其の四
観衆の多くは、残り数分で眼前の二人が阿吽の呼吸で消えたようにみえた。そして、突如として試合場中央で戦いに没頭する二人を発見する。
小龍姫の右肩から担ぎ下ろされた一太刀が横島の左肩に食い込む一瞬、右拳で神剣の腹をぶったたき軌道をそらす。と同時に、伸びた右手に交差するように左手の『栄光の奥の手』の抜き手を繰り出す。咽喉元に鋭い指先が襲い掛かる寸前、小龍姫が前蹴りをみぞおちに喰らわす。横島はサイキックソーサー通常モードを腹部に展開、3重4重に複数展開されたそれに、蹴りの威力は半減。さらに、自らも後ろに飛びのきノーダメージ。蹴りの威力を利用して、小龍姫は後方に飛びのき、着地と同時に切り込む。半拍遅れた横島は、『栄光の手』を方膝ついたまま小龍姫に伸ばす。
小龍姫はぎりぎりで右肩の方にかわすが、右の頬に裂傷が走り血がしぶく。
横島の体が、それを見て硬直してしまう。
怪我にはお構いなしに、伸びた『栄光の手』を押さえる形で神剣の腹を当て、まるで発射台のように滑らせる。右半身をさらした格好の横島の首に神剣が迫る。神剣が横島の血を盛大に吹き上げるかと思われるその寸前、びたりと、皮一枚を残して止る。
一瞬の静寂。
「・・・こ、降参です。小龍姫様。」
同時に、試合終了のブザー。ブザーの音と共に、二人の体から力が抜ける。
「ふー、しんどかったー。もーいやじゃ。」
今までの真剣勝負もどこ吹く風で、へらへらと笑う横島。
つと、横島の傍により
「よくここまで鍛えあげましたね、横島さん。文句なく合格です。」
小龍姫は、少し不満の顔でそう宣言する。
会場中から、割れんばかりの大拍手。会場が、唸る様な拍手と歓声につつまれた。
「まったく、あなたとゆう人は、最後の最後であんな大チョンボをして。真剣勝負の最中に相手に傷を負わしたくらいで、もう。」
あきれた口調の小龍姫。
「いやー、すんません。やっぱこう、女の子が傷つくのにはなかなかなれんもんでして。あ、それより傷すんません、だいじょぶです?」
言いつつ、すっと左手を小龍姫の右頬に当てる横島。瞬時に、『完』『治』『無』『傷』の文殊が発動.みるみる傷が消えていく。
「これでよしっと!・・・許してくれます?」
おずおずと尋ねる横島。普段、煩悩全開の男が何の邪気も無く、頬に手を触れるとゆう行為に少し照れる小龍姫。ふーと息を長く吐くと、そこにはいつもの小龍姫の顔があった。
突然、横島の体からピーとゆう電子音が鳴り響く。あわてる横島。
「アッ、いけね、臨界時間だ。熱っ、熱っ、熱い!」
あわてて、戦闘服の上着部分を脱ぐ。下はいつもの白いランニングシャツ。
「な、なんです?」
「ふー、あつかったー。いやーこの軍服、魔界の軍の支給品なんすけど、戦闘中に流れ出た余剰霊力を回収して、強制的に体内に戻すそうなんす。ほんとは頭部にフルフェイスがついてて、それを被らないと機能不全で長時間使えないんですよ。まあ、軍の訓練終了時に祝い品でもらったんで、文句もいえないっすけど。」
今回なぜ、そのフルフェイスを使用しなかったのか問う小龍姫に、横島は答えた。醜悪な悪魔の生皮を剥いだらこうなるなーとゆう凶悪なデザインだったからと。
「可憐な美少女と戦うには、ちと、問題あるっしょ?」
横島の言葉に、あきれて笑う小龍姫。
「さあ、あとは授与式です。いきましょう!」
晴れ晴れと言う小龍姫を見て。横島はほっとし。拍手のやまぬ試合場を降りて行こうとした。
終わってみれば、先ほどの悩みも忘れたらしく、おキヌもシロも手の皮が破れんばかりに拍手を送っていた。美神も「ちっ、追いつかれたか。」 と、口にするものの本当に喜んでいた。
このまま終われば大団円だが、そうもいかなかった。2階席の彼女らは見た!横島が、小龍姫の頬をやさしく撫で、顔を接近させたのを。小龍姫もまんざらでもないように照れている仕草を。
その瞬間、美神とおキヌの思考が停止。全アプリケーションの強制終了。それと替わって嫉妬の感情が脳内を駆け巡る。その状況の二人に止めが刺さる。横島が、いきなり上着を脱いだのだ。
『・・・あの野郎っっ!!』
美神の一言に、横を向いたシロがみたのは、もぬけのからの二つの客席だった。
小龍姫と雑談を交わしつつ試合場を降りていた横島は、突如として体が思うように動かなくなっていた。ギクシャクとした手足に「あれ?」とつぶやいていると、恐ろしい殺気に気づき、正面に顔を向ける。そこには、夜叉もここまでは怒るまいとゆう形相を貼り付けた美神。その右手は、とてつもない霊気が宿っていた。瞬間、右ストレート炸裂。
「こんのっ、ロクデナシがー!!」
制裁の理由は不明だが、美神に殴られたのだけは理解しなぜか納得する横島。意識の消える片隅で、おキヌがネクロマンサーの笛を吹き鳴らしているのもみえた。おキヌちゃんも誰かの悪影響を受けとるのうと思いつつ、ブラックアウト。
其の後
ふと、目を覚ますとそこはいつもの美神除霊事務所であり、いつも座っているソファーだった。「え、あれー夢か?」とつぶやくが、いや、間違いなく試験に合格したんだと思い直す。
「お目覚めですか、横島さん。合格おめでとうございます。」
人工幽霊一号が声をかける。ありがとうと答えると、状況の把握に取り掛かる。しかし、すぐに美神があらわれた。すこしばつが悪そうだ。
「ああ、美神さん、しかしここは、何が、いったいおきたんです?」
「ごめん!横島クン!」
がばりと、頭を下げる美神。突然の成り行きに頭が追いつかない。そんな状況で、この人のこうゆう意表をついた素直さって好きだよな、などとあらぬ思いにふける横島。事の成り行きを話し出す美神。
美神の一撃にのされた横島は、霊力を消耗していていつもより回復が遅かった。ゆえに、授与式は本人の疲労のため急遽中止。観衆は一部始終を目撃していたが、大人のルールにのっとり、黙認。
しかし、残念会もしくは祝合格祝いにホテルの会場をキープしていたので、仕事終わりに駆けつけた雪之丞、ピート、タイガー等いつもの面子により搬送。白目をむいている横島に集まったそれぞれが祝いの言葉と、哀れむ視線を送るとゆう異様な儀式を済ませると、それはそれとして、これはこれで楽しまねばとゆう思想のもと大宴会がもようされた。その間、主賓である横島は気絶中。美神は、母親と小龍姫の二人から説教されていた。
宴会もひと段落し、さて二次会に赴くにあたり、美神令子に横島の介抱が二人から言い渡されたのであった。それが、今の状況らしい。
仕方なしに、二人で酒を酌み交わす。美神秘蔵の、ワイン、焼酎、日本酒、ブランデー、その他多くがあけられてゆく。美神にさしで飲み負けていない横島。飲みながら、たわいも無い会話が弾む。やはり気の合う二人なのだ。おキヌのこと、シロ、タマモのこと、仕事のこと、美智恵のこと、小龍姫のこと、他の仲間のこと。
そして、・・・そしてルシオラのこと・・・
酔いつぶれた横島が、テーブルにうつ伏せのままささやく。
「俺は・・・守ります・・・美神さんも、みんなも、必ず、必ず・・・」
「・・・ありがとう横島クン・・・期待してるから・・・」
同じくつぶれている美神が優しくささやき返す。しかし、二人の目には真剣な光が浮かんでいた。
そして、GS横島の一番長い日は終わろうとしていた。