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『Sweet or ・・・?』

美神・創作短編[3]

著作:松楠 御堂


 

 キュッ! っと、コンクリートの床にこすりつけられたグッドイヤーが軽く鳴き、美神のコブラは、ガレージのいつもの位置にボディを震わせて止まった。
 美神は立てていたドライビングジャケットの襟を戻し、冷たい風にさらされていた頬をさすりながらシートを離れた。
「お〜、寒い寒い、早く春になんないかな〜、おはよう人工幽霊壱号!」
『おはようございます、オーナー』
 無機質ながらどこか温かみのある声に迎えられた美神は、事務所へと向かうドアを開けたとたん、漂ってきた甘い香りに気付いた。
「あら、朝からいい匂いしてるじゃない?」
『早朝より、この心地いい波動が伝わってきています』
「はは〜、おキヌちゃんが何かお菓子でも焼いてるのね?」
 美神は早速キッチンを覗いてみた。
「おはよ、おキヌちゃん!」
「あ、おはようございます、美神さんっ!」
 おキヌは水玉模様のパジャマのまま、薄黄色のエプロンをした姿でちょうどオーブンから焼き上がったスポンジケーキを取り出している所だった。
 香ばしく、ほのかに甘いバニラの香りがキッチン中に広がってゆく。
「あらー、うまく焼いたわねぇ!」
「ええ、朝から張り切っちゃいました!」
 自然、笑顔がほころぶ美神は、まだ熱いケーキをつついてみる。ほどよく弾かれる指先が、味の確かさを証明している様なものだった。
「うんっ! おいしそ〜っ! で、どうして急にケーキなんか焼いてるの?」
 おキヌは木べらを片手に、きょとんとした表情で美神に振り向いた。
「どうしてって・・・今日はバレンタインデーですよ?」
「あ? ああ、なんだ、そうか」
 美神は大仰に肩をすくめた、そして再びスポンジケーキを見やる。
「じゃ、まさかコレ・・・横島クンに?」
「ええ、そうなんです!」
 嬉しそうに笑うおキヌに、美神は苦笑する。
「まー、なんてもったいない事するのよ、あいつにはそこらの義理チョコでも充分過ぎるぐらいなのに・・・ホント、もったいないっ!」
「美神さぁん、せっかく作ってるのにぃ・・・・横島さんも色々と頑張っているんだし、たまにはこれぐらいしてあげてもいいじゃないですかぁ・・・」
 ボールの中で、バタークリームとチョコレートを混ぜる手を休めないまま、おキヌは上目使いで美神に静かに抗議する。
「ごめんごめん、ちょっと言い過ぎたわ、ま、おキヌちゃんがそうしたいってんなら、いいんじゃない? でもさ、コレってちょっと大きいんじゃない?」
 と、直径30センチはありそうなスポンジケーキに美神は片眉を上げる。
「大丈夫ですぅ、今夜三人で一緒に食べようと思って作ってますから!」
「あ、そなの」
 おキヌの屈託のない笑顔に、美神はそれ以上何も言えなかった。
 そして、嬉しそうにハミングしながら立ち回るおキヌを見守る。
「ま、このコにとっちゃ、バレンタインもイベントのひとつなのよね〜〜」
 美神はもう一度、肩をすくめた。


「あの、これ、受け取って下さいっ!」
 登校してきた途端、教室で小鳩から包みを差し出された横島は面喰らった。
「あ、ありがと、小鳩ちゃん・・・!?」
「あの・・・周りに素敵な人がいっぱいいますけど、小鳩は負けませんから」
 と、言うや、横島の前から走り去った小鳩は、教室の入り口辺りで再び振り返り、両手を胸の前に組んで小首を傾げて微笑む。
「小鳩は、負けません!」
 もう一度、そう言った小鳩は、大げさな素振りを残して去ってゆく。
「負けたらアカン! 涙は心の汗やでぇ〜〜っ!」
 小鳩の肩に乗った貧ちゃんの台詞が、ドップラー効果を伴って廊下に響いた。

「・・・なんですカイのー? ありゃ・・・」
 タイガーは、あきれた様子で小鳩を見送った。
「なんか、妙に芝居っぽかったですねぇ」
 ピートも苦笑ぎみに同意する。
『いいわね〜〜、あれこそ正しい青春なんだわ〜〜っ!』
 きらきら光る瞳であらぬ方向を見やる愛子に、横島は問いただす。
「あれ、教えたの愛子だろ〜? ったく〜、あんまり変な事教えるなよ〜」
『あら、いいじゃない可愛い後輩なんだし、それにまんざらでもないでしょ?』
「よせってば!」
『はい、じゃあコレ私から!』
 と、愛子は机の中からチョコの包みを取り出した。
「・・・今回はえらくあっさりと渡すなー、でも、ありがとう」
「横島サンはいいのー、最近モテモテ王国化しとるからのー・・・」
「小鳩ちゃん愛子ちゃん、おキヌちゃんに美神さん、本当にモテてますねぇ」
「ピート、まだそんなの分からないって、おキヌちゃんは幽霊ん時にはくれたけど、人間になってから俺って時々本気で嫌な目で見られるし・・それに美神
さんから給料以外に何か貰った事ってほとんどないぞ?」
 横島の言葉にピートは驚く。
「え〜〜、そうなんですか? 美神さんとはつきあい長いのに。でも、おキヌ
ちゃんは大丈夫でしょう?」
「そうそう、大丈夫ジャ大丈夫ジャ!」
 と、笑うタイガーの腕を横島はこづく。
「そー言うおまえの方はどうなんだよ!」
「は? 何ですカイのー?」
「とぼけるなって、魔理ちゃんとの仲だよ! おキヌちゃんから聞いてるぜ、おまえら時々会ってるんだって?」
「はぅっ、それはっ!」
 思いがけない突っ込みにうろたえるタイガー。
「僕に一服盛ってまでこぎつけた付き合いなんだから、大事にして欲しいなぁ」
「あああっ、ピートさんっ、あの事をまだ怒ってるんカイの〜〜!?」
「もう怒ってないよっ!」
「ピート、じゃあその額の血管は何だ? ま、それは置いといて、タイガー、今から真実だけを話せ、いいな?」
 横島、ピート、そして何故か愛子にまで囲まれたタイガーが、大柄な身体に似合わずうつむき加減にぽつぽつ話しはじめた。
「・・・・まぁ、時々・・・電話があるけん・・・ワシからはほとんどせんのジャけんど・・・一文字さんから買い物付き合ってくれんかって、電話がある
けん、ワシの身体大きいし、街中で人が避けて通るっちゅうて、一文字さん、歩き易いってこないだ笑っとった程度ジャけん、付き合いって程じゃ・・・」
『ああっ、青春真っ盛りよね〜〜!』
 愛子の瞳が一層輝きを増し、花しょった世界まで勝手にトリップした。
「ばかもん、そーゆーのを付き合ってるっつーんだよっ!」
 横島にこづかれたタイガーの顔が真っ赤に染まる。
「そ、そうなんカイの〜!?」
「は〜〜、なんだかんだ言ってる間にうまくやりやがって・・・って、アレ?
 時にピート、いつもなら既にチョコの山に埋もれている頃なんじゃ・・?」
 教室の内外かまわずピート宛のチョコを持った女子生徒で溢れかえっていた例年だが、今年は何故かそんな姿はなく、いつもと変わりないほぼ平和な風景
が教室内に広がっていた。
「ああ、システムが変わったからね」
 不思議がる横島に、平然と答えるピート。
「システム? なんだそりゃ?」
「正門の所、見てごらん」
 言われるがまま、窓の外を見やる横島、そしてタイガーと愛子も続く。
「何だ? ありゃ?」
 正門の脇に長机が引っぱり出されていて、登校する女子生徒が次々に群がっている。そして、門の前には宅配便のトラックが停車していた。
 
『2年のっ、ピート君宛の義理チョコの受け付けはこちらで〜〜すっ!』
『氏名住所を台帳に記入した方は、義理チョコをこの箱に入れて下さぁい!』
 二人の女子生徒が、拡声器を使って叫んでいるその後ろで、チョコの包みを目一杯詰めたダンボール箱を、業者が次々にトラックへと積み込んでゆく。

「あーあ、大っきな声で『義理チョコ義理チョコ』って叫んじゃってるぜ」
「なんか、壮絶ジャのー」
「今年から、僕宛の分は全てああやって処理してくれるんだそうだ」
「ピート、あれ全部食うのか?」
 呆れ返ってその様子を見ている横島がつぶやいた。
「まさか! あれは教会に届くんだけど、ほとんどは僕と唐巣さんがボランティアで行く施設に配って廻るんだよ、子供たちが喜んでくれるでね。もちろん
女の子たちもそれは知っているから、包みの中に手紙とかは入れないんだ」
「なるほどー、うまく出来てるっつーか、なんつーか・・・」
「ははは、まぁ、心の持ち様だからね、ははは」
「なんか、ピートさんは意外と不幸なんジャあ・・・?」
「タイガー、それは言うな」
「はははははははははははははははははははははははは」
『あ、なんか笑いが乾いてる』
 うつろに笑うピートにタイガーはあわてて取り繕う。
「あ、でも、ピートさんにはエミさんが『とびっきりの』を用意しとるって、こないだ嬉しそうにしとったけんっ!」
「・・・タイガー、それフォローになんないぜ」
「・・・エミさんかぁ・・・あのヒトのも何か一服盛ってそーなんだよな」


 (「ほーっほっほっほっ! エミ謹製『超強力ホレ薬入りハートチョコ』
 は効力バツグンってワケ! ピートォ〜〜、待っててねぇ〜〜ん!」)


「うわっ!」
「どうした? ピート?」
「・・・なんか今、背中に悪寒が走った・・・」
「・・・色々と大変そうだな」




「珍しいじゃない、おキヌちゃんがパンだけでお昼すますなんて」
「え? そうかな?」
 六道女学院・1年B組の教室は、昼休みのざわめきに包まれていた。
 おキヌと魔理も、お昼をすませた後、売店で買ってきたパックの牛乳を手にしながらお喋りに花を咲かせていた。
「だってほら、おキヌちゃんっていつもお弁当持ってくるじゃない? それもちゃんと自分で作った奴を・・・あ、さては寝坊したな?」
 ウインクして笑う魔理に、おキヌは頬をふくらます。
「ちが〜う! 朝からケーキ作ってたんで、お弁当作れなかっただけ!」
「ケーキ!? バレンタインの? さすがだねー!」
「一文字さんは、何か用意しないの?」
 何気なく聞くおキヌに、魔理は頭をかく。
「チャラチャラした事は、どーも苦手なんだよなー」
「あら、あなた、あのタイガーにはあげないの?」
 突然、おキヌと魔理の間に、かおりが割って入ってきた。
「なんだよ弓、急に割り込んでくるなよっ!」
 むっとする魔理に、かおりは意味深に笑っただけだった。
「あらあら、別にいいじゃない? そうそうトボけても無駄よ、一文字さん! あなたこの間の日曜、池袋の西武でタイガーと一緒に歩いてたわよね?」
「ん? ああ、そうだけど? なんだよ、見てたのかよ〜〜」
 あっさり認めた魔理に、かおりは少し拍子抜けた。
「あ、あらそう、認めるのね・・・で、あれってデートなんでしょ?」
「ぶっ! なんでそーなるっ!!」
 あわてふためく魔理にかおりはきっぱり言ってのける。
「それが物事の道理なのよっ! ほほほっ!」
「んなろ〜〜、勝手に話を拡げるなぁっ!」
「ま、まあまあ、一文字さんも弓さんも落ち着いて下さいよ」
 二人の間に挟まれたおキヌが、とりあえず場を静めようとする。
「あん時はなぁ、おキヌちゃんを買い物に誘おうとしたら、仕事だっつーし、仕方なくあいつに電話したらヒマだっつーから、ちょっと付き合って貰っただけなんだよっ! なっ、おキヌちゃん!」
「そうなの!? 氷室さんっ!」
「へ!? う、うん!?」
 魔理とかおりの気迫に押されたおキヌが、思わずたじろぐ。
「でも、二人だけで会っていたのには変わりないんでしょ?」
「う、まぁ、そう・・・なるナ・・・」
 かおりの突っ込みに、魔理は語尾をごまかす。
「ま、まぁ二人とも、みんなお友達なんですから・・・」
 たしなめるおキヌに、かおりはため息をつく。
「はぁ・・・あなたはいいわよねぇ、ちゃんと相手がいて・・・」
「えっ!?」
「ほら、あいつだよ、横島!」
 かおりと魔理のうらやましそうな視線に、おキヌは両手を振ってあわてる。
「ええっええっ! わ、私と横島さんもお友達ですよ〜!」
「ごーまーかーすーなっ! 前も言ってたじゃないか『大切な友達』だって!」
「『大切な』から『大事な』になって『特別な』になるのもスグよ、スグ!」
「そんな事・・・まだ考えてないよ〜〜」
 かおりと魔理にこづかれ、おキヌは冷や汗を流してふらふら揺れる。
「ま、その先はあなたの問題としても、氷室さん、あの横島って、何者?」
「えっ! 何が?」
 かおりの急な問いに、おキヌはきょとんとする。
「・・・何度か見かけた時には、単にスケベそうな男