3rd day


 次の日も天候の好転は無かった。
 普通ならば、そろそろメンバーが苛立つ日数であるが、流石に武士を自認するシロであるし、タマモも横島の鼓動と体温が心地よく感じられるようになっていたので、縁側の日向ぼっこの猫のようにウトウトしながら過ごしている。もっとも横島は二匹に乗っかられているので動く事も出来なくて多少ストレスは溜まっていた。
 合理化として、これでも元に戻れば結構な美少女だ。想像の中ではベッドの上で美女に乗っかられ、甘えられる練習と思えば腹も・・・・・。しかしそう考えると一部元気になりそうなので、今度はそれを押さえるのが辛かったようではあるが・・・・。

 遅い朝食の後でタマモが退屈そうに呟く。
  「なあ横島。お前、なんで美神の下で働く事になったんだ」
 一昨日の夜、思考の途中で寝入った話題。ウトウトしたのが共通項で思い出したらしくタマモが聞く。
  「ああ、それは拙者も知りたいでござる」
  「そ それは・・」
 あまり話したい話題では無かったが、好奇心に火の付いた女の子二人に詰め寄られて断れる事は出来無かった。
  「いっとくけど、嘘ついたら大事な所が黒焦げだからね」
  「うぐっ」
 少しは美談脚色しようと思ったが・・・・・・まだ、本来の実用で使った事が無い部分が炭化したらば一大事だと覚悟を決めた。
 結果は・・・。

  「呆れた」
  「情けないでござる」
  「うるせえ、だから話したくなかった無かったんだ」
 美神の色香に迷ったのは、今と変わらぬが、出会いからしてそうだったとは。予想していたとはいえども情けなかった。特にシロにとっては。

  「それで、オキヌちゃんとはどうやって知り合ったの?」
  「ああ、あれは温泉に出る・・」
 呆れた話でも、少しは過去の事を聞けば、事務所の事ではまだまだ知らない事が出てきては好奇心を隠さない二人。結局二人の知らない間に起こった事を根掘り葉掘り聞かれる事になる。シロは知っていたが、タマモは知らないのでシロとの出会いまでも合わせて、その日はその話題でずっと持ち切りであった。


 横島の高鼾がその日の夜は鳴り響いていた。流石に人外の二人の好奇心を満たすのは並大抵の体力では済まなかったので、生も根も尽き果てたらしい。
 その体の上では知的?好奇心を満足させた二人が、横島の話を思い出しては笑い話に花を咲かしていた。当の横島にとっては死ぬように辛い事ではあるが、他人の不幸は蜜の味である。シロまでも、横島の悪口に多少なりとも興じている。

  「しかし、馬鹿は判っていたけど。ここまで馬鹿だったとは事例を知って確信したな」
  「そんな言い方はないでござろう。確かに順序は間違っておられるが、結果的には全て上手く行くのは先生の能力のお陰ではなかろうか?」
  「確かにそうだけど、それは偶然にしか思えないけど」
  「確かに・・・否定出来ぬ所もござろうが、それでも先生は御強い方でござる」
  「まあ、そうかもね。本当に役たたずの足引っ張るだけの存在なら、幾らあの美神でもいつ迄も殻潰しを雇っては置かないものね」
  「先生は殻潰しではござらんぞ。先刻のアシュタロスの一件でも、もし先生がいなければ・・」
  「歴史に”もし”はないの!。居たんだから、いない事は考えられないのよ」
  「しかし、先生以外に誰もコスモプロセッサーを壊す事は・・」
  「ああ、判った分かった。もうアイツの事だと譲らないんだから」
  「当たり前でござる」
  「でも、本当かどうか知らないけど、時折はアイツも懇意にしてくれる女がいるようだから、アンタが捨てられる可能性は高いって事か」
  「うぐっ」
  「分かった判った、泣かない泣かない」

  「でもさ・・」
  「ん?」
 少し経ち、先程は女子中学生の昼間のようなキャピキャピ調から一転、小声で話すタマモ。
  「おかしな感じがしなかった?」
  「何がであろうか?」
  「あたし、横島が嘘ついたらちょっと懲らしめてやろうと思ったんだけど」
 タマモの神妙な声にシロは黙って聞いている。
  「確かに横島は嘘は言っていないような気がした。けど、どうもアシュタロスの一件では何かあたし達に隠しておこうと思った事があったような気がしなかった?」
  「!」
  「?」
 シロの表情の変化にタマモも気がついたようだ。普段は脳天気を絵に書いたような、少なくともタマモにはそう思えているシロの顔に斜が指した。
  「・・・・・。何か知ってるの」
  「・・・・・」
  「話したくないなら・・・」
  「いや!先生はタマモも同じ事務所の仲間だと言っておった。だから、ならば知っていたほうが・・・いいや、知る権利はあるでござる」
  「仲間・・・横島がか・・・・・」
  「そうでござる。仲間でござる」
  「・・・わかった。聞かせてくれる」
 シロは小さな声で話し始めた。


 いつだったか、横島のアパートに散歩のお誘いで押しかけたシロ。ここ数日は進級をかけた期末試験で、美神らからも試験勉強の邪魔をキツク止められていたので嬉しさを隠さずやってきていた。
 しかし、どうやらまだ部屋の主は学校らしく、部屋は無人であった。
  『不用心でござるな、鍵もかけないとは弛んでるでござる。日々精進が武士たるものの資質ではなかろうか』
 あてが外れて、どっかりと座った勉強机。
  (そういえば、拙者の寺子屋とはいかが違う授業をやっておれるんでござろうか?)
 今日まで期末試験だと分かっているので、どんな勉強をしているのかと?ちょっと興味から教科書を探した。
 しかし、見つけたのは勉強の本では無かった。
 見つけたのは、机の上の分厚い辞書の間に大事そうに挟まれた写真であった。
  『奇麗なおなごでござるが、芸能人では・・・』
 見たことも無い、短い黒髪を前下ろしのストレートボブにした女性の笑顔がそこにはあった。そしてその生写真は紛れもなくそれを撮った人物に向けられていた。野性か、女の勘かは分からぬが、それを撮ったのが横島だと分かったシロ。
  『う〜、せんせえったら。またどこぞの知らぬおなごにチョッカイを・・』
 涙にくれている所に再びの来客。時折掃除とお料理で訪れるオキヌ。彼女もここ数日事務所に顔を出さない為に、試験が終わったと久しぶりに来たのだ。
  『オキヌ殿。この写真のおなごは一体だれでござるか?もう、せんせえったら浮気者でござるな・・・・』
 写真を見せた途端オキヌの顔色が変わった。
  『・・・・・・・・オキヌ殿』
 その異常に蒼白な顔に、思わず青ざめるシロ。
 何やら自分がとんでも無い、引き金を引いてしまった恐怖を感じた。
 しかし、オキヌは少しだけの躊躇いの後に、優しく話してくれた。
 この女性が彼、横島の最も大事な人であったと・・・・。
 話し終えた時にはシロは顔を傍沱の、オキヌもウッスラと瞳を濡らしていた。


  「そう。そんな事あったんだ」
 ボンヤリとタマモ。
 シロは答えなかった。
 ただ俯いていただけ。

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