怒りのトマト
著者:ジャン・バルジャン
ピートが左手に力を込めるとバチバチッと自分の霊力の塊がそこに生み出された。
「聖者に害をなすものよっ!キリストの巷より立ち去れ!!」
ピートの術をまともにくらい悪霊の動きが止まる!
「主よ!聖霊よ!我に邪を滅す力を貸し与えたまえ!」
唐巣の体内に人外からの力が宿り、
「アーメン!!」
その一言で目標に向かって力を一気に爆砕させる!!
ズッガアアアアーーーーーーーン!!!!
「ギャーーーーーーッッッ!!!」
「いやあ、助かりましたありがとうございます」
微妙に訛りのある日本語でそう礼を言ったのはザンス王国の大使だ。ザンス王国は今度日本に新しく大使館をつくろうとしたのだがいかんせん小国なので物件を見つけるのにも一苦労。ようやく仮に使えるものが見つかったのはいいがそこは霊的な不良物件……。というわけでGS唐巣の出番と相成ったわけだ。
「あの…………それで料金はいかほどで?」
大使はおずおずと丁寧に聞いてきた。彼にとって不安だったのは日本におけるGSの相場が全くわからなかったからだ。一応、日本の協会の方にはなるべく安く頼める人を、ということで紹介してもらったのだが不安は拭いきれなかった。いまザンス王国は貿易赤字が続いているので王宮側のためにもできるだけ出費は控えたかった。だがそんな大使の言葉に対し十字架を首から下げたその男の答えはあまりにも意外なものだった。
「いえ、料金は結構です」
「え?いいんですか?」
「人が苦しんでいるときにそれを助けることは神に仕える身として当然のことなのです。当然のことに対してお金を頂くわけにはいきません」
「しかしあなた方にも生活があるでしょう?」
「心配していただいてありがとうございます。ですが最近大きな仕事が入りましたので」
そう先日の香港の件で唐巣とピートは小龍姫から幾ばくかの報酬をいただいていた。唐巣は最初自分はなにもしてないからと言って辞退したのだが雪之丞、美神、小龍姫の三人に
「あんたがあのとき独りで土角結界を引き受けてくれなかったらみんな動けなくなってなにもかもお終いだったんだぜ」
「どうせ家に帰っても食べるものはなにもないんでしょ」
「これは正確に言えば私からではなく神界の上層部からなのですからいいんですよ。それに私は一応あなたの師匠なんですよ。たまには素直に言うことを聞きなさい」
と説得されていただいてきたものだった。
大使はそんな唐巣の言葉を聞くと「ちょっとまっててください」と言って彼の荷物がおいてある車のトランクの所へいってなにやらごそごそとやったあと、紫色の10センチ四方の小箱を持って戻ってきた。
「では、せめてこれを受け取っていただきたいのですが………」
箱の中身は普通に出回っている大きさの4〜6倍はあろうかという精霊石だった。
「こんな質が悪い精霊石でで恐縮ですがどうかお受け取りください」
確かにその精霊石は少し黒ずんでいた。
「いえ、せっかくですがこんな高価なものをいただくわけには………」
「神父殿、あなたに信条というものがあるように私たちにもタブーというものがあるのです。高潔な精神の持ち主に対し敬意を払わないことはタブーなのです。そして神父あなたは高潔な精神の持ち主です」
そこまで言われては唐巣もおれないわけにはいかなかった。
「それではありがたくちょうだいさせていただきます」
まさかこの精霊石があんな事件を起こそうとは……………
町の中を赤いスポーツカーが軽快に駆け抜けていく。
運転席に乗っているのは20代前半と思われる若い女性、助手席に乗っているのはこれまた若い男、というより少年と形容した方が適切なようだ。額にバンダナをまいている。そしてその席の背もたれをつかんで袴姿の幽霊がくっついている。
「困っている?あの唐巣神父がですか」
運転席の女性=美神令子に横島は尋ねた。
「まあ電話の様子がそんなにせっぱ詰まってない感じだったからそんなに深刻な事態ってわけじゃないんでしょーけどね、まあ金にはなりそうもないけどそんなに大変じゃないみたいだしね」
「こらーーー!!、そこの赤い車定員オーバーだぞ!!ていしゃしなさーーーい!!」
唐突に別の声が割り込んだ。横島が声をした方を見るとパトカーが追いかけてくるのが見えた。
「停車しろって言ってますけど?」
「なにいってんの、おキヌちゃんは幽霊なんだから定員オーバーなんかじゃないわ。だから私たちなにも悪い事してないんだから従う必要なんかないじゃない」
「こらーっ!聞こえんのかーっ!?ていしゃしろーーー!!」
「美神さんおとなしく止まった方がいいんじゃ?」
「あの言い方がむかつくからぜっっっっったいいや」
「こらーーーーーーー!!!止まれーーーーーーーーーー!!!!撃つぞーーーーーーーーー」
パン!パン!パン!
「もううってるじゃないかーー!!」
「ウフフフフフフフよーやく公然と銃を使うことができたぞーーーーーっさいっこーーー!!!!」
拡声器のスイッチが入りっぱなしなのに気づいてないらしい。
「そらそらそらーーーーーー!もーいっちょーーーーーー!!!」
パン!パン!パンパン!びしっ!
最後の音は車に銃弾が当たった音だ。そして美神の中で何かが起こった音でもある。
「美神さーーーん!後生ですから素直に止めてーーーーーー!!!」
生きた心地のしない横島は美神にそう懇願したが、美神にそうする気配はみじんも感じられない。
「横島くん、そこのダッシュボードの中の白い箱とってちょうだい」
「へっ………これっすか?」
横島は素直に従った。
「ありがと」
中身は手榴弾だった。
「ちょっとーーーー!みかみさんーーーーーーーーーー??!!!!」
「完全にあったまきた。よっぽど死にたいようね」
美神はピンを抜いた。
「こんなこともあろうかともっておいてよかった。」
何故かやたらうれしそうに聞こえる。
「美神さん!!!お願いだから考え直して!!!!!いくら何でも手榴弾はまずいっスよ!!!」
無駄だと知りつつも横島はそう言わざるを得なかった。
「シュリュウダンってなんですか?」
なにも知らないおキヌの声が無邪気なはずなのにやたら残酷に聞こえた。
「くらえっ!!」
「うわーーーーーーーーーーっ!!!!」
ずどーーーーーーーーーーーーーん
ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー
「増えちゃってるじゃないですかーーーーーー!」
パトカーは20台ぐらいの数にまでなっていた。
「いきなり撃ってくる方が悪いのよ」
美神はすました顔でそう答える。
「あのーーー美神さんひょっとして私がおりればいいんじゃないでしょうか?」
おキヌのその問いに対し美神はあっさりと
「………そう言えばそうだったわね」
「何でそれに気づかんのです!?」
「うっさいわねー、いいじゃない別に一度あれ使ってみたかったんだし」
「結局それが本音ですか」
文句を言う気力もなくなる。
「じゃあたし後から行くんで」
「唐巣神父の教会はわかるわね。真後ろからおりてちょうだい。」
すこしだけ『真後ろから』の部分を強調していった。
「はい。それじゃ」
そう言うとおキヌは車の後ろにふわっと飛び降りた。驚いたのは後ろから追って来ていた警官達だ。何しろ時速80キロは出てるだろう車の上から女の子が自分達の目の前に飛び込んできたのだから。あわててハンドルを切るものブレーキを踏むもの。当然ながら後ろでは大混乱が起き、本日二度目の大爆発が起きた。
「こうなるのがわかってたんですね、美神さん。」
「なんのことかしら」
「わっっ!!」
ぐらぐらぐらぐらっと地面が揺れる。しばらくしてそれがおさまってからピートは立ち上がった。
「なんだったんだ今の爆発は?」
当然のことだったが20台以上のパトカーが爆発したとは考えなかった。ピートは外に調べに行きたかったが『庭』があんな様子ではとても無理だった。
「先生、今の爆発なんだったんですかね?」
半開きになってる自分の師の部屋にそう呼びかけるが返事はない。ピートは不思議に思って部屋をのぞいてみると唐巣の足が倒れた本棚の下から出ていた。
「せっ!!先生ーーーーーーーーー!!!」
あわてて引っぱり出して、見たところ大きなけがはないようだったのでほっとした。
「ああ、ピート君すまないね」
「けがはありませんか?」
「うむ幸い特にないようだ」
と、そのとき
「ひーーーーーーーーっタマネギとヤモリは嫌いっスーーーー!!!」
「そんなこといってる場合かーーーーーーー!!!!」
庭の方で絶叫が聞こえた。
話はほんの少し前にさかのぼる。
唐巣の教会に到着した美神達二人は、
「せっ!!先生ーーーーーーーーー!!!」
というピートの絶叫を聞いて足を止めた。
「な…………どうしたんすかね」
「さあね。けどなんにしろ気をつけなさいよ」
二人はそれぞれ武器を構えてゆっくりと庭に入っていった。二人が公道とドアの中間地点のあたりまで来たその時、もこもこもこもこもこもこっと二人の周りの地面小さな面積で無数に盛り上がってきた。
「ひっっ!!」
「落ち着きなさい!」
唐突に変化が止まった、が、それは一瞬のこと今まで盛り上がっていた地面のとこから何かが飛び出した!
ボンッ!ボンッ!!ボンボンボンボンボンッッ!!
派手に地中から飛び出してきたのは…………
「…………………タマネギ?????」
美神がしばらく判断を下さなかったのはそのタマネギらしきものに目や口があったからだ。
その目が光る、とてつもなく妖しく。
その口が開く、とてつもなく不気味に。
「やばいっっ!」
美神はGSとしての勘で判断した。耳元にある精霊石を投げつける。
カッッッ!!!………シュウウウウウウ
「え!?」
爆発するはずの精霊石が爆発しなかった、それどころか今のは見間違いでなければ………………
(吸収された!?)
「キョーーーーーーーーキョキョキョキョキョキョキョッッ」
考えてる暇はないようだった。
「オ、オ、オ、オ、オニゥオーーーーーーーーーーーーン!!!!!」
タマネギが一斉にこちらに向かって射出された!!
「ひーーーーーーーーっタマネギとヤモリは嫌いっスーーーー!!!」
「そんなこといってる場合かーーーーーーー!!!!」
無数に飛んでくる弾丸を必死で避け、払い、逃げる。
「美神さん!横島さん!こっちです!!」
「速く!!」
教会の扉が開いてピートと唐巣がそう呼んだ。
「オニオーーーーーーーーーーーーン!!オニオーーーーーーーーーーーーン!!」
なおもタマネギは追撃してくる。
「聖霊よ!我に力を!!」
「ダンピールフラッシュ!!」
ピートと唐巣の援護のおかげでどうにか教会の中に転がり込むことに成功する。
バタン!!扉が閉まる!!!
ズドドドドドン!!タマネギが扉に激突する!!
「た、たすかったーー」
横島はその場にへなへなと座り込んだ。
「で、一体あれはなんなんですか」
美神は唐巣に対してジトッとした目でそう聞いた。そんな美神の問いを聞いて唐巣はしばらく腕組みをして黙考した後、
「うむ、おそらくあのタマネギは外来種だったんだろう。だからタマネギーーーーーーー!!!、と叫ばずに、オニオーーーーーーーーーーーーン!!と叫……………」
「そんなことは聞いてないわよ!!なんであんなものがでてきたの!?」
「いやこの間君が考えた野菜を魔法で育てるっていうことにもう一回挑戦してみただけなんだが………」
「なるほどだから精霊石の力が吸収されちゃったのね」
美神は納得した。
「それで失敗したんスか?」
「まあ、そういうことです。さらに精霊石の力が大きすぎてあんなふうに畑でないところまで影響を受けちゃって」
「なんで、電話したときに言ってくれなかったんです!?」
美神は唐巣に抗議した。
「そんなことやったら、君、聞かなかったことにするだろ」
「うっ!」
「君たちが敷地にはいるときに言おうとして待ってたんだが、さっき大爆発が起こったろそれでちょっと混乱が起きてね」
横島の頭に因果応報という言葉が浮かんだ。美神には浮かばなかった。
「あたしがなにやったっていうのよーーーー!!!」
つっこむ人間、いやつっこむ勇気のある人間はいなかった。
「具体的に、どういう問題が起きてるんですか?」
「外に出ることができないんだ」
唐巣はドアを開けてテニスボールをオーバースローで