コン コン

「…………どうぞ」

 ノックの後、すぐには開かない扉を見て看護婦でないと判断して、姫坂千春は言った。

 扉が開かれる。やはり、看護婦ではなかった。

 入ってきたのは、彼女の上司であるGメン署長、美神美知恵だった。

「しょ、署長!?」

「お久しぶり、千春さん」

 ひのめを抱いた美知恵は、そのまま、ベッドの脇にあるイスに腰を下ろした。

「調子はどう? ひのめもほら、ご挨拶は?」

「ち〜、ち〜、ぱ〜」

 言葉になっていないものの、挨拶するひのめ。千春も笑って返す。

「はい、よくできました。千春さん、はいこれ、お見舞い」

 言って、フルーツを盛り合わせたバスケットを渡す美知恵。

「あ、すみません署長。ご丁寧に」

「署長はやめてちょうだい。今の私は、プライベートよ」

「はあ……えっと、美知恵さん?」

「よろしい」

 満足げに頷く美知恵。

「事後処理がようやく一段楽してね。時間ができたんで、来てみたのよ」

 実際はまだやるべきことは山ほどあるのだが、一年以上も張り詰めていたものが切れた美知恵はやる気が出ず、すべてを西条に押し付けたのだった。今現在西条は、滂沱の涙を流しながら書類と格闘している。

「あなたに、事件の経過も教えようと思ってね」

 そして美知恵は、千春に事の顛末を教えた。横島の暴走。鎮圧。現在妙神山にて保護されていること。こちらからはもう、手の出しようがないこと。

「そう、ですか」

「どのような結果にしろ、もうすぐすべてが終わるわ」

 咳払いを一つし、美知恵は続けた。

「横島君が帰ってきたときに、身体検査やその他諸々の手続きで、最低でも二週間は入院しなくちゃならないの」

「? それが、なにか?」

「署長の私としては、以前の環境と極力変えずに、横島君には入院して欲しいの」

「それって……」

「いつかはわからないけど……それまでに、怪我を完治させておくこと。いいわね?」

「は、はい!」

 横島の暴走を食い止められなかった。

 その負い目が、千春にあった。責任を取らされるのではいやそれ以上に、もう彼と会えなくなるのでは。

 そんな不安が、あった。

 それがすべて取り払われ、千春は笑った。

 にこやかに、美知恵も頷く。この部下はもう大丈夫だと、安心する。

「ところで、千春さん。横島君とはどこまで進んだの?」

「え?」

 安心したところで、いつも通りからかい始める美知恵。

「ほらほら、お姉さんに教えてごらんなさい?」

「あ、あの……」

「ぶっちゃけ、もう告白した?」

「い、いえ! その……」

 平和な時間が、流れていた。


※この作品は、桜華さんによる C-WWW への投稿作品です。
[ 第12章 ][ 第9〜11章までのあとがき ][ 煩悩の部屋に戻る ]