其の二
会場2階のギャラリー席から試合を観戦していた美神令子は、横島のあまりの成長を目の当たりにして当惑し、そして満足もしていた。修行と修行の合い間に事務所の除霊を横島は手伝っていたので、ある程度の実力はつけているのは分っていたがまさかこれほどとは!
「まいったわね!小竜姫様が苦戦するなんて!私なんてやっとこさ15分持ちこたえてなんとか取得したのに。」
あるかなしかの美神の呟きに、隣に居たおキヌが問いかける。
「えっ?けっこう小竜姫様がおしているようにみえますけど?」
「そうでござるな、先生もなかなか攻めにくそうでござるし。」
おキヌの言葉に、一緒に観戦していたシロも同意する。ちなみにタマモは、めんどうくさがって事務所で留守番。
「どうしたの二人とも?やけに小竜姫様びいきじゃない?」
少しだけいじわるをする美神。そうじゃないんですけど、などと否定しつつ納得のいかない表情で黙り込む二人。自分たちもなぜそんなことを口にし、横島の実力を素直に喜べないのかわからない。
そんな二人を見て、やさしく微笑む美神。とても300円で横島を酷使している人物とは思えない。すこしいじめすぎたかしらと反省しつつ、口を開く。
「確かにね小竜姫様にはまだ超加速があるし・・・。でも横島クンも以前なら文殊を生成しそれに文字を封じ、さらに投げつける。この一連の動作に時間をくわれてしまって実戦じゃそのタイミングを作るのに苦労してたけど、この前の除霊の時にはちがってたでしょ。今じゃもう、念じた瞬間に文字の封じられた文殊が出現し発動する、しかも複数同時に。」
美神の言葉にうなずく二人。しかし、あまり納得してない様子。話していると美神は、横島びいきになってしまうようだ。いかんいかんと自分を諌めつつ、ふたりの機嫌取りに言葉を続ける。
「まあ、もし、これが実戦であれば竜神の超加速対文殊の超加速戦ね、開始と同時に終了。どちらが勝つかは神のみぞ知るってとこね。でも今日は『FL』試験の模擬戦で協会のオエライさん達もきてるわ、まあオエライさんの半分は素人の天下り連中だし残りの半分以上も実力そのものは『VS1』程度だから、一瞬で終わっちゃつまんないでしょ?ママもきっと、今回の試験では文殊の使用と超加速の使用をそれぞれ禁止したんでしょ?」
美神のフォローも、あまり耳に入ってない二人。
美神にはその二人の気持ちがわかった。つまり、二人は横島の急成長に当惑しているのだ、同世代を生き同じ時間を共有しているはずの人間のあまりにも大きな成長。それと比較したわが身の成長。自分だけが取り残され置いてきぼりにされたような寂しさ。そして、あるかなしかの嫉妬。
しかし、これは自分たちで解決するしかない心の意識の問題だ。
でも、この二人ならちゃんと自分なりの答えを見つけるだろう。美神自身が、横島の成長を心から喜べるようになったと同じように。なにしろ二人とも信頼できる仲間であるのだから。
其の三
試合場では今も、激戦が続いていた。
小竜姫の下からの切り上げを霊波刀で打ち落とす。打ち落とされた神剣の軌道を強引に横なぎの一撃にかえる小竜姫。それを『栄光の手』でわし掴みにし、頭上に押しのけ、ガードのあいた腹部へ左の拳をくりだす。
すばやく半身にひらき、かわしざまに神剣から左手を離し霊波を放つ小竜姫。
『栄光の手』から、等身大のサイキックソーサーにすばやく切り替え、凌ぎ切る横島。
一瞬の攻防から互いに距離をとり、体勢を立て直す。横島は、『栄光の手』霊波刀モード。小竜姫は、愛刀にちらりと視線を走らせて舌打ちする。先ほどからの打ちこみで少し刃がこぼれてしまっていた。横島の霊波刀はむろん無傷。以前なら、放出した霊波が刀剣状に見える程度であったが、今はもう本物の剣と見紛うほどに精錬された外見を持つ、諸刃の剣であった。
「こんなちょっとしたところでも差が出るものですね・・・」
小竜姫の内心のつぶやきは、目の前の横島には聞こえてはいない。
「んがー、美神さんのアホー!こんな目にあわせよってからにぃー!終わったら体預けるか時給上げてもらわんと割に合わん。」
途中までは心の叫びだったが、後半の体のあたりから声に出ている横島。幸い2F席の本人の耳には届いていないようだ。もし届いていたら、
『地獄のリンチフルコース、コーヒーか紅茶は選ばせてあげる』であったろう。
そもそも、今回の発端は、横島にあった。修行にばかりかまけている横島に、最初のうちは感心していた美神も、徐々に怒りという名の欲求不満が募っていたのだ。ようは構ってもらえなくてすねていたのだが、そんなことを口にすることも、思う事も否定する非情の女はこうきりだした。
「あんたねぇ、さんざん放蕩の限りを尽くしておキヌちゃんとかに迷惑かけてんだから、そろそろいい加減にしなさいよ。あんた丁度、免許更新の年だから更新のついでに昇級試験受けて、修行の成果ってやつを形だけでも示しなさい。ひとつの区切りにはなるでしょ。・・・分ってるとおもうけど今持ってる『IF』より上は、『FL』しかないんだからね?」
美神の脅迫に、怯えつつも、いやしかし自分の修行は級所得の為でなく、などと恐る恐る反論する横島だが、
「・・・分ってると思うけど、もし落ちたら、地獄にも落ちるわよ?人為的にね、しかも拷問のサービスつきで。」
蒼白になり、うんうん頷く横島。
そんなやり取りを思い出し、苦笑する。まあ、仕方ないか自分も悪いのだからと諦める。横島には本当に級などどうでもよかった。修行は自分の為だけにしていたのだから。
目的はたったひとつ。
自分の子供として生まれてきたルシオラを今度こそ、生涯かけて守りきる。例えそれがアシュタロス級の魔族であろうとも、また神族であろうともだ。
『ルシオラの害になるもの総てを排除し、粉砕し、退ける。ただ、その為だけの力が欲しい!』
そして、同じように自分の仲間も守りたい。その為に、霊力を極限まで鍛えてきたのだ。
しかし、自分の子供がルシオラであり、記憶もあると判ったときに自分はルシオラの記憶を封印してしまうかもしれないと思ってもいた。
自分の愛した女性をもう一度取り戻すために結婚し、子供を生ませる。結婚相手の女性を物としか見ていない所業。
また、記憶を封印され別人として生きる子に、以前の女性の思いを重ね、育てることへの禁忌感。
どうしたらいい、どうしたいのか、いつも思考はそこで停止する。この、数年の修行ですら只の現実逃避だ。今は強くなることで、この矛盾した思いを忘れているだけ。自嘲気味に口をゆがめる。このまま、思考の停止した時間に埋没してゆく寸前で、ふとわれに返る。
眼前には、剣を構える小竜姫。ほんの一瞬だけ、意識が飛んでいたらしい。しかし、小竜姫ともあろうものがその隙を逃すわけなどないのだが。そんな彼女に不審な目を向ける。
「さあ、迷いもあるでしょうが、今は集中しましょう。今日は、あなたにとっては何かしらの節目になるでしょうから。残り時間は数分、そろそろ終わりにしましょうか。」
横島の心のうちを見透かしているようなやさしい口調と、少し悲しそうな目。やれやれ、かなわないなと笑顔をうかべ。
「そうっスね、俺は、俺らしく、ただ煩悩のまま進むのみっス!」
そう高らかに宣言すると、二人の顔に緊張が走る。
時間にして30分と満たない戦いは、いよいよ終盤をむかえた。