「クイーンは倒れ、敵の手に堕ちた、か」
少年の小さめの手が、盤上の『クイーン』を倒し、脇に置く。
「女王は強い。が、調子に乗れば自滅が落ちじゃ」
老人のしわくちゃな手が、『歩』を一つ前に進めた。
「だが、まさかあの二人が降りてくるとはの」
「大竜姫とベスパ?」
少年が『ビショップ』を移動させる。
「他に誰がおる?」
老人が『飛車』を中盤へ進める。
「あの二人に対しては、逃げるが勝ちだね」
『飛車』の軌道上の『ナイト』を避ける少年。
「じゃが、逃げてばかりでは勝てぬぞ。ほれ、成りじゃ」
『飛車』が裏返り、『龍』へと変わる。
「……クイーンがいればなぁ」
「あんな力馬鹿など、いても同じじゃ」
「いないよりマシだよ」
「どのみち、戦局に変わりはない。これで詰みじゃ」
「う……ちょ、ちょっと待ってくれない、それ?」
「だめじゃ」
「うう……」
「ほれほれ、どうする?」
「く……参りました」
「これで弐勝零敗じゃ」
「も、もう一戦!」
「……何をやっているんだ、何を」
少年と老人の勝負に、耐え切れないといったふうに一人の男が呟いた。
「チェス」
「将棋じゃ」
即答する二人。
「…………それがか?」
呆れ顔で、男は盤上を見る。一つの盤にチェスと将棋の駒が入り乱れ、老人の手元に『王将』が、少年の手元に『キング』が設置されている。
「東西盤上遊戯頂上決定戦じゃ」
「ボードゲームワールドチャンプファイナルステージだよ」
各々の流儀で答える二人。どういったこだわりがあるのか、男にはわからないが。
「楽しいか?」
「うむ」
「もちろん」
眉間をつまみ、男は深々と嘆息する。
「まあ、それはさておいて、だな――」
気持ちを切り替え、男は再び口を開く。
「そろそろ行こうと思うんだが」
パシィ
老人の『歩』を叩きつける音が木霊した。
少年が、ニヤリと笑う。
「続きは向こうで、だね」
「そうじゃの」
立ちあがる少年に、老人は同じ笑みを持って応えた。
「さてと――――」
二人を見まわし、男は呟く。気負いも何もない、まるでこれから散歩にでも行くかのような、緊張のない声色だった。
「じゃ、行くか」
声と共に、三人の姿は掻き消えた。まるで、はじめからそこに存在していなかったかのように。
彼らがそこにいたという事実を、残された駒のない盤だけが語っていた。