MISTER ZIPANGU > REVIEW 'LoveHINATA' > Vol. 6

00/ 5/23 日吉ストックホルム症候群説

 前回は「信長ヒロイン説」をでっち上げてみたので、今回はその相方である日吉について触れてみたいと思います(ダメな方向に)。

日吉の不思議な心理

 連載開始以来怒濤の展開を繰り広げてきた「MISTER ジパング」ですが、サンデー24号(「信長行状改方」編)でとりあえず「連載を続けるための体制」は整った様子です。サンデー25号からは、話のノリがどことなく「GS美神」に似ているインターミッションっぽいエピソードである『殿と野獣』編が始まりました。
 この話では、信長のキャラ特性をギャグ方面に大きく振って笑いを取る形になっており、このマンガの中での「信長」というキャラに新しい要素を積み上げることに成功していると言えます。エピソード全体に流れる『UFO特番』っぽい独特のインチキ臭さの演出も絶妙であり、久しぶりに「GS美神」の頃の椎名氏のギャグセンスが出てきたな、という感じがしますね。

 ただ、今回の話で唯一疑問なのが、225ページに出てくる日吉の信長評の存在です。
 ここでは、日吉が信長の事を「誰にも判ってもらえないが、やっぱり凄い人なんだ」と評価していますが、読者の側からすれば別にそんな事はこのマンガの第一話から繰り返し提示されている事実に過ぎない訳であり、ここであえて話のテンポを殺してまで『分かり切っていること』を挿入する必要があるのかなー、という気はしますね。
 『心に常駐』内の「本能寺が変」で Turbo さんも仰っていますけど、「同じことを何回も言われて鬱陶しい」って感じてしまうんですよ。
 今回の話はあくまでインターミッションに過ぎない(と思われる)ので、ここは内面描写よりはテンポ重視で突っ走って頂きたかった所存です。

 まぁ、今回の内面描写に関しては、日吉が「徐々に信長の考えに対して肯定的になりつつある」という事を提示するのが目的であった、と捉えるべきでしょう。日吉の信長に対する評価は、信長が何か行動を起こして「信長様ってスゴイ!」と思った直後にヒドイ目に遭い、「ああ、やっぱりダメじゃん!」と思い直すパターンを繰り返しているのですが、それでも徐々に日吉の評価メーターが「スゲエ」の方に振れつつある様が伺えます。
 この評価の背景には、勿論信長がそれだけいろいろな意味においてスゴイ事をしており、日吉がそのスゴイ事の意図を正しく評価しているから――というのが優等生的な理解の仕方になるのですが、しかし本当にそれだけなのでしょうか。まだ出会って日が浅い上に身分も生い立ちも思考パターンも違うし、何よりも今では超法規的な権力によって信長の側に強制的に置かれる立場となった日吉が、本当に正しく主君である信長の素性を見抜くことが可能なのでしょうか?

 この疑問に対しては、今の日吉の精神状態を説明できるキーワードが存在します。
 一般的に「ストックホルム症候群」と呼ばれる、特殊な環境下で発生する心的相互依存症です。

ストックホルム症候群とは

 「ストックホルム症候群」とは、強盗などで人質に取られた被害者が、長期に渡る犯人との監禁生活の中で、やがて被害者が犯人に対して必要以上の同情や連帯感、好意などをもってしまうことを指します。
 元々は、1973年にストックホルムで発生した銀行強盗事件で、1週間に渡って人質に取られた女性が、事件解決後にその犯人グループの一人と結婚した――という事件が起こったことから名付けられました。今では、ストックホルム症候群はPTSD(心的外傷後ストレス傷害=いわゆるトラウマ)の一種として認められています。
 1993年に発生したペルーの日本大使公邸人質事件でも、監禁されている人質達が自分を監禁している年若いゲリラ達に対して理解を示すようになり、やがて彼らに日本語やフランス語などを教えるという、ある種の文化交流まで発生していたそうです。

 で、この「ストックホルム症候群」が発生するためには、以下のような状況設定が必要になると考えられます:

日吉のストックホルム症候群的症状の検証

 では、これらの条件に信長と日吉の関係がどこまで一致するのか、検証してみます:

日吉と信長の行く末が心配です

 ――と、長々と詭弁を書いて来ましたが、ここで私が述べたいのは別に日吉がストックホルム症候群に陥っているということではなく、「彼のマンガの中での思考が、やや不自然に感じられる」って事なのですよ。実は(手遅れ)。

 つまり、日吉が信長のキテレツな行動を事あるごとに善意に解釈し、そこに「信長様ってスゴイ!」って描写が入る事に対しては、どうもまだ抵抗感が拭えません。サンデー25号の例の独白を例に取れば、「日吉が信長の事をそう思っている」というよりも、むしろ信長の台詞に対して「日吉の口を借りて、作者が読者に対して信長の台詞の真意を解説している」という風に受け取れてしまいます。
 キャラクターの心情を台詞や表情などから推測するってのは、マンガを読む方に取っては大きな楽しみの一つであり、マンガを提供する側にとっては描写の見せ所であると思うのですが、サンデー25号における日吉の独白は、その楽しみをわざわざ減衰させている効果しか生んでいないと思います。
 ここは別に、日吉が後ろから信長を感心するように見つめて「……」って吹き出しを付けるくらいの控えめさで十分なんじゃないかしら、とか思いましたがどうか。

 あと日吉は最近「侍になりたい」という欲求が頭をもたげるようになって来ていますが、これについても「何故、侍になりたいのか?」っていう動機付けを一発入れて頂きたい所存です。
 日吉の境遇からすれば、今のところ一番大きい理由は「立派になって義父を見返してやりたい」「力ある存在になって、弱いモノをいじめる連中を見返したい」辺りかなと推理できますが、この辺の理由だったら別に「立派な行商人」になっても果たせそうですしね。

 何にしろ、今の日吉はストックホルム症候群に陥ってもおかしくない人質状態であり、この状況下で「日吉と信長の関わり合いによる成長」を読者に納得できる形で描くのは結構大変なのではないか? という気がします。現段階での日吉の唯一の強みは「家老並の権限が与えられている」ってのがありますので、この設定を生かして信長と対等に渡り合えるような展開に持っていくのでしょうか?

 信長は「恋人の前ではなかなか素直になれないシャイでおシャマなヒロイン」である事が証明されましたが、その相方の日吉は信長との関係が「監禁状態でのみ成立する相互理解」に起因するトラウマになってしまう可能性を秘めている気がしてなりません。
 ああ、信長と日吉との関係は、かつて「めぞん一刻」で音無響子が五代祐作に対して与えたような、恐怖と緊張と圧迫が全面に押し出された歪んだ愛情になってしまうのでしょうか。二人の関係の今後が心配です。


※参考:
PTSD.info - 犯罪の被害者のための心的外傷後ストレス障害についてのページ

※注意:
 ここの「ストックホルム症候群」は、あくまで「日吉の今の境遇を強引にストックホルム症候群に当てはめる」ために生半可な知識で書いたものであり、正確な描写ではないことをお断りしておきます。
 本当の心身症はシャレにならないッスよ!

MISTER ZIPANGU > REVIEW 'LoveHINATA' > Vol. 6

MISTERジパングページのバナー