マリア大好き!!

著者:SINJIRO


「あやちゃん、今日はまま遅いね。」
 裕子先生は、積み木をふきながら顔をあげた。
 そういえばいつもなら、もうテレビの「魔法のもがちゃん」を見ている時間だった。
 どうしたのかな。今日は話したい事がいっぱいあるのに。
 てつくんが折り紙をくれた事や、真理ちゃんがおやつの時、
 あたしのジュースにドーナツの屑を入れたから、髪の毛を引っ張ってやったら、
 スプーンで腕をつっついてきて、負けずにあたしもトレーナの上から
 オモイッキリ腕をつねったら泣き出して・・・・・・・

「裕子先生、桜井さん今日遅くなるそうだから、後は私が見てますよ。もう帰って結構です。」
 園長先生がドアを開けてそういった。
 裕子先生は、あたしの方を見てちょっと考えていたけどすぐににっこりとして、
「あやちゃん、園長先生が遊んでくれるって、良かったね。」
 そう言うとあたしの髪をくしゃっとかき回して、積み木の箱を抱えて、部屋を出ていった。
 しっぽみたいな髪の毛が背中で揺れていた。
 まま、今日も残業なんだ。ぱぱがいた頃はそんなこと無かったのに。
 ぱぱも今はめったに会えないし、会っても、
 ぱぱとままあたしに話しかけるだけで、二人でお話しする事ないし。
  
 あたしは、部屋を飛び出した。なぜだか解らないけどもうここに居たくなかった。
 玄関で靴を履くと、そのまま表の通りを走っていった。
 家まで歩いて帰った事無いけど、近くの公園で遊んでればいい。
 木下さんちのジョンも散歩に来るだろうし
 あじさいの花がきれいだから、日が暮れるまでいても退屈しない。

 ビルの工事現場を通りかかった時、悲鳴が聞こえた。
 立ち止まって上を見ると、黒い影が覆い被さってきた。
 あたしは転んで思いっきり肩をぶつけた。すごい音がしたような気がした。
 あたしは泣き出した。

 すると、白い手袋をした手があたしの頬をなぜた。
「良い子・泣かない。マリア・良い子・好き。」
 黒い革の服を着た、外人のお姉さんが、片ひざを突いて、あたしの頬をなぜていた。
 左手で、大きな鉄板を支えていた。
「マリア大丈夫か。壊れなかったじゃろうな。」
 おじいさんがそう言ってあたしたちを覗き込んだ。
「イエス・ドクター・カオス。心配・有りません。」
 お姉さんはそう言うと、鉄板を塀に立て掛けた。地響きがした。
 すごい力だ。すーぱーがーるだろうか。
 回りを見ると、いつのまにかたくさんの人が囲んでいた。
 その中からヘルメットをかぶったおじさんが近づいてきて、声をかけてきた。
「譲ちゃん、大丈夫かい、怪我しなかったか。」
 しゃがみこんであたしを起こそうとした。
 左の肩が急に熱いお湯をかけられたみたいにじんじんしてきた。
痛い。」
 思わず悲鳴を上げると、
「こりゃいかん。打撲しとるようだから、病院に連れていった方がいいな。」
 ヘルメットのおじさんはそう言うとあたしからそっと手を放した。
「おい。カオスのじいさん、マリアちゃんにこの子、病院まで連れてくように言ってくれや。」
「どうしてマリアにそんなことをさせる。あんたが車で連れてきゃいいだろうが。」
「俺はここの責任者だから離れるわけにゃいかんだろうが。
 ほかの奴よりマリアちゃんの方がよっぽど頼りになるからな。」
「それに勤務中だからかねはもらえるぞじいさん。」
 何だかそんな話をしていた。

「あやちゃん!あやちゃんじゃないの!まあ まあ こんなことになって・・・・・・」
 園長先生だ。園長先生があたしの側にしゃがみこんで、泣き出した。
「すぐに病院に連れてかなくちゃ。誰か手を貸してください。」
 するとさっきのお姉さんが近づいてきた。
「マリア・お手伝い・します。」
 そう言うと、あたしの腰をそっとを抱いて、左の肩に乗っけてくれた。
 昔、パパにやってもらった時みたいだ。でも、この人少しおかしい。
 柔らかいけど、ままや、先生みたいにぽよぽよしてない。
「おねえちゃん、すごい力ね。すーぱーがーるなの?」
「ノー・マリア・人造人間。ドクター・カオス・造りました。」

 病院で園長先生がままに電話したみたいで、
 手当てが終わって診察室から出てくると、すぐにやってきた。
「あやちゃん。いったいどうしたのよ。怪我したって、大丈夫なの?」
「申し訳有りません。私どもの手落ちで。」
 園長先生が謝った。
「怪我はどのくらいなんですか。」
「左の肩を打撲して、後,ひじと、ひざに擦り傷があるそううです。」
 園長先生は悪くないんだ。悪いのは、あたしなんだ。
「あや、もう平気だよ。ごめんなさい、園長先生。ごめんね、まま。」
 あたしは謝った。
「マリアは何処?マリアにまだお礼言って無いの。」
「マリア?それだあれ?」
「とっても強くて、優しいの。
 あや、 マリアがいなかったら鉄板の下敷きになって死んでたんだって。」
 ままは卒倒しそうになって口に両手を当てた。
 真っ青になって側の椅子に座り込んだ。
「とにかく、今日はもう連れて帰りますから、詳しい話しはまた後にしてください。」
 小さくそう言うと、立ち上がって、あたしの右手を握った。
 そして園長先生に深々とお辞儀をした。

 玄関を出ると、もう暗くなっていた。
 水銀灯の下にマリアが立っていた。あたしはままを見上げていった。
「このお姉ちゃんがマリアだよ。マリア、心配して待っててくれたの?」
 ままの手を解いてマリアに走りよった。ひざが鈍く痛んで慌ててスピードを落とす。
 マリアは顔だけ下に向けて、服の裾をつかんだあたしを見た。
「あやちゃん・もう・大丈夫」
 そう言った。

 後ろからままの声がした。
「あやちゃんこっちに来なさい。」
 振り向くと、ままは恐い顔をしていた。
 あたしは、しぶしぶままの所に戻った。
 ままはあたしの左手を握った。左の肩はまだ痛いのに。
 でも黙ってままに付いていった。

 車に乗ると、ままが言った。
「あやちゃん。もうあれに近づいちゃいけません。」
「どうして。まだお礼、言ってないのに。」
「お礼なんか言う必要はないの。人間じゃないんだから。」
 あたしが抗議しようとした時ものすごい音がした。
 空港に行った時みたいな音だった。
 窓から顔を出すと、マリアが居たあたりに煙が一杯あって、空の上の方に伸びていた。
  
 雷みたいな音が遠ざかり、マリアは、もういなかった。


「今日からまた幼稚園に行きましょうね。」
 ままは、あたしを起こしてからそう言った。
 目をこすりながら、ベッドから降りる。
 もう肩もそんなに痛くないし、ひじとひざの傷も直っていた。
 昨日言っといてくれれば良かったのに。
 お食事が済んでから、あたしは、幼稚園の制服に着替えた。
 帽子と、手提げをとる。
 この何日かは、ままがずっと側に居たのに。
 また、皆が帰った後、ままを待ってなきゃいけない。
 裕子先生は好きだけど、皆が帰るのを見送るのは寂しい。

 ままの車で幼稚園に行った。じきにバスが着いて、皆が降りてきた。
 てつくんもいるし、奈緒ちゃんもいる。
 真理ちゃんがてつくんと手を繋いでいた。
 あたしを見ると、あかんべえをした。あたしは無視した。後で泣かしてやる。
 先生たちがお迎えしてくれる。あたしは、裕子先生を探した。
 いなかった。
 俊子先生に聞いて見る。
「裕子先生は?今日お休み?」
 俊子先生はしゃがんでからあたしの目を見て言った。
「裕子先生ねえ、ご結婚されるの。
 だんな様が外国に行く事になって、急に決まっちゃったのよ。
 だから、昨日でお辞めになったの。あやちゃんにごめんなさいって。」
 あたしは、黙っていた。いつだってそうなんだ。
 あたしには何も言わなくて、勝手に決めてしまうんだ。みんな。

 お昼になって、お食事の時間になった。
 いつもは好き嫌いしないけど、今日はにんじんは食べなかった。
 みんな、お庭に遊びに行く。あたしは一人で、窓からお外を見ていた。
 空が青かった。
「マリア。」
 マリアにあいたい。そう思ったらもう我慢できなくなってしまった。
 みんなに見つからないように、靴を取ると、裏の方に回って塀を乗り越えた。
 この前の工事現場にいけば、マリアにあえるはずだ。
 会ってこの前のお礼を言おう。それだけでいい。

 工事現場に近づくと、知らないおじさんに怒られた。
 危ないから近づいちゃいけないって。あたしはマリアにあいたいといった。
 すると、セメントをかき回す車の影からマリアが出てきた。
 大きな袋のいっぱい入った箱を担いでいた。
「マリア。」
 あたしは駆け寄った。するとマリアは立ち止まり、あたしの方を見ていった。
「あやちゃん・マリア・お仕事中・ここ・危ない・帰りなさい。」
 マリアは、ままと同じ事を言った。
 ままもそう言ったんだ。いつもそう言うんだ。お仕事があるからって。
 あたしはマリアに背中を向けると走り出した。涙を見られたかもしれない。
 もう帰らない。幼稚園にも、家にも。
 みんなあたしがいなくなってもどうせ何とも思わないんだから。
  
 走りつかれて、やっと止まった時は、知らない所だった。
 人に見られないように走っていたから、いつのまにか、誰もいない所に来ていた。
 道路もひびが入って、草が生えているし、ずっと続く塀も所々壊れていた。
 顔は、涙と汗でぐしょぐしょだった。
 息を整えて、ハンカチをポケットから出すと顔をぬぐった。
 何処かで一休みしよう。
 あたしは塀の穴をくぐって、中に入った。
 何かの工場の跡みたいだった。
 草ぼうぼうの庭を避け、コンクリートの道を歩いて、工場の中に入った。
 見上げると、結構高かった。屋根が壊れていて、中は明るかった。
 壁際の階段を登ると、小さな廊下みたいのが、ぐるっと回りに付いていた。
 あたしは日陰になる所を探して、横になった。
 すぐに眠くなった。

 何だろう。ままが何か言っている。
 ぱぱがそれに言い返して、ずっと同じ事を繰り返している。
 ああ、またあの夢だ。
 あの日から少しして、ままとあたしだけお引っ越ししたんだ。
 そして、あたしがパパの事を言うと、ままは恐い顔をするようになった。
 あたしも、ぱぱの事はもう言わないようにしている。
 でも、ぱぱにあいたい。ぱぱとままと又仲良く一緒に暮らしたい。

 ふと気づいたら、何もみえなかった。どうしたんだろう、まだ夢を見ているんだろうか。
 あたしは上半身を起こして、あたりを見渡した。
 いつのまにか夜になっていたんだ。そう言えばお腹がたまらなくすいていた。
 急に恐くなってきた。
 真っ暗な中に、お化けがいそうだった。
 あたしは階段の有った所に戻ろうとした。
 その時、不意に足元の床が崩れた。
 あたしは夢中で何かに捕まった。
 そう言えばここは結構高かった。落ちたら死んでしまうに違いない。
 急にままの顔が浮かんできた。
 あたしは泣き出した。
 大きな声で泣き出した。
  
 どのくらい泣いていたのか。
 入口の方で声がした。そして、明かりが見えた。
「あやちゃん!何処に居るの。あやちゃん。」
 ままの声だ。ままが来てくれたんだ。
 あたしは又泣き出した。
「あそこです・ミセス・桜井」
 マリアの声のようだった。
「マリア・重い・あそこ・いけない。」
 ままが、階段を上がってきた。マリアがしたから、危ない所を教えている。
 暗いのにどうして見えるんだろう。
 やがてままがあたしの側に来た。あたしの手を取る。
 あたしは夢中でしがみついた。
 ままがよろめいた。
 その時、大きな音がして、床が崩れた。
 今度は、ままと一緒に落ちていった。
 
 すごい音がした。
 この前病院で聞いた音だった。
 あたしとままは落ちていく途中で、何かに、抱き留められた。
 そして、ゆっくりと床に降りていった。
 あたしは、すごい音と、荒れ狂う風の中で、マリアに抱かれているのを知った。
 マリアが、抱き留めてくれたのだ。
  
「あや!あや!」
 ままが力いっぱい抱きしめた。
 あたしも力いっぱいしがみついた。

「マリアが教えてくれたの。あやちゃんの声が聞こえるって。ずっと遠くだったのにね。」
 ままはそう言って、マリアの方を見た。もうままの車が見えてきた。
「まま、ごめんね、あや、もう心配かけない。」
「ううん。ままの方こそごめんね。まま、お仕事変えてもらうから。
 今度から、もっと早く帰ってくるからね。」
 あたしは、マリアを見た。マリアは黙ってあたしの方を見ていた。
 ままが車のドアを開けた。そして、マリアの方を振り返り、言った。
「ありがとう。マリア。あなたがいなかったら、あやは助からなかったわ。」
 そう言ってお辞儀をした。
「ノー。ミセス・桜井・マリア・当然の事・しただけ・心配・ありません。」
 マリアはさっきの所に立ったまま、そう言った。
 あたしは、マリアの所にかけ戻って、マリアの服の裾をつかんだ。
「マリア。来てくれてありがとう。あたし、マリア大好き。」
「マリア・あやちゃん・大好き。」
 マリアは、あたしを抱えて、この前みたいに左の肩に乗せてくれた。
 そして、ままの方に歩いていくと、車の所でおろした。
「マリア・遠くにいても・あやちゃんの声・解る・あやちゃん・一人じゃない。」

 あたしは、車が発車しても、後ろを見ていた。
 マリアは、さっきの所に立ったまま、こっちを見ていた。
 ずっと。

END

※この作品は、SINJIROさんによる C-WWW への投稿作品です。

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