gs mikami gaiden:livig light

著者:西表炬燵山猫


  「はあ〜。きつかったでござるな〜」
 事務所に入るや、ソファーにどっかり顔を埋めるシロ。
  「ほんとう・・」
 オキヌは、更に体に来ているようで、持った除霊荷物をドアに運び込んだ場所で、それを枕に入り口にへたりこんだ。
 流石に美神は何とか所長席までは辿りついたが、ドッカリ座ったままに動けそうには無い。高価で大切な除霊の入ったバッグもソコソコに、今度は机にへたり込む。
  「あんなんでもいないと困るわね」
 あんなんとは、今三人で分散していた荷物を、普段は一手に引き受けている野郎の事だ。普段エベレストのシェルパもビックリするぐらいの荷物を、ほぼ一手に引き受ける彼の体力を今更ながら痛感した三人。それに三人ともに体中スリ傷だらけだし、目には見えないが霊力は殆ど底を着いていた。

  「横島さんがいないだけで、こんなにキツイ仕事になるとは思いませんでしたね」
 無論美神単独は初めてでは無いが、デカイ山に当たる時美神には彼を外してはいなかった。デカイ山ならば、それなりの装備が必要なので、荷物持ちも、事に当たるのにも霊力的にも手薄なのだ。今回は彼がいなくてはこの三人での分担しなくてはならずに、今の状態にあいなった。
  「うう、せんせい。早く帰って来てほしいでござる」
 彼女も同感であるようだ。
  「情けないわね二人共。今日の相手は手強かったから、役立たずなアイツがいても大して役には立たなかった筈よ」
 嘘だ。
 抜けた穴は予想以上に大きく、いつも以上にスリル度は増して、ハッキリいって身の危険をヒシヒシと感じた程。しかし、他人に頼った言動は絶対吐きたく無い。母親にそれが出来ればもっと可愛くなると言われたが、頑として譲れない生き方である。


  「ほら!一息ついたら、この後夜中にも一件入ってるんだから、早く霊力補充してよね。オキヌちゃん!夕食って、・・・・無理みたいね」
 普段美神家の台所を一手に任されているオキヌは、今は食事支度どころではないようだ。多分鍋にフライパンの一つも持てないであろう。
  「ほら!出前取ってやるから、ありがたく戴いてエネルギ−補充してよね」
 電話をかけながら、垂れている二人の尻を叩く。霊力は簡単には補充出来ないが、何か腹に入れておかねばこの商売は持たない。
  「でも、こんな状態じゃ断った方がいいんじゃないですか?」
 誰一人まともな状態でないので、仕事の延期は当然の帰結。しかし美神が認めるとは思えないが、取り敢えず提案する。
  「駄目よ!今日が契約の期限なんだから、違約金いくらすると思っているの」
  「でも、怪我したら元もこもないですよ。それこそ明日以降の締め切りの仕事にも差し支えますから」
  「それにこうなったのは美神殿のせいではご」
 あまり理屈は口にしないシロまでも口調はキツイ。
  「ええい、うるさい」
 息をあらげる。
 無論普通ならば十分な期限を取るのだが、帳簿漏れからの追徴課税で機嫌を悪くなった美神のワガママ 暑いだ、寒いだ、雨だ、あの日だで で、気がつけばこの頃はすっかり締め切り間際の漫画家か、借金抱えた中小企業の自転車操業状態。おかげで普段ならば美神、横島のフルメンバーであたるグレードの仕事を分割して事に当たっていた。
 この場に横島とタマモがいないのも、同じく今日がメキリの仕事が遠方であり、往復時間が勿体無い仕事に皆で当たっている時間が無い。それほどまでに切迫していた。


  「そろそろ飛行機アッチに着く頃ですかね、横島さんとタマモちゃん」
 時計を見てオキヌがつぶやく。
  「うう、拙者も天然うなぎ食べたかったでござる。なんでタマモなんでござるか?」
 シロが頭上に浮かんだ、油ぎったウナギを思い浮かべて涎をたらす。出会った時とあまり変わらないようだ。
 今日の横島の仕事は、首都を遠く離れた所の日本最後の清流が舞台であった。その上流に出る自縛霊の除霊。

  『天然もんじゃ 天然もんじゃ。土用の丑には早いけど、天然ものじゃ』
 経費で本場の天然物の鰻が食えると、二人も張り切っていたので羨ましいのだ。明日の帰京にお土産で買ってきてくれる筈だが、やはり本場でおろしたて焼き立てを食べたい。
  「ええい!あんたと横島だとまともに仕事出来るとは思えないでしょう。お目付けにはあの子が適役よ」
 連れていったのはタマモ。暴走がちな横島に対しては、冷めた彼女の方がお目つきにはいいに決まっていたので、一にも二にも無く美神はチームを決めた。
  「でも、それならあたしでも良かったんじゃないですか?今日のコッチの仕事内容なら、あたしよりタマモちゃんの方が良かったような。横島さんの向かった方も自縛霊の除霊ならば、やっぱりあたしの方が・・・・・」
  「し 仕方無いじゃない、今日の仕事オキヌちゃんのネクロマンサー能力必要だと思ったんだから」
  「でも、今日あたしあんまり役には立たなかったみたいですけど?」
 素直に、今日の自分の仕事内容を思い返すが、荷物持ち以外は役には立っていなかったのが本当の所。
  「・・」
 言われて美神も言葉に詰まる。

 実は二人の向かった方の仕事は、肝心の霊が出てくる時間は夜遅く。なので、横島チームは当然現地で一泊する必要がある。それに、シロやオキヌを同行させるのは・・・・。自分への言い訳は親から預かっている、嫁入り前の娘を傷物にさせる理由には行かないからだが。


  オキヌが、今一度横島のかかっている仕事の依頼書を手に取る。
 除霊対象は、どうやら恋人と死別してしまい、世を儚んで入水自殺した男性の除霊。別段何も被害は無いが、地方自治法の兼ね合いから予算が出て、これを機会に村起こしをしようとしている村にとっては幽霊の出現はイメージ悪い。それで除霊と相成った。
  「場所は日本最後の清流と天然鰻で有名な○○○川上流の×××山の麓の□□村か。週末に村起こしイベントがあるので、◎月◎日までに除霊・・・・・・・・あれっ?」
  「どうしたの?」
 契約書から目を上げて、テレビの方を振り返ったオキヌに美神も続く。
  「今のテレビで・・シロちゃん、ボリューム上げて」
 言われた通りに音量を上げると、情報番組でどこかの村の事が取り上げられていた。どうやら地方分権で、各地で行なわれている村起こしの特集らしい。
  「今の村って、ほら!この依頼の村みたいですよ」
 美神が見ると、今テレビで紹介されている村が今回の依頼主のようだ。
  「ふ〜ん。このレポーター結構美人だから、その辺りに横島君いるんじゃないの?」
 笑う美神であったが、オキヌとシロ共に結構マジに笑った目尻を震わせて凝視していた。流石にそこまでは偶然は重ならなかったようだ。

  『・・・の生息地で知られており、昨夜あたりから飛んでいるのが確認されているようで、週末にはそのイベントが行なわれる予定です。では、昨夜撮ったその模様をごらんください』
 レポーターがそう告げると、画面は昼の生中継から、昨夜撮ったらしい夜の場面に移った。その画面を見てシロが話す。
  「ああ、奇麗でござるな。そういえば拙者の田舎には沢山いたのに東京では全然いないんでござる。やっぱり拙者も先生と行って一緒に見たかったでござるよ」
 無心にそう告げたシロであったが、オキヌと美神はそんな声は届いていなかった。

  「美神さん・・・・横島さん・・知っているんですか?」
 口調は重く小さい。美神は首を振る。その仕種も重く小さい。
  「あたしも今始めて知ったわ・・」
 もう一度書類を見返してもそのくだんは無い。
  「だ 大丈夫よ。あいつだって、その、ちゃんと、その・・」
 オキヌは答えなかった。小さく唇を震わせただけだ。しかし心中。
  (なんで なんで、わざわざ寝た子を起こすの・・)
 あまりに今回の依頼は、彼には辛い事と符号していたのだ。運命の神様の悪戯に、巫女ではあるが少し神仏に恨み事をいいたかった。



  「奇麗だな横島。お前、まるで年の瀬のお飾りみたいだぞ」
 事務所でのやりとりから数時間。すでにトップリと日は暮れて、そろそろ子供は就寝の時間。そろそろ目撃例の多い、除霊の相手も現われる時間帯にかかろうとしていた。
 入水自殺の現場で出現を待つ二人。幸い、暑いでも寒いでも無い季節なのでそんなに辛い仕事では無かった。除霊自身も、美神が出向かなくていいと思える程の依頼料なので、二人にもあまり緊張感は無い。
  「・・ああ、そうだな。まるでクリスマス特番の芸能人のかぶりものだろう」
 タマモの言葉に素直に頷く。
  「しかし、見てるお前はいいが、たかられる方としては辛いぜ」
 夜のとばりの中、流石に田舎の山中なので街頭も無く真暗な山路。ライトも付けないのに、横島の体は無数の光に包まれていた。

  「しかし、お前は妙な物に好かれるんだな。美神の言う通りだ。魔物に物の化、それに・・・・星たる(ほたる)もだとはな」
 自分も物の化だとは除外しているようだ。
  「・・・そうだな」
 横島の体を照らしているのは無数の星たるであった。
  「嬉しいやら悲しいやらわからんがな」
 タマモのからかいに、語尾荒げぬままに虚無的、かつ皮肉っぽく答える。
  「?」
 その表情が何やら柄も言えぬ感情をたたえているようで戸惑う。普段ならばもう少
しムキに成るのに、からかいを軽く流されてチョット怪訝な顔をする。

  「怒ったのか?」
 初めて見せる表情にちょっと不安げ。しかし横島は薄く笑って首を振るだけ、気にした様子は無い。それが代えって彼女を不安がらせる。
  「・・」

  「ん?」
 どうやらその視線に気がついたので、手の甲に星たるのカップルを付けたままにタマモの頭を優しく撫ぜる。普段シロにしている事だが、タマモには初めて。
  「っ・・ちょ ちょ・・・」
 子供じゃないからと、触られる感触に嫌がってみせようとした。

  (へん・・だな・・・)
 しかし、それとは逆に、伝わってくる感触は暖かい。狐の習性を色濃く持ち合わせているので、対他人関係をネガティブに捉えている。そんな自分でも妙に安堵出来る感触。頭の中は疑問だらけだが、野性の勘で、ほ乳類で云うところのお袋のお腹の中の様に安心出来る。
  (どうして・・)
 そんな、彼女にとっては軟弱な感情を否定しようと思ったが、顔を赤らめながらも抵抗出来ない。
  (なるほど)
 時折事務所で頭を撫でられ、トロンとしたシロを馬鹿だと思っていたが、不遜だが少し気持ちが分かった。
  (まあ、いいか・・)
 大人しく撫でさせてやるタマモであった。


  「さてと、そろそろお前ら離れないと危ないぜ。愛の語らいは他でやってくれないかな」
 目の前でボンヤリと、多分今日の除霊対象が現われ始めた。言葉が分かる理由も無いであろうが、無数の星たるは横島の体を離れて藪の方に揃って飛んでいった。
  「さて仕事だ、いきましょうかね。タマモさん」
  「う うん」
 少し安息を妨げられて戸惑うタマモであった。


 対峙した自縛霊が、強烈な霊気を放出しながら叫んだ。
  『おまえなんかに、アイツをなくしたきもちがわかるか!!』
 流石に多数に目撃されるだけあって、慟哭のエネルギーの霊波は凄まじい。が、横島は表情を変えずに幽霊の胸倉を掴む。
  「甘えるな!なら、お前は俺の気持ちが分かるのか?こんな山奥で、テレビも艶っぽい姉ちゃんもいないのに、長く待たされた俺達の気持ちが」
  『えっ?そんなのおまえのかっ・・』
 尚も続ける。
  「勝手だっていうのか!なら、人様の住んでいる所で勝手に死にやがって、住んでいるものにとっては迷惑なこの上ないお前の行動は勝手じゃないって言うのか」
  『う』
  「それに、なんだ後追い自殺なんぞ。恋人無くして悲しいのがお前だけだと思うな!!世間にはそんなのゴロゴロいるぜ。それでも、命あるうちは生きて行かなきゃいけねえんだ。それが残されたもんの義務だろう。お前は悲しみに負けて安易な道をえらんじまったんだぞ。そんな奴が悲劇のヒーロー気取りなんぞ、いい加減にしろ」

  (す すごい迫力)
 胸倉掴んで向き合う二人に圧倒されて何も出来ない。
 本来は横島の攻撃で気を引いている内に、彼女のお札で吸引する手筈であったが、横島のマジギレにすくみあがった。
  (い いったい何があったんだ・・)
 自分の意志を挫かせるに十分な気概に霊が泣き崩れる。
 彼も分かっていたのだろう。いくら、ここで待っても、幾らさ迷っても恋人には会えないのが。
 自縛霊の御多分に漏れずに、一人暗く寒い今の状況。寂しくて、悲し