。
  鷹も、人間の姿に化けるのは、イヤなんだろ?」
「えっ? ま、まぁ…、そうでやすが…」
   
  源さんに話しかけるハーピー。 ちょっと、さびしそう…
ハーピー 「源さん…、さっきは、間違って殺そうとして、悪かったじゃん…
  あんたには、あたいが魔物だってことを知られたくなかったじゃん…
  でも、知られちゃったから、しょうがないじゃん… これで…、さよなら…じゃん…」
   
  源さんに背を向けて立ち去ろうとするハーピー
源さん 「さっちゃん、待てっ!」
ハーピー 「えっ?」
源さん 「俺は幕府の隠密だっ! 魔物と知った以上、逃がすわけにはいかんっ!」
ハーピー 「なにっ!? あたいと…、戦う気…かいっ!?」
源さん 「いや、悪事を働くまでは、戦う気はない。」
ハーピー 「でも…、時空移動者を見つけ次第、あたいは殺しに行くよ…?」
   
源さん 「俺の役目は、幕府の敵と戦うことだ。 時空移動者のことなど、幕府は預かり知らぬ。
  俺の知らない所で、殺してきたところで、問題はない。
  それより、魔物がどこでなにをしてるのか、わからない方が問題だっ!
  さっちゃんは、今までどおり、茶店で働き、俺のそばにいろっ!!」
ハーピー 「源さん……」
   
   
  ちゅんちゅんちゅん… 浅草寺の参道にある茶店で、今日も働くお幸、ことハーピー…
常連客 「さっちゃん、いつものやつねっ!」
「あいよっ! 源さん、みそ田楽を1本ね〜!」
源さん 「りょうか〜〜いっ!」
  源さん、こんなところで働いてて、隠密の仕事は大丈夫なの?
  ん〜〜、かわりに鷹やハヤブサが情報を集めてくるから、問題ないかぁ〜
   
常連客 「さっちゃん、胸元からちらちら見えてるその白いのって、なに?」
「ああ、これっ? 源さんに、もらったんじゃんっ!」
  ぴらっ! 襟元を開いて、常連客に胸をみせるお幸
  どうやら、美智恵の残したブラジャーをしているようだ…
   
常連客 「おお〜〜っ!」
源さん 「こ、こら、さっちゃんっ! ひとさまに、見せびらかすもんじゃないぞっ!?」
「えへへ〜〜 だって、うれしいじゃ〜んっ!?」
   
   
  細かな事件はいろいろあるけど、いたって平和な江戸の町…
   
  妖怪として恐れられた幕吏の鳥居燿蔵が猛威を振るうのは、幕末のおはなし。
  彼がハーピーの子孫なのかどうかは、今となっては誰にもわからないんだけど…
   
第1部 END



第2部  魔鳥の里


  美智恵 「悪魔よ 退け!! 生まれ出でたる暗き冥府へと帰るがいい!!」
ハーピー 『ぐわっ!!』  バシッ  『こっ… これは…!!』  ボヒュッ
   
  美智恵に対悪魔用の退魔護符で魔界に追いやられてしまったハーピー
  令子がまだ3才だったときのことである。
   
  ピカーーッ! 魔界に幾筋かの光が差し込む。
  ボテッ! 差し込んだ光はすぐに消え、魔界の底に落ちてきたハーピー
  どうやら、ハーピーが追いやられているとき、一緒に人間界の月の光も漏れこぼれていたようだ。
  薄暗き冥府の地では、人間界の月明かりでさえ、明るく感じられた…。
   
ハーピー 「いててて…。 ちくしょー、覚えてやがれっ! 美神美智恵めっ!」
  魔界の底に打ちつけたお尻をさすりながら、悪態をつくハーピー
  自分に迫り来る危険を、いまだに気付いていなかったのだ…。
   
  「ゲヒヒヒヒ…」
  人間界からの光に気付いて、ハーピーの近くにやってきていた下級魔族2頭…
  牛面の魔物と、羊面の魔物、いかにもチンピラといった風情…。
羊面 「アニキ。 どうやらこいつは、ハーピーみたいですぜ?」
牛面 「こりゃあ、ついてたぜっ。 これぐらいの上玉な女の魔物は、めったにいね〜からなっ!」
  なにやらハーピーを連れ帰って、奴隷商人に売り付ける気でいるチンピラ魔物たち。
   
ハーピー 「あたいをなめるんじゃないよっ! あんたたちに捕まるような、あたいじゃないじゃんっ!」
  ビシュッ ビシュッ!!  フェザー・ブレットをチンピラに向けて投げ込むハーピー!
   
  プスッ プスッ… チンピラたちに刺さった羽根だが、蚊にさされたほどにしか感じていないようだった…
羊面 「へへっ! ハーピーのやつ、俺たちに勝てる気でいるみたいですぜ?」
牛面 「人間界に長く居すぎたせいで、魔界のことは忘れちまったらしいな。
  自分で両界を行き来するやつぁ〜ともかく、人間に魔界へ追いやられたやつは、
  魔力が激減しちまうってことをよぉ〜?」
ハーピー 「うっ…!」
   
  バサバサバサッ! 不利を悟って逃げ出すハーピー、だが…
  ボテッ! 飛んで逃げようとしたものの、身体が浮かず地面に落ちてしまう…
ハーピー 「な、なぜっ!?」
羊面 「悪あがきは、やめろよなっ?」
牛面 「おめ〜の今の魔力は、生まれたてのヒナ鳥と、かわんね〜んだよっ!」
   
  ビクッ! ぶるぶるぶる……
  自分が今、極めて弱い立場であることに気付いて、震えだしてしまったハーピー…
  魔族特有の気の強い表情が消え、かよわい女性のおびえた表情になっている…。
羊面 「へへっ。 ようやく悟ったみたいですぜ。」
牛面 「ああ。 いい顔してやがるぜっ。 これなら、高く売れそうだなっ!」
ハーピー 「ううう…、あたいはこれから魔物に売られちゃうわけっ?
  魔界で奴隷にされたら、よほどのことが無い限り、ず〜〜〜っと奴隷のままじゃん?
  そんなのイヤじゃん! 誰か助けて欲しいじゃん〜〜〜っ!!」
   
羊面 「魔界で助けを呼ぶとはなっ。 魔界に白馬に乗った正義の騎士なんかいね〜よっ!」
牛面 「だけど、あまり大声出されると、同業者が弱いハーピー目当てにやって来るかもしれねえな。
  奪い合いにならないうちに、さっさとこいつを連れてずらかるぜっ!」
羊面 「へいっ!」
  ハーピーを小脇に抱えて自分たちの縄張りに帰ろうとする魔物たち…
   
ジーク 「待てっ! 貴様たちっ!!」
羊面 「うっ? 誰だっ!?」
ジーク 「魔界軍情報士官 ジークフリード少尉だっ! その女をこちらに渡してもらおうっ!」
牛面 「へへっ、軍のお偉いさんとやら。 こいつは、あっしらの獲物ですぜ?
  いくら軍だからって、はいそうですかって簡単に渡すわけにはいきませんぜ?」
   
ジーク 「その女は、人間に退治されて魔界に舞い戻ってきた者だ。
  軍には、その女から人間界の情報を聞く必要があるっ!
  何度も言わんっ! その女をこちらに渡してもらおうっ!」
   
羊面 「アニキ…、相手が悪いや。 あきらめましょうぜ?」
牛面 「くっ…。 ここまでお宝を手にしながら…」
羊面 「でも、軍に逆らったら、首と胴体をバラバラにされて、置物にされちやいやすぜ…?」
牛面 「ちっ…。 好きにしやがれっ!」
  ポイッ! ハーピーをその場に投げ捨てて、不満そうに立ち去る魔物たち…
   
ハーピー 「あの…、ありがとうございます…」
ジーク 「礼など、いらん。 貴様には、人間界のことを聞かねばならんっ!
  今から、貴様を軍まで連行するっ! いいなっ!?」
ハーピー 「は、はい…」
   
  ガシッ! 今度はジークに抱きかかえられたハーピー
ハーピー (わっ! ちょっとうれしいかも…)
  チンピラから助けてもらったうえ、色男のジークに抱かれて喜んでいるハーピー
   
  もちろん、そんなことはお構いなく、軍に向かって飛び立つジーク
ハーピー (ずっと抱かれていたいじゃん。)
  と思ったのもつかのま。 まもなく軍に到着した二人。
   
  軍情報部の取調室に連れてこられたハーピー… なんとも殺風景な一室である。
ジーク 「さあ、ここだっ! その椅子に座れっ!」
ハーピー 「はっ、はい…」
   
ハーピー (なにも、そんなにキツイ言い方しなくたっていいじゃん〜…)
  命令口調のジークに、愚痴をいいたい気分のハーピー
  バタンッ! パサッ! 取調室のドアを閉め、ベレー帽を脱いだジーク。
   
ジーク 「やあ、無事でよかったね。 お茶をいれるから、ちょっと待っててね。」
ハーピー 「えっ? あっ、ど、どうも…」
  急に柔和な対応に変わったジーク。 ベレー帽を脱いだせいで、戦闘的な性格が
  緩和されたのであるが、そんなことハーピーに判るわけが無い。
   
ハーピー (どうして、急にやさしくなったのかな…?
  あっ! そうかっ! ジークは色男で魔界の女にモテモテじゃん? 
  なのに、あたいのような美人を抱きかかえて軍に戻ってきたじゃん?
  そこであたいにやさしくしたりしちゃうと、軍のOLがヤキモチ焼いちゃうじゃん?
  だから、取調室で二人きりになるまで、厳しい態度をとっていたんじゃん〜?
  でも、こんなにやさしく変わるなんて…、もしかして、あたいに気があるとか? きゃぁ〜〜!)
  そんなこと無いってば…
   
  妄想を一人で暴走させているハーピーに、お茶を出すジーク
ジーク 「はい、お茶をどうぞ。 わかっていると思うが、私に人間界のことを教えてくれないかな。
  まずは、君のような強力な魔族を、魔界に追いやった人間のことから…。」
ハーピー 「うっ…! はい…。」
  ついさっき人間界で経験した屈辱的な出来事を、自分に気があるジーク(大勘違い)に
  話さなければならないのかと、少し気が重くなってしまったハーピー
  それでも、嘘をつく気にもならず、ぽつりぽつりと話し出す…。
   
ジーク 「なるほど…。 時空移動能力者なら、そうとうの霊力があっても不思議ではないな。
  一応、美神美智恵を対魔族危険人物として、ブラックリストに登録しておこう。」
ハーピー 「その…、使命を果たせなくて、申し訳無かったじゃん…」
ジーク 「ん? 使命?」
ハーピー 「時空移動者を抹殺するのは、魔界上層部から通達されたものじゃん?
  なのに、殺すどころか、逆にやられちゃって…」
   
ジーク 「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。 たしかに、魔界上層部から通達されたものだけど、
  完璧に実行しなければいけない、という至上命令でもないから。」
ハーピー 「えっ? でも、魔族が繁栄するためには必要だと聞いてるじゃん…?」
   
ジーク 「まあ、時空移動能力者でなくても、魔族の敵となる霊能力の強い人間を抹殺するのは、
  魔族の繁栄にも繋がるし、それを使命として実行することは、間違ってはいないけどね。」
ハーピー 「魔族が全員、実行しようとしてるのではないってこと…?」
   
ジーク 「ああ。 この指示を出しているのは、魔界NO.2のアシュタロスで、
  NO.1のサタン様からではないからね。 サタン様直属の軍では、扱っていない。」
ハーピー 「NO.2のアシュタロス様の指示なら、魔族の多くが実行してると思っていいの?」
   
ジーク 「そうだね。 軍は扱っていないけど、民間の魔族ならアシュタロスの命令だから
  それぞれ実行しているんじゃないのかな? 怠け者も多いらしいんだけど。」
ハーピー 「そうよねっ!? ちゃんと実行することは意味有るじゃんっ!? あっ…!」
   
  そう言ってしまってから、しょぼくれてしまったハーピー…
  なにせ、自分は意味有る使命を果たせずに、魔界に追いやられてしまったのだ。
  そんな自分を励ますつもりで、失敗しても許されることだと
  示唆してくれたジークの言葉に、ようやく気付いたハーピーであった。
   
ジーク 「なんにせよ、無事だったことが一番だよ。 人間に消滅させられてしまった魔族も、
  決して少なくはないからね。 これからしばらくは、魔界でゆっくりと休めばいい。」
ハーピー 「でも、あたい…」
ジーク 「ああ、これからのことを心配してるんだね? 大丈夫だよ、ちゃんと考えているから。」
ハーピー 「えっ!?」
   
ハーピー (そ、それって、もしかしてプロポーズっ!?
  魔界から人間界に行ったっきりで数百年も戻ってなかったあたいに、魔界での居場所なんて
  無いと思ってたのに、ジークがあたいを守ってくれるってゆう風に考えていいのよねっ!?)
  もちろん、間違いである…。
   
ジーク 「通信鬼っ!」
  ぽんっ!
ジーク 「こちら、取調室。 取り調べは終了した。 さっき伝えておいたモノたちは、もう来ているのか?
  ああ、わかった。 それでは、こちらに来るように指示してくれ。」
ハーピー 「えっ? 誰か来るの…?」
   
ジーク 「ああ。 魔界も物騒なところだからね。 今の君を、一人にするのは危険過ぎるから、
  鳥類の魔族が集まっているところに、行ってもらうことにしたんだ。
  同属だから、大切に扱ってもらえると思うよ。」
ハーピー 「ど、どうも…」  ちょっとがっかりなハーピー…
   
  コンコン。 ドアをノックする音が聞こえる。
ジーク 「来たようだね。 どうぞっ!」
   
ハーピー 「えっ?」
「ネエさんっ! おなつかしゅうございますっ!!」
ハーピー 「おまえは、使い魔の鷹じゃんっ!! 無事だったんだねっ!?」
「へいっ! 幕末に尊皇攘夷派のGSにやられてダメかと思いやしたが、魔界追放だけで、
  消滅まではさせられなくて済みやしたっ。」
   
  120年ぶりの再会に喜ぶ二人。
「それでは、ネエさん、帰りやしょう。 魔鳥の里も、ずいぶん立派になりやしたから。」
ハーピー 「魔鳥の里? ふ〜ん、魔界もいろいろ変化してるんじゃん。
  ただ、帰るのはいいけど、あたいは今、魔力が無くて飛べないよ…?
  鷹一人じゃ、あたいを背負って帰れないじゃん…?」
   
  チラっ! ジークの様子を見るハーピー…
  もちろん、ジークに魔鳥の里まで送ってってもらおうと思って…
   
「ネエさん、心配いりやせん。 外で、ガルーダ様が待っていやすから。」
ハーピー 「えっ? ガルーダっていったら神鳥じゃん? なんで、魔界なんかにいるの?」
「なんでも、ラクシュミ(吉祥天)様のおやつを盗み食いしたとかで、魔界で反省させられてるそうでやす。
  あと、50年ほど刑期が残ってるらしいです。」
ハーピー 「そ、そうなの…」  目論みがはずれて、がっかりするハーピー…
   
「ガルーダ様は、元は神鳥ですし能力もずば抜けて高いですから、里にいれば他の魔族から
  襲われることもないです。 それに魔鳥どうしの喧嘩も少なくて、今の魔鳥の里は、いたって平和です。
  ネエさんも、里の暮らしをきっと気に入ると思いやすよ?」
ハーピー 「そ、そう…」
   
ジーク 「よかったですね、ハーピーさん。 お疲れ様でした。」
  ジークに促され、しぶしぶ取調室から出るハーピー
  なんとか、またジークに会えないかと、都合を聞いてみようと試みる。
ハーピー 「あ、あの… ジークさん…?」
   
ジーク 「まだいるのかっ!! ここは軍内部で、民間魔族がいつまでもいていい場所ではないっ!
  用が済んだのだから、すぐに立ち去れっ!」
ハーピー 「うっ…!」
「ネ、ネエさん、早くいきやしょうぜっ!」
  再びベレー帽をかぶって軍務に取りかかっていたジーク…
   
ハーピー (なにさっ! いくら軍のOLが気になるからって、あんなヒドイ言い方しなくてもいいじゃん! 
  少しはあたいに気があるくせにっ!)
  もちろん、勘違い…。
   
   
  ガルーダの背中に乗って魔鳥の里に到着したハーピーたち
ガルーダ 「ハーピー、この里の中に居れば安全だ。 魔力が回復するまで、ゆっくり養生するがよい。
  身の回りの世話は、鷹に任せてあるから、なんでも申し付けてくれ。
  私も、出来るだけのことは対応するつもりだ。」
ハーピー 「は、はい…。 ありがとうございます。」
   
  魔界に落とされたとはいえ、そこは神鳥である。 礼節は、ちゃんとわきまえているようだ。
  へたな魔鳥が権力を握っていたら、ハーピーの身も安全だったかどうか…
   
  ガルーダの用意してくれた巣の中で、ようやく羽根をのばすことができたハーピー
ハーピー 「ふぅ〜、疲れたじゃん〜 今日は、いろんなことが有りすぎたじゃん〜
  鷹、悪いけど、眠らせてもらうよ〜。 魔界のことは、また明日教えてもらうから。」
「へいっ。 ゆっくり、おやすみ下さい。」
   
  こうして魔界の夜は、ふけていった。
  えっと、その、魔界は常夜の世界ではありますが、一応赤黒い陰気な星を太陽に見たてて
  その星を基準に時間を決めていたのであります。(その場しのぎのウソ)
   
   
  その頃、魔界の上層部では、サタンとアシュタロスによるトップ会談が催されていた…
サタン 「アシュはん、二人で酒飲むんも、久しぶりやなぁ〜 前、おうたときから千年は過ぎとるなぁ。」
アシュタロス 「そうですね…」
サタン 「そうそう、800年ほど前にも、あんさんと飲も思うて捜したんやけどな〜
  なんや、アシュはん、時空移動旅行中やったそやな。 数百年も留守にするとは、ええ根性しとるわ。」
アシュタロス 「恐れ入ります…」 (ピキッ)
   
サタン 「キ〜やんに聞いたんやが、下級神族の女性と人間の若い女性に旅行の案内してもろたんやて?
  アシュはん、魔界ではNO.2やゆうのに、神族や人間には、下っぱ相手にえろお気前がええんやな。」
アシュタロス 「い、いえ、それほどでも…」 (ピキピキッ)
   
サタン 「そやかて、その女性にまた会いたい思うて、魔族に捜させるよう指示しとるそやないか。
  かれこれ千年以上、過ぎたゆうのに、まだ誰も見つけておらんのやろ?
  ええ加減、あきらめたらどや? わけもわからんと捜しまわっとる魔界の連中を見とると
  少々、かわいそ〜になってきよったからな。」
   
アシュタロス 「いえ…、そういうわけには…。 彼女たちに会ってきちんとお礼をしておかないと…
  これまで、一生懸命捜してくれた魔族たちにも、申し訳無いですし…」
サタン 「………、さよか…。 まあ、今すぐやめさせなあかんちゅうことでもないけどな…。
  魔界のNO.2が、人間の女のシリを追い掛け回すゆうんは、外聞のええもんやないからな。
  キ〜やんやアっちゃんたちに、笑いものにならんよう、あんじょうたのむで?」
アシュタロス 「ご心配、いたみいります…」 (ピキピキピキッ!)
  トップ会談は、これにて終了…
   
   
  翌朝の魔鳥の里
  カァ〜〜  カァ〜〜 クックドゥ〜〜ル
ハーピー 「う〜〜ん… あ〜、よく寝た。」
「ネエさん、おはようございます。 ご気分はいかがですか?」
ハーピー 「ん〜〜〜 いいと言えればいいんだけどね〜〜
  ここから一歩も動けないんじゃ〜いいとは言えないじゃん〜?」
   
  ハーピーが今居る巣の位置は、断崖絶壁の途中にはえた魔界の木の枝の間。
「ま、まあ、こればっかしは、しかたありやせん…」
ハーピー 「………、わかってるけどね〜。 鷹、あんたのときは、どうだったんだい?」
「あっしのときは、ついてやしてね。 落ちたところが、偶然高い木の枝だったんです。
  地上に落ちさえしなければ、あっしの天敵はいやせんからね。
  そこで、飛べるようになるまで、ずっと待ってたんです。」
   
ハーピー 「ふ〜ん、何日ぐらいで、飛べるようになったの?」
「何日… えっと、その…、2年ほど…」
ハーピー 「な、なに〜〜っ!? 2年だとぉ〜っ!?」
「いえ、まぁ、あっしの場合は、飲まず食わずで、魔界の邪悪なエネルギーだけで
  回復を待ってたもんですから…。
  ネエさんの場合は、あっしが魔力回復になるような薬草や食事を用意しやすんで、
  半年もあれば、きっと飛べるようになりますって…。」
   
ハーピー 「それでも、半年かい…。」
「大体、ひな鳥が孵化して飛べるようになるまでの期間と考えてもらえれば…」
ハーピー 「頭の中も、ひな鳥ぐらいバカだったほうが、気が楽だったじゃん…」
   
  それからハーピーの苦しいリハビリの日々が始まった。
  なにしろ巣の中で羽根をばたつかせるしか、することはなかったもんで…。
  ほかには、退屈しのぎにカラスやフクロウたちから魔界情報を仕入れることぐらい…。
   
  でも、目標を持つことで、回復のスピードは早まっていった。
ハーピー 「回復したら、まっさきにジークにお礼を言いに行くんじゃんっ!」
  ほんとは見舞いに来て欲しかったけど…
   
   
  5ヶ月が経過して、なんとか飛べるようになったハーピー。
ハーピー 「鷹っ、頼んだじゃんっ!」
「へいっ。 回復のお礼を兼ねて、ジークの家に遊びに行きたいと言えばいいんですね?」
ハーピー 「そうじゃんっ! 絶対、うんと言うまで戻ってきたらダメじゃんっ!」
  ジークに断られるのが怖くて、鷹を使いにだすハーピー。
   
  軍情報部の受付で、ジークにハーピーからの伝言を告げる鷹。
ジーク 「なるほど。 回復のお礼を兼ねて、人間界の情報をもっと詳しく話してくれるのだなっ?
  軍だと話辛いというのも、民間魔族だから納得できる。
  よろしい。 3日後の休日に、私の家に訪れるよう、伝えてくれ。」
「へいっ。」
   
  再び魔鳥の里…
ハーピー 「鷹っ! でかしたじゃんっ! これであたいも、ジークの彼女じゃんっ!」
「へい…。 その…、人間界の情報も詳しく聞かせて欲しいと言っておりやした…。」
ハーピー 「さすがはジークじゃんっ! 仕事のことも忘れないところなんか、たいしたもんじゃんっ!」
  とにかく、浮かれまくるハーピー…
   
  バサバサバサッ! フクロウじいさんの所に飛んできた鷹…
「じいさん。 教わった通りにやったら、なんかうまくいきやしたが…、ちょっと心が痛みますぜ…。」
フクロウ 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 な〜に、会うきっかけを作ることが大切なんじゃよ。
  軍に居るときのジークに、遊びの話を持ちかけたところで、聞く耳を持つわけがないからな。
  それ以外のことなど、あとから、どうとでもなるわい。」
   
   
  3日後、ジークの住まい。 ピンポーン
ジーク 「やあ、いらっしゃい。 お待ちしておりました。 中へどうぞ。」
ハーピー 「お、おじゃまします… (ドキドキ)」
  室内に入ってみると…
ハーピー 「え゛っ!?」
ジーク 「ハーピーさん、こちらは僕の姉上でワルキューレ大尉です。」
ワルキューレ 「今日は、人間界の情報をいろいろ聞かせてくれるそうだな。 楽しみにしている。」
ハーピー 「は、はい… (なじぇ〜〜っ? どぼぢで〜〜っ?)
   
  とまあ、ハーピーの思惑は、おもいっきりハズレてしまう…
  しかたなく、問われるがままに、人間界の出来事を話すハーピー… ちょっと、かわいそう。
   
ワルキューレ 「それにしても、ハーピーはずいぶん真面目なんだな。」
ハーピー 「えっ? どういうことですか…?」
ワルキューレ 「いや、時空移動能力者を、ちゃんと自分で捜して抹殺しようとしているのだからな。
  他の魔族など、たまたま身近に現れたときだけしか、殺そうとしていないようだ。」
   
ハーピー 「えっ? そうなんですか…?」
ジーク 「そうだよ。 その点、ハーピーさんは、とても信頼できる魔族ですねっ。」
ハーピー 「ど、どうも… (やった〜、ジークに誉められたじゃんっ!)
   
ハーピー 「あ、あたい、魔力が完全に回復したら、また人間界で時空移動能力者を殺しに行くつもりですっ!」
  それが自分のセールスポイントだとばかりに、宣言するハーピー。 だが…
ジーク 「う〜ん、悪いことではないんだけど…」
ハーピー 「な、なにか、問題でも?」
   
ジーク 「アシュタロスは、いまだに指示撤回をするつもりはないらしいんだけど、
  サタン様は、あまり乗り気ではないらしいんでね…。 いつ中止になってもおかしくないし…。」
ハーピー 「でも…、あたい、ずっとこれだけを使命だと思ってやってきたから…」
ジーク 「そうだね…。 君のやってきたことを否定するつもりはないんだが…」
   
ハーピー 「それに、あたいを魔界に追いやった美神美智恵とその子供は、殺しておきたいし…」
ワルキューレ 「そいつは、無理だな。」
ハーピー 「えっ? なぜっ?」
ワルキューレ 「人間界に戻るまでの魔力を回復するには、100年はかかるはずだ。」
ハーピー 「そ、そんなにっ!?」
ワルキューレ 「魔界で自由に動けるようになったのは、魔界の邪悪なエネルギーを利用しているからだ。
  人間界にでたら、たちまち身体が重くなって動けなくなってしまうだろう。
  普通の状態でさえ人間に負けたのだから、それ以上強くなってないと勝ち目もないな。」
ハーピー 「うぅ…」
   
ジーク 「姉上…、そこまで言わなくても…。
  ハーピーさん、僕は君に、もっと他のことをやってもらいたいと思っているんだ。」
ハーピー 「えっ!? (やっぱり、ジークのお嫁さんってことっ!?)」 ぱぁ〜っと明るくなったハーピー
   
ジーク 「魔鳥の里では、今、ガルーダが仕切ってるけど、彼もあと50年もしたら神界か人間界に
  戻ってしまうだろ? その後継者として、ハーピーさんが最適だと思っているんだ。
  その頃なら、もう魔力も彼の次に強いはずだし。」
ハーピー 「魔鳥の里の後継者…? う〜ん、考えてみたこともなかったから…」
   
ジーク 「まあ、慌てて決める必要もないよ。 ゆっくり考えてくれればいいから。
  わからないことが有ったら、いつでも相談に乗るから。」
ハーピー 「えっ!? は、はいっ。 ゆっくり考えたいと思いますっ!」
  後継者のことはともかく、相談のためにいつでも会えることになった方がうれしかったりするハーピー
   
  ハーピーが帰ったあとのジーク家…
ジーク 「姉上。 ハーピーさんも、元気になってよかったですね。」
ワルキューレ 「それより、おまえ、ハーピーのことをどうするつもりだ?」
ジーク 「どうって…。 なんのことですか?」
ワルキューレ 「いや…、それならいい…。 (我が弟ながら、にぶすぎる…)
   
   
  それからというもの、なにやら理由を考えてはジークに相談しに行こうとするハーピー。
  でも、ジークも少しずつ動き出した武闘派の情報収拾に忙しく、なかなか時間が作れない。
  すれちがってばっかし… と寂しく思っているのは片思いのハーピーの方だけだったけど…
   
  そんなわけで、ハーピーにとっては、つまんない17年が経過…
  さらに追い打ちをかけるような、悪い知らせが舞い込んでくる…
ハーピー 「なじぇ〜〜〜っ!? ジークが神界へ留学生として派遣されちゃうの〜〜っ!?
  そんなとこ行ったら、もう会えないじゃん〜〜〜〜っ!!」
   
  ふてくされていると、よからぬ連中が近づいてくるのは世の常…
  ハーピーのところにも、怪しい情報を持った男が一人、やってくる…
土偶羅 「ハーピー。 おまえが、時空移動能力者の抹殺では、最大の功労者ということは、
  アシュタロス様も、よく御存知であるぞ。
  17年前、失敗してこっちに来てしまったが、また人間界に戻って復讐する気はないか?」
   
ハーピー 「復讐したいけど、あたいは、まだ人間界で活動できるほど、魔力は回復してないよ?」
土偶羅 「な〜に、おまえにその気さえあれば、アシュタロス様が、力を貸してくれるさ。
  魔力だって、元通りにしてもらえるはずだ。」
ハーピー 「本当かいっ!? それなら、やるっ!!」
   
  土偶羅の誘いに乗って、人間界に舞い戻ってきたハーピー  だが…
   
   
美智恵 「退け!! 妖怪!! 今度こそ二度と戻ってくるなっ!!」
ハーピー バシィィィッ!  『ギャアアアッ!!』
   
ハーピー 『くそ…!! これですんだと思うんじゃないよ…!!
  あたいたち魔族は組織的にあんたたちを狙ってるんだ!! いずれ次の刺客が…』
   
  ピカーーッ! 魔界に幾筋かの光が差し込む。
  ボテッ! 差し込んだ光はすぐに消え、魔界の底に落ちてきたハーピー
   
ハーピー 「次の刺客かぁ… 捨て台詞を吐いてはみたけど、あたいにはもう出番は無いだろうな〜…
  それより、またチンピラに絡まれないうちに、どこかに隠れなきゃ…」
   
「ネエさ〜〜んっ! 大丈夫ですかぁ〜〜っ!?」
  ハーピーが近くの岩陰に隠れようとしていたとき、鷹がガルーダと一緒にハーピーを捜しにやってきた。
ハーピー 「あっ! 鷹〜〜っ! こっちこっち〜〜っ!」
「ああ、よかった。 今度は大丈夫ですね。 前のときは、ネエさんだとは思いもしなかったから
  人間界からの光が差し込んだときも、ほっといたんですがね…」
   
ハーピー 「うっ…! 鷹、あんた、あたいが人間に負けるとでも思ってたのかいっ!?」
「い、いえ、とんでもない…。 ただ、ネエさんが人間界に行ってすぐだったもんですから、
  もしやと思ったわけでして…」
   
  そんなわけで、無事(?)、魔鳥の里に戻ってきてしまったハーピー…
  アシュタロスによって、再び人間界に復活したこともあったけど、それもあっという間の出来事…
   
  この後、ハーピーはガルーダの後を継いで魔鳥の里の親分になったそうな…
  ジークとの関係は… くどき続けたらしいけど、どうなったかは魔族のみぞ知る…
   
第2部 END

※この作品は、まきしゃさんによる C-WWW への投稿作品です。
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