GS横島/見習いGS研修中!
PRESENTED BY AJ-MAX.
1
「しっごっと♪ しっごっと♪ 横島先生としっごっと♪」
「コラ、あんまりくっつくな」
真冬の寒空の下、横島忠夫と犬塚シロは二人連れ立って通りを歩いていた。
シロは横島の制止もまったく耳に入っていない様子で、横島の腕をその胸にかき抱いて離そうとしない。
そんな二人に、道行く人がさまざまな眼差しを向けてゆく。
なんでこんな冴えない男がこんなかわいい女の子を連れて歩いてるんだ、と言わんばかりの嫉妬の視線あり、ノースリーブのTシャツと片足が破れて生足むきだしのジーンズという季節感を無視したシロのいでたちを怪訝そうに見てゆく人あり。
中には横島を明らかにうさんくさそうな目でにらんでいく者もいた。
シロは中学生くらいの見た目だから、おそらくたちの悪い男がいたいけな少女をどうにかしようとしているとでも思っているのだろう。
冬なのでシロがくっついてくるのはあったかくていいと言えばいいのだが、これだけ人にじろじろ見られていると、さすがの横島も落ち着いて腕を組んでいる気にはなれない。
「……放せっつーのっ!」
横島は力任せに腕を引き抜いた。
「もー、せっかく久しぶりに先生とお出かけなのにー。なんでそんなに邪険にするんでござるかー!?」
シロは人の気も知らずにほおをふくらませる。
「なんでも何もあるか! 道行く人がまるで俺のことを不審人物みたいに見ているのをお前は感じんのか?」
「人の視線なんか気にしなければいいでござるよ。拙者は先生といられればそれでいいでござる♪」
その言葉通り、シロには周りを気にする様子はまったくと言っていいほどない。今にも口笛でも吹きだしそうなくらい上機嫌だ。
「おいおい、俺たちは遊びに行くんじゃないんだぞ。それに今回はお前の実地研修も兼ねてわざわざ連れて来てやってるんだ。おとなしくしてないと帰らせるからな」
シロは今年のGS試験に合格して免許を取得している。が、一人前のGSとして認められるためには師匠の、つまり横島の許可が必要になるのである。
「確かにお前には素質があるけどな、師匠の言うことも聞かずにはしゃぐようなやつには許可なんてやらん」
許可を与えるのには、独力で除霊が出来るかどうかというのが一つの目安になる。
人狼であるだけにシロの基本霊力はかなり高く、そこいらの雑魚浮遊霊などとは比べるべくもない。
しかし、霊力が大きければそれで万事OKとはならないのがGSという職業なのだ。
そのことは横島自身が一番よくわかっていた。
世界屈指と言われる彼の霊力をもってしても、彼が誰よりも守りたかったものを守ることは出来なかったのだから。
「……ごめんなさい……」
横島にたしなめられ、たちまち神妙になるシロ。
「でも、先生は最近全然サンポに付き合ってくれないし……。仕事でもなんでも、拙者は先生と一緒にいられるのが嬉しかったんでござる……」
シロはうつむいて肩を小刻みに震わせ、とぎれとぎれに言った。
確かにここのところなんやかやと理由をつけてあまりシロを構ってやっていなかった。
三度の食事よりサンポを愛する彼女にとって、それは横島が思っていた以上に辛いことだったのかもしれない。
「……ま、仕事が終わったらメシでも食いに行くか。今日のギャラは即金でもらえるから、俺がなんかおごってやるよ」
ちょっと言い過ぎたかなと思い、横島はシロの細い肩を叩いてそう言ってやった。
と、その途端。
「ホントでござるかッ!? やったー、先生とご飯だー!!」
シロのかんばせから憂いはきれいに拭い去られ、代わって輝かんばかりの笑みが浮かんだ。
「あ、てめぇ、うそ泣きしてやがったな……」
「さ、そうと決まったら除霊なんてさっさと済ませて早くご飯食べにいくでござるー♪」
シロはしっぽを左右に元気良く振りながら、もどかしそうに横島の腕を引いて駆け出した。
2
「ここが現場なのですが……どうですか、プロの目からご覧になって」
ダブルのスーツをきちんと着込んだ、いかにも企業人らしい風貌の依頼者が二人を連れてきたのは、都心からやや離れたところにある廃棄ビルだった。
外壁のあちこちにひびが入っており、中には建材がはく離してしまっている個所もある。敷地内は舗装されておらず、雑草が伸び放題に茂っている。
見た目だけでも充分心霊スポットっぽいビルではあるが、幾度も死線をくぐってきた若き歴戦のGSである横島の肌には、刺すような霊気が痛いほど伝わってきていた。
依頼の大体の内容はすでに書類で確認している。
廃ビルに住み着いた浮遊霊団を除去するのが今回の仕事だ。取り壊しを請け負った建設会社からの依頼で、工事にかかろうとするたびに霊障が出て一向に作業が進まないのだという。
横島は過去に一度霊団と相対したことがある。霊波刀も文珠の結界も効かない強敵に苦戦したものの、死霊術師の才能に目覚めたおキヌの力でそのときは何とか浄化することが出来た。
あのときに比べれば横島の霊力も桁違いに上がっているし、霊団の規模もかつてほど大きなものではないので除霊すること自体はそう難しくはないだろうが、やはり油断してかかってよい相手ではないと思われた。
「かなり強い霊力を感じますね。ここから先は危険ですから、あなたは出来るだけここから離れていてください。除霊が終わったら電話を差し上げますので」
「そうですか、ではよろしくお願いいたします」
依頼人は礼儀正しく一礼すると、横島の言葉にしたがってそそくさと去って行った。
横島は依頼人が安全なところまで行ったのを見届けると、ポケットから二つの小さな玉を取り出した。「文珠」である。
一つには「結」、そしてもう一つには「界」という文字が浮かび上がっていた。
「さて、始めるぞ。準備はいいか?」
「もちろんでござる。侍はいついかなるときでも戦いに望む覚悟を持っているものでござる」
「よし。じゃあまず結界を張るから、敷地ん中へ入れ」
「了解でござる」
横島に続きシロも敷地の中へ入る。
「行くぞ……文珠!」
横島は二つの文珠に一気に霊力を込め、地面に投げつけた。
途端それは青白い閃光を放ちながら砕け散り、同時にあたりに清浄な霊気が立ち込める。瞬時にして神社や仏閣並みの霊的フィールドがビルの敷地を覆う形で展開される。
「あれ? 土地に結界を張ったのでござるか?」
「霊団っていうのは他の浮遊霊なんかを吸収してどんどんでかくなるからな。こうして結界を張って他の雑霊が入ってこないようにしとかないとキリがないんだ。それと霊団は霊力の大きなものに向かう性質があるから、周りを強力な霊力場で覆えば俺たちの霊力を捕らえにくくなるはずだ。ま、二重の意味で俺たちに有利な状況を作ったわけだな」
「さ、さすが先生でござる! 戦う前にまず必勝の体勢を作り上げるということでござるなっ!?」
「まあな。さて、感心するのはこれくらいにして先に進むぞ」
「はいッ!」
横島を先頭にして二人は廃ビルの奥へと進んでいく。
中は昼間だというのに薄暗く、かび臭い空気が充満していた。床に落ちた瓦礫を注意深くよけながら足を進めると、積もっていた埃が舞い上がる。
「シロ、敵の位置はわかるか?」
横島は後ろを歩くシロに声をかける。
人狼であるシロは人間のそれをはるかに超える超感覚を備えている。ごくごくかすかな霊気の残滓から、目指す標的の位置を正確に探り当てたこともあるほどだ。
「ん……」
シロは小さくかわいらしい鼻をひくひくさせた。
「……上でござるな。多分五階あたり」
「そうか。じゃエレベーターは……止まってるから階段で上がるか」
3
「やっぱりこの階でござるな」
「そうだな。もうかなり近い」
階段を上るにつれて強くなってきた霊気が、五階のフロアに出た途端さらに強さを増した。敵がこの階にいるのはもう間違いないだろう。
「いよいよ本格的な除霊をやれるんでござるなっ。拙者楽しみでござる♪」
「いいかシロ、絶対に油断だけはするなよ。お前の研修だから基本的にはお前に任せるけど、危ないと思ったらすぐに俺に代わるんだ」
「大丈夫大丈夫、安心して任せてくだされ。拙者も素人ではないでござるから、浮遊霊の除霊くらい先生のお手をわずらわせるまでもなく片付けてみせるでござる」
シロはそう言って、右手に霊力を凝集して刃渡り90センチほどの霊波刀を出してみせる。青白く光るそれは、横島の目から見てもなかなかの出力ではあった。
今回は他の浮遊霊が霊団に合体できないように結界を張ってあるから、霊波刀で切りつけるだけでも何とか除霊できるだろう。
「ま、とりあえず任せる。それと体力配分には気をつけろよ。霊団を消滅させるには何発も何発も切り込まんといかんからな」
「一発では効かないでござるか?」
「ああ。前にも言ったけど、霊団っていうのは多数の浮遊霊が集まって出来た複合体なんだ。一発だけじゃその全部を除霊できないから、集まってる霊体の数だけ攻撃する必要があるんだ」
「なるほど、わかったでござる。では行ってくるでござるなっ」
シロは大きくうなずいて、横島の脇を抜けて駆け出した。おそらく彼女の優れた嗅覚は霊団の位置を正確に捉えているのだろう。
「シロの奴……! 張り切りすぎて怪我しても知らんぞ、まったく!」
悪態をつきながらも、シロに遅れまいと横島も駆け出す。
シロは確信に満ちた足取りで廊下を走り、「資料室」と書かれたドアの前で立ち止まった。
「ここでござる!」
シロはそう叫んでドアを蹴り破った。
その瞬間、破られた戸口から凄まじい霊気が噴出してシロの体を打つ。
「くっ!」
シロは短くうめきを漏らしたが、なんとか咄嗟に腰を低くして霊圧に耐える。両手をクロスさせて顔を防御し、その隙間から薄目を開けて敵の姿を確認する。
書棚が倒れファイルが散乱する狭い部屋の中にそいつは浮かんでいた。
直径にして五メートルはあろうかという霊体の塊である。
顔、腕、足。無秩序にそれらが突き出た様は、まるで人間をこねて作り上げたハンバーグのようだ。
「で、でかいでござるなぁ……」
「当り前だ! 油断するなと言っただろうが!」
横島が叱咤を飛ばす。
「霊圧差が均等になってくれば動きやすくなるから、それまで待つんだ!」
「わかりました!」
シロは横島の指示通りガードを固めた。微弱な霊力を体に膜のようにまとわせ、霊的防御力を上げる。
『GUYAUAUHHHHHHCYGAGVD……!』
霊団のほうもシロと横島に気付いたようだ。シロの霊気被膜を感知したのだろう、沢山の目が一斉に二人の方を向く。
「奴が気付いた! 来るぞ!」
「はいッ!」
言うが早いが、霊団は覆い被さるようにシロに襲い掛かった。
まるで巨人の掌がシロを掴み取ろうとしているようだ。
「……!」
シロはそれを身をよじってかわし、気合を込めて霊波刀の出力を上げ縦横に刃を振るう。シロの手が閃くたびに、少しずつではあるが確実に霊団が削り取られていくのが、傍目で見ている横島には良くわかった。
室内に充満していた霊気の放出は一段落し、先ほどまでの強烈な霊圧はもうない。そしてシロが戸口前にいる以上、霊団のサイズは大きくとも一度に襲いかかれる量は限られてくる。
霊団の攻撃自体、知性を持たない雑霊の集合体のすることだけに、複雑なものにはなりようもない。現にシロはほとんどの攻撃を見切ってかわしている。
「よし、いいぞ! そのまま保て!」
このままいけば勝てる。そう横島が確信したときであった。
「この……っ、くされ悪霊がぁぁあっ!!」
シロが焦れて、霊団の本体のある室内へ躍りこんだ。
「馬鹿! 何やってんだ!」
シロは高い霊的戦闘力を持っているが、戦闘に没頭しすぎると我を失ってしまうことが今までにも何度かあった。
そのたびに横島や美神がフォローをしていたので大事には至らなかったのだが、この性癖はGSとしては非常に危険なものである。
それがわかっていたにもかかわらず、有利な戦局に目がくらんで警戒を怠った自分に無性に腹が立つ。
横島は強い後悔を感じながら戸口に駆け寄り、中を覗き込んだ。
「こんのぉぉおおッ!!」
そこではシロが物凄い形相で霊波刀を振るっていた。しかし先ほどまでと違い、相手は巨大霊団の本体である。少しばかり霊体を削り取ったところで霊団の力は衰えない。
見る間にシロの華奢な体が霊団に飲み込まれて見えなくなる。
「くそッ! 文珠出ろっ!!」
横島は両の手に膨大な霊力を集中する。霊力結晶・文珠を作り出すためである。
その気配を察知して、シロを飲み込んでさらに霊力を上昇させた霊団が横島に向かってくる。
が、霊団の攻撃がヒットする一瞬前に横島の文珠が完成した。
「喰らえッ!」
二つの文珠を目前の霊団に投げつける。と、蒼い光条が文珠からほとばしり、霊団に大きな風穴を開ける。
『GUUAAAA!!』
ビル全体が鳴動するかのような叫び声を上げ、霊団が体を波打たせる。
「まだまだ!」
横島は右手で霊波刀を作り出すと同時に、左手にあらたな文珠を作るための霊力を集中させる。
そしてさきほど開けた穴に自ら飛び込む。
「シロ! 今助けるぞ!」
霊団の中は筆舌に尽くしがたいほどの瘴気が渦巻く空間になっている。横島は霊波刀を「栄光の手」に変え、まとわりつく霊体をちぎりながらシロを探した。
「……せ……せんせい……」
「シロ!」
シロは力を失って倒れこんでいた。目の焦点もさだまらない様子のシロを、横島は力いっぱい抱きしめた。
「馬鹿なことすんじゃねえ! 何で俺の言ったことが守れないんだよ!」
「……もうしわけ……ないでござる……。先生に……いいところ見せようと……思ったんでござるけど……」
苦しそうに顔をしかめて、シロは途切れ途切れに言葉をつむぐ。
「馬鹿! 死んだら何にもならないんだぞ!」
安堵感と怒りとがない交ぜになった熱い塊が横島の喉からせりあがってくる。
知らず、横島は両の目から一筋涙をこぼしていた。
「せん……せい……」
「しゃべるな、今文珠で治してやるからな」
横島は左手で作っていた「治」の文珠をシロの胸に置いた。それは燐光を放ちながらシロの体に吸収されていく。
「よし、これでとりあえずは大丈夫だろう」
シロは相変わらず弱っているようだったが、顔色が幾分血色よくなっている。
横島はそれを見届け、三度文珠を作り出すための精神集中に入った。
「先生……先生……」
シロは少し生気の感じられるようになった口調で横島の名を呼んだ。そして力を振り絞って横島のシャツの裾をつかむ。
親においていかれそうな子供のように、大きな瞳をうるませて横島を見上げるシロ。
横島の心をやるせない気持ちが満たした。
「よしよし、俺はここにいる、ここにいるからな……」
優しく声をかけながら空いている左手でシロの頭をなでてやると、シロは安心したように目を閉じて横島に体を預けてきた。
シロの少しミルクっぽい体臭が鼻腔をくすぐる。
横島は自分の腕の中にあるこの生命を強く感じ、そして自分を慕ってくれる存在としてのシロを、これまでになくいとおしく思った。
「絶対に助けてやるからな、安心するんだ」
「もちろん……信用してるでござる」
横島の言葉に、シロは弱々しくではあるが微笑んで答えた。
「よし。……ちょっとだけ我慢しろよ」
横島はぐったりしたシロの体を背中に担ぎ上げ、右手に霊力を集中させて文珠を作り出した。
「滅」という一文字が浮かんだ文珠を強く握り締めて発動させる。堅く握った拳から金色の光が漏れ、それが触れたところから霊団が掻き消えてゆく。
横島はその間隙を逃さず、シロを抱えたまま外へまろび出た。そのまま資料室を出て、戸口付近で体勢を立て直す。
霊団に隙を見せないように注意しながら、横島はシロを背中から下ろして少し離れたところに寝かせてやった。
そして射るような眼差しで霊団を睨み据え、両方の手に霊波刀を出現させる。霊的出力の面でも密度の面でもシロのそれを圧倒的に上回る、いわゆる業物である。
「俺の弟子を可愛がってくれた礼をしないとな……!」
横島は搾り出すようにそう言うと、二本の霊波刀を腰だめに構えて室内へ飛び込んでいった。
4
「先生、すいませんでした……」
除霊を終えた帰り道、シロが神妙な面持ちで言った。
「ん? 何がだ?」
「拙者が不注意だったばっかりに先生に迷惑をかけて……。結局あの悪霊も先生が倒してくれたんでござろう?」
「ああ、まあな」
横島は霊波刀で霊団をこまぎれにして消滅させていた。再生不可能なレベルにまで切り刻んで、二度と現世に迷い出られないようにしたのである。
「……今度はちゃんとやるでござる! 今度こそ……!」
シロのセリフに横島の眉が一瞬跳ね上がる。
「ちゃんと、ていうのはどういうことだ?」
「え……?」
「だから、お前の言うちゃんとした除霊っていうのはどういうことなんだ?」
「そりゃあやっぱり、悪霊を逃がさずに完全に浄化することでござる! たとえ刺し違えても……」
「違う!」
シロの言葉をさえぎって横島が悲痛に叫んだ。
「……先生?」
「どんな悪霊を倒しても、どんな大きな霊力を持ってても、死んじまったらなんにもならないんだッ! お前の今日の除霊は最低だよ、命の重さを全然わかってねぇ!」
横島は体を引き裂かれるような思いの中、ただ夢中で吼えていた。
唯一本気で愛した者を戦いの中で失った記憶――未熟な自分を救うために儚い命をささげた女性の記憶が彼をさいなんでいた。
霊団のただ中に突撃していったシロの姿が、力の差を把握できずにただがむしゃらに敵に挑みかかっていったあのときの未熟な自分に重なったのである。
惚れた女を守れなかった非力な自分。だけど、もう二度と同じ失敗だけは繰り返したくなかった。
こんな自分を先生先生と慕ってくれるこの少女を失いたくなかったのだ。
「……俺の目の前で……命を粗末にするようなことはしないでくれ」
横島はいつしか両膝をついて、がんぜない子供のように泣きじゃくっていた。
すれ違う人たちがいぶかしそうに見てゆくが、その視線も目に入っていない。ただ滂沱と涙を流していた。
「……はい」
そんな横島の頭を、シロはそっとその薄い胸にかき抱いた。
あくまでも優しく横島の髪をなでる。
「……情けない奴だな、俺は……」
「そんなこと、ないでござるよ」
シロの抱擁は、乱れた心ごと横島をおだやかに包んでいた。
「拙者、もう命を軽んじるようなことは決してしないでござる。先生を悲しませたくないから……」
「……ああ」
「だから、安心してください」
「ああ……そうだな」
横島はシロの胸の中で、欠落していた己の一部を取り戻していた。
5
「先生ー、サンポサンポ、サンポに行こうでござるよーっ!」
美神除霊事務所の朝の風物詩が、今日も元気良く始まった。
「お前、朝から元気だね……」
「もちろんでござる! 先生が来るのをいまかいまかと待ってたでござるから、いつでも準備は整ってるでござる。さ、サンポサンポ」
「はいはい、わかったよ。……すんません美神さん、ちょっとシロのサンポに付き合ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
美神は毒気を抜かれたように答え、連れ立って事務所を後にする二人を呆然と見送った。
「……どうしたんでしょう横島さん? 何だか結構嬉しそうじゃありませんでした?」
台所から出てきたおキヌが疑問を口にする。
「そうねえ、昨日の仕事でなんかあったのかしら……?」
二人は顔を見合わせて首をひねったものであった。