『 山村動物病院 』

著者:まきしゃ


    某日深夜 美神事務所の屋根裏部屋
  ベッドの上でごろごろしている、パジャマ姿のシロとタマモ。
   
  ごそごそごそ… タマモが自分のファンシーケースを覗きながら、なにやら悩み始めている…
タマモ 「明日は、どの服にしよ〜かなぁ〜」
シロ 「タマモ、なにを悩んでいるんでござるか? おまえなんか何を着ても、一緒でござるよ。
  それに悩むほど、服なんか持っていないでござろうに…」
タマモ (カチンっ!) なによ、それっ! 一着しか持っていない、あんたなんかと一緒にしないでよっ!
  私は、秋モノの服は、10着ほど持ってるのよっ!?」
   
シロ 「えっ? そんなに持ってるんでござるか? また、無駄なことを…」
タマモ 「なんで、無駄なのよっ!?」
シロ 「だってタマモは、葉っぱ1枚あれば、なんでも好きな服を着られるんでござろう?
  わざわざ、お金を使ってまでして買うなんて、無駄もいいとこでござるよっ。」
   
タマモ 「都会の葉っぱは、排気ガスで汚れていて、着心地が悪いのよっ。
  それに、服を買ってくれる人がいるんだから、素直に買ってもらって何が悪いの?」
シロ 「えっ? 誰に買ってもらってるんでござるかっ!?」
タマモ 「美智恵さんに、決まってるでしょ?」
シロ 「え〜〜〜っ! ずるいでござる〜〜っ!」
   
タマモ 「なにがよっ! あんたの場合、ひのめちゃんの子守りしに行ったとき、
  いっつも最高級のお肉を昼食に用意してもらってるでしょっ!?
  あれって、私の昼食代の10倍はするのよっ!?」
シロ 「そんなの、タマモが高級品を食べたがらないのが悪いんでござるよっ!」
   
タマモ 「私もそう思ってたから、気にしてなかったんだけどね。
  でも、美智恵さんが、それでは二人のバランスが取れないからって言って、
  私だけに服を買ってくれることになったわけ。
  最初は断ったんだけど、それが人間の一般常識だそうだから、素直に従っただけよ。」
   
シロ 「う〜、なんか、気に入らないでござるよ〜…」
タマモ 「あんたも服が欲しいんだったら、昼食の高級肉を断ってドッグフードにしてもらえば〜?
  そ〜すれば、服を買ってくれるはずよ〜?」
シロ 「うぅ……、肉でいいでござる…」
   
   
タマモ 「さてと、どれにしよ〜かな〜?」
シロ 「どんな服があるんでござるか?」
タマモ 「こんな感じよ。」
  服を何着かベッドの上に並べだしたタマモ。 やっぱり服を眺めるのは、うれしいらしい…
   
タマモ 「どれがいいと思う?」
シロ 「どれって… どれも、地味でござるな…」
タマモ 「地味で悪かったわねっ! 私も美神さんみたいな、ど派手なボディコンにしろっていうのっ!?」
   
シロ 「そうは言ってないでござるが… 
  このワンピース、着やすそうでござるな。 ちょっと拙者が着てみるでござるよっ!」
タマモ 「えっ?」
   
  ぽいぽいっ、ぱさっ! さっさと着替えてしまったシロ。 姿見で自分を眺めているが…
シロ 「う〜ん…」
タマモ 「似合わないわね…」
シロ 「そう、はっきり言わなくても…」
タマモ 「あんたみたいな、ガサツな犬には、スカートはムリね。」
   
シロ (カチンッ!) そういうなら、タマモも拙者の服を着てみるでござるよっ?」
タマモ 「あんたの?」
シロ 「そうでござるっ! おまえみたいな、グータラ狐には、ジーンズはムリでござるっ!」
タマモ (ムッ!) 私だったら、なんでも似合うんだからっ!」
   
  シロの左側だけ短く切ったジーンズを着てみるタマモ…
タマモ 「………」
シロ 「………」
タマモ 「あんた…、よく、こんな服、恥ずかしげもなく着れるわね…」
シロ 「で、でも、拙者には似合ってるでござろう…?」
   
タマモ 「見慣れるってのは、怖いわね…」
シロ 「似合っていれば、いいんでござるっ!」
タマモ 「まあ、似合ってる、てゆ〜かそれしかイメージできないけど… でも、片足ってのは問題ね…」
シロ 「拙者の生足を片方だけ見せるのが、チャームポイントでござるよっ!」
タマモ 「でもさ…、脱いだらヒドイわよ…?」
シロ 「うっ…」
   
  タマモが指摘したのは、シロの足の色の違い。
  日に焼けて真っ黒な左足と、日に当たらずに真っ白な右足が、
  ワンピースを着たままのシロの裾から、ガニマタ気味ににょっきりと顔を出している…
   
タマモ 「あんたも、パンツぐらい買ってもらったら…?」
シロ 「うぅ〜… 今度、先生にジーンズのお古を譲ってもらうでござるぅ〜〜〜」
   
   
  翌日… 美神事務所のお昼休み
シロ 「美神さん〜 お昼の準備が出来たでござるよ〜〜」
令子 「ん〜、ご苦労さん。 いま、そっち行くから〜」
   
  横島とおキヌちゃんは学校に行っているので、令子、シロ、タマモの三人でお昼を食べるのが、
  最近の事務所での日常的な風景…
   
  もぐもぐもぐ……  ポリポリポリ…
  もぐもぐ……  ポリポリ…
  もぐもぐもぐ……  ポリポリポリ…
   
令子 「あ〜もう、気になるわね〜っ! タマモっ! 食事中に、何やってんのよっ!?」
タマモ 「なんか…、足がカユくて…」
令子 「虫にでも、刺されたの? 食事中は我慢しなさいっ!」
タマモ 「そうしたいんだけど…」 ポリポリポリ…
令子 「そんなにカユイのっ? ちょっと、見せてごらんなさいっ!」
タマモ 「うん…」
   
  令子がタマモの足を見てみると、右足中に赤い発疹が…
令子 「また、派手にかぶれてるわね〜… どれどれ…?」
   
  ぺろんっ! タマモのスカートをめくり、パンツの中を覗いてみる令子。
令子 「おしりはキレイなままね。 どうやら、かぶれてるのは右足だけか。
  タマモ…、あんた、右足だけをドブの中に突っ込んだりとかしたの?」
   
タマモ 「そんなこと、してないんだけど… あっ!」
シロ 「うっ…!」
令子 「ん?」
   
タマモ 「シロっ! 昨夜、あんたのジーンズをはいたせいだわっ!
  あんたのパンツって、ドブなみの汚さなのねっ!?」
シロ 「せっ、拙者は、毎日はいてるけど、なんともないでござるっ!
  タマモの肌が弱すぎるのが悪いんでござるっ!」
   
令子 「ふ〜ん、そういうことか。 しょ〜がないわね〜
  横島クンたちが出社してきたら、病院に連れていくしかないわね〜」
タマモ 「えっ? 病院に行くのっ? なにか、薬とかはないのっ?」
   
令子 「人間の薬ならあるけどね… あんたの本体はキツネだから、獣医に診てもらったほうがいいのよ。
  『倍櫓』は、強心剤みたいなもんだから、これには効きそうも無いしね。」
タマモ 「病院なんて、行きたくないなぁ〜…」 ポリポリポリ…
シロ 「へへ〜んだっ。 ぶっとい注射を打たれればいいんでござるよっ!」
   
   
   
  山村動物病院…
獣医 「よし、次っ!」
看護婦 「はい、次の方、診察室へどうぞ。」
   
香山夏子 「先生っ! シロがっ! シロがぁ〜っ! うぇ〜〜〜んっ!」 
香山シロ 「くぅ〜〜ん…」
氷雅 「あまり心配しなくても大丈夫ですわ。 ちょっと足をくじいただけみたいですから。」
獣医 「なるほど、足が変な方を向いているな… レントゲンで骨の状態を見てみよう。」
  どうやら足を怪我してしまった、ピレネー犬の香山シロ。
  飼い主の香山夏子と一緒に来ていたのは、同級生の伊能せいこうと、
  彼の専属乱破、氷雅と妖岩姉弟…
   
  しばらくして…
獣医 「どうやら、脱臼しただけのようだね。 骨は折れていないから、治りは早い。」
伊能 「そうですか。 よかったね、香山。」
香山 「うん…。 (ぐすん…)」
   
獣医 「それにしても… どうやったら、こんなに不思議な脱臼の仕方をするかなぁ〜
  いままで、見たことも無いような方向に、ずれていたからなぁ〜」
氷雅 「あら、どうしてでしょうかしら。 おほほほほほほ…」
伊能 (こいつだ… こいつが何か、シロに忍術をし込もうとしたに違いない…)
妖岩 「………」
   
獣医 「よしっ。 これで、もう大丈夫だ。
  このまま歩いて帰っていい。 まだ腫れはあるから、長距離はムリだが。」
香山 「ありがとうございます。 先生。」
獣医 「はっはっは。 これが、私の仕事だからねっ!」
   
   
  山村動物病院から外に出る香山たち…
  ちょうどそのときやってきた、美神事務所の5人。 ばったりっ!
氷雅 「えっ!?」
横島 「んっ?」
   
氷雅 「あ、あなたはっ!! わたくし…、あなたの顔… よ〜〜く覚えてましてよっ!
  よくも、よくも、わたくしの邪魔をしてくれましたわねっ!」
横島 「あ、あんた、GS資格試験のときの、俺の相手…」
   
氷雅 「そうですわよっ! わたくし、あなたの卑劣な戦いかたのせいで、
  貴重な青春のひとときを、だいなしにされたのですわっ!」
横島 「卑劣って… あんたが秘孔を突かなければ、俺、ギブアップしてたのに…」
   
氷雅 「おだまりっ! あなたのせいで、GS資格が取れなかったばっかりに、
  どれだけみじめな思いをしてきたことかっ!
  あれから3ヶ月、郷里の父の元で、とても厳しい修行をさせられたのですっ!」
横島 「負けたんだから、しょうがないと思うけど…」
   
氷雅 「いちいち、言い返さないでもらえますっ!? え〜い、腹のたつっ!
  そうですわね… このさい、ここであのときの借りを返させていただきましょうか…?」
  ぐいっ! 横島の胸倉を掴む氷雅っ!
氷雅 「忍犬シロっ! さっき教えた、『各個撃破の術』を使うのよっ!」
   
  カプッ! カプッ!
氷雅 「わっ!?」
横島 「やめろっ、シロっ!」
香山 「やめてっ、シロっ!」
   
  氷雅の足首に噛み付いた、香山シロと、
  氷雅の手首に噛み付いた、犬塚シロ…。
   
シロ 「ふぇんふぇ〜ひ、へはひはふひょ〜へほはふっ! (先生に、手出しは無用でござるっ!)」
横島 「シロっ! もういいから、噛むのをやめろっ!」
   
氷雅 「くっ…! よくも、わたくしに噛み付きましたわねっ!?
  そ〜ですわね…。 あなた、慰謝料を払っていただきましょうかっ!」
横島 「うっ…。 こんどは、ゆすりかっ?」
   
  ズイっ! あきれて眺めていた令子が、いきなり顔を出す。
令子 「ほぉ〜〜? うちの丁稚から、金を巻き上げようってゆ〜気っ?」
  ズゴゴゴゴゴォ〜〜ッ!
氷雅 「うっ…!」
  (ま、まずい… この女、出来るわっ! これに逆らったら、半殺しにされる…
  全治3ヶ月 → 父上にバレたらさらに修行を3ヶ月 → 青春の無駄遣い
  うぅ… それだけは、さけなければ…)
   
氷雅 「おほほほほ… いやですわ、おねえさま。 なんのことですかしら〜?
  シロちゃん、怪我が治ってよかったですわね。 さっ、若、帰りますわよっ?」
  適当にごまかして、この場を去ることにした氷雅…
   
伊能 「すみません、すみません。」 ペコペコ…
キヌ 「こちらこそ、すみません。」 ペコペコ…
   
妖岩 「………」  ポタポタ…
タマモ 「………」  ポリポリ…
   
   
  ようやく、動物病院の中に入った美神たち…
看護婦 「先生…、次の患者さんなんですが…」
獣医 「ん? どうかしたのか?」
看護婦 「その…、動物を連れてらっしゃらないんですけど…」
獣医 「ふむ…、連れ出せないほどひどいのか…? とりあえず、診察室に入ってもらいなさい。」
看護婦 「はい。 それでは、こちらへどうぞ。」
   
  診察室に入ってきた美神たち
獣医 「おおっ、なんだ、君かっ! 私の愛のこもった予防注射から、逃げまわった人狼の女の子だねっ!?
  先生は、君がどんなにヒドイ病気になっても、絶対に救ってみせるよっ! 
  ボクは、そのために獣医になったのだからねっ! ふはははははは…」 ズゴゴゴ〜
シロ 「うっ… おっかないでござる…」
  ぴゅぅ〜 獣医の勢いに押されて、横島の後ろに隠れるシロ
   
横島 「あの…、先生。 今日は、こいつじゃなくて、タマモの方なんです。」
獣医 「ん? こちらの女の子も、人狼なのか?」
タマモ 「人狼ですってっ!? こんなバカ犬と一緒にしないでよっ!」  ポリポリポリ…
令子 「タマモっ! ぶつぶつ言ってないで、早く変化を解きなさいっ。」
タマモ 「は〜い。」
   
  ぽんっ! 変化を解いて、キツネ姿になったタマモ
獣医 「なっ…!?」
   ………
獣医 「よし、診察だっ!」
看護婦 「せ、先生…、タフですね…」
   
獣医 「ふむ、なかなか見事なシッポを持っているキツネだね。
  私の見たところ、このキツネは天然記念物でもおかしくないほどの貴重な種族のよ〜だね。」
看護婦 「天然記念物とかそ〜ゆ〜問題でしょ〜か…?」
横島 「妖狐です。」 (汗)
   
獣医 「貴重なキツネが病気に冒されるのを、みすごすわけにはいかんっ!
  美しいキツネ!! 愛らしいキツネ!!
  りこうでかしこく、少しだけワガママな人間の友!!
  それを守れなくて何の獣医かっ!?  な――お――す――ぞ――!!
  ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ〜〜〜〜
  ズザザ……  引き気味の令子たち…
獣医 「で、どこが悪いのかね?」
令子たち 「うっ…」
   
  タマモの症状や感染した理由とかを、令子から問診する獣医。
獣医 「なるほど…。 右足だけに発疹が出ているのか。 どれどれ?」
タマモ 『ハウッ!?』
   
  獣医に傷口をさわられて痛がるタマモ。 でも、涙目ながらに耐えている…
獣医 「うん、これは典型的な感染症の皮膚病だな。 症状は軽いから、すぐに治る。
  早速、治療することにしよう。 君、バリカンを頼む。」
看護婦 「はい、先生。」
   
横島 「美神さん…、なんで、バリカンなんかを…?」
令子 「だって、皮膚病の治療をするのよ? 体毛が邪魔になるでしょ?」
キヌ 「えっ? タマモちゃん、毛をそられるんですか?」
令子 「………、しかたないでしょ?」
   
  ヴィ〜〜ンッ! 電動バリカンのスイッチが入れられる…
タマモ 『じょっ、冗談じゃないわよ〜〜〜っ!!』
   
  ぽんっ! いきなり人間形態に変化して、逃げ出そうとするタマモっ! でも…
  バシュッ!!  シュゥ〜〜〜…
  令子に封魔札を貼られて、ふたたびキツネ形態に戻されてしまう…
   
令子 「タマモっ! 世話焼かすんじゃないわよっ! あんたのためなのよっ!?」
タマモ 「キュ〜〜…」
   
キヌ 「あああ… タマモちゃん、かわいそう…」
横島 「でも、こればっかりはなぁ〜…」
シロ 「拙者…、事務所に帰ったら、タマモを慰めるでござるよ…」
   
  ジョリジョリジョリ…、ジョリジョリジョリ…
  お札で動けなくなったタマモ…。 彼女の体毛は、獣医によって容赦なく刈られていく…
看護婦 「先生、どのあたりまで刈りますか?」
獣医 「症状が出ているのは右足だけだが、左足に感染しててもおかしくないな…
  よしっ、下半身を全部だっ!」
   
  ギロリンッ! 涙目でシロを睨み付けるタマモ…
シロ 「そ、そんなに怖い目で、拙者をにらまないで欲しいでござる…」 (汗)
   
  どよよ〜ん… 体毛を刈り終えて、つるっつるになってしまったタマモの下半身…
  ああ、恥ずかしい…
   
獣医 「それじゃあ、彼女に薬を塗ってくれたまえ。」
看護婦 「わかりました、先生。」
  ぺたぺたぺた… 皮膚病の塗り薬をタマモの下半身全体に塗り付ける看護婦…
  タマモも、もう開き直って、看護婦のなされるがままに…
   
獣医 「さて…、次は君だな。」
シロ 「えっ? 次って…?」
獣医 「うん。 人狼の君のことだ。」
シロ 「えっ!? せっ、拙者、どこも悪くないでござるよっ!?」
獣医 「でも、美神さんの話では、どうやら君が感染源なんだろ?
  症状は出ていなくても、君も治療しておかないと、またキツネの彼女にうつしてしまうからね。」
   
シロ 「拙者、イヤでござる〜〜〜っ!!」
  やっぱり、逃げようとするシロ。 でも…
シロ 「うぎゃんっ!?」
  パシッ! ぐるぐるりんっ!
  令子と横島によって、呪縛ロープで拘束されてしまう…
   
キヌ 「あああ…」
シロ 「先生〜、ひどいでござるぅ〜〜!!」
横島 「シロ、すまんが、ここでおまえと鬼ごっこするつもりはないんでな…」
令子 「タマモも、我慢したのよ? あんたも、同じ目に遭ったほうが、気をつかわなくて済むでしょ?」
シロ 「拙者、タマモに気をつかってもいいから、毛をそられたくないでござるぅ〜〜〜っ!!」
   
  ジョリジョリジョリ…、ジョリジョリジョリ…
タマモ 『ふんっ!』
シロ 『うぐぅ…!』
  ふてくされる二匹…
   
キヌ 「あの、先生…。 どうして、タマモちゃんだけ発症したんでしょうか…?」
獣医 「体質の違いが大きいせいだとは思うんだが…。
  皮膚の強さの影響もあるかもしれない。
  よし、彼女の皮膚の状態を、拡大鏡で覗いてみよう。」
   
  そりたてのシロの太ももを、拡大鏡で眺めている獣医…
獣医 「おおっ!! そうか、そういうことだったのかっ!!」
横島 「先生。 こいつに、なにか特別なことでもあったんスか?」
獣医 「うむ。 彼女の足は、数層におよぶ垢でおおわれているっ!」
横島 「垢……っスか…?」
   
獣医 「そのとおりっ! これだけ垢がこびりついていると、さすがのバイ菌も皮膚まで届かないようだ。
  これは見事な、自己防衛システムだねっ! ははははは…」
横島 「わ、笑い事なんスか…」
   
令子 「おキヌちゃん…、シロって、ちゃんとお風呂に入ってるの…?」
キヌ 「あの…、その…、ちゃんと入っているはずなんですけど…」
横島 「シロのこったっ。 ど〜せ、水浴び程度で、すましてるんじゃね〜の…?」
   
  じとぉ〜〜〜…
  シロに対する視線が、やたらと冷たくなっていく…
シロ 『うう… なんだか、とってもまずいでござる…』
タマモ 『このバカ犬が…』
   
  ジャブジャブジャブ…
  薬を塗る前に、犬用浴槽に入れられて、身体を洗われているシロ…
  獣医の指摘通り、シャンプーの泡が茶色に変色して流れ落ちている…
獣医 「う〜ん、野良犬ならわかるんだけど、飼い犬でここまで汚れているのは珍しいな…」
   
令子 「うっ…。 おキヌちゃん…。 これからは、シロと一緒にお風呂に入るのよっ!?
  こんなことで、こんなに恥ずかしい思いをするなんて、想像もしなかったわっ!?」
キヌ 「そ…、そうですね…。」
シロ 『拙者…、無事に帰れるんでござろうか…?』 (汗)
   
  シロの心配をよそに、二匹の治療は終了してしまう…
獣医 「これで、もう大丈夫だ。 2、3日、家で薬を塗り続ければ治るだろう。
  でも、体毛が生え揃うまでは、汚れたところには連れて行かないように。」
   
キヌ 「先生。 この二人は、人間形態に戻っても大丈夫なんでしょうか?」
獣医 「えっ? あっ、そうか。 そんなこと、考えたこともなかったな。
  う〜ん、人間形態だと、服を着ることになるのか…。
  よく消毒した服だったら、いいだろう。 汚れた服は、着せてはダメだよ。」
   
令子 「しかたないわね…。 帰りに、こいつらの服を買って帰るか。
  それまでは、その格好でいるのよっ!」
タマモ 『………』 ムッス〜〜〜
シロ 『………』 (汗)
   
   
  事務所に戻ってきた5人…
  ぽんっ! ぽんっ! ようやく人間形態に戻った二人。
  買ってきたばかりのお揃いのジャージを着ることに…
   
横島 「あれ? シロ…、おまえの髪の毛…」
シロ 「うう… 体毛を刈られたせいでござる…」
  おしりのとこまであったシロの長い髪の毛は、今は肩口までしかなかった…。
   
横島 「ってことは…、タマモも…? うっ…! ぷぷっ!」
キヌ 「よ、横島さんっ! 笑ったら、タマモちゃんがかわいそうですっ!」
令子 「でも、笑えるわよね〜! あははははっ!」
キヌ 「あああ…、美神さんまで…」
  タマモの後頭部は、束ねられた九尾のまわりが刈り上げられた状態に…
  ちょうど清国の辮髪(べんぱつ)みたいな感じ…
   
タマモ 「えっ!? なっ、なによっ、これ〜〜〜っ!!」
  カァ〜〜〜ッ! 自分の髪の毛の状態に気づいて、顔を真っ赤に染めるタマモ…
  ビュォンッ! 慌てて変化をやり直す。
   
シロ 「えっ? タマモの髪が、前と同じに戻ってるっ?」
タマモ 「ふんっ! 私なら、これぐらいの修正なんて簡単よっ!」
シロ 「うう… タマモがうらやましいでござる…」
  タマモの束ねられたシッポの房は、四尾に減っていたけれど…
   
令子 「さてと…、シロっ! タマモっ! わかってるわよねっ!?」
シロ 「な、なんでござるか…?」
タマモ 「なに? 美神さん…。」
令子 「屋根裏部屋の消毒よっ! バイ菌だらけのあんたたちの部屋に戻ったら、
  いつまでたっても、タマモの皮膚病は治らないわっ!
  動物病院の治療費って、むちゃくちゃ高いんだからね〜〜〜っ!」
   
   
  1週間後… 今夜の仕事を終えて事務所に戻ってきた5人。
  一段落ついて、ほっと一息のティータイム…
   
横島 「それにしても、ここもずいぶんキレイになったなぁ〜」
キヌ 「ええ。 シロちゃんと、タマモちゃんが、毎日こまめに掃除してますから。」
令子 「こいつら、よっぽど、毛をそられたのがイヤだったみたいねっ。」
   
横島 「さすがに、あれは可哀想でしたからね〜」 ポリポリポリ…
   
  ビクッ! ズザザザァ〜〜〜ッ!!
横島 「えっ?」
  なにげに手を掻きはじめた横島をみて、慌てて飛び離れるシロとタマモ…
   
シロ 「せっ、先生っ! 拙者に、うつさないで欲しいでござるっ!」
タマモ 「横島っ! あんた、今夜はもう用事はないんでしょっ!? 早く帰れっ!」
   
横島 「うっ…! し、心配するなってばっ。 俺が掻いてるのは、さっき蚊にさされたからで、
  おまえらにうつるような、バイ菌のせいじゃないからっ!」
シロ 「先生…、ほんとでござるか…?」
   
横島 「疑り深いやつだな… おキヌちゃん、ほら、そうだろ?」
キヌ 「ええ、そうですね。 私、虫さされの薬を持ってきますね。」
  おキヌちゃんの言葉で、なんとか平静を取り戻したシロとタマモ… 心の傷は重そう…
   
  やがて、ティータイムも終わり、帰宅することにした横島。
横島 「それじゃあ、俺、帰ります。」
令子 「ん。 お疲れさん。」
キヌ 「お疲れ様でした〜」
   
シロ 「先生っ! 銭湯に行って、身体をキレイにして帰るでござるよっ!」
横島 「てめ〜に、言われたくねぇぞっ! (苦笑)」
   
   
  夜の街中を一人、家路に向かう横島…
横島 「ああは言ってみたけれど…、俺も病院に行ったほ〜がいいかもな…
  バレたら、あいつらに殺されかねね〜もんなぁ〜…」
   
  そう言いながら、ふいに路上で立ち止まり、
  スニーカーを脱いで足の指の間を掻きはじめる横島であった…
  ポリポリポリ…
   
END  

※この作品は、まきしゃさんによる C-WWW への投稿作品です。
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