silent-sheep
その朝横島のクラスは、騒然と静寂をフードプロセッサーでかき混ぜたような雰囲気に包まれていた。騒ぎたいけど、自分から静寂を破るには勇気が無いので、ただ押し黙っている。そんな雰囲気なのだ。誰かが火蓋を切ってくれれば、教室を包む異常事態の真相を問い質せるのだ。
(ええい ピート タイガー お前らGS仲間だろう 行け!!)
と云う、クラス中の無言のプレッシャーに後押しされて二人が口を開く。
「でも その どうしたんですか横島さん、その格好?!」
まるで腫物に触るような口調である。
「昨日分かれた時は、確か男だったようですけんど、一日でシンガポールにいったですだか?」
昔モロッコであったが、今その筋で有名なのはシンガポールなのだ。何故彼がそれを知っているか疑問だが。
「なワケねえだろう」
心底疲れたように怒って見せたが、止めた。一言発する度に周りからの視線が痛く、やはり今日は来るべきでは無かったかとも思ったが、これ以上の欠席は留年に繋がる。母百合子にこれ以上突っ込まれるネタを提供したくなかったのだ。
はあ〜
横島の青色吐息のため息に、その艶っぽい仕種に周りは桃色のため息が続いた。
(女って損なのか、得なのか分からんな〜)
朝から職員室に連れていかれ、ムサイ野郎から特上の美少女に変わったワケを音掘りは掘り聞かれ、矢継ぎ早に続いた質問で朝からすっかりバテていた。
机に突っ伏したままであったが、事態が分からず、ヤキモキしている二人の疑問を氷解させてやろうと、思いっきり気怠そうに起き上がる。
(きれいだ、たぶんミカ・レイさんと同じ位に)
(うつくしいですだ、エミさんや美神さんとはまた違ったタイプで奇麗ですだ、横島さん)
「う!・・何てめえら顔赤くなってやがる!!。頼むから、二人とも気持ちの悪い目で見るなよな。体はこうでも俺は男なんだから」
何やら貞操の危機を感じて少し引く。
「そ そんなことは あ ありませんよ」
「そ そうですだ、横島さんとおいどん達は厚い友情で 結ばれてるですだから」
ドモリながらいっても二人とも説得力が無い。「わかった わかった」と窘める。
「でもどうだ二人とも、結構美人だろう、この格好?」
ふざけてそう呟いてみせる。横島はそのつもりであったが、回りには小悪魔の誘惑にしか見えていない。自分も言われてみたいと思う野郎らが羨ましそうに二人を見る。
「え えええええ! とても その きれいですね」
「いいいい 一体それはどういうわけなんですだ」
「う〜ん・・」
云いたいことは分かったが、単純な事は案外と説明するには難しいものなので困った。
「まずこの姿は、俺のお袋の若い時にソックリなんだよな〜」
何度か見た、色あせたアルバムの中。まだ人生に俺も親父も、世間の荒波すら存在しなかった頃、今よりはあどけない写真の中の少女の姿。いつかのユニコーン事件の時に化けた女は果敢無げな聖少女の様相を呈したが、これは現実にしっかり地をついた、リンとした少女だ。
「おかあさんですか?」
「ああ・・・・美神さんによればだけど、きっと俺は女に生まれていたらばこんな姿であったらしい・・・くそっ」
言っていながら不機嫌になる。その際「残念だったわね」と可愛そうな捨て犬を哀れむような目で見られたのだ。しかも可愛そうといいつつも拾わない。可哀想と言う自分の言葉に自己正当さを見つけて満足する偽善に満ちた欺瞞であった。
確かに普段の横島は、これは非常に認めたくないが、親父大樹の同時代の物に似ていた。非常に不遜だが・・・・。だから、もしかして女に成ったときは百合子に似たとは突飛な事では無かった。
「横島さん、その方が良かったんじゃないですかいの〜」
ボソッと本心を吐露するタイガー。
「ば!嬉しくねえぞ、馬鹿野郎」
本当の事だと自覚しているだけに腹が立つ。いきせきり、タイガーを霊波刀でぶん殴る。しかもクラスの連中も男女問わずに腕を組み「うんうん」と頷く態度が更に気に入らない。
「美神さんって事は、やっぱりあの人が関わっているんですか?」
「ああ、又あの人が蒔いた種を俺が拾う事になっちまったんだ」
頬ずえをついて、心底疲れた表情を浮かべる。しかし同情の声は聞こえない。あるのは桃色のため息が再び周りから漏れるだけだ。
(やっぱ学校来ないほうがよかったかな〜)
今まで感じたことの無い視線に非常に居心地悪い横島だった。
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