∬2


  「で、状況だが」
 滑走路の端に止まっているジャンボを見ながら尋ねる。
  「あ? ああ」
 以前の事を思い出していたので西条は慌てた。慌てる西条を不振げにみながら、頭に!マークを浮かべて下卑た笑みを浮かべる。
  「眠いのか?そういえばお前新婚だったもんな。あんまり張り切ると・・・
  「違う!!」
 何やら下卑た表情が、自分の愛する人を馬鹿にされたような感じがしたので慇懃無礼に説明する。


 機を乗っ取っているテロリストは全部で5人。全員精霊獣や、それに類する装備を持っている。開放された乗客の話を総合するとそうらしい。
  「ほう、550人ほぼ全員?えらく部分開放が早いな」
 思わず感心しながら西条に目だけで確認する。人質の部分開放は別段司法取り引きで得られたものでは無いらしい。
  「余計な人質は邪魔って知ってるって事は結構訓練されているプロだな。単なる思いつきの馬鹿じゃないって事は厄介だな。で、残った人質の人数は?」
  「パイロットを除けば・・・・・彼女以外は開放された」
 苦渋の表情だ。別段人に命を量りにかけるつもりは無いが、見ず知らずの一般人と幼き日から知っていた可愛い女の子では感情が揺らいでも致し方無いであろう。
  「あらま。他には用が無いって事か。アイツも幼い我が子を置いて海外に出稼ぎなぞ行こうとするからバチが当たったんだろうな」
 少し考えてみるポーズを取る。あくまでポーズだけだ。彼の中ではすでに思慮のシーケンス(段階)は終わっていた。
  「俺と違って免許は返してねえけどよ、大体何年も子育てと野良仕事しかしてねえスイーパーの所にわざわざ指名してきたうえに『これで今迄(田舎に引き籠もっていた期間)の分が一気に取り戻せる』なんて、上手い話があるわけがねえって止めたんだぜ。全く今も昔も火中の栗だって平気で拾おうとするんだから」
 子育ても一段落のこの頃。多少暇になったので昔の血が疼き出しているのが分かっていたので、他人の縄張りを指名である以上は侵す心配は無いので受けたがっていたのは知っていた。
 しかし今回の仕事は易化にも胡散くさ過ぎるので止めたのだが、相変わらず世間を嘗めているので受けてしまっていた。
  「全く。母親になったんだから少しは分別持てよな〜」
 今となっては疑い無く、今の状況は初めからテロリストが彼女を人質に仕組まれた物であったのが確定的だ。上手い話、つまり大金を積めば二つ返事で引き受けると分かっていたのだろう。
  「・・・・・・・そう云うことだな」
 彼の言動に更に顔を歪める西条だった。


  「しかし、テロリストってのは執念深いんだな〜」
 今回多分逆恨みの原因になったであろう、いつぞやザンス国王の暗殺未遂事件の事。西条もそれには賛成らしい。
  「でもよ〜、あれから大分たってねえか?」
 今では山奥で土相手に急がしい日々に追われる彼にとっては遠く過去のようにすら思う遠い日に起こった事に過ぎない。特に俗世とは隔絶の感のある妙神山近辺は、霊気が満ちているだけあって電波障害も非道くて、テレビは愚かラジオすら聞くことが出来ないので殆ど仙人に近いかも知れなかった。今更そんな俗世の馬鹿な話を蒸し返すなと怒りたいぐらいだ。

  「まあ、アイツは恨みをかいやすい性格だから自業自得だとも言えるかもしれんな」
 気のなさそうに777を見る。
  「まあいいや。犯行声明はラジオで一応聞いたが、本当の要求はなんだ?金だけだとはとても思えん。そうでなければ数百億も前金で送ってはこんだろう」
 気前の良いことに現金で、まだ面識も引き受けるとも言わなかったのに前金で数百億円を現ナマで送ってきた。辺ぴな片田舎にである。
 恐らく机上の金額ならば断られる可能性があると思い、一度手にした金なら離すのが惜しくなって絶対引き受けると辺りを付けていただろう。だから乗っ取ったテロリスト連中は金なぞ鼻から相手にしてはいないと分かっていた。大体がザンスはオカルトアイテムの独占国なので、国が潤えば、過去への郷愁を掲げている反政府組織も潤うに決まっている。歴史が古く、過去の慣習が色濃く残っているのだから、政府陣営に加担しているとされている組織であっても、どちらに政策が転んでも自分らの保身の為には反政府組織へのパイプを残しておこうとするのが道理なのだから。

  「つうことは大方本当の要求は政治要求ってとこだろう。それを公言出きんのはザンスからはいい返事が来るとも思えんかったからって所だろ〜。予想通りに良い返事がこないんで、多分今はこれからネゴシエイター(交渉人)としてどうして懐柔しようかと頭抱えていたんじゃ無いのか西条」
 気のなさそうに、近くにいた女子警察官に手を振りながらつぶやく。
  「くっ」
 西条は舌打ちをしながらも、頭を抱えたくなった。
  (どうしてコイツは何も情報を知らない内に、こちらが隠している真実を正確にズケズケと突いてくるんだ)

 彼の特出した能力の一つ。とても普通の人間とは、いや神ですらそうはいないと思えるほどの洞察力と推理力、そして神がかり?とでもいうような未来予測能力。絶対的な力である霊能力もそうであるが、美智江が一番惜しがったのはこの能力であった。
  (くそっ)
 西条は今更ながら心の中で臍(ほぞ)を噛む。



 出会った時は単なる、ハッキリ言って自分の歯牙にも掛ける価値も無いと思っていた。それなのに男子三日あわざれば以上の化け方をしていた。
 噛んで含まない言い方をすれば化物だと言っても差し支え無いとさえ言えた。今の彼に勝負で勝てるのは少なくとも人間界ではいない。それでも納まらずに神族や魔族ですら相手に出来る者すら殆どいない。史上最強のGSと呼ばれた男、それが納得出来ない。
  『何故だ?』
 そう自問した事もあった。理解し難い。何故にそんな能力を持つ者が、それに合い相応しくない彼がそうなのか西条には絶対納得したりしなかった。
 それは次の論理の帰結にも続く。
 何故にそれが自分では無いのかと・・・。

 悔しかった。
 敗北など知らずに今の今迄生きてきたのに、よりによって初めて負けた。絶対勝てぬのがこの男などとは西条には認められない。


  『しょうが無いわよ。天分の才が違うんだから』
 上司である美智江はそういって慰める。彼女の弟子の中で一番才能があると誉めてくれた西条にそう告げた。西条もそれに奢らずに努力をずっと続けた。それなのにポッと出てきたばかりの彼は数刻を経ずして遙に自分を凌駕していた。
  『彼はあたし達凡人とは違うのよ』
 常人を遙に超えた自分まで引き合いに出して告げる。
  『天才の定義は難しいけど。彼は確かに天才だと思うし、そう思ったほうがいいかもよ。あなたの為にもね』
 更に納得しがたい事を言う。
  『何故なら天才っていうのはね、いくら努力をしても勝てない事を思い知らされて、それでも納得出来ない凡人が、諦める為に自分に言い聞かせる言い訳なんだからね”しょうがない、アイツは天才なんだから”とね』
 まだそれで納得出来る程に西条は大人では無かった。


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