渋谷を歩いている、見るからに軽薄そうな(でも、ちょっとかわいい)女の子の携帯が鳴った。
「はぁーい、洋子でーす。あぁーんケンジ? えっ今から? うん! 行く行く!」
「ウェッヘヘヘ、チチ シリ フトモモー!」
「はぁ?」
「チチ! シリ! フトモモー!」
カップルが携帯で話そうとすると、問答無用で「チチ! シリ! フトモモー!」と叫ぶ声が混線してくる事件が多発していた。もてない男達の怨念が、ネットワークの中に積もり積もって妖怪となったのである。
電話会社の依頼をうけて、美神達は幽体離脱してネットワークにダイブするが
妖怪「グッフッフ、おみゃーはもてないだぎゃ?」
横島「なっ何を言う!そんなことはないぞ!」
妖怪「みればわかるだぎゃ。おみゃーもオラと同じだぎゃ。人前で携帯をかけながらいちゃついている連中をどう思っているだぎゃ?おみゃーには、携帯の番号教えてくれるガールフレンドはおるだぎゃ?
いにゃーだろ。」
横島「うっうわぁー!やめろ!やめてくれー!」
妖怪「道行くかわいい女の子達は、みんな携帯を持っているのに、おみゃーには掛けることも出来ず、掛けてくれる女の子もおらんだぎゃ。要するに、おみゃーはいないのも同然だぎゃ」
横島「いやだー!聞きたくないー!」
妖怪「世の中には、こんなに大勢可愛い子がいるのに、誰一人として、おみゃーと遊んでくれんだぎゃ。
どんなに空が青くて雲が白くても、一緒に海辺で戯れてはくれんだぎゃ。どんなに太陽が輝くときも腕を組んで青春のひとときを過ごしてはくれんだぎゃ。」
横島は滝のような涙を流し、妖怪と声を合わせて叫んでいた。
「うわぁー! 青い空なんか白い雲なんか大嫌いだー! 太陽と海と青春のバカヤロー!」
「というわけで、幸せな青春を送っているやつらに復讐してやりたかったんですー!」
「このバカ横島!洗脳されるんじゃない!」
しかし、時すでに遅かった。人類最強、いや、神界・魔界をさがしても張り合う者とていない最強の煩悩が、日本中のもてない男達の怨念とシンクロしたのである。
たちまち、妖怪のパワーは何十倍にも膨れ上がっていった。
そして、日本中のコンピューターや携帯端末から、潜在意識の怪物があふれ出し、日本は混乱の巷と化した。
多くのまともな人達は懸命に復旧作業を行っていたが、一方ではこういう人達もいた。
心に闇をもった人達が集う、とあるファンサイトでは
管理人「今こそ、虐げられ続けてきた我らの怨念をこめて、かの軽佻浮薄の輩どもに鉄槌を下すべき時が来た!」
常 連「チチ シリ フトモモー!」
管理人「『こちら側』の同士諸君よ! 明るくて幸せな青春とやらを見せびらかし、我らを見下し続けてきた連中 の圧制を!」
常 連「チチ シリ フトモモー!」
管理人「我々うぁー! 圧倒的な団結をもってー! 断固ー! 粉砕するー!」
常 連「異議なし!」「異議なし!」
「チチ シリ フトモモー!」「チチ シリ フトモモー!」
こうして、日本は混迷の度を深めていった。
最早、手のつけようもなくなった美神さんが、一時撤退して事務所のベッドの上で目覚めた時、留守番していたおキヌちゃんが、「美神さん、あれを見て下さい。」とテレビを指さした。
「・・・東京証券取引所をはじめ、日本中のコンピューターや携帯端末から、正体不明のエネルギー体が吹き出し、「チチ! シリ! フトモモー!」と叫びながらセクハラを繰り返しています。
この事態について、解説者の川本さん、いかがお考えでしょうか」
「かねてより懸念されていた、霊的ハッキングでしょう。しかし、これ程大規模に攻撃してくるとは予想外でした。
日本経済の被った損害は何兆円にも及ぶと考えられます。当局には、必ずや犯人を見つけだして、賠償金を取り立てて下さるよう希望します。」
「なっ何兆円? 取り立て?」
美神さんの脳裏には、かわいくて愛しいお金たちが、お役人様に引っ立てられていく光景がまざまざと浮かんでいた。
「大変だわ、証拠隠滅しなきゃ。」
美神さんはうつろな目をして、抽出からコルトガバメントを取り出すと、床に転がっている「証拠」にむけてぶっぱなした。
「きゃー、何をするんですか! 美神さん」
おキヌちゃんは、横島を抱えて必死によけた。
「大丈夫よ、おキヌちゃん。横島君はこの位じゃ死なないわ。」
なんの根拠があって大丈夫なのか不明のうえ、死ななきゃ証拠隠滅にならないのだが、お金かわいさに錯乱した美神さんは、かまわず撃ち続けた。
「横島さん、横島さん!起きて下さい。美神さんに殺されちゃいますよ!」
おキヌちゃんは、横島を揺さぶって、頭を床にたたきつけた。
「どいて、おキヌちゃん。危ないわよ。」
美神さんはおキヌちゃんを横島から引き剥がすと、銃口を横島のこめかみに突きつけ、引き金を引いた。
その瞬間、「チチ! シリ! フトモモー!」と叫びながら横島の口から妖怪が飛び出して銃弾をはじき、横島の意識も回復した。
「なんて事するんすか! 本当に死ぬところだったすよ!」
「これも作戦よ。おかげで妖怪本体を事務所の結界の中に封じ込めたわ。」
「ウソだー! 本気で俺を殺して片づける気だったすねー」
美神は平然と
「だから?」
「チクショー、あんなに尽くしてきたのにー。こうなったら殺される前にさわりまくってやる!」
「そうだぎゃ、友よ。オデとお前なら無敵だぎゃ。行くだでや!」
横島と妖怪から、無数の精神体が吹き出し、「チチ! シリ! フトモモー!」と叫びながら部屋中を飛び回った。
美神さんは防戦一方になる。しかし、おキヌちゃんを見ると、精神体は回りを飛び回るだけで襲おうとはしていない。
「おキヌちゃん、なんとかして。」
「ふぇーん、無理ですぅー、美神さーん。」
「こいつらは横島よ、あんたには悪さ出来ないわ。」
「横島・・さん?」
おキヌちゃんは、気を取り直し、そっと手を伸ばしてみた。精神体は後ずさる。
それを見ておキヌちゃんは、すくっと立ち上がり、深呼吸をしてからこう叫んだ。
「横島さん!止めて下さい。チチシリフトモモが欲しいなら、私があげるからー!」
「?!」
全ての動きが止まり、静寂が辺りを覆った。しかし、横島と妖怪より一瞬早く、美神さんは我に返り、妖怪に封印の札を叩きつけた。
「もらったー!」
「ぎぇーぇー!」
妖怪はお札に吸引され、精神体は跡形もなく消え、正気に返った横島だけが残された。
そして、わざとらしく平静をよそおった声で、
「あっあれ? 俺、どうしてたんだろ。美神さん、何かあったんすか。」
美神さんは、三日前のハンバーグ弁当を見るような冷たい目で、
「ヨーコーシィーマァー、よぉくも好き勝手にやってくれたわね。」
「しかたなかったんやー、俺は操られていたんやー!」
「えぇい、やかましい! どうしてくれようかしら」
そのとき、おキヌちゃんが恥ずかしそうにうつむいて、声をかけてきた。
「あのぉ、横島さん。さっきの約束なんですが・・・」
美神さんはギョとして
「いいのよ、あんなの無視しなさい。」
「でも約束だし、横島さんあんなに欲しがっていたから・・・横島さんがよければ、今夜にでも・・」
美神さん&横島「!?」
「それで・・恥ずかしいけど、教えてほしいんです。」
美神さん&横島「×△!?」
おキヌちゃんは、かすかに頬をそめて、しかし真剣な目で横島を見つめながら聞いた。
「 あのぉ、チチシリのフトモモって何です? 鳥肉ですか? お肉屋さんで売ってるのかなぁ?
あっ、美神さん、どうしてコケるんです? 私、何か変なこと言いました? 横島さん、笑ってないで 教えて下さい!」
こうして、悲惨な事件は終わりを告げた。しかし・・・・・
この世に、虐げられた男達が流す無念の紅き涙が絶えない限り、必ずや我らは復活するであろう!
チチ! シリ! フトモモー!