2、それぞれの想い!
「困ったことになったね」
唐巣神父はそう切り出した。ここは、唐巣神父の教会の一室である。
「あの森には、昔っからの土霊達が住んでいてね、美神君はその、なんだ、きっと土霊の誰かに見初められたんだと思う」
「それじゃあ、美神さんの居場所を探して、連れて帰ればいいじゃなですか!?」
横島は少し興奮気味に言った。
「落ち着いてください、横島さん」
ピートがなだめる。
「ああ、すまん」
「続けていいかね? そう簡単に行く相手ではないんだよ、土霊と言うのは」
唐巣神父の話しをまとめるとこうだ。
古来、土霊は神の使いとして崇められていたのだが、やがて人間達の信仰心も薄れていった。人間は山を開き、土霊の住みかを侵していった。
土霊にたいした力はない。彼等の得意とするのは幻術である。土霊が住みかを完全に失うのも、時間の問題であった。
そんなとき、ある土霊が人間の女と交わり、子を成した。その子は強力な力を持ち、人間達を追い払っていた。
当然、他の土霊もそれにならった。そして、純粋な土霊が少なくなった頃、異変は起きた。
野心、であろうか。強い力を持った土霊は、人里におりて力を奮った。そして、人間社会は混乱し、多くの魔物達が人間社会に介入していった。
純粋な土霊は、人間との交わりを禁忌とし、森の奥へと隠れ住んだ。だが、土霊は住む場所をそれでも追われた。
土霊はひとつの判断を下した。――人間と再び子を成すこと。土霊の中から一人だけが、人間と交わること。
土霊は得意の幻術で人間の女と交わり、子を成した。
以来、土霊はそれによって種を保っている。
「でも、何で美神さんなんです?」
横島は疑問を口にした。
「人間にも土霊にも、生き物には霊的な発情期というものがあるんだ。人を好きになったときに、妙にいつも以上の力が出せる時があるだろう。人を好きだと思う気持ちが強いと、霊的な発情期に突入するんだ。きっと美神君も・・・」
唐巣神父は天を仰いで、天変地異が起こりませんようにと祈った。
「え゛美神さんが・・・、誰かを?」
頭が痛い、背中も痛い。
「う、う〜ん、?」
美神玲子は目を覚ました。見たことのない景色。
「どこ?」
彼女は自分の記憶と、今の状況が繋がっていないことに気がついた。
どうやら、ここは洞窟らしい。表の明りは見えないが、ヒカリゴケのせいだろう、全体に明るい。壁には食器棚らしきものもある。人が住んでいるらしい。
「ふ〜ん、誰かに連れてこられたってこと・・・。横島くんは、いないか」
そう言って、最後のとぎれる前の記憶を思いだし、再び赤くなる。
「誰っ!」
気配を感じて、思わず叫ぶ。
『お、目ぇ覚めた見たいやのぅ』
「土霊?」
土霊といえば、人との接触を断ったはず。
『そぉんな怖い顔せんといてぇや、これから一緒に暮らすんやからなぁ』
「は?」
『お主は、ワシの嫁さんにのぉ、なるんやぁ』
「帰らしていただきます」
美神は、そう言ってスタスタと表に向かって歩き出す。
『止めたぁ方が、ええでぇ』
土霊はのんびりとした口調で、そう忠告する。
「お構いなく、一人で帰れますから。って、うげっ」
出ようとしたところで、壁のようなものにぶつかって、しこたま顔を打った。
「なっ、結界!?」
鼻を抑えながら、美神が叫ぶ。
『だぁから言うたのにぃ。ワシとお前さんはぁ、もう夫婦じゃからのぅ、この洞窟からはのぅ、わしの許可がないとぉ、出られんしのぉ。たとえ外へ出てもワシから遠くは離れられんからのぅ。あきらめることやなぁ』
美神は半ベソをかいていた。
小笠原エミも半ベソをかいていた。
「玲子が誰かに惚れてたからって、土霊と結婚したワケ。くくく」
『その美神さんの好きな相手が気になりますね』
小竜姫は神妙にうなずいた。だが目は笑っている。
「玲子ちゃん、ついに僕のことを!」
「わしゃ、飯が食えると聞いてきたんじゃが、まだか?」
「うぉぉ、エミさ〜ん。わしも燃えるけんノー」
『イエス・ドクター・カオス・現在・会議中・です』
「玲子ちゃ〜ん、寂しいわ〜〜〜」
「神も万人に愛を分け与えたんですね、先生」
「ああ、そうだ、ピート。神は万人に平等なのだよ」
それぞれがこれを聞いたとたんに、口々に意見を言う。
「みなさん、それどころじゃないでしょう!」
おキヌの声もこれでは全く聞こえない。
「だまらんか〜〜〜!」
爆音と共に教会の椅子が吹っ飛び、文珠が炸裂した。ついでに、横島も血まみれにされていた。
『見つかりましたよ。ほら』
隅っこで美神捜索にあたっていたヒャクメが口を開いた。
『ほら、ここです。結構、山奥ですね』
「場所が分かったのはいいワケ。でも、呪いのプロから言わせてもらえば、結婚の盟約ってのは、同じ力で成立するし、破るにも同じ力でしか破れないってワケ。つまり、ワタシとピート見たいに好き合ってないと、ってワケよ」
「ちょ、ちょっとエミさん」
ピートが抗議の声を上げるが、当然無視である。
六道冥子が手を上げる。
「は〜い。でも、玲子ちゃんはぁ、その土霊さんのことは好きでもなんでもなかったんでしょ〜〜?」
「きっと、その時の玲子ちゃんに好きだって、思わせるような幻術を使ったんじゃないかな?」
西条が言う。それに合わせて、小笠原エミもうなずく。
「でも、同じ力って言っても、美神さんの好きな人って・・・」
おキヌが心配そうに言う。
『それならご心配なく』
「ヒャクメ様?」
おキヌが疑問の声を出す。
『我々に心辺りがありますから。ね、横島さん』
小竜姫が横島にウィンクする。横島は自分を指差して答えた。
「お、俺っすかぁ?」
「なるほどね。そうしないと、この盟約は断ち切れないのね」
『そぉや、その好きな奴が来ればの話しやがなぁ』
「好きな人ねえ」
美神はため息まじりにそう言う。
『あれ? あの男じゃぁないんかのぅ? え〜と、確かヨコ・・・』
「横島くん?」
『そう、そいつや。あんたの心んなかにゃぁ、そうやったんやけどなぁ』
土霊は思い出すように言う。土霊は、美神にお茶を出すと、自分でもそれを飲んだ。
美神はそのお茶を眺めたまま、遠い目をしている。
『どうしたんや?』
間が持たなくなって、土霊が口を開く。
「んー、どうかなーって思って」
『どうって?』
「横島くんなのかなーって、思って。それに、横島くんは私の事どう思ってるのかって、ね」 美神は自嘲気味に笑う。
『好きやないんか?』
「嫌いじゃないわ」
『人間ってのは、生きる時間が短いから、すぐに好きやぁ嫌いやぁ言うて、くっつきたがるんかぁ思とったんやけどなぁ』
土霊は人間に比べると、はるかに長い時間を生きる。だからこそ、こう言えるのだろう。
「そんな簡単なもんじゃないのよ。特に私はね。なんたって、前世からのくされ縁なんだから」
またも自嘲気味に笑いながら言う。そして、美神もお茶に口をつける。
『ほう、そりゃ凄いなぁ。そんだけの長い時間かけとるんやぁ。魂はもう答えを知っとぉるはずや。一度、冷静になって、魂の声を聞いてみぃやぁ。上辺の感情だけやのぅてなぁ』
「えらく親切なのね。フフ、そうね、1000年の答え、出してみるわ」
今日3度目の自嘲気味な笑いで、美神はお茶を全部飲み干した。
「し、死ぬぅ!?」
横島の声が、教会に響き渡った。
「失敗すれば、の話よ」
「大丈夫、君がいなくなれば、あとは僕がなんとかしよう。ははは!」
西条が本気で言っている。二人の間で、火花が飛ぶ。
「ま、あんたはどうにでもなるけど、後は玲子の問題なワケ」
『二人の信頼関係が試される、ってことですね』
小竜姫が後ろから声をかける。
「し、信頼関係っすかぁ」
横島が頼りなさげな声を上げる。
「で、おたくはどうなのよ、実際の話」
「お、俺っすか。美神さんのことは好きですよ。でも、それはおキヌちゃんも、エミさんも、小竜姫様も・・・わかんないっす」
横島は言いながら、しだいにうなだれる。
がんっ! 部屋の全員が視線を一箇所に集中した。
小笠原エミは、横島の胸ぐらをつかんで、そのまま壁に叩きつけたのだ。
「おたく、はっきりしなさいよっ! あんたの態度次第で、明日の作戦の成否が決まるのよ! そんなんじゃ、ミスミス玲子を殺すようなものよっ!」
「エミ君!」
『横島さんも悩んでるんです。明日の朝まで待ちましょう。いいですね。横島さんも』
唐巣神父と小竜姫が間に入って止める。
「・・・はい」
「今日はもう休んだほうがいい。君達は2階の部屋を使うといい」
うなだれたまま横島は、部屋を出ていった。
その背中を、両手をきゅっと固く握って見送っていた、おキヌの姿があった。
都会の夜の風は意外にさわやかで、気持ちが良かった。
『眠れないみたいね』
「小竜姫さま。少し・・・」
屋上の戸が音をたててしまった。
「俺、こんなこと真剣に考えたことなくて。それに、おキヌちゃんや、小鳩ちゃんにも悪くて。俺、決められない」
横島は手すりにもたれかかって、独り言のように言う。
そして、やや間を置いて小竜姫が口を開いた。
『あなたの思うように、すればいいんじゃないかな。もし、明日駄目なら駄目でもいい。あなたが決めたこと。でももし、あなたが美神さんの事を想っているなら・・・、ね。頑張って、ほら。男の子でしょう!』
『男の子でしょう! シャキっとなさい!』
『――――みかみさん?』
「はは、すいません。俺なに言ってんだか・・・。真剣にこんなこと考えたことなくって」
頭をかきながら、横島は照れ笑いをする。
小竜姫は横島に背を向けて言う。
『あなたは、私が見込んだ人です。強い心があるはずです。それを信じて』
「小竜姫さま・・・」
かちゃっと扉の音がする。
『私はお邪魔みたいだから、消えます。横島さん、自分を信じて下さいね』
「ありがとうございます、小竜姫さま」
小竜姫はふっと消えた。そして、扉からはおキヌが現われた。
「横島さん、いいですか?」
おキヌは様子をうかがうように、扉から出て来た。それを見ながら横島は、ひとつの想いを胸に秘めていた。
|