T2完結編2

山頂に向かい走っているシロ。その背中には途中でへばったおキヌが背負われていた。
「おキヌ殿、そろそろ山頂でござる。」
シロがこう言ったとき、すさまじい閃光が空中に放たれる。最終決戦の始まりだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・レベルが違いすぎるでござる。
それに、先生の格好、まるで空想科学特撮のような・・・・・・・・・。」
前回の戦いを知らないシロに、おキヌは合体攻撃の説明をする。
目の前で繰り広げられる壮絶な戦いに、シロは改めて前大戦のすさまじさを知った。
「しかし、これでは手の出しようが・・・・・・。」
冷や汗を流すシロの手を、おキヌが引っ張る。
「シロちゃん。なにも直接戦うだけが手助けじゃないわ。」
おキヌが向かう先には、逆天IIがそびえ立っていた。

「なるほど、敵の内部から攪乱するでござるな。」
「そういう訳じゃないけど、さっきの演説していたヒトが気になって。」
二人は、ひっくり返った機内を歩きにくそうに進んでいる。
「あの人に、もう一回逆なことをやってもらえればこの騒ぎが収まるような気がして・・・。」
「その通り!」
おキヌの言葉に応えたのは、モニターの中のドグラだった。
「心配するな、敵ではない。今のような騒動はアシュ様の望むところではないのだ・・・・。」
こう話すドグラの周囲をハニワ兵がせわしなく動き回る。どうやらドグラを
接続から外そうとしているらしかった。
「そこで、頼みがある。ワシをここから外し、クラインの所まで連れてってくれんか。
こいつらは、どうも不器用で・・・・コラ、そこは違う。」
違うパーツを外そうとしたハニワ兵を、ドグラは叱りつける。
「・・・・・・分かりました。それで何処に行けば。」
こう言ったおキヌの体が、何者かに持ち上げられる。足下を見ると多数のハニワ兵が
おキヌを持ち上げていた。
ポー
すさまじい勢いで走り出すハニワ兵に、おキヌは悲鳴を上げる。
同じように運ばれているシロは歓声をあげていた。


高出力の霊波の撃ち合いで、周囲の景色が陽炎のように歪んでいる。
横島とTはすさまじい戦いを繰り広げていた。
合体した横島と互角以上の戦いを繰り広げるTに令子は戦慄する。
横島の中にとけ込んだ令子は、例えようのない感覚に包まれている。
父性を知らずに育った令子には、それが新鮮であり心地よかった。
令子は、アシュタロスとの戦いの最中でさえも安らぎを覚えている。
しかし現在、対アシュタロス戦のときにも感じたことのない不安を感じていた。
ガシッ
横島渾身の一撃が受け止められた時、その不安が現実のものとなる。
「・・・・・いつまで、女の世話になるつもりだ。」
Tは叫ぶと同時に、文珠を横島に叩き付ける。
「分」「離」
合体をうち消す効果に、二人の合体が解除される。
「お前には少しの間、退場して貰おう。メフィスト。」
「時」「間」「遡」「行」
令子に文珠の力が作用したとき、今までにない規模の時空震が巻き起こる。
Tは令子が時間移動能力を持つことを知らなかった。
屋根に投げ上げたボールが、落ちてくるまでに時間がかかるように、
チャンネル遮断を利用して、一時的に令子を時間の狭間に幽閉するのがTの狙いだった。
しかし、本来の能力に加え文珠の時間遡行、チャンネル遮断を突き破り
令子は予想外の強さで過去へと飛ばされていく。
「・・・・・・・・アイツが、時間移動能力者だったのか。しかし、俺の知っている
メフィストは・・・・・・・・・・・・・。」
「き、貴様ァー、よくも美神さんを。」
合体の解けた横島にとれる手は一つだった。
「模」、相手の攻撃力をそのまま相手にぶつける作戦。
横島は差し違える覚悟でTに突進していった。


クラインは逆転IIの倉庫にいた。
資材調達担当だったころ、逆天号の倉庫の中が彼の仕事場だった。
「俺は、あの頃と何一つ変わっちゃいない。」
クラインは倉庫の壁に頭を打ち付ける。
『今まで、よくやってくれた・・・・・・。ありがとう。』
別れ際、Tがかけてくれた労いの言葉が蘇る。
「違う、俺は自分のためにアンタを利用しようとしただけなんだ。
それに、肝心な時には何の役にも立ってないじゃないか。
前の戦いの時だって・・・・・・・・・・・・・・・」
クラインは脱走兵だった。
彼は南極基地壊滅の際、蛹だった逆天IIを盗み逃げ出している。
「俺は弱虫なんです、Tさん。」
クラインはモニターの中で戦いを繰り広げてるTに話しかける。
「あなたの様に、強くも、勇気もない。俺もあなたのようになることが出来れば・・・。」
最初に会ったときから、クラインはTの強さに憧をもっていた。
「お前は、お前にしか出来ないことをやればいい。」
急に話しかけられ、慌てて周囲を見回すクライン。
「部下の事は、全て記憶している。クライン、お前はよくここでサボっていたな。」
「・・・・・・・俺のことを知っていてくれてたんですか・・・・・・・・ドグラ様。」
頭部だけを外し、おキヌに抱えられているドグラであったが、不思議とその姿は
管理職の威厳に満ちていた。
「お前の入手した物資がなければ、前大戦も戦えなかった。お前は、決して無能な
男ではない。ただ、やるべき事が見えていないだけだ。」
クラインは俯いたままドグラの話を聞いていた。
「今の混乱は、アシュ様の望む所ではない。クライン、止められるのはお前だけ、
たのむ、力を貸してくれ。」
クラインの手に持ったモニターでは、横島が文珠を手に特攻をかけるところだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
決心がつかずクラインは、ただ俯いていた。


「うおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・・・・」
最大級の攻撃によって、ダメージが返らない内に相手を倒す。
横島は全力で相手を殴ろうとした。
プシュ
気の抜けた音をたて、横島の手に持った文珠が消えていく。
「文」「珠」「禁」「止」
Tの周囲に展開した場が、文珠の使用を禁じていた。
「そんなものに頼らず、男だったら素手でこい。」
Tのストレートを顔面に受け、横島は後ろに倒れ込んだ。
ダメージはそれほどでもない、Tの攻撃に霊力は込められていなかった。
霊波刀で斬りかかる横島を難なくかわし、Tは横島に素手によるダメージを与えてゆく。
一方的な、なぶり殺しがしばらく続いた。
「(・・・・・・なんで、コイツは俺をここまで痛めつけるんだ。
すみません美神さん、俺はもう・・・・・・・・・・・・・・・。)」
倒れ込んだ横島が弱音を上げそうになった時、薄れゆく意識が赤ん坊の泣き声を耳にする。
薄目を開けた横島の目に、ワルキューレに抱えられ飛んでいる美智恵の姿がうつった。
赤ん坊の泣き声は、美智恵の胸に抱かれたひのめのものだった。
「ひのめちゃん?・・・・・・・・・・」
横島の目には、ひのめが緑色に輝いているように見えた。
その光が徐々に大きくなり横島の所に向かってくる。
「!!!!!」同時に、横島が肌身離さず持ち歩いているルシオラの結晶が輝き出した。
二つの光は共鳴を続け、やがて一つに溶け合う。
「ルシオラ!」横島は慌てて起きあがろうとする。
その首筋に抱きついたのは、サイズが小さいながらも紛れもなくルシオラだった。

「あの娘はたしか・・・・・・・・・・・」
ワルキューレは抱えてる美智恵に視線を投げかける。
「私は許されないことをしたのかも知れません。」
美智恵は、ワルキューレに真相を語り出した。


ジャッジメント・デイ東京

数ヶ月前より美智恵は一人東京に潜伏していた。公彦は南米で美智恵の帰りを待っている。
これから東京中に巻き起こる断末魔の叫びに、公彦の精神は耐えらそうになかった。
美智恵の目的はただ一つ、ルシオラの救出。
「隠」以前、横島から貰った文珠を使い。美智恵は東京タワーで待機する。

「生きて、横島・・・・・・・」
ルシオラが横島に霊基構造を移し終えた後、美智恵は姿を現す。
横島はまだ意識を回復していない。
「隊長さん・・・・どうしてここに、それに、そのお腹。」
美智恵のお腹の中では、既にひのめが成長していた。
「驚いた?令子の妹よ。未来を知る私が、自分の妊娠を知ったのは最近・・・。
笑っちゃうでしょう。」
「それじゃ、今の隊長さんは・・・・・・・・」
ルシオラは喋るのも苦痛なようだった。美智恵は頷くと文珠を一つ取り出す。
「蘇」
文珠の効果で持ち直すルシオラ。しかし、一時しのぎにしかならないのは分かっていた。
「結論から言うわ、あなたの犠牲のお陰で、アシュタロスの野望は潰えました。
霊気片を回収したお陰でベスパも無事です。
しかし、あなたの霊気片だけが・・・・・・・・・・・・・・・」
「そう・・・・、覚悟は出来ています。横島が助かるのが分かっただけで・・・・。」
ルシオラは力無く目を閉じる。
「諦めないで、まだ、手はあります。それに、このままでは横島君が・・・・・」
美智恵は、横島の身に起こっている出来事を話し始めた。
「私はどうすれば・・・・・・・・」
このような状態になってまで、ルシオラは横島の身を案じていた。
「ずっと考えていました。確かに私達の歴史では、ベスパの眷属による霊気片の
回収は不十分でした。しかし、何者かが別に回収していたら・・・・・・・。
ほんの僅かでも、あなたの霊気片を保護し、回復させることができるのなら・・・・・。」
美智恵は決心したように、お腹に手を当てる。
「ルシオラさん、ほんの少しでいい。この子の中に・・・・・・・・・・・。」
胎児の霊体は自己認識が不完全のため、たやすく他の霊体を受け入れることが出来る。
美智恵は、自分の子供の中でルシオラの霊体を保護するつもりだった。
「自分の子に・・・・・正気ですか?」
「多分まともじゃないわ。この戦いで、あなた以外にも沢山の人が死んでいった。
それを今、私は見殺しにしているのよ・・・・・・・・・・・・・・・・・。
この歴史は変えられない。この前の勝利はマグレのようなもの、二度勝てる保証はないもの。
だけど・・・・今はこれ以外に思いつかない・・・・・・・・・・・・。」
美智恵は疲れたように呟く。
未来で、令子が提案するアイデアを美智恵はまだ知らない。
理論上危険はなかった。
ひのめの中に長時間いなければ、霊体の分離は可能である。
回復のために逃げ込んだ妖弧が、長年一緒にいる間に癒着してしまった例も
過去にはあったが、今回必要とする量までの回復には、半年もあれば充分だった。
「う・・・・・・・・・・・・・・・」
横島の意識が戻りかかる。
「ルシオラさん、諦めちゃだめ。お願い、未来に希望を・・・・・・・・。」
美智恵はこう言うと姿を隠した。

「私たち魔物は幽体がそのまま皮を被っているよーなもんだから・・・・・・・
それを大量にまびいちゃってもう動けそうにないの。」
横島が心配しないようにルシオラが芝居を続ける間、美智恵は祈るような
気持ちでルシオラを待っていた。


「自分の子供を・・・・・・・・・正気か。」
美智恵の告白にワルキューレは呆然となった。
「多分、狂ってたわ・・・・。この子の強すぎる発火能力は私のせい。
だけど、ルシオラさんと無事に分離できた今、能力は弱くなっているはず。」
ひのめが慰めるように美智恵の頬をさわる。美智恵はひのめを強く抱きしめた。
美智恵自身、未だに自分の行動に迷いが・・・・・後悔があった。
しかし、目の前ではルシオラ復活によって横島が再び立ち上がっている。
彼女がこのピンチを救ってくれる。美智恵はそう信じていた。

「ルシオラ・・・・生き返ってくれたのか。」
横島の目から、止めどなく涙がこぼれる。
「すまない・・・・・・俺はお前を見殺しに・・・・・・・・。」
横島はずっと悔やみ続けた過去を口にしようとするが、ルシオラに止められる。
「あれは私が望んだこと。だけど・・・・・・・・・・・・・、
死んだ後で、空に顔が浮かんでもうれしくないわ。だから、返って来ちゃった。
この話は後、いまはアイツを倒すのが先でしょう。」
ルシオラはこう言うと横島にキスをする。ルシオラは横島に吸収された。
「ば、ばか、折角復活できたのに・・・・・・・・・」
横島はルシオラが以前と同じ事を繰り返したと思っていた。
「慌てないの、あなたの霊体はもう私を認識しているわ。」
横島の意識にルシオラが話しかける。以前にも味わったことのある感覚。
もともと、横島の霊基構造の大部分はルシオラのものであった。
横島の霊体はすでにルシオラの霊体を自己の一部として認識している。
そのため、横島とルシオラは文珠の助け無しで合体できたのだった。
「敵は隙だらけよ。横島、頑張って。」
ルシオラ復活を目の当たりにし、Tは棒立ちになっていた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
突然、Tは天を仰ぎ雄叫びをあげる。仮面から滴る涙に横島は気がつかなかった。
「隙だらけだぞ」
がら空きのボディに、横島は渾身の力で霊波刀を突き入れる。
ルシオラとの合体の威力か、霊波刀はかってない出力をみせた。
「!!!!!!!!」
霊波刀が根元まで突き刺さった瞬間、横島とTは融合した。
「おおおおおおおおおおおおお」
Tの体が苦痛に歪む、Tの体からルシオラだけがはじき出されてきた。
横島とT、二人分の霊力を受けたためか、ルシオラはもとの大きさに戻っている。
Tの苦痛はまだ続いていた。

「これは何だ。」
融合の影響か、横島の頭にTの記憶が流れ込んでくる。

アシュタロスが制圧に成功した世界。
神・魔が逆転した世界でTは生まれた。
                (げ、アシュタロスが神様だと。)
メフィストとの出会い・そして3つの願い
Tはただ1つ、強い敵との戦いを望んだ。
                (何てぇ願い事だ・・・・・・。)
戦いにつぐ戦い。
メフィストと共に戦いの旅を続けるT。
そのうちにアシュタロスの所まで
たどり着く。
                (何ちゅー危ないヤツだ・・・。) 
アシュタロス親衛隊をしている
ルシオラ、ベスパ、パビリオと
Tは出会う、戦いの末にうまれる恋心。
                (・・・・・・・・・・・・・。) 
しかし、アシュタロスとの対決を前に
Tを守るためにルシオラは散った。
激しい怒りに身を任せるT、
しかし、勝負にはならなかった。
                (・・・・・・・・・・・・・。) 
トドメを刺されそうになったその時、
危険を省みずメフィストが
コスモプロセッサーを暴走させて
Tを異世界へと逃がす。
「好きよT、だから、今は生き延びて。」
最後に聞いたメフィストの言葉だった。             
                (・・・・・・・・・・・・・。)
Tが飛ばされたのは、見知らぬ、
しかし、共通する所の多い世界。
そこでは、アシュタロスが滅んでいた。
                (・・・・・・・・・・・・・。)
元の世界に帰るために
コスモプロセッサーの入手を考える。
しかし、その前にアシュタロスを
倒した者を見ておきたかった。
                (・・・・・・・・・・・・・。)
倒した者に対する興味はすぐに
消え失せる。近親憎悪。
アシュタロスに負けた自分。
ルシオラを守れなかった自分。
自分に対する怒りが、無意識のうちに
矛先を変えていく。
                (・・・・・・こいつは、俺だ。)

横島がこう呟いたとき、Tの感じる苦痛が横島にも伝わってきた。
二人は完全にシンクロしていた。
「がああああああああああああああああ」
苦痛の果てにTは4つの文珠を生み出す。
白と黒、神魔双方の霊力が混ざった大極模様の文珠はすさまじい霊圧を持っていた。
融合が解け二人は倒れ込む。Tの仮面がはずれ横島と同じ顔が現れた。
その瞬間、上空にクラインの姿が映し出される。
「みなさん、俺の話を聞いて下さい。」
クラインは全世界に演説をはじめた。

逆天IIの倉庫の中、おキヌはドグラを抱えながら目の前のクラインを見つめる。
シロはTVカメラを持っていた。シロの背後では、ハニワ兵が照明やレフ版、
ケーブル捌きなどを担当している。
微かに残る文珠の効果、クラインは自分が起こした騒動を治めるつもりだった。
全身全霊を込めて、今回の顛末を説明する。
神・魔の対立をやめさせるつもりはなかった。クラインはただ、情けない自分、
セコい自分を包み隠さずに話す。こんな自分に煽動され戦うのは
馬鹿げているのだと、クラインはみんなに謝罪する。
クラインの演説が終わったとき、全霊力を使い切った彼の姿は一匹のガガンボに
姿を変えていた。

地面に横たわって放送を眺めているT
「ぶざまな演説だ。しかし、気に入ったぞクライン。」
Tは立ち上がり、横島の手を引いて起こしてやる。
記憶の共有のせいか、二人に戦意は感じられなかった。
横島の隣には支えるようにルシオラがよりそう。
「すまんが、これは貰っていく。」
Tは先程生み出した文珠を拾い集める。
「これならば、もとの世界に帰れるだろう。コスモプロセッサーはもう必要ない。
メフィ・・・美神にはすまんことをした・・・・・・・・。
過去のどこかにいるはずだ。探してやってくれ。」
横島は、言われるまでもなく美神を探す気だった。
Tは最後にルシオラに向かい
「すまないが、最後に抱かせてもらえないか。」
こう言うと、ルシオラの許可を待たずに細身の体をきつく抱きしめる。
「・・・・すまん、俺はお前を助けることが出来なかった。だがメフィストだけは・・・・」
ルシオラではないルシオラにTは語りかけていた。
数秒ほどルシオラを抱きしめてから、Tは文珠を使用するため二人から離れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その肩に一匹のガガンボが止まったのを、Tはそのままにしておいた。
「時空」「移動」「○○」「○○」
文珠1つに、二文字が入っていた。強力な場が展開する。
横島の位置からは、Tの所属していた世界の名前が見えなかった。
「俺は、俺達はまだまだ強くなれる。今回のことでそれが分かった。
いずれ俺はアシュタロスを倒す・・・・・・・・・・・」
こう言い残し、Tは消えていった。
「最後の、最後まで、戦うことしか考えてない。アイツ本当に別世界の俺か?」
横島は空を見上げる。チャンネル遮断が解除されても、戦闘がおこる気配はない。
どうやら世界は救われたらしかった。


エピローグ
休業中の美神令子除霊事務所

閑散としたオフィスで、おキヌは手紙を書いている。

前略
早苗お姉ちゃんへ
 前回の騒動から1週間、そろそろ町も落ち着きを取り戻しています。
あれだけの騒動で死者がほとんど出なかったなんて、未だに信じられ
ないような幸運でした。クラインさんの演説が強すぎて、みんな友軍
になったから戦いにならなかったんですって。
タマモちゃんからその話を聞いて、みんな笑ってました。
 ただ、私の身の回りはあの事件のお陰で、色々変わって行きそうです。
美神隊長は、退職し専業主婦になるそうです。ルシオラさんの一件で
ひのめちゃんを使ったことに、美神さんのお父さんが怒っちゃって。
すごかったんだから、隊長が叩かれて泣くなんて・・・・・・・・。
夫婦喧嘩って初めて見ました。でも、次の日には仲良くしてたのだから
夫婦って不思議です。美神さんのお父さんも、外国での調査をやめて
日本に落ち着くそうです。ひのめちゃんの成長のため、家族一緒に
暮らすことが必要だって。それに、美神さんの帰る場所も・・・・・。
 一番の変化は横島さん・・・・・

ここで、おキヌの筆が止まる。
おキヌの肩が細かくふるえていた。

Tがもとの世界に旅立ってすぐ、横島は美神を探す旅に出かけようとしていた。
「時間」「移動」「過去」
ルシオラとの合体で強化された文珠ならば時間移動は可能である。
細かな座標調節は、無理矢理仲間に引き入れたドグラにやらせるつもりだった。
「コラ、何の断りもなくヒトを巻き込むな。」
頭部だけとなり、抵抗しようの無いドグラが不平を口にする。
「あーん、そんな事、言っていいのか?二度にわたる反乱。今度こそ、
解体処分だろうなー。それを、一緒に連れてってやるって言うのに。」
「うっ、」
横島の脅しに、言葉に詰まるドグラ。
「・・・・・・・・・・で、なんだって?」
横島はわざとらしく耳に手を当てる。
「・・・・・連れてって下さい。」
あまりの屈辱に、ドグラの頭から蒸気がもれる。放射能が心配だった。
「よろしい、お前は美神さんらしい波動をキャッチしたら俺に教えること。
その無闇に長い寿命で、お前が体験したどこかの時代に美神さんはいるだろう。」
「原始時代かもしれんぞ・・・・・・・・。」
意地悪くドグラが呟く。
「原始時代だろうが、マンモスを食ってでも生き抜く。
あの女が、自分の財産を残して消えるわけがないっ。」
横島は力いっぱい力説した。
「おーおー、別な女のために一生懸命になっちゃって。ルシオラ、こんなヤツの
ために働くのが馬鹿らしくなったんじゃないか。」
「私がそうなっても、一生懸命になるって知ってるから。」
ベスパのからかいに、しれっとした口調で答えるルシオラ。
「馬鹿らしくって聞いてられないでちゅ。」
三姉妹は、先程合流し再会を喜んでいた。
ベスパとパビリオ、二人の命をTは奪わなかった。横島は、異世界の
ルシオラにTがどれだけ惚れ込んでいたかを知っている。
横島は、少し離れた所で見送ろうとしていたおキヌを見つけ走り寄る。
「おキヌちゃん。しばらく留守にするけど、絶対に美神さんを見つけて帰ってくるから。
約束だ、それまで事務所を守っていてくれ。」
こらえきれずに泣き出すおキヌと、横島は指切りの約束をした。
それから、小竜姫を始め、見送ってくれる人達に挨拶をし、横島はルシオラと合体する。
周囲に気を使ったのかキスはせず、触角による接触での合体だった。
「(キスじゃないのか・・・・・)」
「(他の女を探しにいくのに、するわけないでしょ。とーぶんお預けだからね。)」
内心がっかりしながらも、横島は文珠に気を込める。
こうして、横島とルシオラ、ドグラの3名は美神捜索に出かけていった。


おキヌは、上を向いて涙をこらえる。
ルシオラさんの言った通り、横島さんは私が同じ目にあっても一生懸命になってくれるだろう。
今回はたまたま、困っているのが美神さんで、協力できるのがルシオラさんなだけだ。
おキヌは自分にそう言い聞かせる。
私に出来ることは、シロちゃんやタマモちゃんと一緒にこの事務所を守ること。
おキヌは再び手紙を書き始める。

 一番の変化は横島さん。復活したルシオラさん、ドグラさんと
一緒に美神さんを探しに出かけちゃいました。もう、一週間に
なりますが、全然心配はしてません。だって横島さんが約束して
くれたから。そのうち、ひょっこり帰ってきて、いつものような
生活が始まると思います。その時まで、頑張らなくっちゃ。

ここまで書いたとき、事務所のドアが開く。
その音を耳にし、おキヌは急いで走り出した。


※この作品は、うめさんによる C-WWW への投稿作品です。
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