学生神符争奪戦
著者:ぱらどくす
Scean1 悪魔の棲む館
「おキヌちゃん 荷物おねがいね!」
「は、はいっ」
バックパックを預け、神通棍を手に走る美神。 目指すは大広間の中空に浮かぶ、青い肌と2本の角を持つ悪魔である。
高級住宅街の片隅に建つ『悪魔の棲む館』の悪魔を退治し、売り物になるようにする。 GSの仕事としてはよくあるものの一つである。
「ハンパな儀式で召喚されたあんたたちも迷惑だとは思うけどさ、術者とり殺した上、館に棲みついて祟るってのは悪さが過ぎたわね。 このGS美神令子が、極楽に行かせてあげるわ!」
一気に宣言すると神通棍を一閃させる。 あまりに高出力の霊力に負けて鞭状に変形した神通棍が空中の悪魔を薙ぎ払い、一撃で消滅させる。
「す、すごいっ」 「さすがやなー」
「気ぃ緩めるんじゃない! 敵はもう一匹いるわよ!」
無邪気に感嘆する2人に美神の叱責が飛ぶ。
その美神の言葉が終わるのを待たずに、側面の壁をぶち破って巨大な犬のような悪魔がおキヌめがけて襲いかかる。
「きゃあ!」 「し、しまった!」
前衛に飛び出していた美神は戻るのが間に合わない。 一気に間を詰める犬の悪魔に小さな珠が投げつけられる。 おキヌと共に後ろに控えていた横島が放った文殊であった。 文殊が【砕】の字を浮かび上がらせると同時に、悪魔がかりそめ
の肉体を砕かれて塵に返る。
「大丈夫かっ? おキヌちゃん。」 「は、はい。 ありがとうございます横島さん。」
「ったく。 でもまあ、これで後は地下の祭壇を封印すれば仕事は完了ね。
おキヌちゃんお札出して。」
「はい。 美神さん。」
「これで2000万。 ボロい仕事よね♪」
お札を手に上機嫌で地下室に向かう美神を見ながら、おキヌは少し寂しそうにつぶやいた。
「私、ほんとに美神さんたちのお役にたってるのかな?」
「えっ」
横島が驚いておキヌを見る。 先に行った美神の耳にはおキヌの声は届かなかったようだ。
「だって今日なんか私、荷物見てお札わたして、それだけなんですよ。」
「それは、おキヌちゃんの専門は『うばー』とかいってわらわら出てくる悪霊のほうなんだし、今日みたいな仕事の時はアレだけど。 でもヒーリングとか事務所の管理とかおキヌちゃんにしかできない仕事はいっぱいあるし。」
「それはそうなんですけど・・・」
問題は成長率のことであった。 幽霊から生き返って、偶然ネクロマンサーの笛に出会って、『おまえはすでに超一流のネクロマンサーだ。』なんて言わて・・・
その後全然自分が変わってないような気がするのだ。 美神や横島はどんどん力をつけているのに、自分だけ置いていかれているような気がする。
「なにやってんの、あんたたち!」
「はいっ。 すいませーん。」
そのとき美神が2人を呼ぶ声がして、話は中断した。
放課後の六道女学院の裏庭に一人の女生徒がたたずんでいる。 女生徒は僧兵のような法衣と頭巾に身を包んで一心に霊気を高めていた。
そして霊気が周囲の木々や大地と共鳴したのを感じた瞬間、手にした紅玉の数珠をかざして叫ぶ。
「弓式除霊術秘儀・紅玉如来!」
紅玉の数珠に霊気が収束して・・・しかしなにも起こらなかった。 まだ霊力が足りないのだ。
女生徒は弓かおりであった。 彼女はひとり、放課後まで弓式除霊術の秘儀の修得に励んでいたのだ。
基本的に真言(タントラ)に頼らず万物に潜む仏性を利用して術を使う弓式除霊術は大きな霊力を必要とする。 特にその秘儀ともなるとなまじなプロのGSの霊力でも追いつかないくらいである。
かおりはふと、10年位前に父になぜ真言を使わないのか尋ねた時のことを思い出した。
「最近の退魔物といったら密教系ばっかりで面白くないからな。」
「えっ? 『退魔物』って?」
「おまえもどこかで読んだんじゃないだろうな。 早九字なんか使ったら承知せんぞ!」
父のあまりの剣幕に必死で否定したのを憶えている。
ドッと疲れを感じてかおりは裏庭から立ち去った。
「また明日にしよう。」
Scean2 HR中
「えー、ところで学院当てにこんな案内がきとる。 希望者は後で各自申し込むように。」
おキヌや弓それに一文字たちのクラスのHRの時間、担任の鬼道マサキがコピーされたプリントを読み上げた。
『×月○日 劫鎮神社境内にて霊力増大の神符争奪競争を行う。』
教室に歓声が起こる。 このような神符争奪は祭りの一環として日本各地にあるが、霊力増大などという霊能者向きの符は滅多に放出されることがない。
『なお、参加は男女一組、参加費1万円』
淡々とマサキが読み上げる。
教室が悲鳴に包まれる。 女子高の生徒にそんな都合のいい相手などそうそういるわけが無い。 しかも参加費ちょっと高すぎである。
「かぁ。 ペアはともかく一万かあ。 おまえらどうする?」
と話しかけた、一文字魔理はおキヌとかおりの妙に真剣な表情に気づいて絶句した。
「と、いうわけで私出てみようかと思うんですけど。」
事務所に戻ったおキヌは美神と横島にそう言った。
「ふーん。 ま、いいんじゃないの。 こういうのは出るだけでもいい経験になるし。 横島クンつきあってあげなさいよ。」
「俺はかまわないっすよ。」
「あ、ありがとうございます。」
喜ぶおキヌに、美神は意地の悪い笑いを浮かべながらいった。
「それにしても霊力増大の神符か。 私も出てみようかなあ。」
「ええっ。 そんなぁー。」
おキヌが泣きそうな声を上げる。 競争と名のつくものに滅法強い美神に参加されては勝ち目などあるはずがない。
冗談よ。 と美神が言う前に横島が口を挟む。
「あ、それダメっすよ。 ほらっ、ここ『18歳以下の霊能者に限る。』って書いてあります。 年齢制限にひっかかっちゃいまし・・・」
言い終わる前に美神が横島を殴り倒す。 一瞬遅れて炸裂音が轟き、衝撃波が辺りの書類を吹き飛ばす。
「お・・・音速を超えた?」
おキヌが最近習った物理の授業を思い出してたじろいだ。
「うっさい! おキヌちゃんがトップとれなかったらあんたせっかんだからね!」
血を流して倒れる横島にそういうと、美神は部屋から出ていった。
そのころ弓は手帳に書かれた携帯のTELナンバーを睨みながら考え込んでいた。
「あてにしてると思われるのはしゃくなんだけど・・・」
だが、他に頼るあてはないのが事実である。
「そうだわ、あいつ人を映画に誘っといてそのままにしてたわね。 その埋め合わせってことで。」
そして弓はTELした。
Scean3 劫鎮神社境内
「というわけで日頃鍛えた力と技を使い競い合い、助け合う中で・・・・」
社の前で髭をたくわえた神主がお決まりの話をしている。 他のGS養成施設にも案内を回していたのだろう、結構な人数が集まっている。
おキヌ・横島、弓・雪之丞そして魔理・タイガーの6人は人だかりの隅のほうでかたまっていた。
六人の格好は、ジーンズにジャンパーの横島と黒のスラックスに白シャツの雪之丞を除けば、迷彩の野戦着に皮ジャケットのタイガーや巫女服姿のおキヌ、僧兵姿に薙刀を装備したかおり、特攻服を着ている魔理とバラエティに富んでいる。
ちなみにおキヌはそのままではさすがに動きにくいので、たすきをかけて袖を上げ、袴の裾をきゅっと絞っている。
「なに。 あなたたちも出るんですの?」
「え、えぇ まあ。」
「おめえらも出るんだろ。 一万はちょっと痛かったけどよ、つきあいだつきあい。」
「おまえらも誘われたの?」
「ま、まあな。」
「いやぁ。 照れるのー。」
そのとき太鼓の音が響きわたった。
「それでは始め、神符は裏山の祠じゃ。」
いっせいに全員が走り出した。
裏山の方向にしばらく境内を走っていると、前方に軍隊がサーキットトレーニングにつかうような壁が道を塞いでいた。 素早く塀を乗り越える訓練に使用するもので、実際にどんな時役に立つかを考えるとちょっと恐い。
「あれ、いくつか幻が混じっているようですわね。 だったらまともに壁を越えるより幻を突っ切った方が・・・」
いつのまにか先頭集団を走っているかおりが雪之丞に言う。
「甘いな。」
言うなり雪之丞は本物の壁の上端に飛びつく。
「こういうのは向こうに何か仕掛けてあるのが常識なんだよ!」
雪之丞の言う通り偽の壁の向こうには、泥水や粘着液のプール、得体の知れない粉などが隠されていた。
「先を急ぐぞ!」
一気に駆け抜ける雪之丞とかおりの背後で見る目のなかった連中が次々と罠にかかっていく。
「けっこうエグイ仕掛けがしてあるな。」
ほとんど最後尾のグループに混じりながら横島が言った。 後ろを走っている人間は、前の人間を見ていればおおよそ仕掛けの正体がわかる。
壁の罠を無傷で抜けた横島とおキヌは石畳の上に網が敷いてあるところに出た。
ご丁寧に網の端が、入りやすいように少し持ち上げてある。
「こんな物正直にくぐってられるかよ!」
横島たちの少し前を走っていた参加者が網の入り口をまたごうとしたとたん、側面から暴徒鎮圧用のゴム弾が飛んできて男を打ち倒した。
「赤外線センサーか。 こらまともに網をくぐらにゃしゃあないな。」
横島とおキヌが顔を見合わせる。 お互い顔色が少し悪い。
二人が網をくぐり出してしばらく進むと、だんだん網の抵抗が大きくなってき
ていることに気づいた。
見ると網目から吸盤のついた触手のようなものが伸びてきて絡み付いてきている。
「な、なんじゃこらー!」
「横島さん、これ霊気に反応して絡み付いてきます! 霊力を抑えて!」
横島がおキヌの忠告に従おうと、目を閉じ呼吸を整えた時
「きゃあぁぁっ!」
前方で女の子の悲鳴が聞こえた。
驚いて目を開けると、前を進んでいた女の子があと少しで網を抜けるというところで絡みつかれれて、ズボンがずれてしまっているのが見えた。
「お、おおっ! パ・パンティー!」
突如爆発的に霊気を発すると、横島は絡み付く触手をひきちぎってゴキブリのような速度で網の下を這い進む。
「し、尻 、しりー!」 「きゃあぁぁ!」 「やめんかぁー!」
「横島さん!」
女の子の蹴りと連れの男の拳、そしてどうやったのか横島と同じスピードで網の下を進んできたおキヌのつっこみが同時に横島に決まった。
Scean4 鎮守の森
「ここからは分かれ道ってわけか。」
神社の裏山へと続く森につけられた八つの道を見ながら一文字魔理が呟いた。
「タイガーお前どの道がいいかわかるか?」
「森の事ならわしに任せてくださいのー」
心に密林の王者・虎の性質を持つタイガーはじっと森の入り口を見つめた。
「これじゃのー」
タイガーは道の一つを選ぶと魔理を連れて入っていった。
「おい。 誰に任せろって?」
魔理がそういったのは道に入ってわずか2〜3分もたった頃だった。 声色に明らかな怒りがにじんでいる。
タイガーの選んだ道はあっさり行き止まりになっていた。
「あれ?」
「もういい! 戻るぞっ!」
そう怒鳴って180度方向転換した魔理は絶句した。 いままで進んできたはずの道が消えていたのだ。 あたりには人の気配はまるでなかった。
「でやぁ!」
魔装術をまとった雪之丞の霊波砲が迫り来る木の枝と根を同時に打ち砕く。
横を走るかおりも水晶観音の術を使っている。 雪之丞とかおりが選んだ道は木霊によって操られる木々の道だった。 ここまできたトップグループの中でもすでにかなりの数が脱落している。
「下、来ますわよ!」
地面にひびが入ったと見えると、そこから十数本の根がうねうねと飛び出してきて脚に絡みつこうとする。 二人は素早く飛び上がると木の枝を蹴って樹上を進む。 下に先ほどまで前を走っていた参加者が見える。 どうやら女の方が根に脚を絡め取られて立ち往生しているらしい。
前に進もうとしない限り木は襲いかかってこないらしいが、もちろんそれでは
レースに勝つことはできない。 男が女に向かって喚き散らしているのが聞こえる。
「まったく、お前が一緒に組みたいって言うから組んでやったんだぞ! それが足を引っ張りやがって! こんなことなら他の女と組めばよかった!」
「そ・・・そんな。」
男はそれなりに整った顔立ちをしていた。 それにここまでこのスピードで進んできたことからして実力もかなりのものだろう。 しかし今、喚き散らす男の顔からは品性というものがスッポリと抜け落ちていた。
「そうだ、今からでも遅くない。 私が声をかければつまらない男など捨てて私と組もうという女などいくらでも・・・」
耳障りな男の声はそこで中断した。 突然上から落ちてきた雪之丞の両足が男を踏み付けにしたのだ。 雪之丞の足の下で男は完全にのびていた。
「おっと、すまねぇな。 つい、うっかりしちまってよ。」
男の耳に届いてないのを承知でそう言うと、雪之丞は女の方を振りかえった。
男を見る目を鍛えることなど考えたことも無い、元気が取り柄の田舎娘が必死のがんばりだけでここまで走ってきたらこうなるだろう、という見本のような姿の女が座りこんでいた。
なるほどその脚には太い木の根が数本絡み合ってしっかりと巻き付いている。
雪之丞は娘に手のひらを向けると霊力を集中した。
「ひっ!」
撃たれると思って身を硬くした娘の脚に絡んだ木の根を一撃で粉々にする。
「この程度の物を外せねぇくせに偉そうな口ききやがって。」
それだけ言うと雪之丞はくるりと娘に背を向ける。
「あ、あの、あなたいったい誰ですか?」
「あん? 俺か? おれは伊達雪之丞ってもんだよ。」
娘の問いに答えると今度こそ雪之丞は樹上に戻っていった。
木の上ではかおりが待っていた。 えらく不満そうな顔をしている。
「な、なんだよ。 男としてああいう野郎はなぁ・・・」
「その後の名乗りが余計なのよ! いやらしい!」
「い、いやらしいってなぁ・・・」
先を急ぎつつもかおりの機嫌はしばらく直りそうもなかった。
「あ、横島さん、ほらあれ。 なんだか追いついたみたいですよ。」
横島とおキヌが森に入ってしばらくすると前方に10人近い人影が見えてきた。
おそらくなんらかの仕掛けに引っ掛かっているのだろう、人影は先に進まず立ち止まっている。
「な、なんじゃありゃ!」
近づいてみると、人影に見えたものの3分の2が人間大のワラ人形であった。
それがよたよたと歩いてきて人にしがみついている。
「くっそー、放せー!」 『あのヤロー係長のヤローぐちゃぐちゃ言いやがってぇ〜』 「きゃー!、放してよ!」 『あの女〜あの女さえいなければ〜』
どうやら強くはないようだがとにかくしつこいらしい。 べったりしがみついて離れようとしない。
「こ、これ、この森に打ち付けられたワラ人形か? また面倒な物を。」
そう言ったとき、横島の脇の茂みからもう一体ワラ人形が現れて横島にしがみ
ついた。
「ぎゃー! やめてーチクチクするー!」 『ウフフ、あの女〜オレを裏切りやがって〜呪ってやる〜復讐してやる〜』
どうやら、女に捨てられた男がつくった人形らしい。
「この子たち、かわいそう・・・」
この森に置き去りにされたいろいろな恨み。 行き場の無いそれがさまよい続ける苦しみを、かつて幽霊だったおキヌの心が感じ取る。 自然と涙が溢れてきた。
おキヌは、ネクロマンサーの笛を取り出すと静かに吹き始めた。 音波が霊波に変換され、ワラ人形にとりついた怨念に染み込んでいく。
『もういいのよ。 ここに恨みを残していった人たちは、きっと今は元気に暮らしているから。 だからあなたたちももう恨み続けなくても、苦しみ続けなくてもいいのよ。』
おキヌの思いが怨念を解きほぐし、導いていく。 おキヌが笛から唇を放した時あたりのワラ人形はすべて元の大きさに戻り、地面に落ちていた。
「すごいじゃないか、おキヌちゃん!」 「そ、そんな。」
横島に誉められて赤くなるおキヌ。
「すごいんだけど・・・みんな浄化しちゃったのはまずかったかも。」
「え?」
見ると解放された参加者たちが、さっさと先を目指し始めている。
「きゃあ!」
あわてて後を追おうとするおキヌたちは、ふと、まだ一組しゃがみこんだままの
参加者がいるのに気づいた。
まだ小学生くらいに見える子供の二人組みだった。
「あんな子たちも参加してたんですね。 あっ、大変あの子ケガしてる!」
どうやら女の子の方が、ワラ人形にしがみつかれた時に足をひねったらしい。
男の子が心配そうにそれを見ている。
ヒーリングをするためおキヌが近づこうとした時、子供たちの頭上の枝から残っていたワラ人形が飛び降りてきた。
「きゃあ!」 『くそ〜どいつもこいつもオレを馬鹿にしやがって、男も女も犬も猫もぉ〜』
おキヌの浄化を拒否するだけあって相当にひねくれた怨念らしい。
男の子がとっさに女の子をかばって霊波でワラ人形を吹き飛ばそうとする。
しかしワラ人形は霊波を押し返してじりじりと近づくと全身に五寸釘を生やした。 これにしがみつかれてはただではすまない。
「もういいから逃げてぇ!」
女の子が涙を流して叫んでいる。 前下ろしにしたショートヘアの黒髪が印象的な可愛い子だった。
しかし霊波を撃ち続ける男の子にまったく引く様子はない。
「だまってろ! おまえは俺が守る!」
男の子が叫び返す。 しかしあと一歩近づかれればワラ人形に捕まってしまうだろう。
「横島さんっ! 早く助けなきゃ!」
おキヌが横島に向かって叫ぶ。 しかし、横島はワラ人形に襲われる2人をじっと見つめたままこう言った。
「もう少し、見ていよう。」
意外な横島の言葉におキヌが驚いた時、男の子の発する霊波が急激に高まりだして、ワラ人形を徐々に押し返していった。
「よし。」 「うおぉぉっ!」
横島が小さくうなずくのと、男の子が叫ぶのが同時だった。 爆発した霊波がワラ人形を吹き飛ばして地面に叩き付けた。
そのままワラ人形は元の大きさに戻るとバラバラにほどけてしまった。
「横島さん・・・」
おキヌは改めて横島の方を振り返った。 脱力してしりもちをつく男の子とそれにしがみついて泣きじゃくる女の子を見つめる横島の表情は嬉しそうで、そして少し寂しそうだった。
かけるべき言葉を失ったおキヌは、黙って子供たちの方へ走り寄った。
「大丈夫?」 「は、はい。」 「けがを見せて。」 「え、でも・・・」
「いいから。」
子供たちに表情を見せないよう顔を伏せたまま、強引に女の子の足に手を添えるとヒーリングを行う。
30秒ほどそうしていただろう。
「これで少しは楽になったと思うから。」
顔を上げてにっこりと笑いながらおキヌがそう言った。
「はい。」 「あ、ありがとうございます。」
「ううん、それじゃ、わたしたちもう行くね。」
おキヌは横島のところに駆け戻ると腕を引っぱった。
「さあ、行きましょ。」
「あ、う、うん」
おキヌの様子がなんだかいつもと微妙に違う気がして横島がとまどう。
「ほらっ、急がなきゃ。」
おキヌは横島の腕をきゅっと抱えると元気よくそう言った。 少しだけ、無理をして・・・
Scean5 裏山
「いやあ、でもさすがに学生の大会だけあってみんなフェアだよな。 美神さんたちだったら、反則・妨害なんでもありだもんな。」
「そうですね。」
横島とおキヌがそんな話をしているうちに、どうやら森を抜けて山に入ったらしく道が斜面になってきた。 また、ぽつぽつ他の分かれ道とも合流しているようだった。
やがて道は、かなりの大岩に行きあたった。 ちょっとした2階建てくらいの高さだが、足がかりとチェーンが設置されている。
「ここを登れってことか。 けっこうきつそうだな。」
「でも、おもしろそうですよ。」
そのとき岩の上の方で爆発音と地響きが聞こえてきた。 石と共に数人の人間が転がり落ちてくる。 その中に雪之丞とかおりの姿もあった。
「お、おいどうしたんだ!」
とっさに魔装術や水晶をまとった雪之丞たちは軽傷ですんでいるが、他の参加者は骨にひびくらい入っているかもしれない。
「妨害工作だ! 連中、あらかじめ火薬を仕掛けてやがった。」
「連中?」
雪之丞の視線の先を追うと、岩の頂上に一組の男女が見えた。 はっきりとは見えないが、ひねた顔つきがよく似ている。 どうやら兄妹らしい。
「どうして、こんなひどいことするんですか!」
おキヌが本気で怒ると、妹らしい女が笑いながら言い返してきた。
「ほほほ、業界トップのGS、美神令子の言葉をご存知ありませんの? 勝つためには手段を選ぶ必要はありませんわ!」
「・・・・・美神さん。」
「あのひと、教育の敵なんじゃ・・・」
心当たりのあり過ぎる2人には返す言葉がなかった。
「お喋りはそのくらいにして行くぞ。 やつらが登ってきたら面倒だ。」
「ええ、お兄様。」
兄妹がさらに先に続く道を歩き出す。
「ちょっと待ちな。 きたねぇ仕掛けしやがって。」
「な、なに! おまえたちどうやって!」
目の前の茂みから現れたのは、一文字魔理とタイガーだった。 森が得意といったタイガーの言葉は嘘ではなかった。 2人は道など無い森をここまでショートカットしてきたのだ。
「ちいっ! ならば叩きのめすのみ!」
妹が神通棍を兄がカードを構える。 妹が前衛に立ち、兄が投げカードで援護するコンビネーション攻撃である。
息の合った連携にたちまち追い込まれる魔理とタイガー。
「わしがやりますけん、笛の方を頼みますのー。」
そういうと、タイガーは精神感応波を放射する。 感応波が与える影響がタイガーの姿を人型の虎に錯覚させる。
魔理が横笛を構える。 この笛はタイガーが雇い主のエミから無断で拝借したものでバレたらただでは済まない。
「え・・と虎よ虎よ・・・後何だっけ? だいたいどうやって笛吹きながら呪文なんか唱えるんだ?」
タイガーの能力は強力すぎて、使用すると本人の理性まで飛んでしまう。
そのため、この笛でコントロールする必要があった。 それが無いとなると
「ぐふ、ぐふふ。 お、女ぁー。乳、尻、太股ぉー!」
このように暴走したセクハラおやじと化すのだった。
「な、なんですの? こいつら。」 「さ、さあ?」
目の前で始まった追いかけっこに、思わず呆然とする兄妹。
「ぐふふー、待てー、さわらせろー!」
「わー! やめろっ! 正気に戻れっ!」
ついにタイガーの手が魔理の特攻服を捕まえる。
「うわっ!」 「うおお〜ん!」
そのまま抱き付こうとするタイガーを、
「いいかげんにしやがれ!」
魔理が拳で思いっきりぶん殴る。
「この変態が!」
さらに二発、三発
「笛なんかに頼ってんじゃねえ! 根性出しやがれ!」
自分の事を棚にあげつつ、四発、五発。
「お、おい。」
八発目まで数えてなんとなく手持ちぶさたになった、兄妹が声をかけようとしたとき、
「はっ、わ、わしはいったい。」
タイガーが正気を取り戻した。
「よしっ! いくぜ!」
魔理のその声を合図に2人の姿が消える。 タイガーの精神感応波が姿を認識できないようにしたのだ。
「む。 幻覚攻撃か!」
兄妹がふたたび構えをとり、感覚を研ぎ澄ませて気配を探る。
「そこですわ!」
妹が正面からせまる魔理の気配にむかって神通棍を振るった。 確かな手応えに勝利を確信する。 しかし彼女には見えていなかった。 攻撃を受けても魔理の目が死んでいないことが。
神通棍の一撃をくらいながら、さらに踏み込んだ魔理の拳がボディに決まるとその一発で妹は意識を失った。
「くらえ!」
兄は突進してくるタイガーの気配をバックジャンプでかわすと、空中で十枚近いカードを同時に投げる。 霊気をまとったカードの何枚かが命中し、一瞬タイガーの姿が浮かび上がる。
「ばかめ! 次がとどめだ!」
着地と同時に必殺の一撃を放つべく兄がカードを構える。
「ばかはおまえじゃのー。」
術を解き、人間の姿に戻ったタイガーが言った。
「なに!?」
突然兄の足元の地面が消える。 地面と思ったそれはタイガーが作り出した幻覚だったのだ。
「うわぁぁぁ!」
そのまま兄は岩の下に転げ落ちていった。
「よお、やったじゃねーか。」
いつの間にか岩を登ってきていた雪之丞が ひょいと顔を出した。 かおり、横島、おキヌが後に続いてぞろぞろと上に這い上がる。
「なんだ、もう登ってきやがったのか。」
魔理が苦笑して言う。
「フン!」 「え、ええ。」
かおりがそっぽをむいて、おキヌがうつむきながら答える。
実はおキヌは下にいるけが人の治療に残ろうとしたのだが、その中にヒーリング能力者がいたため、彼に任せて先へ進んできたのだ。
気にはなるが、下の人たちが快く送り出してくれたのが救いである。
「馴れ合う気はありませんわ。 早く行きますわよ。」
「まあ、待ちな。 せっかくだ、皆で行こうぜ。」
「ええっ」
かおりが馬鹿を見るような目を雪之丞に向ける。
「ここで少しくらい先行しても、罠にかかって見せるだけだ。 ここはかたまって行った方がいいって。」
雪之丞がそっと囁く。
「それじゃあ、行きましょうか。」
おキヌが号令をかける。 みんなで一緒に進めることがよほど嬉しいらしい。
山道を横島・おキヌ、雪之丞・かおり、タイガー・魔理の順で二列になって歩く。
「悪党。」
かおりが横を行く雪之丞にぽそっと言う。 こういう場合中央にいれば、異常が前で起きても後ろで起きても様子を見る余裕がある。
細い道の両側は上に切り立っていて、横から何か来る可能性は低い。
「あ、あれは!」 「きゃっ!」
先頭を行く横島とおキヌが声を上げる。 道が目の前から急に炎に包まれていた。
どうやらただの炎ではなく霊的な物らしく、熱は確かに感じるのに横の斜面から突き出した木の枝に燃え移る様子もなく、ある線からこちらに燃え広がる様子もない。
「ここを突っ切れってことか。」 「ひええぇ〜。」
雪之丞がかおりに目をむける。
「俺は魔装術があるからいいとして、お前はどうする。」
「心配は無用ですわ。」
かおりが手にした薙刀を構え、念を凝らす。 この薙刀は霊刀の一種であり、刃こそ落としてあるものの霊力を込めれば人はおろか霊体すら斬る。
「憤怒の心にて、悪しき炎熱を断つ。 弓式・明王斬!」
かおりが薙刀を一閃すると膝くらいの高さがある炎が5メートル程も斬り裂かれて道が現れる。 一気に走り抜けると続けさまに薙刀を振るい道を伸ばす。
「よ、よし。 われわれも・・・」
続こうとする横島を雪之丞が阻む。 その間に切り開かれた入り口が再び閉じる。
「ああっ! なにしやがる!」
「すまねぇな。 ここで遠慮してくれや。」
雪之丞はそういうと魔装術を纏うと、かおりを追って炎に飛び込んだ。
「どうします? 横島さん。」
おキヌが困った顔で尋ねる。
「これ、見た目は炎だけど霊気の塊みたいだ。 おキヌちゃんの笛で操れないか?」
「え、できないことはないと思うんですけど息が続くかどうか・・・」
「そうか、走りながらだもんな。」
仮に炎の道の途中で息が途切れればどうしようもなくなる。
「そうか! ひょっとして。」
横島が何か思いついたらしい。 霊波刀を出すと炎の上にかざす。 横島の霊波と霊気の炎が反発しあってバチバチと音をたてる。
「よし! いける!」
横島は霊波刀を三日月形に伸ばすとその上に両足を乗せ、おキヌを抱き上げた。
「サーフボードの要領だ! 俺が炎の上に乗るからおキヌちゃんは炎を操って前に進めてくれ!」
「は、はいっ!」
いきなり抱き上げられて真っ赤になりながら、おキヌが笛を吹き始める。
『炎よお願い。 わたしたちを向うまで運んで。』
横島とおキヌを乗せた霊波刀がどんどん加速して、文字通り滑るように進んでいく。
「お、おいっ! みんな行っちまったぞ! どうすんだよ!」
「そう言われてものー。」
後に残された魔理とタイガーがなんとか炎の道を越える方法を探すが、なかなかよい手が見つからない。
「くそー、こうなったら!」 「や、やめるんじゃー!」
やけになってそのまま炎に飛び込もうとする魔理をタイガーが必死で止める。
もみ合いになった2人が左側の山肌に倒れ込む。
「あ、あれは!」
立ち上がろうとした2人は、木の陰に隠れるように設置してあるコンロのつまみのようなスイッチを見つけた。 つまみは『火力・強』を指している。 そして0時方向には『消火』と書いてあった。
「はあっ!」
かおりが何度目かの明王斬を振るうと、ようやく炎の道が終わったようだった。
「便利な技じゃねぇか。 今度教えてくれや。」
「弓式除霊術は門外不出ですわ。 どうしてもと言うなら父に頼むことね。」
2人にようやく軽口をたたく余裕が出来たようだが、『門外』不出の秘伝が頼んだくらいで教われるものか、それとも言葉に微妙な含みがあったのか? しかしそこに気付く前に、横島たちが追いつく。
「こら〜、おまえらー!」
「よ、横島!」 「氷室さん!」
おキヌは笛を吹いているので声を出せない。
四人はほぼ同時に炎の道を抜けた。 しかし、4人とも霊力を消耗してしばらく動けそうにない。 休んでいるうちに突然炎が消え、ただの山道に戻ったところをタイガーと魔理が走ってくるのが見えた。
Scean6 祠の前
六人が歩き出すとすぐに道が大きく曲がっていた。 曲がり道を抜けると突然
目の前が開けた。
いきなり出てきた草原の中に目的の祠が見える。
「お、おいどーすんだ。 3組とも同着かよ。」
「どうやら、あれで決着をつけろってことらしいぜ。」
雪之丞の指差す先には、結界を張られた霊的闘技場が作られていた。
「ちょ、ちょっと待てよ。 ここまで来て殴り合いでケリをつけさす気かよ!」
魔理も、もし最初から霊能バトルの勝負と聞いていれば心構えも出来ていたろが、レースのつもりで参加して最後にいきなり、しかも顔見知りと闘わされてはたまったものではない。
「たかが符一枚のために、ダチと殴り合いなんてみっともねぇ真似ができるかよ! オレはおりるぜ!」
魔理は怒りで顔を真っ赤にしながらそう言うと、さっさと山を下りようとする。
「・・・たしかに、そうですわね。」 「はい。」
かおりとおキヌが顔を見合わせる。 以前のかおりであれば神符のためなら闘うこともためらわなかっただろうが、いまの彼女はおキヌや魔理との関係を犠牲にしかねないまねをする気にはなれなかった。
とは言え、2人ともつきあいで参加した魔理とは違ってはっきりした理由があって『霊力増大の神符』を目指したのである。 少々残念そうな表情になるのは仕方がないことだろう。
『けっ 、無理しやがって。』
雪之丞はかおりがこのレースに参加しようと考えた理由を聞いていない。 しかし、プライドの高いかおりが自分にパートナーになることを頼む以上それなりの理由があるだろうと思っていた。
それが友達のために神符を諦め、そのくせあんなに残念そうな顔をしている。 だからこう言った。
「だったらテメーらは降りな。 おい横島、おめぇとはGS資格試験のときの決着がまだだったよな。」
横島も、おキヌがこのレースに参加した理由をはっきりとは聞いていない。 しかし、この間の悪魔退治の時の話が関係しているだろうということは感じていた。
なにより、おキヌが神符を欲しがったのは美神や横島の役にたとうとしたからなのは間違いなかった。 だからこう答えた。
「やるか、雪之丞。」
横島と雪之丞はおキヌたちが止めるのを無視して闘技場に入った。 結界を作動させれば外から手を出すことはできない。
「こんな形で決着がつけられるとは思わなかったぜ。」
もともと雪之丞が横島をバトルに引き込んだのは照れ隠しのようなものだったが、それでもやはりこのライバルとの勝負には心が躍った。
2人は闘技場の中央に5メートルほど離れて向かい合った。 雪之丞が魔装術を纏うと、横島も霊波刀を出す。 ポケットには文殊が一つだけ入っている。 他は前日までの仕事で使ってしまっていた。
「それじゃあ・・・行くぜ!」
それが戦闘開始の合図だった。
雪之丞がまっすぐに間を詰めると、勢いを殺さずに右の拳を放つ。 横島がとっさにかわすと、そのまま横島の背後に抜けて再び間合いを取る。
雪之丞は一撃離脱のヒット・アンド・アウェイの作戦をとった。 横島の文殊の能力に付き合っていては何が出てくるか分かったものではない。 しかし、文殊を使うには狙う・投げる・当てるの三拍必要になる。 雪之丞は高速で動き回ることで文殊を封じようとしたのである。
一撃を放ち、あるときは背後にすりぬけ、横に飛び、後ろに引く雪之丞。 しかし、横島もまた雪之丞の動きにあわせて霊波刀を変化させ応戦していた。 刀で打ち掛かり、突進にあわせて槍に変化させて突き、鎖鎌のように絡み付け、はさみのような形で手足を挟み捕ろうとする。
「くっ、まずいな。」
戦闘開始より3分近くたち、すでに雪之丞の攻撃も十数度目になる。 このままでは動きの多い雪之丞の方が消耗が大きい。
お互いダメージを受けているが、まだまともに当たった攻撃は一つも無い。 ある意味で当然のことであった。 右手の霊波刀に全霊力を集中している横島はそれ以外の部分に攻撃をくらえばひとたまりもない。 また、雪之丞の魔装術も横島の霊波刀をうければ、中まで切り裂かれてしまうだろう。 霊力量が互角なら、収束率が高い方が出力が大きい理屈である。
「それなら!」
再び雪之丞が突撃をかける。 顔面を狙ったパンチは霊波刀にはじかれる。 そのまますり抜けると見えた雪之丞は、横島から一歩の距離で突然飛び上がると独楽のように回転して飛び回し蹴りを放つ。
とっさに霊波を集中した右腕でガードする横島。 しかし雪之丞もこれを止められるのは予想の内だった。
続いて右拳を打ち下ろし、それをかわされればさらに左を放つ。 雪之丞の矢継ぎ早の連続攻撃がどんどん早くなる。
「くらえ、横島! これが俺の連続截拳撃だっ!」
攻撃のたびにリズミカルに吐き出される呼気が引きつった喉を通るたびに、奇声となって響き渡る。 それはもはや言葉とは言えないものだったが、敢えて表すならば
「ほわちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ」
となるだろうか。
「ふ、古い!」
「ブルース・リーじゃのー。」
「あのバカ、ビデオ見て研究したわね。」
一瞬、辺りの雰囲気がしらける。 しかし、
「横島さん!危ない!」
おキヌだけは真剣に心配しているように、横島はどんどん追いつめられていた。
「も、もーだめだー! 右腕一本じゃ捌ききれん!・・・一本? そうか!」
ついに、雪之丞の攻撃を捌ききれなくなった横島の顔面のガードががら空きになった。
「ほわっちゃー!」
しかし、自信を込めて放った雪之丞の右フックは、鞭のようなものに弾かれた。
続いて放った左のストレートも前蹴りも同じく弾かれる。 それどころか、横島の反撃が雪之丞の頭をかすめる。
「こ、これは!」
「腕一本で追いつかないなら、指5本ならどうだ!」
横島は右腕の指の一本一本を霊気の鞭に変えて、別々に操っているのだ。
「て、てめえ、それはなんか悪役っぽいぞ!」
「うるせぇ! なりふりかまっていられるか! サソリ怪人に言われたかねーや!」
喚きあいながらも、さらに激しい攻防を繰り広げる2人。
「くそー、まずい!」
再び形勢を五分にされて雪之丞は焦った。 このままではいずれ文殊を使う隙を与えてしまう。
「はぁっ!」
雪之丞が両掌を並べて突き放すように撃ち出す。 その双掌打を迎撃するため5本の鞭がしなる。
「今だ!」
迎撃の瞬間、雪之丞が手首を返し5本の鞭を掴みあげた。
「こっちが本命だ!」
焼け火箸を掴んだような激痛に耐えながら、雪之丞がはなったヒザ蹴りが横島の腹に命中する。
「よ、横島さんっ!」
おキヌが涙ぐみながら悲鳴を上げる。 5メートルも吹っ飛んだ横島が地面にひざをついた。
しかし、ヒザ蹴りをはなった雪之丞はその感触の異常に気付いていた。
「手応えが軽い? 自分から飛んだのか!」
ヒザ蹴りをくらった瞬間に、横島は自分から後ろに飛んで衝撃を逃がしたのだ。
しかし完全に威力を殺せたわけではなく、まだ横島は立ち上がれない。
再び雪之丞が横島目掛けてダッシュをかける。
「もう止めてください!」
おキヌの悲鳴が朦朧としていた横島の意識を取り戻させた。 とっさに横に転がって雪之丞をかわす。
「ちっ! だが、次はかわせん!」
しかし勝利を確信した雪之丞の背中が横島の声を聞いた。
「伸びろ! 霊波刀!」
「しまった!」
横島はターンのタイミングと位置を見切って、雪之丞の動きが止まる瞬間を狙ったのだ。
雪之丞はダッシュの勢いを殺しきらないまま強引に体をねじると、勘だけで伸びてくる霊波刀の刀身を打ち払う。
「ぐわっ!」
直撃こそ避けたものの、今度は雪之丞が地面に転がる番だった。 そしてそれは、横島に文殊を使う絶好のチャンスを与えることだった。
急いでひざ立ちになった雪之丞にすでに文殊がせまっていた。 小さな珠の中に【爆】の文字が輝いている。
「うおおおおっ!」
雪之丞が必死で文殊を払いのける。 投げた横島の体勢も十分でなかったのが幸いした。 払いのけられた文殊はあっさり結界を突き破ると、おキヌたちの頭上を飛び越してはるか後ろで爆発した。
「て、てめぇ! あんなやばい文字使いやがって! 死んだらどーすんだ!」
「い、いや、つい。 おまえだって人のこと言えねーだろ。」
食って掛かる雪之丞におもわずたじろぐ横島。 しかしそこで2人は外の異様な雰囲気に気付いた。
「お、おい、おまえらケガは・・・」
闘技場の外の四人を振りかえって雪之丞は絶句した。 文殊は四人の後ろにあった祠を直撃し、バラバラに打ち砕いていた。
「な、なんてお約束なっ!」
Scean7 霊力増大の神符
横島と雪之丞は結界を解くと急いで外に出た。
「い、いや。 これは不可抗力だぞ。 ま、まあケガも無かったことだし・・・」
おずおずと言う雪之丞の言葉に放心状態のかおりが正気に戻る。
「不可抗力で済みますか! あなたいったい自分が何をしたか・・・」
「だ、だけどおまえはもうあれ、いらねぇって言ってたじゃねえか。」
「それとこれとは話が別です!」
完全にきれたかおりを魔理とタイガーが雪之丞と共に必死でなだめている。 おキヌはそれが聞こえていないかのように壊れた祠を見つめていた。
「あ、あの おキヌちゃん?」
横島が後ろから声をかけると、おキヌは祠の残骸を指差した。
「横島さん、あれ。」
そこには赤い紐がかけられた20センチ四方くらいの箱が転がっていた。
六人は箱を囲んで集まった。
「これ、どうしましょう?」
おキヌが困ったように皆に尋ねる。
「どうって、このままほっとく訳にもいかないし・・・」
「開けちまうしかねーだろ。」
横島と雪之丞が答える。 闘いを再開するにせよ山を下りるにせよ、神符の無事が判らなければ始まらない。
「じゃあ、開けますよ。」
なんとなく箱を開けるのはおキヌの役という雰囲気になっている。 第一発見者ということもあるが、欲得でズルをしないことにかけておキヌほど信用のあるものはいない。
軽く引っぱると赤い紐はあっさりと解けた。 箱の表面は汚れていたが、大きな傷もなく中身も無事なようだ。 おキヌは蓋に手をかけるとそっと箱を開けて中を覗き込んだ。
「こ、これは!」
おキヌが驚きの声をあげる。
「な、なんだ!」 「どうしたの!」
中身を見ようとかがみ込む他の五人におキヌが箱の中身を示した。
そこには一枚の紙が入っており、こう書かれていた。
『仲良きことは美しき哉
ここに至るまでの信頼と協力を忘れなければ
いかなる困難にも打ち勝つ大霊力となること
間違いなし。 』
あっけにとられて呆然とする六人。
「フフ、ウフフフ。」 「ははは。」
しかし、やがて誰からともなく笑い出す。
「参りましたわ。 まさかこういうこととは・・・」
「俺としたことが、このオチを読めなかったとはな。」
かおりと雪之丞が顔を見合わせて苦笑する。
「まったく、やられたぜ。」
「一本とられたのー。」
魔理とタイガーは目に涙まで浮かべて笑っていた。
横島は声も出せないくらい腹を抱えて笑っている。
「ウフフ・・・アハハハハ。」
皆につられて笑いながらおキヌは思った。
『だけどその通りよね。 無理に強くなんてならなくていいんだ。 横島さんや美神さん、大好きな友達のためにがんばろうって思えたら、きっとなんでもできるよね。』
いつのまにか夕焼けに染まっている山の中を若者たちの笑い声がこだました。
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ふと、おキヌは顔にさしていた日差しが陰ったのを感じた。 横に座り込んでいたかおりが立ち上がったのだ。 いつのまにか皆の笑い声は止んでいる。
「さあ、行きますわよ。」
かおりの声は、ついさっきとは別人のように凍てついていた。
「なめやがって! あたしはこの手の説教は一番虫が好かないんだ!」
魔理はすでに背中を向けて下山道に向かって歩いている。
「わ、わしの金。 生活費を返せー!」
タイガーは怒りで涙を浮かべている。
「横島、あの神主ぶっ飛ばす霊力は残ってるか?」
「やるか、雪之丞。」
ふたりとも顔は笑っているが目がぜんぜん笑っていない。
「あ、あの、皆さん? え? え?」
青くなって皆を見回すおキヌの目に、夕焼けに染まった山々が血の色に見えた。
終わり