女は――真紅の修道服に身を包んだ女は、つややかに微笑んだ。
 魅惑的で、なまめかしい笑みだった。その笑みは、女の瞳に見え隠れする狂気の光とあいまって、その場にいる全員の心に恐怖という感情を植え付けるには十分だった。
「初めまして」
 服の裾をつかみ、女は優雅に一礼してみせた。
「わたくし、マリーと申します。以後、よろしくお見知りおきを」


人魔 第二幕
紅と蒼


 一、

 居場所というのは、与えられるものではなく、自らつかみ取るものだ。
 自分の能力を駆使し、他人に認めさせ、自分という存在を受け入れさせる。
 だが、重視されるその最たるものは能力であるはずにもかかわらず、現実は外見が重視される。
 それは、国籍であったり、性別であったり、出身地であったり、言語であったり……
 人間の価値は様々な外見によって左右される。外見によって、評価は歪められる。人はそれを偏見と呼び非難しながらも、決して無くそうとはしない。
 そしてそれは、人間ほどには外見をみない妖怪、神・魔族にも、ないとは言いきれないものである。
 居場所を得るためのスタートラインは、決して同じではないのだ。
 特に、『彼女』の場合は――――

 その圧倒的な霊力に、会場は静まり返っていた。
 無意識のうちに震え出す手を、美神令子は必死に諌めた。
「……なにか用?」
 やっと――限界まで気力をふりしぼり、彼女は声を出すことに成功した。
「悪いけど、今取り込み中なのよね。お引き取りくださらない?」
「いいえ。どうぞ、お構いなく。すぐに済みますので」
 笑みを変えることなく、『紅い修道女』――マリーは続けた。
「なんなら、続けてくれて結構ですわよ。わたくしが用があるのは、そこの殿方のみですので」
「殿方?横島クンの事?」
「その通りですわ」
「やめた方がいいわよ、こんな奴。バカでドジでアホでスケベなだけの、この世のダニだから」
「そこまで言う?」
 隣りで控えめにつっこむ横島。だが、目だけは常に、降ってきた女を捉えていた。
「…………性格は、関係ありませんわ。欲しいのは、その身体ですの」
「悪趣味ね。こんなのよりいい男は他にもたくさんいるわよ。それこそ、星の数ほどね」
「いいえ。その方が最高ですの」
 一歩、マリーが足を踏み出す。
 同じだけ下がる、美神と横島。
 吹き飛ばされた壁際で、おキヌとシロタマは息を飲んで見つめている。
「強力な魔族の霊体をその身に宿した人間――」
 一歩、また一歩。ゆっくりと、無造作に、歩み寄る。
「文殊という能力を使い、その力を引き出せる人間――」
 一歩、また一歩。じりじりと、後退する。その一歩の、なんと重いことか。
「そして――わが主、アシュタロス様の滅びの要因となった者」
 その瞬間、一陣の風が吹きぬけ――横島が、消えた。
 その場にいる全員が、そう思った。
 ヒト以上の動体視力をほこるシロタマでさえ、横島の姿がぶれたと思ったら、すでに視界から失せていたのだった。
 消えたという表現は、まったくもって正しい認識だった。
 ただ一人、紅い修道服の女を除いて。
「逃げられませんわよ」
 マリーの視線を追い、美神が振りかえる。そして、固まった。
 慕う先輩の異変を何事かと思い、観客席にいた生徒たちも全員、同じ方向に目をやる。そして、同じく固まった。
 視線の先――客席の一番後ろには、横島がいた。横島は美神達から背を向けてたたずみ、黙って空を――いや、目の前にあるなにかを睨みつけていた。
 生徒全員が驚愕した。一瞬であんな所まで移動したのか、と。
 そして、彼をよく知る四人も、また別の意味で驚愕した。あの横島が、真っ先に逃げを打ち――状況と彼の表情から察するに――それに失敗したというのだ。
 それはつまり、目の前の魔族がどれほど強力かを、無言のうちに語っていた。
「残念でしたわね。まあ、気付いたのはさすがですが」
 言って、マリーはパチンと指を鳴らした。
 それに呼応するように、空が陰る。いや、陰ったのではない。これは――――
「なっ!?」
 すでに、囲んでいたのだ。
 闘技場全体を。結界で。
「この空間を、元いた場所と切り離しましたわ。中から外の変化は見えますけど、外から中の変化はわかりません。援軍は、こなくてよ」
 死刑宣告にも等しかった。これほどの力を誇る者を相手に、ろくな装備も持たずにどうしろというのか。
 計り知れない霊気が、死を予感させる。
 腰が抜ける者。気を失う者。身体が震えて動けない者。
 そんな雰囲気の中で響いたそれは、ことさら異質な印象を抱かせた。
「悪いが、便所に行きてえんだ。通してくんねえかな」
 横島だった。
 軽口を叩くその姿は、どこか道化じみて、滑稽だった。
「あら。この建物にも、トイレはありましたわよ?」
「あそこは女子用だ。ここは女子高なんでな、俺は職員用の男子便所しか入れねえんだよ。じゃねえと、便所の代わりに地獄に行くことになる」
「そんなこと言わないで下さいな。マリー、一生のお願いですわ」
 胸元で両手を合わせ、可愛らしくポーズをとってみせるマリー。だがその間にも、感じるプレッシャーは弱まることはない。
「断れば?」
「力ずくでも」
「そう」
 短い会話の後――二人の間の空気が、変わった。
 緩んでいた糸が、ぴんと張り詰めた。そんな感じだ。
 弓矢に例えるならば、それは矢が射ち放たれる直前の状態だ。放たれた矢は、すさまじい勢いで空をかけ、標的にくらいつく。
 どちらの矢が、より先に相手を貫くか。
 それは、誰にも予想できない事だった。

 そして――紅と蒼が交錯した。

 二、

 戦いは、一方的で、だが、拮抗してもいた。
 攻撃を仕掛けるのは常にマリー。横島は防戦のみで、決して攻撃には移らない。
 マリーの右の手刀を、上体のみを動かしてかわす横島。勢いを殺すことなくマリーは左拳を突き出すが、横島は軽く地を蹴ってその射程から逃れる。
 マリーの拳が、開く。手の平から、霊波が放出される。だが、横島はそれも読んでいた。だからこそ、地を蹴る力をギリギリにとどめたのだ。霊波が体に触れるより、つま先が地に付くほうが早い。つま先をひねり、スピンする。同時に上体もひねり、膝を折る。先ほどまで胸があった位置を、霊波が翔け抜けた。それを確認し、横島は両手を地に付け、腕力と背筋、そして回転力を利用して跳んだ。
 前に。
「なっ!?」
 後方に跳ぶとばかり思っていたマリーは、虚をつかれて一瞬動きが停止する。頭上を横島が舞い、背後に降り立つ。あわてて距離を取るマリー。
 一見一方的な戦いだが、横島は一度もマリーの攻撃をまともに受けてはいない。
 マリーの手刀、拳、蹴り、霊波のすべてを、横島は避け、さばく。受け止めることは決してない。そのためには霊力を使わねばならないから。横島にはできない。
 言葉にするのは簡単だが、その戦いを見るものにとってはそうではない。理解できるのと、実行できるのとは違うのだ。そして、理解さえもできないような戦いは、戦いという認識を呼び起こさない。
 彼女達は、横島と女魔族の繰り広げるあまりにハイレベルな戦いを、まるでテレビでも観ているように感じていた。
 速い。あまりにも速い。速すぎる。
 まるで、二倍速、いや、三倍速の映像を見ているようだった。
 瞬きの間に反対側へ移動している。そちらへ目を向けたと思えば、また別の場所で戦いを繰り広げているのだ。
 それは紛れもない現実なのだが、そのあまりの速さがその事実を覆い隠していた。
 まるでアクション映画を観ているかのように。
 静まりかえった六道女学院の生徒たちは、その戦いを見つめていた。

 おもしろい!
 防御のみの戦いを繰り広げながら、横島は素直にそう思った。
 相手の一手一手がこちらを追いつめる。鋭く苛烈な攻撃が目の前で展開する。
 気を抜けば当たる。気を抜けば殺される。
 ぎりぎりのところでの戦い。久しく味わっていなかった緊張感。
 それが、楽しかった。
 そして同時に、悔しかった。
 これほどの相手だというのに。これほどの相手に出会えたというのに。
 攻撃ができないなんて!
 目の前の女なら、自分の攻撃にも耐えるだろう。優雅にかわし、反撃を加えるだろう。
 実力が伯仲した者同士の、一進一退の攻防。
 それは、彼が無意識のうちに望みながらも叶えられなかった願い。
 強すぎる彼には、対等の敵はいなかった。日常のうちにスイーパーの仕事で相手にする霊など、彼の敵ではない。敵というのもおこがましい、雑魚だった。
 彼の経験した戦いは、彼を変えた。彼の経験した恋は、彼を変えた。
 自覚しているところで、していないところで、彼はさまざまに変化している。
 そのうちの一つに、飢えがあった。渇きがあった。
 戦いの飢え。強者のいないが故の渇き。全力を出せない不満。
 横島は決して好戦的な性格ではない。むしろ、争いを避けて他人に従う……いや、従ったふりをして寝首をかくような性格だ。
 しかしそれでも、強者は強者を求める。美神令子も美神美智恵をも超えてしまったことを知った彼の欲求は、解消されないまま、無意識の底に溜まっていった。
 無意識のうちに、それらは募っていった。ストレスはたまる一方だった。
 解決する方法はなかった。それほどに、彼は強かった。
 だからこそ、だ。
 だからこそ、彼は嬉しかった。同等の力を持つ存在が。
 だからこそ、彼は楽しかった。死と隣合わせの戦いが。
 だからこそ、彼は悔しかった。全力で戦えないことが。
 ……ちくしょう!
 喜びと楽しさの中で。
 彼は、悔しさに唇を噛んだ。

 美神令子は自分を叱咤した。
 何をやっているのか。何を見とれているのか。何を惚けているのか。
 彼が時間を稼いでいるというのに。彼が囮になっているというのに。
 なぜ、この状況から脱出しようとしない。
 何か方法があるはずだ。何か。あの女魔族を倒す以外に、何かが。
 脱出しなければ。結界を破らなければ。助けを呼ばなければ。
 何をしているの。あなたは美神令子よ。神も悪魔も恐れない女なのよ。
 ボ〜っとつっ立ってるだけなら、人形にだってできるわよ。
 立ちなさい。動きなさい。
 あんな魔族に、なめられてたまるもんですか!

 シロは怖かった。
 女魔族が、ではない。横島が、だ。
 それは本能的な恐怖なのかもしれない。彼の内に潜む何かへの。
 彼の内側からあふれ出る、狂気じみた何かへの。
 頭で理解する前に、本能が、それに恐怖したのだ。
「……せん……せ……」
 呟いて出た言葉は、しかし、彼には届かなかった。

 タマモは恐れていた。
 横島が負けることに、ではない。横島が食われることに、だ。
 横島という人格が食われ、消えることを恐れている。
 もし、食われてしまえば。魔族化してしまえば。
 その先にあるものは、破滅と、破壊。
 食われてほしくない。彼もまた、彼女にとって大切な存在なのだから。
 だが。
 食われかけている。
 タマモはそれを確信した。
 横島は戦っている。決して攻撃しないように、霊的影響を最小限に抑えるように、極力魔族の体にふれないようにしている。
 だが。
 その戦いの中で。
 自分の目にすらかすれる戦いの中で。
 タマモは、見た。

 横島は、笑っていた。

 キヌは考えていた。
 この戦いに関与することはできない。中途半端な援護は、むしろ彼の邪魔になる。
 ならば、どうすればいい? 私は、何をすればいい?
 何ができる。私に何ができる。あの女の人を倒す以外で、何ができる。
 私にできること。私がすべきこと。
 それは、ここから脱出すること。助けを呼ぶこと。みんなを逃がすこと。
 できないかもしれない。だけど、できるかどうかじゃない。
 やるか、やらないか、だ。
 私は……やる!

 三、

「おキヌちゃん!」
「美神さん!」
 互いが互いの名を呼んだのは、まったくの同時だった。
 次の言葉を発したのは、美神だった。
「生徒たちを誘導して、結界周辺に集めて。何とかして外に出ないと。私はタマモたちをつれてくから」
「わかりました」
 おキヌが走り去るのは見届ず、美神は次の行動に移った。
「ほら、何してんのよ、シロ。タマモ!
 結界壊すのにはあんた達の力が必要なんだから。しゃきっとしなさい、しゃきっと!」
 呼びかけるが、不安と恐怖にかられた二人は動かない。
 美神は、最も確実な方法で、二人の目を覚まさせることにした。
 すなわち。

 ゴン! ゴン!

 鉄拳制裁。
「な、なにすんのよ、いきなり!」
「うるさいわね。ボケッとしてるのが悪いのよ」
 涙目になりながらタマモが抗議するが、美神は取り合わなかった。
「さっさと来なさい。結界を破るには、あんた達の力が必要なんだからね」
 言うだけ言って、きびすを返す美神。
 その横を、何かが通りぬけた。
「え?」
 声を出すのと同時に、前方の壁が砕け散る。
「な、何。なんなのよ」
 飛び散る瓦礫から目を守りながら、美神は叫んだ。
 砂ぼこりと噴煙がおさまった後、そこにいたのは、マリー。先程まで横島と戦っていた、あの女魔族だった。
 マリーがゆっくりと立ち上がる。その視線の先は、他は何も存在しないかのように、横島に向いていた。
 幾秒かの沈黙の後。
 マリーは突然、手をたたき始めた。

 パン。パン。パン。

 ゆっくりと。不自然な程にゆっくりと、両手をたたく。
 その音だけが、空間にこだました。
 やがて、拍手が終え、マリーは言った。
「素晴らしいですわ!」
 感極まった声で、マリーは続ける。
「わたくしの攻撃をここまで凌いだ人間は、あなたが初めてですわ。しかも、カウンターでわたくしを投げるなんて。
 それに、その身体。俊敏性、耐久性、動態視力。どれも人間の限界をはるかに超えた値ですわ。それでいて、その力に振り回されることなく、的確に行動する。
 ほんと、素敵ですわ」
 マリーはしきりに、横島をほめちぎった。腕を組み、満足気にうなずき、素敵ですわを連発する。
「褒めてもなにもでないぞ」
「あら。本当のことですわよ」
 横島の言葉に、心外だと驚くマリー。
「あなたは、御自分を過小評価しすぎてますわ。本当はとってもお強いんですのよ」
「オレの力はオレが一番よく知っている」
「そうかもしれません。ですが、実力を知るのと、限界を決めつけるのは、同義ではありませんわ。あなたはもっと強くなる。今よりもっと。それだけの潜在能力を、あなたは有しているんですのよ」
「……信じられないな、そんなこと」
「そうですか。残念ですわ」
 肩を落としてうつむくマリー。
「……よし、決めましたわ!」
 しばらくの後に、マリーはそう言って顔をあげた。
 その顔は、笑顔だった。
 最初に見せた恐怖を誘う笑みではなく、純粋でかわいらしい笑みだった。同一人物のものとは思えないほどに澄んだ笑顔だった。一瞬だが、見とれてしまうほどの笑顔だった。
 その隙を、つかれた。
 その一瞬を持ってして、マリーは横島に近寄った。
 横島が気付いた時、すでにマリーは目の前にいた。
 顔が触れ合うほどの近く。息がかかるほどの近く。今攻撃されたら、防御する間もなくやられるだろう。それだけの力量が、マリーにはある。
 そして――――
「「「「な!?」」」」
 次の瞬間、その場の全員が驚愕した。横島を含むすべての人間が驚愕した。マリー以外の全員が驚愕した。
 重なり合った唇。細い腕に抱きしめられた頭。
 横島とマリーの――――接・吻。
「……な……な……な……!?」
「あうあうあうあうわわわ!?」
「………………………ええ!?」
 約三名の頭に血管が浮かんでいたが、そんなものは無視して、二人のキスは変わらず続いていた。
 マリーの両腕が横島の頭をがっちりと抱きしめているため、横島は身動きできない。
 マリーの舌が横島の口を割り、口内を這う。彼女の細腕は思いのほか力強く、横島の抵抗をすべて無に返していた。かまわず、マリーは舌で横島の口内を犯す。
 十分に横島を堪能した後、マリーはゆっくりと、重ねた唇を離した。
 二人の絡み合った唾液が糸を引く。
「ごちそうさま(はぁと)」
 事の後の、マリーの第一声だった。
「横島さん」
 さらにその後、マリーは爆弾を投下した。
「わたくし、貴方の事とても気に入りましたわ。貴方の成長を、見ていきたいですわ。貴方の隣りで」
 そして、ウインク。
「競争率は高そうですけど、必ずわたくしのものにしてみせますわよ」
 マリーの体が、ふわりと浮く。
「それでは。また、近いうちにお会いしましょう」
 そのまま結界を解き、彼方に飛び去って行く。
「さようなら〜。あ〜な〜た〜〜〜〜(はぁと)」
 そんな言葉を叫びつつ。さらには投げキスなどしながら。

 一連の事柄を、全員が呆然としながら見ていた。当事者である横島も、呆然と状況に流されていた。
 現実に回帰した時には、横島がすでに逃げる機会を失っていた事は言うまでもない。

 その場には、一つの肉塊が転がっていた。
 それは元の名を、横島忠夫と言ったとか、言わないとか。

 暗闇の中を、彼女――マリーは歩いていた。
 笑顔だ。この上ないほどの笑顔を、彼女は浮かべている。
 笑顔のまま、彼女はその唇に指をあてる。
「なにか、嬉しいことでもあったのかい?」
「ええ、まあ」
 唐突に聞こえてきた声に、しかしマリーは慌てた様子もなく、平然と答える。
「ふ〜ん。何があったの?」
 声と同時に、彼女の隣りにわきあがる存在感。
「秘密ですわ」
 唇に人差し指を当て、ウインクをその存在感にかえす。
「なんだよそれ。あ〜あ、愛しの君に邪険にされて、僕のハートはブレイクだね」
「何をバカなことを。ところで、後の二人は?」
「さあ? もうすぐ来るんじゃないかな」
 その言葉に、示し合わせたように現われる存在感が二つ。
「……もしかして、狙ってた?」
「……否定はせん」
「わしは違うぞ」
「そんなことはどうでもいいですわ。ともかくこれで、全員揃いましたわね」
「オープン・ザ・ディスカッショーン!」
「横文字を使うな、虫唾が走るわい」
「ディスカッションは意見の述べ合いだ。報告ではない」
「同じことじゃん」
「いや、違う。そもそも言葉というものは、知的生物のみが保有する、もっとも効果的で重要な伝達手段だ。だからこそ、正しく使用されねばならない。誤解というものが生じるそのほとんどの原因は、言葉の使用法の相違による意志のすれ違いだ。では、何故使用法に違いが生じるかというと、それは隔離された範囲での各々特殊な環境において創り出される狭まった理解に起因し…………」
 暗闇の中で、なにやらわけのわからない説明がなされる。
 マリーの笑顔が、曇る。
「……また始まりましたわね」
「あやつの知ったかぶりも、困ったものじゃ」
「三十分くらいでしょうか?」
「いや、一時間と見た」
 暗闇の中で響きつづけるうんちくに。
 マリーはふかぶかと、ため息をついた。


※この作品は、桜華さんによる C-WWW への投稿作品です。
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