∬4


  「ほう。流石にオカルトGメンとなれば銃火器も凄いな」
 西条に案内された黒塗りの武器車両の中に入る。中にはアメリカのシールズも真っ青になるぐらいの物凄い物が目白押し。駄銃マンリッチャーキャルキャノから弩銃マクミランM88スナイパーライフル。トンプソン50HMGに30ミリガトリングガンまで顔を覗かせている。
  「お前らお化け相手より湾岸戦争にでも行ったほうがいいぜ」
 M59ショルダーバズーカを弄びながら彼は皮肉る。しかし、さらにこれが殆ど西条の私物だと聞いて呆れた。
  「IRAの方がいいかもな。乗っ取ってる連中とお手手繋げるぜ」
 湾岸は止めて、テロ活動を笑いながら勧めた。

 色々見て回った結果、その中の一際バレルの長いライフルを手にする。
  「ヘンメリーワルサー 30ー06だよな。それにしちゃバレルが長くねえか? お前ピューマでも撃ってるんじゃないだろうな。ワシントン条約違反でその内捕まるぞ」
 本来は精々40インチであるのに、手に取ったのはそれの倍。恐らく80インチ以上はあるだろう。
  シャキ ジャキン
 ロッキングラグが回る音も一寸のスキも無いほどの鏡面研磨されているし、チャンバーもノーマルの30ー06のサイズとは思えない。それほどまでに巨大な薬室であった。聞くとやはり金にあかして特注させた一品らしい。
 専用弾丸は片手であまる程の特大マグナム。ブレット(弾丸)ペンチで細長いフルメタルジャケットのブレットを抜き取り、右手で作っておいた彼特製ブレットをローダー(弾丸製造機)でリロード(再装添)する。

 弾丸と物干し竿の様なライフルを手に滑走路脇で待っていた西条に最終確認する。
  「取り敢えずザンス王国の件はもう少しは時間をくれと言っておいた。取り敢えず金は渡す条件で彼女の無事を確かめる為にタラップ前まで出す条件を飲ませた」
 流石練磨のネゴシエーターだと素直に関心する。
  「ああ、それでいい。で、約束の時間までは?」
  「後5分というところだ」
 バシェロンコンスタンチンの時計をこれ見よがしに見せる。
  「・・・・・・分かった。お前が高い時計を持っているのもな」
 彼の手にあるのは安物のGショック・・・・・・・。少し不貞腐れて見せると、鼻でせせら笑う西条は少し気分が良くなったようで、白い歯が零れていた。


  「・・・・・・ま、いいわ。で、距離と風力は?」
 狙撃班の主任が答える。
  「距離1024メートル。風力南西3、8メートルです」
  「・・・・」
 少し考えながら滑走路に押し黙ったままのジャンボを見る。
  「気圧と温度、湿度。高度と北緯・・・」
  「1013hp(ヘクトパスカル)、摂氏23度 湿度72パーセント 海抜23メートル 北緯36度45分」
  「・・・・分かった」
 そのままテントから離れて置かれたままのカーゴトランクの所まで歩いて行く。たった数メートルでも狙撃の距離は短いほうがいいに決まっている。そのままに伏射姿勢(腹這い)を取る。
 その姿をみながら西条が狙撃班の主任に聞く。
  「距離に風速までは分かるが、どうして気圧や湿度まで?」
  「気圧が高ければ高いと当然空気密度が高いので弾丸に掛かる抵抗は多くなる。湿度も高ければ空気中の水分子も抵抗となるし、温度差でも弾丸内のパウダーの燃焼速度も違ってくる。高度と北緯も厳密に言えばコリオリ力(地球自転慣性力)の関係で軌道は僅かにずれると言われている」
 西条が目を丸くする。
  「そ そんな微妙な事まで・・・・」
  「ああ。一キロ先では特にな・・・・もっともそんな狙撃をやった奴は誰もいないので机上の空論だと俺もいままで思っていたがな」
 それほどまでの事を考えていた彼の背中を見ながら唖然とする。通常の狙撃で限界距離は精々300メートルであるし、狙撃用ライフルのブリットはそれに対応するように重く作られているので距離と風力以外は考えらないようになっていた。いや考えても結論など出る筈も無い程に幾何学ならぬ奇科学とでもいいそうな奇想天外な答えしか出てこない筈だ。
 正式に狙撃のレクチャーなど受けたことが無いくせに、天分?で知っている彼に行き場の無い憤懣やるせなかった。
  (アイツは私とどこが違うというんだ)
 爪が掌に食い込むほどに握り締める以外に怒りを吐き出せないのが悔しかった。

  カシャ ジャキ カラ ジャキーン
 その耳に渇いた音が響く。
 覗いたスコープのレティクル(照星)の十字。それにはタラップが繋がれた前部ドア、まだシッカリと閉められたドアが写っている。
 彼はただドアが開くのをジット待った。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 見守る者達も物音一つ立てぬままに、静かな数分が経った。
  ギイー バタン
 スコープの中に女が一人現れた。
 西条が双眼鏡で見ると、どうやら後ろ手で縛られているらしく強引にハッチに引き出された時に与太ついている。後ろから首に手を回して、彼女を盾にするようにザンス国特有の浅黒いテロリストが姿を表わす。

 生憎と犯人が頭に着けている通信機の電波拾える物を彼は持っていない。ただ離れた所に用意された見せ金(偽札)の入ったトランクを西条が広げる素振りなので、大方「女は無事だ。金を見せろ」と言ったのだろう。スコープの中の女が、自分の金を渡すつもりかと憤怒の表情を浮かべているのでも分かる。

  カチャ カチャ カチャ カチャ・・・・・・・・・・・・・
 彼女の財産分の入ったトランクは数百人の警官によって次々に開けられている光景に狂喜?するテロリストに激怒する女。しかし二人の感情は決して長続きはしなかった。



  ビシツ
  「つっ」
  「何?」
 テロリストが思わず目をむいた。
 盾にしていた女が、悲痛な悲鳴を上げる。
 そして弾けるように自分の方に吹き飛んでくる。 
  ターン
     ターン
        ターン
 続いて遅れて渇いた銃音が滑走路にこだました。そしてその前の音にはテロリストも覚えがあった。紛れもなく狙撃兵の銃声だし、女が叫んだ刹那の重い音も弾丸が肉に食い込む音だと・・・・・・。
  ズザッ
 急いで死んだ女だど捨ててハッチ脇の陰に入る。今の弾丸が自分を狙ったのだろうが、結果は人質の命を奪っただけだとほくそ笑みながらだ。
  クックック
 思わずせせら笑いが機内にこだました。
  (予定通りだ、いやそれいじょうだな)
 これで日本政府は女を見放した事になる。何しろハッチの脇にはテロの仲間が着いているのは馬鹿でも分かる。それを知っているのに自分を撃ったのは明らかに女を見放したからに他ならない。
  くくく
 下卑た笑い声がテロ仲間から聞こえる。その顔は嬉しさに紅潮している。
  「馬鹿め、やりやがった」
 皆も頷く。そして大笑いが機内にこぼれた。予定通り、いや予定以上の結果を生んだ事に嬉しくて堪らないという風情だ。

 テロリスト達は、初めからザンス王国が自分達の要求をハイそうですかと呑む筈は無いと分かっていた。呑まないなら呑まないで構わない。代わりに女が死ぬだけだ。
  (これで同士の仇も討てる)
 リーダーが忍び笑いを隠さない。これで他人にははた迷惑であろうが、自分達には都合のいい未来が近ずく事を疑いはしなかった。
 今回の決定で故国と日本の関係も冷たい物になるだろう。金を求めたのも女が逆上して苦しむさまと、それを殺す理由つけに過ぎないからであった。
 テロリスト達は女が死んだ後の行動が少し早まっただけだと目配せする。

 テロにとっての暴力行動や破壊行動の真の目的は民衆の怒りを煽る事であるのだ。女を討ち殺したのが日本政府で、その後ろにはザンスからの要請であったと無線で世界に配信すれが、一般民衆はそれによって日本政府やザンス政府に憤りを感じれば、それだけで現政権の転覆はやりやすくなる。その意味からすれば女を日本側が殺してくれて、下手な狙撃者に感謝したいと思ってさえいた。

 実はこうなるのを見越して、彼らは女の安否を伝える為に精霊獣を使わなかった。精霊獣にライフル弾など通じないので、仲間の誰かが犠牲になっても女には死んでもらう筈であったのだ。仲間が死ねば、女を殺す理由がそれだけで出来る。彼らは良かれ悪しかれプロであったのだ。自分らの命などに興味を持たない狂信者という名の。決して何事も自分らだけで出来ると、夢を見るような奴らでは無かった。
 高笑いがいまだ止まらない彼らは知らなかった。敵対している相手に自分たち以上の洞察力を持っている者がいたことを。

 リーダーらが自分達に都合のいい声明を出そうとコクピットに向かおうとしたとき彼らは信じられぬ物を見た。そしてそこに起こっている状況を見、狙撃者は的を外した理由では無かった事が分かった。しかし全ては手遅れであったことまではまだ分かってはいないようであった。


[ 次章:第5章へ ][ 煩悩の部屋に戻る ]