もう一つの物語

第十三話 大切な人



数日が経過した。

横島は、朝早くから東京へ行っている。美神に、報告と除霊の相談のためだ。
早苗は、今日は出勤しない。明後日は仕事があるので、出勤の予定だが。
小竜姫は、事務所でテレビの音を後ろで聞きながら、洗い物をしていた。
鼻歌が聞こえる。

事務所の電話が、電子音を響かせた。
パタパタとスリッパの音を鳴らしながら、小竜姫は電話をとる。

「はい。横島除霊事務所です。
あ、老師!お久しぶりです!パピリオは元気にしてますか?
ごめんなさい。妙神山へ顔を出そうとは思っているのですが、なかなか暇が無くて・・・。」
「いや、それはよい。それよりも、今一人か?」
「ええ。」
「そうか。」

しばらく、老師が黙る。

「あの?老師?」
「・・・小竜姫。任務はまもなく終わる。」
「え?任務?・・・あ、監視の件ですね。終わるということは、監視が解除されたんですね!」

また、沈黙が入る。

「小竜姫。お主に上層部より昇進命令だ。妙神山管理人から、神界での勤務に変わる。
中級神への第一歩じゃぞ。」
「ええ!?」

小竜姫は驚いた。通常、神族や魔族の地位は滅多に変化しない。
神格が高くなればなるほど、それは顕著となる。もちろん、例外はあり、実力のある下級神などが、
中級神へ昇格することは、たまにある。つまり、小竜姫はその例外に選ばれたということだ。
ただ、昇進したから必ずしも昇格するわけではなく、これから長い試練が待ち受けているのだが。
何れにせよ、望外の名誉であることには変わりはない。

しかし、小竜姫の顔は冴えない。昇進は嬉しい。だが、神界勤務ということは、もう滅多に人間界を
訪れることはできない。それは、横島や早苗との別れを意味していた。

「・・・でも、私は今、除霊の修行中でして。」
「それはもう必要ない。」
「でも・・・。」
「任務を完遂したら、昇進じゃ。滅多にないチャンスじゃぞ?」
「え?でも、監視は解除されたんじゃ?」

老師の声が、急に事務的なものへ変化した。

「妙神山管理人、小竜姫。そなたに、神魔族最高幕僚会議の正式命令を伝達する。」
「はっ!」

小竜姫は、慌てて電話の前で姿勢を正した。

「横島忠夫を処分せよ。期限は、現在より48時間以内。この命令の拒否は許されない。」
「・・・・・・・・・・・・え?」

小竜姫の表情が固まった。

「復唱はどうした。」
「でも、そんな、どうして!」
「・・・よいか、小竜姫。この命令は絶対じゃ。命令を拒否することは、反乱と同義となる。
そんな基本的な事を言わせるんじゃない。」
「しかし!!」
「これが、上層部の下した最終結論じゃ。大昔、文殊が使える魔族がいて、それにより神魔人界が
大混乱した記録が、処分の根拠じゃ。因果律に大きな狂いが生じてな。」
「納得できません!!!!」

小竜姫は大声をあげた。
だが、老師の次の一言で、絶望の表情になる。

「・・・既に、神魔族特殊部隊が、小僧をマークしておる。」
「特殊部隊が!?」
「そうじゃ。神魔族の中でも、戦闘のエリート中のエリートじゃ。お主では到底太刀打ちできぬ。
48時間というのは、ワシがなんとか上層部から引き出した妥協案なんじゃ。
お主が小僧を処分できなかった場合、自動的に特殊部隊が、小僧を処分する。
・・・この電話は、当然監視対象となっておる。わかるな?小竜姫。」
「・・・・・・ですが・・・。」
「まだわからんか!!お主は、竜神族の名を汚すつもりか!上級神の命令は絶対じゃ!!」

竜神族の名を汚す。小竜姫が最も恐れていることの一つだ。
竜神族は、神界で名を轟かせている、名門中の名門。小竜姫はその末端に位置しているが、
それでも、誇りは他の竜神族に負けるつもりはない。
しばらくの沈黙の後、小竜姫は抑揚のない、しかし、はっきりとした声で答えた。

「・・・了解しました。妙神山管理人、小竜姫。横島忠夫を48時間以内に処分します。」
「成功を祈る。」

それだけ言うと、電話が切れた。
小竜姫は、電話を持ったまま、じっとしていた。
電話を置く。

小竜姫はゆっくりと振り返った。その目は、冷たい光を発している。

「上級神の命令は絶対。」

それだけ呟くと、小竜姫は御神刀の位置を確かめた。
夜になった。
電話が鳴る。電話をとる小竜姫。

「・・・はい。横島除霊事務所です。」
「あ、小竜姫さま。俺です。ちょっと今晩は戻れそうにないっす。
明日も、結構色々まわるので、明日の晩くらいには、帰ります。」
「・・・気を付けてくださいね。」
「ありがとうございます!それじゃ!」

電話が切れる。
小竜姫は全くの無表情だ。

『私は誇り高き竜神族。上級神の命令は絶対。』

次の日の夜が訪れた。

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時計が時を刻む音が、横島除霊事務所の中に静かに響く。
午後10時を回ったところだ。
事務所の前に、車が止まった。
しばらくして、横島が入ってきた。

「ただいまー。」

小竜姫は、ソファーに座っている。
微笑みながら、横島に声をかけた。

「・・・お帰りなさい。」

だが、横島がよく小竜姫を見ると、気づいただろう。
小竜姫の目が、全く微笑んでいないことに。
しかし、横島は疲れているらしく、特に気にとめた様子もない。

「ふーっ、疲れたっす。ったく、美神さんは相変わらず強欲なんだから!」
「食事はどうしますか?」
「あ、すんません。食ってきました。」
「そう。」
「今日は疲れたので、休みます。」

そう言って、横島は疲れたようにソファーから立ち上がる。
ほんの一瞬だけ、小竜姫の体がピクリと動く。
横島は、あくびをしながら、背中を見せている。隙だらけだ。

「・・・お休みなさい。」

短い会話が終わった。
横島は、そのまま寝室へと向かう。
また、数時間が経過した。

床がきしむ音。
横島の部屋へ向かう人影。
やがて、横島の寝室の扉が開いた。
妙神山での服に身を包んだ、小竜姫が立っている。
手には、御神刀が握られていた。

ゆっくりとベッドへ向かう小竜姫。
やがて、横島が寝息を立てているすぐ隣にたどり着く。
小竜姫は、無言で御神刀を逆手に持ち、ゆっくりと振りかぶった。
大きく息を吸う。
剣が、勢いよく振り下ろされた。

虫の鳴き声がかすかに響いていた。

横島はまだ寝息を立てている。
振り下ろした御神刀が、横島に触れる寸前で止まっていた。
横島の部屋にある時計の音が嫌に大きく聞こえる。
時間がゆっくりと過ぎていった。

「・・・どうして止めるんすか?」

横島の静かな声が、静かな寝室に響いた。
小竜姫は無言だ。やがて、静かに問う。

「・・・いつから気づいていたのです?」

横島は、先ほどから身じろぎ一つしていない。
目も閉じたままだ。

「3ヶ月ほど前、小竜姫さまの任務について、パピリオから電話が
あったんすよ。盗み聞きしたと言って。それに・・・。」

小竜姫は黙って聞いている。

「それに、昨日から、ほんの僅かなんすけど、殺気を感じていました。
それも、人間じゃない霊気を発した連中がです。」
「・・・分かっていたなら、なぜ逃げなかったのです?」
「逃げたところで、どうしようもないっすよ。相手が人間ならば、
逃げ切れるかも知れませんが、神魔族じゃね。」
「どうして、私の剣に抵抗しないのです?」

また、沈黙が部屋を支配した。
・・・やがて、横島がポツリと呟く。

「・・・どうしてでしょうね。俺にもよくわかんないっす。
死ぬのは嫌だけど、でも、小竜姫さまならいいかなって。
小竜姫さまが、俺を殺し損ねた場合、神族としての立場が悪くなるんすよね。
どうせ死ぬなら、わけのわからん連中に殺されるよりも・・・。」

しばらく横島が言葉を止める。

「・・・そんな連中に殺されるよりも、
・・・大切な人にやられた方がいいかなって。」

小竜姫は、何もしゃべらない。
横島の背後で、ゴトンという音が聞こえた。
しばらくして、横島は目を開けて、小竜姫を見る。

「・・・横島さん。・・・横島さん。」

小竜姫は泣いていた。子供のように泣いていた。

月明かりに浮かび上がる寝室の2つの影。

やがて、そのうちの1つの影が、少しだけ躊躇したように動いたあと、
もう一つの影を包み込むように重なった。



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