〜一章〜

悪夢と雨と血の臭いと…

【美神除霊事務所】
――ママ!一体どうしたの!?
――Gメン本部が――――!?
――ル、ルシオラにまた、会えるんですか…?
――な、何コレ……文、珠?
――美神さん!横島さん!
――…一足遅かったわ
――うっ…うわぁーーーーー!!!
――よ、横島クン!!?
「―――――!!」
空がコバルトブルーに染まり始めた朝方、この除霊事務所のオーナーこと、美神令子は悪夢に魘され目が覚めた。
「な…んだったの?今のは―――」
体中に冷たい汗をグッショリかき、息も絶え絶えに美神は呟く。
ただの悪夢…にしてはリアル過ぎだと本人も実感している。そう、彼女は今まで数度、このような事を経験したことがあった。
「予…知、夢?」
自分が発した言葉に背筋が凍る。
認めたくない。いや、認めたくなかった…こんな、地獄絵図は。
そしてそれを体験したくなかった。仲間が、友が死んでいく様を。
彼女はシャワーを浴びて気分を紛らわそうと思い、足早に浴室に向かった。
・・・・・・
・・・・・・
本来気持ち良く感じるはずのシャワーが不快に感じる。
やはりなにも変わらない。
美神はうつむき、何かブツブツ言っている。
 バン!
そして突如壁を叩き口を開いた。
「……これも、ゴーストスイーパーの宿命ってやつかしらね」
言葉とは裏腹に美神は開き直った顔をしている。
不意にシャワーが心地良くなる。
美神は顔をあげにんまりと微笑み、キュッとシャワーを止める。
「―――――やったろうじゃない」

【数日後】
今日は雨が降っていたので、一行はいつもの様に仕事をキャンセルし、事務所でダラダラ
していた。
いや、三人以外は。
「ほ〜ほっほっほっ♪」
美神は飽きもせず机に積み重ねられた札束を数えながら高笑いをしている。
「元手がないからボロいったらありゃしない♪」
彼女の言葉に反応したのはその三人の内の一人、横島忠夫は息を切らしながら恨めしそう
に美神を見つめている。
「―――なによ?」
美神はウザったそうに横目で彼を窘める。
「……あのですね」
「だからなに!?」
次には威嚇に変わる。
「……もう、いい加減文珠作るのやめにしちゃダメですか?」
横島は視線をそらし、右手に霊力を集中させながら言った。
「ふーん」
美神はそんな事言うんだと言わんばかりに横島を見据える。
二人の沈黙の交渉が始まった。
彼の後ろには残りの二人。文珠を作るための霊力を横島に送り続けていたシロとタマモが
へばっている。
おキヌは冷や汗を流しながら別室からダンボール箱を運んできた。
「ダメよ」
沈黙の交渉も束の間。美神は均衡を破り、プイッとそっぽを向く。
「大体なんで破魔札使わないんですか!」
「だって、あんたの文珠使えば元手出ないんだもん。横島クンだって給料上がったんだか
らいいじゃない」
横島は美神の話を中断した。
「たったの50円アップじゃ釣り合いませんよ!お願いしますからもうちょっとあげてくだ…」
   バキッ!!
今度は美神。ただし、拳で中断させたが。
「ガッ!」
鼻血を出しながらぶっ倒れる横島。   
「人の話を最後まで聞かんか!!」
「ず、ずびま゛ぜん゙」
「それでなんでなんですか?」
おキヌが紅茶を差し出しながら二人の会話に参加する。
「――――それに」
美神は自分の座っている椅子を回転させ、外の景色を眺める。
「それに、文珠を早く使いこなせるようにね」
雷鳴が鳴り響き、窓から雷光が差す。
「…なんでですか?」
横島が尋ねる。
「……多分」
美神は口をつぐむ。
彼女のこの仕草でとたんに部屋の空気が重苦しくなる。
「なにが起こるんですか?」
再度横島が尋ねる。
「なんとなくよ。カン、じゃダメ?」
『予知夢を見た』とは少なくともこの二人には言いたくなかった。
・・・・・・
・・・・・・
しばしの沈黙。
しかし、その沈黙は意外な人物によって破られたのだった。
   ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!
「美神オーナー!!前方に強力な霊体が急速接近中!!」
重苦しかった空気の事務所は一瞬にして一触即発のそれと化す。
「数と距離は!!おキヌちゃん!ダンボールの文珠を!横島クンは二人を起こして!」
美神は的確に指示を出す。
「2体のようです!距離は1000・700・400・・・速過ぎます!!目標がこちらに到達するまであと2.00秒!!」
人工幽霊一号は目標の速さに驚愕する。
「結界を最大出力で展開!!みんなは衝撃に備えて!!」
結界が気休めにならない事はここにいる全員がわかっていた。
美神はおキヌから受け取ったダンボールの蓋を開け、数個の文珠を事務所の面々に投げ渡す。
案の定、二つの霊体はいとも簡単に結界を突き破った。
   ズズン!!
大きな揺れと共に事務所の壁の一部が崩れ落ち、粉煙が事務所中に広がった。

巻き起こる粉煙の中から現れたのは小竜姫にワルキューレだった。
「ちょっ、小竜姫にワルキューレ!?うちの事務所の壁になんてことしてくれるのよ!!」
間の抜けた反応をする美神。
「時間が無いの!美智恵さんと西条さんが…!!」
「マ、ママに何かあったの?」
小竜姫とワルキューレの表情からおおよその事態を察した美神の顔から血の気が引く。
「横島さん!文珠は!?」
「そ、そこのダンボール箱に山ほどありますけど」
「じゃあできるだけ多く持って!今から妙神山に来てもらいます!!」
「ちょっと待ってよ!!ママ達がどうしたって…」
   ドスッ!
そう言いかけた時、美神はみぞおちに強い衝撃受け、気を失う。犯人はワルキューレだった。
「とにかく時間が無い。早く来てもらう。」
そして横島達は妙神山にむかったのだった。

【妙神山】
そこで横島は自分の目を疑った。美智恵と西条は道場で横になっている。
両者の傍らにはヒャクメとジークが緊張した面持ちでヒーリングを行っている。
むせ返るような血の臭いに横島は思わず嘔吐した。
「横島さん!?」
「す、すいません。大丈夫です……」
しばらくして少し慣れたのか横島は二人の傷の具合を診る。
美智恵は両の手の肘から下の腕が焦げて皮膚が炭素化し、肉と骨が見え隠れしている。
西条にいたっては右肩から下の腕自体がない。
二人の姿を見て横島の胃の中身がぐるぐる回る。横島は再び嘔吐した。
「ほ、ホントに大丈夫ですか?」
小竜姫は少し不安気に横島の背中をさする。
「だ、大丈夫ですから、傷の説明を」
「――はい。見てのとおり二人は重傷を負っています。しかし、二人の受けた傷は普通のそれとは少し違うんです。」
そういうと小竜姫は西条と美智恵の霊体を二人の体から取り出す。
「!!これは!?」
さすがに横島も驚いた。
「そうです。彼らは生身の体だけではなく、霊体にまで傷を負っています。生身だけの負傷なら私達にもヒーリングする事も可能なんですが、今回の場合もしそうしたら二人の腕はもう動く事はないでしょう。現にヒャクメ達は腐蝕と出血を防ぐ位のヒーリングのみ行っています。」
彼らの霊体を見つめながら小竜姫は傷の説明をした。
「こ、これを俺に治して欲しいんですね!?」
ズズイ!と小竜姫に近づきながら横島は興奮気味に言う。鼻息が荒い。
「は、はい。コントロールは私がします。あなたの文珠だけが頼りなんです」
横島の様子にうろたえながら彼女は禁断の言葉を口にしたのだった。

あなたの文珠がだけが頼りなんです…。
  ↓
あなたが頼り…。
  ↓
私にはあなたしかいないの…。  ←?

そして横島はその無茶な解釈により自らの理性を止めたのだった。
「でっ!ででででわ成功した暁には僕と禁断の恋にーーー!!!」
興奮のあまりか横島はドモりながら唇をエイリアンの様に突き出し、小竜姫に襲い掛かる。
「非常時なんです!いい加減にしてください!!」
小竜姫のカウンターが横島の顔面にヒット。
「ぎゃっ!」
当然ながら吹っ飛ばされる横島。
「まったく…」
小竜姫は頬を赤らめながら服装をただす。
「いつまで遊んでるのねー。早くして欲しいのねー」
・・・・・・
・・・・・・
美智恵の治療が終わり、西条の治療に取り掛かろうとした時、小竜姫が口を開いた。
「西条さんの腕についてなんですが……」
「普通に治すんじゃないんスか?」
「ええ、今後また何か強大な者と戦闘になった時、彼は皆さんの戦力にはならないと思うんで
す。第一彼には特殊な能力も無いし、霊力も特出しているわけではないですし」
「へ?そうなんスか?」
小竜姫はズッコケる。
「あのですね、美智恵さんには電気を霊力に換える能力がありますし。ピートは吸血鬼です。雪之丞さんには魔装術、エミさんには黒魔術、おキヌちゃんはネクロマンサー。タイガーさんには幻覚能力、そしてあなたには文珠。シロちゃん、タマモちゃんはあなた達とは出力の桁が違います」
眉間を押えている小竜姫の説明を聞き、美神さんが入ってないが…、と思いつつもなるほどと言う顔で横島は手を叩く。
「それで、俺にどうしろと?」
「何か特殊な能力を彼の右腕につけてほしいんです」
「…ほかならぬ小竜姫様の願い!わかりました!」
渋る仕草を見せながらも承諾する横島だった。
二人間で木魚の音が流れる。
「二人とも早くして欲しいのねー。もうそろそろ限界なのねー」
ヒーリングをしているヒャクメから抗議の言葉が飛ぶ。
「!」
ち〜〜ん!
横島の頭の中でキンが鳴った。
「!なにか思いついたんですか?」
「ええ、まあ頑張ってみますよ」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
それから一時間位の手術の末、無事に西条の改造(?)が無事終了したのだった。
一同は二人の意識が戻るまで休憩を取ることにした。
美智恵をここまで重傷を負わせる相手、一同の顔に不安がよぎる。
不意に横島が外に目をやる、外では雨が強くなろうとしていた。


※この作品は、ゆうすけさんによる C-WWW への投稿作品です。
[ 第二話へ ][ 煩悩の部屋に戻る ]