元アシュタロス軍、資材調達担当のクラインは逃亡を続けていた。
「クソッ、全くツイていない。」
クラインは愚痴りながら路地裏を走り抜ける。背後から複数の足音が追いかけてきていた。
本来、彼のような小物にこれほどの追っ手はかからないはずであった。
前大戦での彼の仕事は、遺跡から出てきた黄金を商社に売りつけたり、
アジトや資材を確保したりと、戦闘とは全く無縁のものだったからである。
一般には知られていないが、今回の追跡は、神界・魔界両世界でアシュタロスに
共感するものが多数あらわれたことに起因していた。
アシュタロスへの共感は、そのままハルマゲドンの期待へと姿を変えていく。
危機感を覚えた神界・魔界上層部は、アシュタロス残党とそれに協力する者達への
取り締りを強化したのだった。
その結果、彼のような小物にさえも、数ヶ月前から厳しい追跡がかかるようになっていた。
「迷惑な話だ。俺はいい目が見れると思ってアシュ様の下で働いてただけなのに。」
彼はそれほどアシュタロスに心酔していたわけではない。
しかし、戦闘能力の乏しい彼が逃亡を続けられたのは、予想以上に多い
アシュタロスシンパからの援助のおかげと言えた。
持ち前の調子良さから、彼が世話になった人々に話すホラ話は、
アシュタロス贔屓である魔界の住人に大いに受けたのである。
実際の彼はアシュタロスと直接口を利いたことも無い、しかし、いつの間にか
彼は話の中で、アシュタロスの右腕とも言える人物になっていた。
魔界の地方に住む純朴な住民達は、ホラ話を真に受け彼を手厚くもてなす。
彼はこうして大した苦労をすることもなく逃亡を重ね、人間界に逃げ込んでいた。
「止まれ!」数人の追跡者に囲まれクラインは路地裏の壁に張り付く。
「コイツ本当に大物なのか、全然強そうに見えないが。」
クラインを取り囲んだ追跡者の一人が、隣の仲間に話しかける。
どうやら、ホラ話を真に受けた誰かが通報したらしい。
包囲はしたが、どう扱っていいか分からず追跡者達は攻めあぐねていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
動揺を悟られないよう、クラインは必死にこの場を切り抜ける手段を考える。
しかし、逃げだせる可能性は皆無であった。
その時、突如轟音が鳴り響き、黒い球体が路地裏に出現した。
球体に面した建物の壁がガラス細工の様に溶けている。
黒い球体が姿を徐々に消すと、残された空間に傷だらけの男が倒れているのが見えた。
「コイツもアシュタロスの残党か?」
追跡者の一人が口にしたアシュタロスという言葉に、男は反応しゆっくりと立ち上がる。
「アシュタロスは何処だ・・・・・」追跡者の一人に近づき肩へと手をかける。
「うわっ、血まみれじゃないかコイツ。」
血で染まった男の全身は、暗闇に溶け込んでいるように見えた。
その中で、男の目だけが凄まじい光を宿している。
追跡者達は得体の知れない不気味さを感じ、男の周りを囲んだ。
「答えろ・・・・・。アシュタロスは何処だ。」男は包囲にも動じた様子はない。
「そいつらを倒したら教えてやる。」クラインが叫んだ。
利用できそうなモノは何でも利用するのが、クラインの人生哲学である。
追跡者の気がそれさえすれば、逃げ出すチャンスが出来ると思っていた。
この声がきっかけとなり、追跡者と男の間に殺気が膨れ上がる。
勝負は一瞬でついた。
「つ、強い・・・・・・。」
追跡者を一人残らず倒した男を、クラインは呆然と見つめていた。
「・・・・・・・で、現在に至るってやつです。」
クラインの隠れ家で、男は説明を受けていた。アシュタロスの野望とその終焉。
クラインは直接関わったわけではないので、噂されている範囲でしか事情を知らない。
しかし、逃亡中のホラ話は彼自身にもある種のリアリティを持たすようになっていた。
彼は自分が見てきたことのように、姑息な策略にはまり散っていったアシュタロスと、
その中心的役割を演じた人間の話をしたのだった。
「・・・・・・訳がわからん世界だ。しかし、確かにコスモプロセッサーは存在したのだな。」
男の興味は、コスモプロセッサーにあるようだった。
「壊れてしまいましたが・・・・・・。」
遠慮がちにクラインが付け足す。二人の力関係はすでに決まっていた。
「壊させなければいい。」男は意味不明の発言をする。
「何を言ってるんです。・・・・・えーっと。」クラインは男の名前をまだ知らない。
「俺の名はT。」Tと名乗った男は、黒い珠を4つ握りしめる。
「これからお前を半日前に送る。服の用意と横島という小僧の居場所を探しておけ。」
血まみれの体は治療済みだったが、Tの服は登場の時からズタズタに切り裂かれていた。
「Tさん。一体なにを・・・・」
クラインの台詞が終わらないうちに、彼は過去へと送られた。
ガチャ
クラインが消えた瞬間、勢いよくドアを開けクラインが飛び込んでくる。
手には大きな紙袋、Tの命令どおり服を調達したようだった。
「すごい力です。この力があれば・・・・」
時間遡行を経験して、興奮さめやらぬクラインはTの手を握りしめる。
「モノを投げるのと同じだ。近い時間軸ならばある程度のコントロールがきくが、
遠い場合は大きくずれるし限界もある。それと、俺自身は送れない・・・・・。」
Tは自分の能力が不満であるかのように、握られた手を振り払う。
その目には、さらなる成長への欲求があった。
「・・・・・・なんだ、これは。」
クラインの持ってきた服を物色したTが、服と一緒に入れられていた仮面に気づく。
「ああ、実は、表だって動くにはあなたの顔は少し問題がありまして・・・・。
そのうち分かると思います。」
Tは服と仮面を抱え、部屋の奥へと移動していく。
クラインはその後ろ姿を見送ると、小さな声で呟いた。
「逃亡を続ける敗残兵が、やっと出会った逆転のチャンスか・・・・・
それとも、破滅の罠か・・・・・・・・」
クラインはこの出会いをチャンスだと思っていた。
Tの力を利用しアシュタロスを復活させることが出来れば、幹部も夢ではない。
まずは、Tに横島の居場所を報告する。行動はそれからだった。
横島のアパート
横島は夢を見ていた。
「私たち魔物は幽体がそのまま皮を被っているよーなもんだから・・・・・・・
それを大量にあびちゃってもう動けそうにないの。」
夢の中の彼女は、力無く笑いそう言った。
横島は必死にその娘を抱きしめようとする。しかし、一向に距離は縮まらなかった。
両手がむなしく空を切る。
「・・・・・・・・・・・・・・」
横島が声にならない叫び声をあげたとき、ようやく目が覚める。
このところ何度も見る夢、横島は涙を流していた。
その姿を空中より眺める影が二つ。
漆黒の衣装に身を包んだTとクラインであった。
着替えがすむと、Tはすぐに横島の所まで案内させていた。
「どうなっているんだこの世界は・・・・・・・・・・気にいらん事ばかりだ。」
Tは横島に嫌悪の視線を投げかける。手には「覗」の文珠があった。
「何かの間違いだとしたら、直す必要があるな。」
「俺にも手伝わせて下さい。2、3日もあれば昔の仲間を集められます。
それと、前大戦で使われなかった兵鬼も・・・・・・・・・・。
おねがいです・・・・・・・・アシュ様の復活を。」
クラインは必死だった。今のまま逃亡を続けるのは望むところではない。
「いいだろう・・・・・・・、過去に刺客を送りアイツを殺す。
それだけで歴史は変わるはずだ。」
忌々しげにクラインの用意した仮面を身につけると、
Tは横島に対する興味を失ったようにその場を離れる。
クラインはその後を追いかけた。
3日後
逆天号MK−IIのブリッジ
妙神山にむけて異空間を潜行中のブリッジの中で、クラインは頭を抱えていた。
周囲では、噂を聞きつけ集まってきた前大戦の生き残りや、逃亡に協力してくれた
魔界の人達がせわしなく動き回っている。彼らは今回、物資調達にも力を貸してくれた。
「何で俺がこんな格好を・・・・・・・・・。」
クラインは情けなさそうに、自分の姿を見下ろす。
彼のホラ話を信じ、前大戦の幹部だったと勘違いしている人達が持ってきた衣装を
クラインは着せられていた。
古本屋の店員の様な格好、以前そう形容した少女がいたことを彼は知らない。
「全く、冗談じゃない・・・・・。直接対決で勝てるわけないじゃないか。」
クラインはチラリと、ドグラを操縦系に接続しているTと、その取り巻きの方を見る。
ドグラは観念して協力する気になったらしい。それに、ドグラ自身、心の何処かで
アシュタロスの復活を望んでいるようだった。
「大体なんで、わざわざリスクの高い作戦にするんだ。」
過去に刺客を送る。この作戦だからこそ、クラインは勝負する気になったのだった。
相手の手が届かない所からの攻撃、これほど安全な攻撃はない。
「アイツに興味がでたからだ・・・・・・・・・・・・・。」
いつの間にか背後に立っていたTが愚痴に答えた。
慌てふためくクラインを無視して、Tはさらに説明を続ける。
「最初は、くだらん男かと思っていた。しかし、文珠に加え、時間移動能力。
アイツを倒さんことには、コスモプロセッサーの入手も困難なはずだ・・・・・・。」
「アシュ様の復活はどうなるんです。」
クラインは疑問を口にする。Tの真意が未だに分からなかった。
「俺にとって、それは単なる通過点だ。死にたがっていた腑抜けに興味はない。
俺の知っているアシュタロスはもっと・・・・・・・・・・」
Tは、喋りすぎたことに気付き話題を変える。
「それに考えて見ろ、時間移動能力者によって、俺達の存在は既に知られている。
先程の時間移動で、俺達のいる場所もそのうち割り出されるだろう。
まずは、余計な奴らの介入を止めるために、チャンネルの遮断をしなくてはならん。」
「・・・・・・無茶です、前回でもアシュ様のエネルギー無しには出来なかったのに。
それに、現在、人間界にいる勢力だけでも勝ち目はありません。」
クラインは絶望的な気分だった。
「チャンネルの方は何とかする・・・・・・。一週間がいいとこだが。
戦力不足については、お前次第だ・・・・・・・。」
Tは仮面の下でニヤリと笑い、こう続けた。
「元アシュタロス軍戦術参謀クライン殿。」
Tの手から文珠が4つ飛び出し、クラインに吸収される。
「人」「心」「掌」「握」文珠にはそう浮かんでいた。
時刻
新都庁地下
時空震の検出から、司令室は戦場と化していた。
現在、スタッフが総力を挙げて震源地の特定を急いでいる。
美智恵はメインモニターから目を離し、手元のサブモニターで屋上の様子を調べる。
すでにヘリポートには、出撃準備を終わらせたGS達が集合していた。
しかし、その中に横島と令子の姿は無い。
「二人はまだなの。」美智恵が、モニターの中の西条に話しかける。
「訓練場には連絡済みです。しかし、相変わらず横島君の気力が・・・・・・。
令子君との合体は見合わせた方が良いのでは。」
西条の言うとおり、ここ数ヶ月の間、横島の能力にめざましい変化はなかった。
「現時点では、あの二人が人類最強の戦力であることには変わりありません。
予定通りあの二人を中心に、その他のメンバーはバックアップに徹してください。」
呼び出しのアラームに急かされ、美智恵はこれだけ言うと通信を切り変える。
2分割された画面にワルキューレと小竜姫が映し出された。
数ヶ月前からの残党狩りに際して、この二人から非公式ながら協力依頼があった。
美智恵はその依頼を利用し、表向きはあくまでもアシュタロスの残党に対する組織として
反撃体制を整えていたのだった。
ハルマゲドンへの期待が高まっている時期に、アシュタロスの復活を目論む者の出現。
奇妙な一致に不安を覚えた二人は、快く作戦に協力してくれていた。
「忙しい時にすまないが、悪い知らせだ。」ワルキューレが先に口を開く。
「ベスパ、ドグラの両名を見失ったとの報告が入った。現在ヒャクメに協力してもらい
居場所の発見を急いでいる。」
「その他の、大物達もにわかに活気づいてきています。すみません、上層部からの
指示で、そちらの警戒に回らなくてはならないんです・・・・・・・・・。」
小竜姫がすまなそうに言う。どうやら、時空震の震源地は自力で見つけなくては
ならないらしい。
「・・・・お二人には、いろいろ協力してもらいました。それだけで十分です。」
前大戦で両陣営のトップが仲良く介入した事実は、神界・魔界に大きな衝撃を
与えていたことだろう。