長いお別れ
著者:うめ
その霊体は時速200km近くのスピードで疾走していた。
私は愛車のスロットルを開き、その後を追いながら大声で叫ぶ。
「お願い、止まって。」
高速走行中の排気音にかき消され、声は届くはずもなかった。
だが、叫ばずにはいられない。
この人は、私には忘れられない人だった。
きっかけは、ありきたりな依頼だった。
依頼の内容は、高速道路に現れる幽霊ライダーの除霊、
普段の私ならば、タイガー達とチームを組んでの力技ですませる。
しかし、依頼主が持ってきた写真の人物を私は知っていた。
思い出したくもない、少女時代の記憶。
孤独と憎悪しかないその時代の記憶のなかで、この人との記憶だけが暖かい光を放っていた。
「なんで、あの人が・・・・・・」
隠しきれない動揺。訝しがる依頼人を残し、私は独りで現場に向かう。
この仕事は、自分一人でやりたかった。
「いい加減、走るのはやめて。」
霊体と併走しながら、私は再び叫んだ。
速度は時速200kmをこえていた。
「私の声が、聞こえないの。」
距離を詰めようとするが、相手はさらにスピードを上げ引き離されてしまう。
追いついては引き離される状態がしばらく続いた。
「皮肉ね、あの時の約束がこんな風に守られるなんて・・・・・」
私は、この人との約束を思い出していた。
生きているうちには守られなかった約束を。
私は10歳で両親を失った。
私を引き取った叔母とはそりが合わず、学校にも友達はいなかった。
12歳の時、居場所をどこにも作れなかった私は家出した。
孤独で惨めな生活、家出して何日目かの夜に私はあの人に出会った。
「おねがい、助けて。」
補導員に追われていた私は、信号待ちしているバイクの後ろに飛び乗る。
「!」一瞬おどろいた様子をみせたが、あの人は黙ってバイクを発進させた。
急な加速に驚いた私は、思わずあの人の背中にしがみつく。
私とあの人を乗せたバイクは、夜の町を走り抜けた。
初めて感じる加速、初めて感じる風、不安しか感じなかったここ数日の気分が後方に吹き飛んで行くような感覚。
初めて乗ったバイクは、今まで感じたことのない開放感を与えてくれた。
私は思わず歓声をあげ・・・・・・なかった。
グーキュルゥゥゥ・・・・・・
今思い出しても顔から火が出そうになる。
家出生活による空腹のため、私のお腹は大きな音で鳴ったのだった。
その音に気づいたのか、あの人はしばらく走ったあとバイクを止めた。吉野屋の前だった。
「飯にするぞ」あの人はそれだけいうと、店内に入っていく。
「食わないのか。」
だまってカウンターに座っていた私に声をかけたとき、あの人はほとんど食べ終わっていた。
私は「並」、自分は「大盛り」、あの人が頼んだものだった。
あの人の言葉に促され、私は箸をとる。
数日ぶりの温かい食事、しかも独りではない食事。
牛丼を食べながら私は泣いていた、あの人は他の客の視線を気にした風もなく、私が食べ終わるのを待って店をでた。
「家出か?」
店を出てすぐの公園、そこでようやくあの人は事情を聞いた。
店の中で込み入った話は出来なかった。
私は黙ってうなずく。
「警察に言うの?・・・」
「警察は嫌いだ、特に白バイは・・・・」
不思議なことに、このとき初めてこの人の顔を見たように思う。
あの人は30歳くらいに見えた、優しそうな人だった。
「あの・・・・、ごはんありがとう。」
自分でも驚くほど、素直にお礼がいえた。
そして、自分でも驚くほどの勇気に後押しされ、私はこう言ったのだった。
「東京まで乗せてもらえませんか。私に出来ることなら何でもしますから。」
オートバイのナンバープレートから東京の人だというのは判っていた。
少なくとも、この人は東京までは行く。
私の家があった東京まで・・・、私は必死に頼み込んだ。
「親が心配していると思うんだが・・・・・」
「親は、死んじゃった・・・・・、私には家族も友達もいない、誰も私の心配なんか・・・・」
吐き出すように私はいった、こらえきれず目に涙が浮かぶ。
あの人はしばらくの間、無言だった。
「重症だな・・・、しかし、ヘルメットもないし・・・・」
私はすぐに吉野屋の駐車場まで走り、駐車しているトラックから作業用ヘルメットを失敬する。
あの人は苦笑いだった。
「君を乗せると、荷物も乗せられない・・・・・」
「私が、背負います。」
私は一歩も引かなかった、この出会いに運命めいたものを感じていた。
あの人が考え込んでいる間、私は目を逸らさずあの人を見つめ続ける。
「これも何かの縁か・・・・・・・、」
あの人は、ため息をつきながらこういったのだった。
「タンデムだから高速は使えない。俺も旅の途中だし・・・・・・寄り道しながらでよければ後ろに乗りな。」
こう言ってあの人は、荷物をおいてある宿に向かいバイクを走らせようとする。
もちろん私は、あの人の後ろに乗っていた。
東京に行きたいと思ったのは、単純に懐かしさからだった。
独りぼっちの私に、知り合いなどいるはずがなかった。
「牛丼好きなの?」
タンデムで走っている最中、私はあの人に聞いた。
「早くて、安くて、うまい。それに注文の時悩まなくてすむ・・・・。
ひょっとして嫌いだったか?」
「ううん、おいしかったわ。だけど、若い娘には不向きな店と思わなかった?」
初めて入った吉野屋は、最初のうち居心地が悪かった。
その店で泣きながら牛丼を食べたのは、あまり格好の良い体験ではない。
「子供とバイク乗りには、お似合いの店だ。」
この一言で会話は終わった。
子供扱いされたことに少し腹を立て、背中に抱きつく力を強める。
あの人は無反応だった。
「(この人にとって、私はまだ子供なんだ・・・・・)」
腹立たしさよりも、安心感のほうが強かった。
知らない男に家出少女がついていったら、どんな危険があるのかは知ってる。
ただ、私のカンが(この人なら助けてくれる)と訴えていたのだ。
この頃からすでに、私には霊能力があった。
あの人の泊まっていた宿は、素泊まりの安宿だった。
多分、食事はずっと外食なのだろう。ベット脇にある荷物は予想していた物よりもずっと小さかった。
そのバックから着替えを取り出し、あの人はシャワールームに入っていく。
薄いドアを通して、室内にまで水音が響いてきた。
10分ほどしてバスルームから出てくるまで、私はぼんやりとベットに座っていた。
「空いたぞ。」そういって、あの人はタオルを投げてよこす。
正直、私は迷っていた。壁一つ隔ててはいるが、裸になるのには抵抗がある。
しかし、髪の汚れから来る不快感は我慢の限界だった。
着替えは家から持ち出したものがあったが、ここ数日風呂には入っていない。
私は覚悟を決めてバスルームに入った。鍵はしっかりかける。
バスタブにお湯を張り、肩までつかるとさっきまでの抵抗感は薄れ、ただお湯の気持ちよさだけが感じられた。
備え付けのシャンプーで髪を洗う、続いて体、数日分の汚れが落ちていくのは快感だった。
シャワーで泡を洗い流し、湯気で曇った鏡の表面を手でこする。
鏡の中の自分と目が合った。次第に視線を下に移す。
水滴をはじいている色黒な肌は、すでに女性らしさみせていた。
「あの人は、私を襲うだろうか?」
体を売るようなまねは、絶対にしたくなかった。
自分のカンが安全だと訴えても、完全に信用することは出来ない。
もし何かしてきたら、自分は必死に抵抗するだろう。
しかし、なぜか私はもう一度体を洗い始める。
結局、バスルームから出るまでに一時間以上かかった。
しっかり着替えを済ませ、緊張しながらおそるおそる部屋にもどると、あの人は一つしかないベットの上で熟睡していた。
「信じらんない・・・、普通女にベッドを譲るでしょ。」
そんなことはドラマの中だけの話しだと、当時の私は思わなかった。
腹立たしさと安堵が入り交じった複雑な心境で、床に毛布を敷く。
サイドスタンドの上に無造作に置かれた財布が目に付いた。
「(盗むとは思ってないのかしら。)」
盗みをやるつもりはなかった。
しかし、私があの人に抱いている不信感を、あの人が私に持っていないことに、多少の後ろめたさを感じた。
このまま床に寝たのでは負けたような気がして、私はベットに潜り込む。
あの人は眠ったままだった。
体を接触させないように反対側をむき背中を丸める、背中にあの人の体温が伝わってくる。
緊張のためしばらく寝付けなかったが、家出の疲れも手伝い私はいつの間にか眠りに落ちた。
「何で、また吉野屋なの。」
翌日の朝、たたき起こされた私は朝食に連れだされた。
ケリ起こされたことと、続けて吉野屋に入ることへの不満を口にする。
昨日とは違う店だが、吉野屋には違いはない。
「タダ飯と、人の好みにケチを付けるな。」
不機嫌そうにこういうと、あの人は朝定食を食べ始める。
痛いところを突かれ、私はだまって目の前の朝定食に箸を付けた。
意外においしかったので素直に感想を口にすると、あの人の機嫌は直ったみたいだった。
それっきり、二人とも無言で朝食をすませ店を出る。
宿に戻り出発の準備をしているとき、あの人はある提案をした。
「宿代、食事代の代わりに買い物・洗濯等の雑用をすること。」
今にして思えば、私に引け目を感じさせないための気配りだったのだろう。
しかし、当時の私はそんなこと思いもせず、自分の役割が出来たことをただ喜んでいた。
これだけのことで、あの人と対等になった気になっていたのだ。
宿をチェックアウトしてすぐ、買い物と、コインランドリーでの洗濯を任される。
渡されたお金は十分すぎる額だった。
あの人は、お釣りで私の必要なものも買うように言うと、何処かへ出かけていった。
この土地に用事があると言っていたが、詳しくは教えてくれなかった。
それから洗濯と買い物に取りかかる、終わったときには半日が過ぎていた。
汚れた自分の服も洗濯できたし、自分の買い物もできた。
家出中はもちろん、叔母の家にいたときも感じたことはない充実した時間だった。
私はあの人に、自分の居場所を求め始めていた。
集合場所には決めた時間より早くついた。ぼんやりと人の流れを見つめながらあの人を待つ。
最初から周囲にいた待ち合わせの人たちは、徐々に相手を見つけ消えていった。
私が不安を感じだした頃、頭の上に何かが乗せられる。
振り向くと、赤いフルフェイスのヘルメットを持ったあの人がいた。
「大きさはちょうどいいな」
あの人はこう言うと、私にヘルメットをかぶせベルトを締めようとする。
突然のプレゼントを喜ぶ余裕はなかった。
私の目は、あの人の背中についた若い女の霊体を捉えていたのだ。
女は消えるまでの間、ずっとあの人を見守っていた。
それは恋人を気づかうような、慈愛に満ちた視線だった。
私はその女にかすかな嫉妬を覚えた。
それから数日、旅は寄り道しながらも順調に進んだ。
見知らぬ土地はどこも新鮮で、私達は積極的に旅を楽しんだ。
あの人は時々だが、バイクの乗り方を教えてくれたりもした。
親が死んで以来初めての安らげる日々。ここ数日、私は孤独を感じなかった。
あの女の姿は、再び現れることはなかった。
東京まであと僅かの所まで来たとき、私は唯一の不満をあの人に訴える。
食事は相変わらず吉野屋が多かったのだ。
私の強い希望で、次の夕食はちゃんとした店で取ることにした。
「向かい合って取る食事、初めてだって気付いた?」
吉野屋以外でも食事はずっとカウンターだった。向かい合っての食事は一度もなく、それが私には不思議であり不満だった。
「独りの生活が長かったからな・・・・・・・」
あの人が自分のことを話すのは初めてだった。私はあの人の名前すら知らない。
私はこのとき初めて、この人の抱えている孤独に気付いた。
「バイクは気に入ったか。」
あの人の問かけに私は大きくうなずいた。ここ数日で感じたバイクのすばらしさを、興奮混じりに話し始める。あの人はただ黙って私の話を聞いていた。
「独りは寂しいか。」
私が話し終わるのをまって、あの人は別な問いかけをする。
私は黙ってうなずいた。
「俺もだ・・・・・、だけど、バイクが寂しさを和らげてくれた。
居場所を無くした馬鹿な俺でも、バイクのおかげで何とかやっていける。」
いつもと違う口調だった。
「明日で東京に着く、お前ともお別れだ・・・・・・・・・。
大人になっても独りだったら、お前もバイクに乗るといい。」
明日でこの人と別れなくてはならない。最初からその約束だった。
二人の生活がずっと続くかのように思い始めていた私に、この現実が重くのしかかって来ていた。
最後の晩
あの人は、ベッドに寝ころびロードマップを見ている。
最初の晩以外は、二人部屋をとるようにしていた。
ありったけの勇気を振り絞り、私はあの人に言う。
「ずっと、一緒にいてはいけませんか。」
地図から目を離し、あの人は私の方を見た。
「出来るだけ迷惑はかけません。もう少し経てば私も大人になるし、バイクにも乗れるようになります。」
あの人は何も言ってくれなかった。沈黙が部屋を包む。
「お願い・・・一緒につれていって・・・・・」
耐え難い沈黙に、私は泣き出していた。
あの人は上体を起こし、こちらを向く。
「俺は、居場所を無くした馬鹿な自分が許せないんだ。
せっかく出来た居場所を・・・・・・・・・
だから、自分のことが許せるようになるまで独りで旅をしている。
独りで同じ場所にいるのは耐えられなかったんだ・・・・・。」
自嘲気味にこう言うと、あの人は私の方へ歩いてくる。
目の前まで来ると私の頭を撫でながら、あの人は話を続けた。
「終わりはまだ当分先だ、目的地が決まっていないんだからな。
そんな馬鹿なことに付き合わす訳にはいかない。
お前は、大勢の人の中で自分の居場所を見つけた方がいい。」
柔らがだが確実な拒絶、私は自分を抑えきれず叫びだした。
「そんなに、あの女のことが忘れられないの。」
叫ぶのと同時に、部屋の蛍光灯が一斉にはじけ飛ぶ。
窓から射し込んでくる月明かりだけが、室内を照らしていた。
飛び散った破片があの人の頬を切っていることに気付き、私はようやく我に返った。
「ごめんなさい。」
事情がよく飲み込めていないであろうあの人に、必死で謝りながら傷口にハンカチをあてる。
「私は霊能力者なの・・・・・・・・・」
実の両親しか知らない秘密を、私はこの人に話し始めた。
私には呪いの才能があった。
負の感情によって相手を傷つける能力、両親の死による孤独な生活が、その力を制御不可能なまでに増大させていた。
「学校のみんなは私を気味悪がったわ、当然よね、私とケンカした子は全員不幸な目にあったんだから。」
偶然では説明できない程の不幸の重なり、その近くにはいつも私がいた。
私が独りになるまでそう時間はかからなかった。先生ですら私と関わり会うのを避けた。
「叔母さんは嫌い、でも怪我させる気なんて・・・・・・」
自分を嫌っていた叔母、その叔母が目の前で事故に遭ったとき私は家を出る決心をした。
「私は、化け物なんかじゃない・・・・・・・・・。」
心配して走り寄る私を、叔母は化け物呼ばわりしたのだ。
泣き出した私を、あの人は強く抱きしめた。
涙がTシャツをぬらす、私の頭はあの人の胸の位置にあった。
私が泣きやむまであの人の腕の力はゆるまなかった、無言で抱き合う二人を月明かりが照らし続ける。
「あいつはどんな様子だった。」
ようやく落ち着いた私に、あの人は優しく問いかける。
抱かれたまま顔を上げず、私はその時のことを話した。
「そうか・・・・・見守ってくれてたのか。あいつは何か言ってたか?」
この質問に私は首を振った、Tシャツに染み込んだ涙の冷たさを頬に感じる。
声を聞くまでの力は私には無かった。
あの人は無言だった、私はあの人の鼓動を感じながらただじっとしていた。
「一緒に行くか?」
この声に、私は初めて顔をあげる。あの人はまっすぐ私を見つめていた。
「独りで耐えられないことも、二人ならなんとかなるかも知れない。」
こう言ってあの人は笑った。
私は強くあの人に抱きつく、キスをするには二人の身長は離れすぎていた。
次の日、東京
私は浮かれながら買い物をしていた。
自分は独りではない、そう思うだけで世界が違って見えた。
あれから、二人で次の行き先を決めた。
いろいろなことを話しながら、目的地を決めるのは楽しかった。
別に途中で変えても構わない、途中に気に入った場所があったのならそこで暮らしてもいい、あの人はそう言ったのだった。
私はあの人からもらったお金で、自分の身の回りの物を買いそろえる。
今のままでは長旅は無理だと、あの人が言ったためだった。
あの人は別の用事で出かけていた。
集合場所は近くの公園、買い物した大荷物を抱えて私はあの人を待っていた。
もう少しで約束の時間だった。
不意に人の気配を感じて振り返る。
肩に黒いモノをとまらせた、小柄な老人が立っていた。
「アイツなら、ここには来ないワケ。」
流暢ではない日本語で、老人はそう言った。
私は言葉の意味を理解できず、呆然と老人の方を見ているだけだった。
「ケケケ、お前は捨てられたんだよ。」
老人の肩にとまっていたモノが喋りだしたとき、私はやっと状況を理解しその場を走り出そうとする。
しかし、老人に手を捕まれ止められてしまった。老人とは思えないすごい力だった。
「離して!」私は、ありったけの感情を込めて老人を睨み付ける。
普通なら呪いの力で倒せるはずだった。しかし、呪いはそのまま老人に跳ね返され私に返ってきた、激痛に襲われ私は倒れ込む。
「オタク、すごい霊力。ケド、使い方がなってないワケ。この力、とても危険。オタクに使いかたを教えてほしいと頼まれたワケ。」
老人は、私を起こすと両手を私の背中にあてる。激痛は一瞬で消えた。
「ワタシ、本当は悪党、治療に力使うの久しぶりなワケ。でも、使い方おぼえればオタクにも出来るワケ。」
逃げ出すそぶりをみせる私を捕まえながら、老人は続けた。
「ワタシ、アイツに借りがある。報酬も受け取ってしまったワケ。それと、オタクこのままじゃいつか人を殺すよ。」
「ケケケ、アイツのこと恨んでみな。コケて死ぬかも知れないぜ。」
黒いモノの一言に私は戦慄した。
うつむき固まってしまった私に、老人は一通の封筒を差し出す。
あの人からの手紙だった。
「騙したことを悪く思っている。
お前と一緒だった数日間は楽しかったし、お前によって救われもした。
だけど、バイクは独りで乗る物だし、この旅は独りのほうがいいと思う。
お前と一緒にいけば、独りで泣くことは無くなるだろうが、
今のままじゃ、泣く人数が二人になるだけだ。
お前は、お前の力で居場所を作れ。
そのための力は、その老人が教えてくれるだろう。
お前がやる気なら、弟子入りできるようにしてある。
その老人は俺の昔の知り合いだ。呪いの専門家だが悪い人間ではない。
世の中には、そう言う仕事もあることを理解してほしい。
老人の使い魔は、老人が主人になってからは人を食っていないそうだ。
お前に一つたのみがある、出来れば俺の過去は詮索するな。
お前が出会ったのは旅人の俺、もう一人の俺は見ないでくれ。
PS
大人になっても孤独を感じていたらバイクに乗れ。
縁あって再び出会えたのなら、その時は一緒に走ろう。」
「嘘つき・・・・、連れていってくれるって言ったのに・・・・・・」
手紙に大粒の涙が落る。
「アイツの過去を知っているワケ?」
老人の問いに、私は首を振った。
「それでいい、世の中しらん方がいいこともあるワケ。オタクのおかげで、アイツは前と比べてマシになれた。それだけは知ってほしいワケ。」
老人は笑いながら
「ワタシ悪党、たくさん人殺してきた。だけど、ワタシに残された時間はあと僅か、たまには変わったことがしたいワケ。
アイツがオタクを助けたように、ワタシは力の使い方を教えてあげる。
その力をどうするかは、オタクが決めればいいワケ。」
老人は羊皮紙の契約書をとりだしこういった。
「やる気なら、名を名乗るワケ」
心はすでに決まっていた。私は名前を告げる。
「エミ・・・・、小笠原エミです。」
契約は完了した。
高速道路を二台のバイクが疾走している。
「師匠を失ってから、私はあなたと同じ道を選んだ。」
私はあの人に向かって叫ぶ、15歳の時、偶然あの人の職業を知った。
「何人もの人を殺し、二度も救ってくれた子もこの手にかけた。
この手は多くの血にまみれてしまった。だけど、あなただけは・・・・・」
私はスピードをあげ、あの人の腕をつかもうとする。
声は伝わらない、霊波を直接送り込むつもりだった。
ギャリ
あの人の腕に触れた瞬間、タイヤが路面のギャップを拾う。
不安定な体勢だった私は振り落とされてしまった。
時速200km以上での転倒、確実に命を失う状況だった。
ピシッ
空中に飛ばされた私の足に何かがからみつく、鞭状の神通棍だった。
それは私の体を後方に引っ張っていく、その先には令子の姿があった。
コブラの助手席でハンドルを任された横島の姿も見える。
意外だったのは、後部に無理矢理入り込んだタイガーの姿だった。
「エミさーん」
タイガーが、私の体をキャッチする。
衝撃は思ったより少なかったが、タイガーはヘルメット付きの頭突きを受けた格好になった。
様子を見ると、タイガーは鼻血を出しながら白目をむいている。
少し悪いと思ったので、胸にあたっているタイガーの手はしばらくそのままにしておいた。
どさくさに紛れて太股をさわっている横島には、とりあえず蹴りをいれておく。
「タイガーが様子が変だって泣きつくから来てみたけど、あんたらしくもない。
説得なんかせずにとっとと祓っちゃえばいいのに。」
コブラを停止させ、令子がいつもの調子で言った。
「ありがと・・・・」
私はヘルメットの中で、相手に聞こえないように言った。
「この仕事だけは私一人でやりたいの、お願い黙って見てて。」
こう言って私は歩き出した。
数十m先、私を待つように止まっているあの人のバイクがあった。
私が後ろに乗るとバイクは走りだした。今度はゆっくりしたスピードだった。
「たった今お前に気づいた。仲間が出来たみたいだね。」
接触しているおかげで、意識が直接流れ込んできた。
「ええ、ケンカばかりしているけど初めて出来た同い年の友達。
GSの試験で知り合ったの。今の私はGSなのよ。」
「怖いな、俺を退治しに来たのかい。」
「ええ、私にはあなたに置いてけぼりにされた恨みがあるんだから。」
意識での会話でも冗談と本気の区別はつく、私は冗談のつもりだった。
しかし、あの人はしばらく黙り込んでしまった。
「辛い生活をさせたようだね。俺の判断は間違っていたのかも知れない。」
あの人の苦悩が伝わって来る。
「過去は消せないけど、今は幸せよ。それに、あなたに出会えなかったら、もっと不幸な家出少女になってたはずだもの。」
意識では嘘はつけない。これは私の本心だった。
「あなたと旅に出ていたら、もっと幸せになれたかもって時たま考えるけど、組織を抜けた凄腕の殺し屋と、孤独な霊能少女の逃避行なんて映画みたいだものね。
たぶん、映画みたいに悲しい結末になっていたわ・・・・・・・
ごめんなさい、あなたのこと少しだけど知ってしまったの。」
「構わないさ、今となっては昔の話だ。」
こう言ってあの人はバイクを走らせ続けた。そろそろ夜が明ける。
「ねえ、一つだけ聞いていい。」
以前から聞きたかったことを私は質問した。
「あなたはあの時、私に何もしなかったけど、そんなに魅力無かった?」
あの人は返事に困っていた、嘘がつけない状態でしていい質問ではない。
「最初の晩、お前がベットに潜り込んで来たときは焦った。シャワーを浴びている間か、寝たふりしている間に、財布でも盗んで出て行ってくれればと、正直思っていたんだ。」
やっぱりそうだったかと私は思った。だからベットに潜り込むことにしたのだ。
「おかげで一晩中寝たふりするはめになった。次の日の朝、熟睡するお前に腹が立って、思わずケリ起こしたんだっけ。」
「痛かったんだからね。とっても。」
数年ぶりの答え合わせ、解答をもらい満足した私はあの人の背中にもたれかかる。
「あの時は、強く抱きつかれなきゃ存在に気がつかなかったが、
今はすごい存在感だな。」
「バカ」
こう言って、私は一層強く抱きついた。
遠くの空が明るくなり始めていた。
「いい女になったな。」
あの人は突然、言い出した。
「置いてったこと後悔している?残念でした、私いま好きな人がいるんだから。私がバイクに乗るようになったのは、あなたを待ってたからだったのに。」
「最後に一緒に走れてよかった・・・。」
あの人の輪郭がだんだんぼやけだす。
「失敗と後悔だらけの人生で、あいつとお前に出会えたことが俺の幸運だった。
あいつは不幸にしてしまったが、お前には幸せになってほしい。」
「ちょっと待って、私はまだ言いたいことが沢山あるのよ。」
私は霊波を送り込む。しかし、効果はなかった。
あの人の姿は徐々に薄くなりバイクの速度も低下してくる。
「いい気分だ、やっと楽になれる・・・・・・・ありがとう。」
「行っちゃだめ、わたしはまだ何の御礼もしていない。」
「エミが幸せになれますように・・・・・・」
そう言い残してあの人は消えていった。
朝日を浴びる高速道路に私だけが残された。
「最後の言葉で、初めて名前を呼ぶなんて・・・・・・・・・・・」
私は泣き出していた。
しばらくして令子のコブラが近寄ってくる、私はヘルメットを脱がずに乗り込んだ。
令子に泣き顔は見られたくなかった。
「横島とタイガーは事故処理に残したわ。」
令子は今回の除霊が、身内に対してのものだったと知っているようだった。
「ママが死んだときは私も泣いたわ。結局は嘘だったけど・・・・・
エミ、こういう時は泣いてもいいのよ。」
令子は私の方を見ずにこう言った。
この言葉に私はヘルメットをとり、声をあげて泣いた。
私が泣きやむまで、令子は無言で車を走らせた。
私は令子の気遣いに感謝していた・・・・・・・・・・。
ダッシュボードのなかに、盗撮中の隠しカメラを見つけるまでは。
「このクソ女ー」
「なによ、この泣き虫。」
運転中であることを気にもせず、私たちはつかみ合いのケンカをはじめる。
どこまでも続くようにみえる道を、コブラは蛇行しながら進んでいった。
男は蛇行するコブラを空から見つめていた。
「しょーがねーなー、まあ、独りじゃないだけましか。」
その隣に、女の気配が現れる。
「さんざん人を待たせておいて、まだ寄り道する気。」
男は驚いたように、女を見つめる。
「待っていてくれたのか・・・・・」
「当たり前でしょ、あなたのお陰で不幸な終わりかたをしたんですもの。
せめてこれからは精一杯幸せにしてもらわなきゃ・・・・・・。」
女の霊体は、男に寄り添い笑いかける。
「自殺とかされると面倒だったけど、あの子のお陰で成仏もできたし・・・」
二人はそろって下を見下ろす。コブラはまだ蛇行していた。
その様子を、二人はひとしきり笑って
「行くか。」、「はい。」
こう言うと、二つの霊体はゆっくりと空へ昇っていった。
コブラはもう見えなくなっていた。
※この作品は、うめさんによる C-WWW への投稿作品です。
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