≪危なくないか?。そんな特殊な進化は≫

 さて、何故にGS世界の住人が何故JALにもANAにもTWAにもJTAのも乗らずに空を飛ぶのかから考えてみよう。
 航空機にも頼らずに、ましてや皆さんハングライダーにもパラグライダーにも乗っていないし、ましてや頭にタケコプターも見えない。なのに何故に飛んでいるんだろう?。どうも他に何も機材が見えないとすると、まさか生身で飛んでいるとでもいうのだろうか?。
 そんな馬鹿な。

 昔スーパーマンのテレビを見て、飛べると勘違いしたサラリーマンがビルから転落死したし、中近東ではポケモンを見たガキが家の二階から飛び降りて骨折した事からも分かるように、我々は空を飛ぶ能力を持ってはいないぞ。まさか修行の果てに固体進化で空を飛行する能力を得たと言うのか……………………………………………………。
 う〜ん。

 行き成り深刻な問題を抱えていないか?。特に生身の人間が飛ぶなんて無謀な個体進化は?空を飛ぶ鳥が生物学的にどれだけの犠牲を払っているのか、思慮の無いままにキャラに空を飛ばす漫画家は知っているのだろうか?

 我々は数多の淘汰と進化の過程において空を飛ばない道を選んで繁栄を手に入れたのに、何故か映画や漫画では”強い人間”は空を飛ぶ。こんな進化が何やら当たり前になっている作品が多い。何故だろう。350万年の末に手に入れた体を今更変革するような危うい定向進化を望んでどうするのかだろうか。少し違うかもしれないが、こんな事例があったでは無いか。ウルトラマンで宇宙船の故障故に灼熱の惑星に不時着し、サンダーバードにも千石市ハイパーレスキューにも助けて貰えずに、生きる為に水無しで生きれるように個体進化を行って目出度く(?)サバイバルに成功した。しかし、水の星である地球に戻ってきたら水をかけられただけ死んでしまったジャミラさんのようなモノだぞ。定向進化は環境の変化に適応出来ないので、絶滅の実験と生物学的には位置づけられているぐらいなのだ。現代社会においては環境に非常に不向きだ。不適応故に待っているのは死滅でしか無いのは数億年の生命の歴史から当然判りきっているのに……………………。待っているのは絶対的な破滅だ。

 GS世界の好きな筆者にとってキャラクターの行く末を考えると、どうみても飛ばないほうがいいと言う結論以外は考えられない。人間の体は1Gで直立歩行の為に長い間に洗練された体であるのだ。重力に逆らうようには全く作られていないのだ。それが証拠に数ヶ月宇宙の無重量下にいるだけで体に多大な悪影響が起こり、多大な代償を払わされた宇宙船の乗組員は多いのでも分かるあろう。無論同じ体格の神族魔族も同じ境遇に適応したので人間と同じ筈。神様だから飛べるなんてワケの分からない理屈は通用しない。
 う〜ん。哀しい程に破滅を知りながら、尚飛ぼうとするキャラクターを何とか説得し、何とか彼らが新創人間キャシャーン[注釈]のようにひき返せない破滅の進化の袋小路に陥る悲しい体になるのを押し留めるために、何とか科学的に彼らを飛ばす事から考えよう。

≪何故飛ぶ≫

 さてっ。先ず科学的に空を飛ばす前に、その前提から話を始めたいと思う。なんで?空を飛ばなくてはならないのだろう。
 こんな当たり前であるが、作中においてあまり語られなかったと思う疑問。しかしそれに対する回答に辿り付く為のヒントは哀しい程に少ない。ので、ここは筆者の妄想を機軸に勝手に解釈をさせて貰う。

 現代においては目的地に向かうには自ら空を飛ぶ必要性はあまり無い。列車も車も飛行機もどこの世界にもあって、原作に出てきたアシュタロスの秘密基地があった”到達不可能領域”の上さえ、今では極地観光用のジャンボジェットも飛んでいるんだ。自ら飛ぶと云う理由には成り得ない。今の時代に到達不可能な場所[注釈]など悪天候を除けば無いのだ。

 空を飛行する能力無き我々も代価さえ払えば恐らく地球上で99%までは辿り着く事が指して苦も無く出来ますからトランスポートとしてはあまり必要があるとは思えない。作中でも目的地に辿り着くのに重宝していた描写はあまり見かけませんでしたし、それどころか飛行能力があるキャラクターがいるにも関わらずに、あえてそれを無視して難儀で苦行な道を取っていた描写さえあったような巻もありました。つまりトランスポーターとしての価値は薄いような感を受ける。
 唯一非常に役に立っていたのはB兵器(バイオジカルウイルス)を仕込んだライフルを届ける式神が使ったときぐらいだと覚えていますが、それぐらいだったような……………………。伝書鳩とあまり差は無いな。ウイルスを仕込んだ弾丸だけ運ぶのならそれでも十分の筈だ。

 う〜ん。それにしても、どうもそう騒ぐほどは役にはたっていないな〜。そんなに差し迫った様子も無かったのでは無いであろうか?。色々時間的に逼迫した演出[注釈]危機感を煽っていたようだが……………………演出的には成功してはいなかったと筆者は判断する。あくまで付録の意味合いでしかなかったようだ。

≪何故飛ばないんだ?GS世界での正しい空中戦を考える≫

 では戦いにおいてはどうだろう?一般に空中戦では上を取ったモノが優位で有用とされている。これは重力を味方に出来るのが大方の理由だったり(上からなら手を離すだけで爆弾は下に落ちる)、まあ戦闘機においての空中戦においては太陽を背にして姿を隠す事も可能だし(紅の豚参照)現代の戦闘においても案外と有用である。

 にも関わらずに、敢えて地上に留まり説明台詞をペラペラと羅列までしたことも多々あったような。お互い飛べるなら優位性はすく無いが、大抵戦うのは飛べる奴と飛べない奴ってパターンが多かった。ならゴチャゴチャ能書きを言う前に、さっさと飛んで相手の上空で硬い重量物でもバラ蒔けば結構ダメージ与えられる。1`上空からボルトでもナットでも落とせば地上に届くまでに時速大体500`まで加速する(尚空気抵抗の関係で2`から落としてもこれ以上はの速度は望めない)。
 ライフルは確かに速度マッハ1〜2,2ではあるが弾丸重量は5〜10cだから、それの数倍ある重さの物なら金属が体を掠めるだけで同じかそれ以上だ。何故なら弾丸は体に当たった弾着面が飛ぶ過程において最も抵抗の無いように飛ぶので体へのダメージはまだ少ない。対してどこの面が当たるか判らないボルトやナットの方が遥かに大ダメージは必定だ。現実世界においても直線的に飛んできた丸い面を向けた弾丸よりも、跳弾(跳ねかえって飛んできた弾丸)で飛んできた側面を向けてこられた方が遥かに大ダメージだ。これが腹にあたると大体スプラッター映画のようにハラワタが飛び出すぐらいなのだから。
 まあ、ボルトやナットはそうそう数揃えられないだろうから、手直のビルから窓枠ごとガラス戸を外して横島らの上空で破壊すればガラスの破片の雨霰で即死は無理でも瀕死の重傷を与えられるからそうした方がいいぞ。何しろ割れたガラスは空気抵抗の関係で鋭いほうから落ちてくるから。皆さんも地震の時は高層ビルも脇にはいないように。

 是非共メデューサらは逃げ足の速い横島らはそうして足を止めて、それから始末することをお奨めする。筆者なら間違い無くそうするが、魔族の皆さんは皆馬鹿正直に己が技量と力技で決着をつけようとする、非常に紳士的であるんだな〜〜〜。 偉い!! と誉めて上げたいが、それでは卑怯にインチキを旨とする美神令子に勝てないぞ。マクベ大佐を見習って欲しい。アシュタロスは筆者を作戦参謀にしてくれればGS連中を上手くかたずける事が出来た筈だ。ちゃんと求人広告を出して欲しかった。

≪偉いのか?≫

 空を飛べるのに、敢えて飛ばない。現実の世界では戦闘機は取り敢えずは戦いにおいては飛び立つのに、GS世界の住人は飛ばない。こう言う論理展開においては、つまりあまり空を飛ぶ事に意味は無いらしい。

 そう考えると、空を飛ぶ描写が必要なのは話の進行上の必然的な事情では無くて、原作者的な事情であったのではと思える。
 何故飛ぶのか?それは一言でいって”格好良い”からだと思える。筆者は原作者の年齢を知らないが、恐らく空を飛ぶヒーローが大挙してテレビに押し寄せた時期を少年時代に過した一人であるようなので 空を飛ぶ=早い=格好良い の図式が成り立っているのだと思われる。
 まあ古来から格好の良いヒーローの条件は”疾風のように現れて 疾風のように去って行く”という真理からも分かるように速さも正義の象徴でろう。空を飛ばない時代からもローンレンジャーはシルバーに乗っていたし、鞍馬天狗も颯爽と馬に乗って現れていたのでこれは間違いないであろう。
  作品的にメリハリを付ける為に飛ばしていたんだろうか?。日常的に飛んでいたのは魔鈴ぐらいだから、ここ一番の演出だったような気もする。

 う〜ん。つまんない理由だな〜。今時空を飛んだから偉いってもんでもないだろうに・・・・・・・・・・。


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