彷徨える子ヤギ達
著者:まめだちょう
ある夏の日のこと。雲一つ無い晴れた空に、シロの声が響き渡った
「先生、いい天気だから散歩にでも連れて行って欲しいでござるよ」
だが声を掛けられた横島はソファの上で寝ていた
もちろん本当に寝ているわけではない、シロと散歩に行きたくないが為のタヌキ寝入りだ
「せんせー せんせー せんせー せんせー!」
(誰が起きるか!)
だが、横島のささやかな抵抗も長くは続かなかった
「横島! そいつうるさいから散歩に連れて行きなさい」
美神の怒声を聞いて横島が起きあがった
「美神さん、昨日霊を逃したからって八つ当たりはやめてくださいよ」
美神達は先日依頼を受けて除霊をしたのだが、シロの独走のせいで霊を逃してしまったのだ
その為報酬をほとんど受け取れず、美神はそれからかなり機嫌が悪かった
「べ、別に関係無いわ。それに、たかが散歩じゃない。行って来なさい」
「そんな他人事みたいに言わないで下さいよ。
こいつと散歩に行くとどれだけ走ることになると思ってるんですか?
10kmは下らないんですよ。人間の走れる距離じゃ有りませんって」
「だったら、絶対に5km以上走らないから。さ・ん・ぽ」
「ウソつくな。そう言っておきながら絶対に軽く20kmは走るだろ」
「絶対そんな事しないでござるよ。そんな事したら2度と一緒に散歩に行かなくても……」
「ほぅ、言ったな。5km以上走ったら2度と俺と散歩に行かないんだな」
「うっ、余計な事言わなければよかった……」
「もう遅い、さあ、散歩に行くぞ」
「くぅーん、真に受けないで欲しいでござるよ」
「やだ、約束は約束だ」
「そんな〜」
「くどいようだけど、5km走ったら二度と一緒に散歩に行かないからな」
自転車にまたがってシロの首につながったリードをしっかりと握る
「ま、言った以上しょうがない、拙者覚悟を決めるでござるよ」
「それでこそ武士だ。行くぞシロ」
「はい!」
いつものようにシロの先導で散歩が始まる
「相変わらずあの二人仲いいですね」
「バカは馬鹿を呼ぶのよ」
「シロ、速過ぎる!!」
「だって、距離が短いんだったらせめてスピードを速くしないとつまらんでござるよ」
「だからといってチャリで60kmも出させるな」
「50kmならいいでござるか?」
「そう言う問題じゃ……」
「先生!」
横島の突っ込みが終わるのを待たずシロが急に大声をあげた
「どうした?」
「霊のにおいが」
「ほっとけ、悪霊とは限らんだろ」
「それが、どうやら昨日逃した悪霊と同じ……」
「何だって? 何処に居るか解かるか?」
「えーっと……あの路地の向こう」
「よし、……って、シロ、あれは『路地』じゃない」
シロが路地と呼んだものそれは……ビルとビルの隙間
シロは垂直に曲がってその狭い隙間を掛けぬけるが
「わー」
ガシャーン 横島の自転車が曲がりきれずにビルのガラス戸に自転車ごと突っ込んだ
横島の血だらけの手からシロのリードがするりと抜けていった
一方シロの方
(あいつ、思ったより足が速い?だが……人狼の敵ではない!)
その悪霊はシロの俊足の前に少しずつ間を縮められて行く
(もらった)
完全に霊波刀の射程圏内に入ったので、霊波刀を振るうシロ。が……
ビン シロの首につながっていたリードがなにかに引っかかったらしく、体が大きく後ろに引っ張られた
(しまった、この!)
あわてて霊波刀でリードを切る。その間に悪霊はかなり遠くまで逃げていた
「待て!」
さらにいくらか走って再び霊波刀の射程圏内に悪霊が入った
「食らえ」
シロの霊波刀を食らった悪霊は断末魔の声と共に消えた
「ふぅ、やっと終わった……って、ここは何処?」
いつのまにかシロは見知らぬ山の中に立っていた
「と、とりあえずにおいを辿って……」
そう思っていた矢先
夕立
「あぁっ、においが消える〜」
とりあえず微かに残った匂いを頼りに進むがそれも10分が限界、
そこから先は匂いが全く残っていなかった
「あー、なにか食べてくればよかった、拙者腹ペコ……」
バタ 眩暈を起こしてそのまま倒れこんでしまった
「あれ?ここは……」
気づいた時、シロは見知らぬ部屋の布団の中に居た
精霊石のネックレスが外れてしまったらしく、狼の姿だった
「あ、気がついた?君、この山で倒れてたんだよ」
話し掛けてきたのは横島と同じ位の年の男の子
「お主が助けてくれたのか?かたじけない、助かったでござる」
「いいんだよ、困った時はお互い様さ。それに、どうやら同じ種族みたいだしね」
「同じ種族って……お主も人狼でござるか?」
「うん、ぼくは周和(しゅうか)、人狼だよ。ここはぼくの小屋、狭いけど許してね」
「助けてもらってそんな事を言うほど礼儀しらずではござらんよ
あ、申し遅れた。拙者、犬塚シロ、人狼でござる」
「へぇ、犬塚君って言うのか。いい名前だね」
「褒めていただき光栄でござるが拙者早く帰らないと」
「でももう暗いよ。山の夜道は危険だから、明日まで待ったほうが良いんじゃない?」
「でも……」
「それにこのあたりは妖怪が出るんだ、泊まっていったほうがいいよ」
「妖怪でござるか?大丈夫、拙者こう見えてもGSでござるから」
「GS?」
「ゴーストスイーパーの略でござるよ」
「で、そのゴーストスイーパーって?」
「えっと……と、とにかく妖怪や悪霊を倒すのが仕事の人の事でござるよ」
「へぇ、人狼なのに人間の仕事をしてるんだ」
「あ、気に障ったでござるか?人狼が人間と共存している事」
「あ、そういう意味じゃない。ただ、そこまで人間みたいな人狼は珍しいなって思っただけ」
「なるほど」
「それで、話を元に戻すけど、いくらGSでも相手の縄張りでケンカするのは不利だよ
それに、おなか空いてるんだろ。せめてなにか食べないと。山菜粥作るから食べてってよ」
「山菜粥でござるか……」グー(腹の音)「……頂くでござる」
いったん落ち着いて自分の置かれた状況を観察しようとしたシロの目に不可解な光景が飛び込んできた
「あれ?日が暮れてるのに何で拙者人間の姿になれないんでござるか?」
体がまだ、狼形態のままだったのだ
「きっと、空腹でエネルギーが出ないんだよ。明日になれば戻るんじゃないかな」
「でも、エネルギーなら精霊石から……あれ、精霊石が無い?」
「精霊石ってこれの事?」
「あ、それそれ」
「君が倒れていた所の傍に落ちてたから……よかった持って来て
ところで、これ、どう言う物?ただの宝石じゃなさそうだし」
「仕組みは分からんが、それをつけてると昼間でも人型で居られるんでござるよ」
「へぇ……ねえ犬塚君、悪いんだけどこれ貸してくれないかな」
「? かまわんでござるが……」
「明日返すから……あ、出来たよ、山菜粥」
周和が出来立ての山菜粥を土鍋に入れて持ってくる
「あ、狼の状態じゃ土鍋からは食べられないね。待ってて、もっと浅いお皿に移すから」
周和が持ってきた皿に盛り付けられたお粥をシロはガツガツと食べた
「美味い、周和殿は料理の天才でござるな」
「辞めてよ、この山に生えてる山菜はおいしいんだ。腕の問題じゃないよ」
「謙遜しなくてもいいでござるよ。これはお世辞抜きに美味いでござる」
「そう? ぼく、他の人に料理を食べさせた事が無いから」
「? 人狼なのに、一人暮しでござるか」
「うん、2年前に結界の中に閉じこもってるのがイヤで家出したんだ
料理をはじめたのはそのあとだから、ぼくの料理を食べた事があるのは犬塚君だけなんだよ」
「大変でござるな」
「そうでもないよ、結界の中で怯えて暮らしてるより楽しいしね」
「そう言うものでござるか?」
「少なくともぼくにとっては、ね」
「ふーん」
「ご馳走様でござる」
「どう?おいしかった?」
「そりゃもう最高でござるよ」
「本当?じゃあ、明日もっとおいしいの作るから一緒に食べよ」
「ホントでござるか?これより美味いのを?」
「うん、約束するよ。ぼくの得意料理なんだ」
「期待してるでござる」
「楽しみにしててね……あ、もうこんな時間。そろそろ寝る?
向かいの部屋に居るから何か用事があったら声を掛けてよ」
「了解でござる」
「それじゃお休み」
「お休みでござる」
周和はシロの精霊石を持って部屋から出て行った
少し時間を遡って、美神令子除霊事務所では
「シロに逃げられた?」
「はい、気絶してる間に」
「タマモ、探せる?」
「無理。雨でにおいが流れてるわ」
「まあ、おなかが空いたら帰って来ますよ」
「とうとうシロも横島に愛想を尽かしたんじゃない?」
「美神さん、怖い事言わないで下さいよ」
「憶測よ、憶測」
「なら良いんだけど……」
「タマモまで?」
午前0時ごろ、周和の小屋
「あづい〜。夏の夜ってこんなに暑かったっけ?」
冷暖房完備の部屋で生活しつづけた結果、体の温度調節機能が弱ったようだ
少し夜風にでも当たろうとドアノブに手を掛けた瞬間、部屋の外から声が聞こえてきた
ドアに向って耳をすますシロ
周和の声だ。寝言だろうか、彼の声しかしない。その後、少しの沈黙、そして
四足の動物が走る音、玄関のドアが開く音が聞こえてきた
「周和殿、今の音は?」
だが、向かいの部屋に居るといっていたはずの周和が、居なかった
「? ま、周和殿にも事情がござろう、明日聞いてみるか」
再びシロは床についた
次の日
「あ、おはよう。犬塚君」
周和はシロの精霊石のペンダントをして、人間形態をしていた
「おはようでござる」
「君、朝早いね」
「世話になっている以上当然でござるよ……ま、この姿じゃあまり手伝える事はござらんが」
「構わないよ、朝食は昨日のお粥の水気を少し飛ばして食べるから。
犬塚君、薪をそこの棚から取ってくれる?」
「了解でござる」
シロが言われた所で、薪を探す
「あれ?薪、無いでござるよ」
「あ、そういえば薪は切らしてたっけ。じゃあとりあえずそのまま食べよう
昨日言ってた料理はお昼でいいかい?」
「構わんでござるよ」
「それじゃあ、頂きます」
「頂くでござる」
「……」
「……周和殿、昨晩部屋から声が聞こえたが、客人でも?」
「え? ああ、うんそんな所」
「ふーん」
そのあと二人は食べ終わるまで一言も口にしなかった
その食事中の気まずい雰囲気を周和の一言がかき消した
「それじゃ、薪を取りに行かないと。犬塚君はここで待っててよ」
「そうもいかんでござるよ。助けてもらった以上、少しは手伝わないと」
「そう、ありがとう」
「さ、出掛けるでござるよ」
「うん」
「この木が薪にするにはちょうどいいかな」
周和が見つけたのは、直径30cmくらいの細めの木
「さてと」
持ってきた鞄の中からのこぎりを取り出す
「周和殿、鋸よりこっちの方が……」
霊波刀で木を切り倒す
「……早いでござるよ」
「本当だ、凄いね君の霊波刀」
「先生がいいでござるからな」
「その人もGS?」
「ああ、かなり腕の立つ人でござるよ」
「へぇ、一度会ってみたいな、腕の立つGSか……」
「今度うちの事務所に来ればいいでござるよ」
「ホント?行ってみたいな。ほかにも一流のGSが居るのかい?」
「もちろん。ま、先生が一番優秀でござるが」
ウソ
「ふーん。あ、話が長くなっちゃったね。じゃあぼくは食材を探してくるから」
「あ、それも拙者が」
「でも、どれが必要な食材か分からないだろ。これは僕がやるから薪の方は頼むよ
終わったらそのまま小屋に帰ってて」
「了解でござる。では、犬塚シロ、張りきって薪を割るでござる」
「あ、そうだ。これは今は必要ないから返しておくよ」
首から精霊石のペンダントを外して狼形態に戻る周和
「じゃあ、後で小屋で会おう」
狼形態の周和は栗色の毛皮に覆われていて、体はシロよりも何倍も大きかった
(やっぱり、あの時人間形態のほうだけが成長したからでござろうか?)
精霊石を再び身につけながらそんな事を考えていた
「さて、さっさと済ませるでござるよ」
そうつぶやくと、シロは作業に取り掛かった
「遅いでござるな、周和殿」
薪を切り終えたシロは先に小屋に帰っていたが、周和がいつまでたっても帰ってこなかった
あまりに暇なので精霊石を外して一人で毛繕いをするシロ
「材料に数が少ないものでもあるんでござろうか?」
そう思っていたその時
バーン 銃声が山々に木霊した
「銃声? ショットガン……」
頭の中で今の音を分析する。音のした方角と周和が走っていった方角が大体一致した
「まさか、周和殿がハンターに野犬かなにかと間違えられて・・・」
ガチャ ドアの開く音と共に周和が入ってきた
「どうしたの? そんな深刻そうな顔して」
「周和殿?! よかった、何かあったんじゃないかと心配したでござるよ」
「大丈夫だよ、この山はぼくが一番よく知ってる、人間に撃たれたりはしないよ」
「じゃあさっきの銃声は……」
「ああ、このへんは狼の生息地帯だから。ただの狼と間違えられたみたいだね」
「? 周和殿、それはおかしいでござるよ。ニホンオオカミは絶滅種。
日本で狼が発見されてすぐに殺される事はありえんと思うが」
「そ、それは」
周和がシロから目を離した
「周和殿、今ここで何が起きているのか拙者にも話して欲しいでござる」
「……」
「周和殿!」
「……分かった。話すよ。君は信用できそうだから」
周和は少し間を置いてから話し始めた
「犬塚君も人狼だから、その力が月に左右される事は知ってるよね」
「もちろん、望月の時に最高で朔月の時に最も低くなるんでござろう」
「そう。で、ぼくなんだけど、最初会った時、人狼って言ったけど正確には人狼と狼のハーフなんだ」
「人狼と狼の?」
「そう、父が人狼で母が狼。で、朔の夜になって人狼の力が弱まると狼の血が体を支配するようになる」
「そんなことが?!」
「ぼくの中の狼の血は強暴な性格だからぼくの意志に反して麓の村を襲うことがあるんだ」
「それで、人間のハンターがこの山に?」
「そう、昨日は朔の月だったから。あの夜、精霊石で狼の血を鎮めようと思ったけど、効かなかった」
「拙者が聞いたのはその声でござるな」
「多分ね。昨日は完全な朔月じゃ無かったから夜の0時ごろに血が騒ぎ出したっけ」
「完全な朔の月?」
「うん、正確な朔月は今日の正午、3時間前だね
……あれ、もうこんな時間? ゴメン、約束の料理、今作るから」
シロが机の上に置いておいた精霊石をつけてかまどの前に立つ。
「? 精霊石をつけるんでござるか」
「うん、料理は人間形態のほうがやりやすいから」
「いつもはどうしてるんでござるか?」
「夜のうちに全部作るんだよ」
そんな会話をしていたその時
ガサ 遠くで草を踏み分ける音がした。
もちろん人間に聞き分けられる音ではないが、人狼の二人にははっきりと聞こえた。
「周和殿、また人間が?」
「そうみたい、結構人数が多いね。近づいてきてる。ここの場所がわかるのかな?」
「だったら拙者に任せて。追っ払ってやるでござるよ」
「そうはいかないよ、彼らが狙ってるのはぼくなんだから」
「だからでござるよ」
「でも、それじゃ犬塚君が」
「大丈夫、拙者の霊波刀さばきを見せられないのが残念でござるが」
「そう? じゃあ、頼んだよ」
シロが狼形態のまま小屋を飛び出した
「あ、精霊石返してもらうの忘れた……ま、いいか」
シロが出て行った後
「とりあえず、料理の続きでもするか」
周和はさっき取ってきた材料を鍋の中に入れた
(犬塚君、ゴメン。本当は精霊石、効かなかったんじゃなくて使わなかったんだ)
精霊石は一度使ったら破裂して無くなってしまう。そうなればシロに事情を説明せざるを得ない
村を出て以来始めての同種の友達、それを血縁といった下らない理由でなくしたくなかった
だが、事情を説明した今でもこの事だけは言えなかった
シロに『自分が居るせいで周和が精霊石を使わなかったんじゃないか』という余計な心配をさせない為に
「よし、料理は出来た。後は……」
一方のシロ
「ここなら確実に人間が通るでござるな」
シロが居るのはさっきの音がした所から小屋に行く途中にある山道の横の茂みの中
ちょうど狼形態のシロには簡単に隠れられる所だった
ガサ 「来た!」
タイミングを計る。あと3歩、2歩、1歩
「今だ!」
茂みから飛び出して4人ほど居る人間のうち一人に口から霊波刀を出して飛びかかる
「うわ?!」
シールドのようなものでかわされた
「ちっ、もう一回……って、あれ?先生?」
「シロ?」
自分が飛びかかった相手を見ると誰あろう横島だった
隣には美神もおキヌもタマモも居た
「ワンワン」
「? タマモ、なんて言ってるのか分かるか?」
「精霊石が欲しいんですって」
「仕方ないわね。ホラ」
美神が狼形態のシロに精霊石のイヤリングを渡す
ボン 再び人間形態に戻るシロ
「みんな、なんでこんな所に居るんでござるか?」
「仕事だよ、この山の麓の住民が狼に襲われて殺されそうになったんだ
傷を調べたら妖気が検出されたから、依頼を受けて俺達が動いてるだけど、シロはなんで?」
「いや、その、道に迷って……なにか食料になる物かと思って飛びかかったんでござるよ」
「ふーん、で、こっちでそんな妖怪見なかった? 検鬼クンの反応がこっちにあったから来たんだけど」
「た、多分拙者の反応ではござらんか?こっちで他に人狼なんか見なかったでござるよ」
「……そう」
「あ、でも見逃してるかもしれないから、探してくるでござるよ。こっちは拙者に任せて皆は別の方を」
「分かったわ」
「では、後で」
そう言うとシロは周和の小屋へ戻って行った
「なんか見た事有るような光景のような気がするんですけど」
「昔のあんたに似てるのよ」
「昔のって……あ、美衣さんのときか……ってことは」
「間違いないわ。シロは標的の妖怪と親しい。タマモ、シロを追って」
「分かったわ」
「横島クンも。ただ、荷物は置いて行って。シロのおかげで相手が人狼だってわかったから
こっちもそれなりの装備をして後から追いかけるわ」
「分かりました」
「横島クン」
美神が横島を引き止めた
「…分かってるわね」
横島は無言でうなずくと、タマモと一緒にシロを追って行った
「周和殿〜!」
シロは周和の小屋めがけて矢の様に走っていた
「ここだよ、犬塚君」
周和は小屋から出て、玄関の前に立っていた
「とりあえず拙者が時間を稼いだでござるから、今のうちにはやく……」
「犬塚君の人間形態ってそんな感じなんだ。初めて見たよ……姉さんに似てる」
周和が今までに無い哀しい目をして、つぶやいた
「姉上?」
「腹違いだけどね。姉さんは純粋な人狼だったけど、ハーフのぼくを白い目で見なかった唯一の人」
「そりゃ、家族でござるから当然……」
「親父を含めた他の親族や村の人狼達は全員ぼくを白眼視しつづけたよ」
「?!」
「血の繋がりを重視する人狼らしいといえばらしいけど」
「……で、姉上は今は?」
「死んだ。その日からかな? ぼくが朔の月の日に狼になるようになったのは」
「……そうでござるか」
「あ、そうだ、犬塚君。お願いが有るんだけど」
「なんでござるか?」
「ぼくを除霊して欲しい」
「……?!」
「ぼくは、生きている限り人を殺しつづける。そろそろ耐えられなくなってきたんだ」
「でも、次の朔の日までには日がござろう。それまでになにか対処法を考えればなんとか・・・」
「あと3時間で?」
「どう言う事でござるか? 次の朔の日までは1ヵ月はあるはず」
「さっき言ったよね、正確な朔の月は今日の正午。
だから昨日の夜も今日の晩もどっちも朔の月だと体が判断するらしいんだよ。
…僕はもう二度と、人を殺したりなんかしたくないんだ。」
「これ、除霊に使う道具だよね、以前ちょっとした理由で手に入れたものなんだけどね」
周和が手渡したのは一枚の破魔札。シロは震える手を抑えながら破魔札を受け取った
「……拙者は……」
「あ、そうだ。約束してた料理だけど、作っておいたから後で食べて、レシピも机の上にあるから」
周和はシロの言葉を無視するかのように話しつづけた
「拙者には友を除霊するなんて事は……」
「あ、それともう一つ。僕、犬塚君に嘘ついてた」
「嘘?」
「この精霊石、効かなかったんじゃなくて、使わなかったんだ」
「分かってるでござるよ。本当に使ったんなら破裂してるはず」
「さすがプロのGSだね。僕は奴を退治できなかったけど、君ならできる。お願いだ」
「……」
「……」
「……」
「犬塚君! 君は結界の中で怯えてるだけの人狼か? 暴れるしか能がない狼か?
人に恭順するだけの犬か? それとも・・・」
「嘗めるな」
シロが下を向いたまま大声でつぶやいた
「拙者はGS、犬塚シロ!」
毅然とした態度で周和をにらんだ
「……なら、君の取るべき行動は一つだ。この二日間、楽しかったよ。ありがとう」
シロが再び目を地面に向けた
「拙者も一緒に居られて楽しかったでござるよ。こちらこそ感謝する……」
少ししてタマモと横島が追いついた
「シロ!」
「あ、先生。さっき言っていた妖怪、見つけたから退治しておいたでござるよ」
シロはカラッとした笑顔で横島に答える
「えっ?」
「何を驚いてるんでござるか? ほら、この破魔札に」
「……シロ、まだ破魔札を破れば間に合うぞ」
「それはできんでござるよ……先生、火持ってないでござるか?」
5cmくらいの深さの穴を掘ってその中心に破魔札を置き、精霊石のネックレスを巻きつける
「ほら」
タマモが狐火を手のひらに出して差し出した
「助かる」
その火を落ちていた枝に移してから破魔札につけた
破魔札は中心から少しずつ灰になって精霊石のネックレスだけが残った
「これでもう強暴な血に悩まなくていいでござるよ。その精霊石は周和殿のものでござるから」
そのまま上から土をかぶせてその上に霊波刀で長方形に切った石を墓標代わりに置いた
「これでよしっと」
その時、美神とおキヌも追いついた
「え? シロちゃんが除霊したの?」
「もちろんでござるよ。それとも拙者が妖怪に負けると思ったんでござるか?」
「……そう言うわけじゃないけど」
「じゃあ、問題ないでござろう。さ、帰るでござるよ」
「でも……」
「あ、拙者はちょっと寄る所があるから、先に帰っていても構わんでござるよ」
何か言いたそうにしていたおキヌを美神が制止した
「分かった、そのかわり夕方までには帰ってきなさいよ」
「了解した」
そう言うとシロは周和の小屋のほうに走って行った
「あった、あった」
周和の小屋に辿りついたシロはかまどに掛かっていた鍋の中に周和の言っていた料理を見つけた
「これは、野菜炒めの類でござろうか?」
浅めの鍋に炒めた山菜が二人分入っていた
シロは名前も知らない山菜を一つ手で取って食べてみた
「確かに美味いけど……」
ほんのりと山菜特有の苦味が利いていて美味かったが、何か足りない気がした
「塩? それとも砂糖?」
とりあえず調味料を足してみる
「……違う。……これも違うか」
手当たり次第に近くにある調味料から適当に入れてみた
塩、砂糖、味噌、醤油、みりん……
だが、気づいた時には既に野菜炒めはシロが入れた調味料のせいでぐちゃぐちゃになっていた
「あちゃ〜」
味も食べられたものではない、塩辛い上に、ものすごく甘い。そんな不協和音丸出しの味がした
「仕方ない、調理法だけ持って帰って、後で自分で作るか」
机の上にあったメモ用紙を無造作に取って、逃げるように小屋を飛び出して行った
その日の夜
「シロ、入るぞ」
横島が屋根裏部屋のドアを開けた。シロは自分のベッドにうずくまっていた
シロの様子がおかしいから見てきてくれとおキヌに言われてシロの部屋に来た横島
横島は隣のタマモのベッドに腰をおろした
少ししてからシロが寝そべったままそのままの姿勢で口を開いた
「拙者、正しかったんでござろうか?」
「?」
横島は状況を飲み込めないで居る
「拙者、正しかったんでござるか!?」
シロが横島に詰め寄った
「ちょ、ちょっと待て。もうちょっと詳しく話を聞かないと話がさっぱり分からん」
シロは周和の小屋にいた時に起きた事を全て横島に話した
「なるほどな、そういう事が……」
「先生ならどうしてたでござるか?」
「そうだな。難しいけど……やっぱり除霊してたかな。被害者も出てるし」
「でも、周和殿が危険なのは新月の日、それも夜だけ。60のうち59は人畜無害なんでござるよ」
「それでも、残りの1が危険過ぎる。多数決を取ってるわけじゃないからな。ここはGSとして……」
「いや、拙者もGSとして正しかった事は分かるんでござるが
友として、仲間として正しかったのかが解からないんでござる……」
「なら良いんじゃないか」
「?」
「別に、GSとしてのシロとか、友達としてのシロとか色んなシロが居るわけじゃなく
たった一人のシロが判断した事なんだから、きっと正しかったんだよ」
「そうでござるか?」
「ああ、たぶんな」
シロが一度大きく深呼吸をした
「そうでござるな、それにいまさらどうこう言う事でも無し」
「じゃあな、俺は帰る」
「おやすみでござる」
「ああ」
階段を降りた横島を待っていたのは
「あれ?タマモだけか?」
「おキヌちゃんは明日の授業の予習、美神さんはシャワーを浴びてるわ」
「ふーん。じゃ、俺帰るから」
「シロへの講義、ご苦労様」
横島の足が止まった
「聞いてたのか?」
「人工幽霊一号のモニターでね」
「覗きが趣味とか?」
横島がけらけらと笑ったが、タマモは横島の冗談を無視して話を進めた
「自分でも答が出てないことを、よく人に教えられたわね」
横島のふざけた笑い声が止まった
「まあ、シロならあれで大丈夫よ、あいつ単純だから」
「……」
「……帰るんじゃ無かったの?」
「いや、帰る。じゃあな」
横島がスタスタと歩き出した
(『自分でも答が出てない』……か)
自宅への帰り道、横島はタマモの言葉を思い出していた
(確かにその通りかもしれないな)
結晶と『破』『壊』の文殊を持った自分の姿が脳裏をよぎってすぐに消えた
(俺、正しかったのかな?……どう思う?ルシオラ……)
もう一度タマモの言葉を反芻する
(……待てよ、確かおキヌちゃんは予習で、美神さんは……)
『シャワーを浴びてる』
「しまった、覗きに行くの忘れた!」
大声が夜の住宅街に響き渡った
次の日
授業を終えた横島が事務所にやってきた
「あれ?シロは?」
「シロちゃんなら10分くらい前に一人で散歩に行きましたよ」
「一人で?」
「今度こそ間違いなくシロも愛想がつきたみたいね」
おとといは通じた冗談だが、この日は冗談に受けとめられなかった
(ひょっとして、俺の言葉に……)
「大丈夫よ」
タマモが横から口を挟んだ
「あいつ、結構嬉しそうな顔してたから」
「よし、上出来でござるな」
一方、シロは周和の小屋で例の山菜炒めを作っていた
「えっと、皿は……」
盛り付けるのに適当な皿を探す。ふと横を見ると洗いっぱなしの皿に目が行った
おとといの晩、シロが山菜粥を食べた時に使った皿だった
少し考えたが、その皿を使うのを辞めて新しく皿を棚から取り出した
それに作った山菜炒めを盛り付ける。山菜特有の香りが部屋中に漂った
シロはそれを持って落とさないようにそっと外へ走っていった
「約束でござるからな、一緒に食べるって」
周和の墓まで辿りついたシロはそのひとつを墓前に供え、もう一つを自分で食べ始めた
「美味いでござるよ、さすが周和殿の自慢の料理」
別に墓があるからといって周和がそこに居るわけではない。実際、霊気は全く感じられない
だが、ここで話していると周和と話しているような気にさせられた
ガサッ 突然横の茂みで物音がした
「?」
シロがその方向を見るが、特に何かが居る気配はなかった
「風……でござるか?」
気にしてもしょうがないので視線を前に戻そうとした時、彼の墓の周りに多量の足跡があるのに気付いた
「これは?人間のもの……にしては間隔が広い?」
だが、形状は限りなく人間のものに近かった
「ひょっとして人狼? でも誰の……」
周和は料理を他人に食べさせた事がないくらい人狼仲間は少なかったはず
やがてシロは一つの結論に達した
「まさか、周和殿の父上の?……よかったでござるな周和殿。父上は思ってたよりいい人の様でござるよ」
シロは頭上に広がる青空を眺めた
「あ、拙者仕事があるからそろそろ帰るでござる」
そう言うと、猛ダッシュで山の斜面を駆け下りて行った
「美神殿に請求された精霊石のお金、早く払わないといけないでござるからな」
心地良い風がシロと並んで走るように山頂からさっと吹き抜けた
もう秋が近づいていた
終わり