もう一つの物語

第五話 初めてのデート?



半年が過ぎた。
季節は夏。

横島は、すっかり妙神山に馴染んでいた。
元々、順応性は高い。
それよりも、小竜姫にセクハラをせず、
よくぞ半年間も持ちこたえたと言っていいだろう。

いや、その表現は正しくないかもしれない。
何度かお風呂を覗こうとしたりしたが、その目論見はパピリオ−小竜姫連合によって、
あっさりと撃破され、致命的な一撃を回避している。
結果として、妙神山を追い出されずに済んでいるというわけだ。

最近は諦めたのか、あるいは、横島にとって、小竜姫がセクハラ対象外の
存在となったのか不明だが、覗きなどはしないようになっていた。

意外かもしれないが、修行の時の横島は、人が変わったように真剣になる。
横島は、普段は相変わらず抜けた性格をしているが、修行の時の集中力は半端ではない。
ここ半年間、横島は膨大な霊力をコントロールすることを目標にし、そして
その目標をほぼ達成しつつあった。

当初横島は、目覚めた魔族と人間のハーフである膨大な霊力のコントロールが、
殆どできていなかった。力を解放することはできるが、その力を制御できない。
下手をすれば、自分ごと黒こげになってしまう。
小竜姫は、その制御を最大の目標として横島を指導した。
元々、才能があったのかもしれない。横島は、驚異的な成長を遂げていた。


修行場から、剣を交える音が聞こえてきた。
模擬試合をしている3人。

小竜姫対、パピリオと横島。
小竜姫は、2人を相手に善戦している。
その様子を、小竜姫の師である、老師が眺めていた。

ひときわ大きな剣の音が響く。
剣が空中を舞い、地面に突き刺さった。

「そこまで!」

老師の声で、動きを止める3人。
パピリオは、先ほど小竜姫によって、剣をはじき飛ばされ、素手で構えていた。
横島は、霊波刀だが、その霊波刀も小竜姫の御神刀を破ることはできず、消滅した。

「ふうっ!」

横島はペタンと座り込む。
パピリオもそれに習う。
パサッとタオルが頭にかぶせられた。

「お疲れ様です、横島さん。惜しかったですね。」

小竜姫はねぎらいの言葉をかける。

「そうっすかあ?俺って何度やっても小竜姫さまに一太刀も浴びせられないんすけど。」
「ふふっ。そうですね。でも、横島さんは、強くなっていますよ。
最近は、2人を相手に戦うのも辛くなってきましたしね。」
「修行をさぼっておるからじゃ。」

老師が小竜姫に向かって言う。

「しかしまあ、小僧は大したもんじゃわい。半年前の小竜姫であれば、一太刀くらい
浴びせられただろうて。」
「まっさかー。無理っすよ。」
「無理なもんかい。小竜姫、お主も感じておるじゃろ?
小僧と剣を交えるようになってから、自分の腕も随分と上がっている事に。」
「ええ、自覚しています。うかうかしていると、追い越されてしまいますからね。」
「むー、パピリオはどうなんでちゅか?」
「お主も伸びておる。ただ、小僧ほどではないがな。」
「むー。」
「さて、今日は買い出しに行かないと。横島さん。鬼門と準備をお願いします。」
「りょーかい。」
「パピリオも行きたいでちゅ!」
「何度も言わせるんじゃありません。あなたは留守番。そして、掃除です。」
「むー!」
「小竜姫、台湾バナナを忘れるでないぞ。フィリピン産じゃないぞい。」
「はいはい。」
「返事は一度じゃ!」
「はーい。」

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横島と小竜姫は、妙神山から車で1時間ほどの小さな町にいた。
町の古美術商へ向かい、小判を換金。
それから、買い物というのが定番コースとなっている。

商店街の威勢のいい声の中、大荷物を抱えた横島は、魚屋の前で
交渉している小竜姫を眺めている。

「姉ちゃん。これ以上下げたら飯の食い上げだよ!」
「そこを何とか!もう一声!ね?」
「んなこと言ってもなあ。」
「それじゃ、あとこれも付けてくれる?だったら、この値段で買うけど。」
「えーい、仕方ねえ。姉ちゃんには負けたよ。持ってきな!」
「ありがとう!」

大阪商人顔負けの交渉ぶりだ。
半年間小竜姫と行動を共にしている横島は、小竜姫の意外な一面を色々見ている。
それが、結構楽しかったりする。
それにしても・・・。

『小竜姫さまのミニスカ姿は、ちょっと、いや、かなり時代遅れだよなあ。』

ファッション関係に疎い横島であったが、それでも、町を行き交う若い女性を
見ていると、小竜姫の服装はかなり浮いている。

『見た目は、完全無欠の美少女なだけに、もったいないよなー。
でも、小竜姫さまは、そういうのに全然興味が無いみたいだし。
・・・そうだ!』

小竜姫は、交渉を勝利で飾り、ご満悦のようだ。

「一通りの買い物は、終わりましたね。バナナも買ったし。
まだ、時間がありますね。どうしましょうか。」

鬼門が待っている車に、荷物を積み込んでいる横島を見ながら、小竜姫は呟いた。

「小竜姫さま。俺、自分の服を買いに行きたいんすけど、いいですか?」
「ええ、かまいませんよ。」
「それで、小竜姫さまも暇でしたら、よかったら一緒に行きません?」
「いいですよ。」

小竜姫は微笑む。
早速、横島は自分が持っている小判を換金する。普段使うことが無いので、
結構貯まっている。ちなみに、厄珍堂で1枚2万で買い取られた小判は、10万で
買い取られていた。厄珍に密かに復讐を誓う横島。

2人で並び、小さいながらも結構ものが揃っている商店街を歩く。
横島は、ちょっとしたデート気分に浸っている。
ふと、横島の目がショーウィンドウの前で止まった。
小竜姫は、どことなく楽しそうに、小物を見ている。

『う〜む、これは小竜姫さまに似合いそうだな。
でも、ちょっと子供っぽいかな?いや、小竜姫さまなら大丈夫か。
値段は・・・げっ!?女物の服ってこんなに高いのか。でもまあ、金はあるし、いっか。』

「小竜姫さま!ちょっとここへ寄っていきませんか?」
「え?でも、ここに横島さんの服とか売ってるんですか?」
「まあまあ、とりあえず寄ってみましょうよ。」
「え、ええ。」

2人は、ブティックに入っていく。

「いらっしゃいませ。」

綺麗な20代後半と思われる女性が応対する。
思わず、反射的にナンパを仕掛けようとしてしまう横島であったが、
直ぐに思い直し、店員に尋ねる。

「これが欲しいんすけど。」

店員は、すっと小竜姫を見ると、ではこちらに。と小竜姫を案内する。

「え?え?」

よく分かっていない小竜姫は、為すがままにされている。
しばらく待っていると、カーテンがさっと開いた。
横島は、思わず見とれてしまった。

『す・・・すっげー似合ってる!!』

白を基調とした涼しげなワンピースだ。
小竜姫には、派手な服は似合わないと思い、シンプルなものを選んだのだが、
ここまではまるとは思っていなかった。

「滅茶苦茶似合っていますよ、小竜姫さま。」
「あ、あの、横島さん。これってどういうことなんですか?」
「俺からの感謝の気持ちです。迷惑でしょうけど、受け取って貰えませんか?」
「・・・」

小竜姫の頬が少し赤い。
そのまま、購入した服を着て、ブティックを出た2人。
更に、その他細かいものをそろえ、完全無欠の美少女の完成だ。
小竜姫は、黙ったままだ。少し不安になって、恐る恐る横島は尋ねる。

「あの、小竜姫さま。もしかして、怒ってます?」

慌てたように小竜姫が首をブンブンと横に振る。

「そ、そ、そんなことないです!その、私、こういうのは初めてで、
あの、よく分からないってゆーか、つまり、あの、その・・・」

支離滅裂な言葉をしゃべる小竜姫。
横島は、屈託のない笑みを浮かべる。

「んじゃ、デートの続きでもしましょうか!」
「え?」
「あ、いや、すんません。暇つぶしの続きです。」
「え、ええ。」

思わず、心の中で思っていたことを話してしまい、慌てて言い直す横島。
小竜姫は、困ったような、嬉しいような、なんとも複雑な表情をしている。

2人は、ぎこちなく歩き、ちょっとした大きさの公園に入った。

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2人は公園に入って程なくして、大きな木の木陰にあるベンチに座った。

夏の日差しは、きついものの、公園の中では小さな子供が、元気一杯に走り回っている。
時折、爽やかな風が吹いている。

「「・・・」」

どちらも、会話のきっかけが掴めない。

「お、俺、ジュース買ってきます。小竜姫さまは、何がいいっすか?」
「あ、えっと、烏龍茶をお願いします。」
「分かりました!」

そういうと、横島は自販機へ向かって走っていった。
自販機に金を入れながら、横島は少し困惑している。

『俺らしくねーな。なんつーか、美神さんだと煩悩全開なんだけど、
小竜姫さまと一緒にいると、緊張するってゆーか。どっちかっつーと、
おキヌちゃんと一緒にいるみたいな。うーん・・・。』

ジュースの取り出し口に手を突っ込んだまま、横島は止まってしまう。

『まままままさか!?小竜姫さまは、もしかして俺のことを・・・!?
そんでもって!そんでもって!!・・・あほらし。
んなわけねーか。第一、おキヌちゃんと同じなら、どっちかっつーと、
家族みたいな感じだし。そもそも、小竜姫さまが俺を相手にするわけねーし。』

そのころの小竜姫。

『私、どうしたんだろ。』

ベンチに座りながら、子供達を眺めている小竜姫。

『数百年生きてきたけど、今までこんな事はなかったな。ずっと修行してたし。
横島さんと一緒にいると、楽しいんだけど。でも、苦しい時もあるし。
どうしたんだろ・・・。よくわからないなあ。』

ボーっとしている小竜姫は、いつのまにか目の前に人がいることに気が付いた。

「あ、お帰りなさい、横島さ・・・」

横島ではなかった。いかにも、チンピラ風の2人の男が、小竜姫を下卑た目で見ている。

「何かご用ですか?」

男達は答えない。嫌らしい目で小竜姫をなめ回し、嫌らしい声で笑う。
小竜姫は、この男達を嫌うことに決めた。

「用がないのであれば、そこをどきなさい。人を待っていますので。」

男達が、初めて口を開いた。

「まあいいじゃねえか。俺たちと良いことしようぜ?天国に行けるような気分になれるぞう!」
「興味ありません。」
「なあ、その髪飾り変わってるねえ。ツノ?似合わねえから取りなよお!」
「余計なお世話です。さっさとどきなさい。」
「いいからこいっつってんだよ!!」

男達の手が小竜姫に伸びた。小竜姫は、骨の2、3本でも折ってやろうかと考える。
その時声が聞こえた。

「すんません、小竜姫さま。遅くなりました!」

横島ののんびりした声だ。
横島は、チンピラ風の2人を見る。

「なんすか?こいつらは。」
「てめーこそ、なんだコラァ!この姉ちゃんの男か?貧相ななりをしやがって。
文句あんのか?あ?」
「うっせーな。」

横島はそれだけ言うと、蓋を開けて、小竜姫に烏龍茶を渡す。
さすがに、最近の横島は自信がついている。チンピラごとき、本気を出すまでもない。

「なめてんじゃねーぞコラァ!!」

横島の背中がドンと押された。
烏龍茶が小竜姫の服に零れる。白いワンピースに小さなシミができた。

「貴様ら・・・!!」

小竜姫が持っていたスチール製の缶が一瞬で握り潰され、霊気が爆発した。
男達が、解放された小竜姫の霊気に吹っ飛ばされる。
続けて、小竜姫が手のひらを男達に向ける。霊気砲を撃つつもりだ。
慌てて、横島が止めにはいる。

「ちょ、ちょっと待ってください、小竜姫さま!
人間界でそんなことしちゃまずいっす!落ち着いてください!」
「でも!!横島さんに買って貰った服をあいつらは!」
「烏龍茶のシミ程度なら、直ぐに落ちますって!今洗えば大丈夫っす!」
「でも!」

そうこうしている内に、男達は化け物だーと叫びながら、転びつつ逃げていった。
ざわざわと周りに人垣ができている。
横島は、小竜姫の手をつかみ、水道でシミを落とした後、逃げるように公園を後にした。

「ふう、ここまでくればいいだろ。」

公園から離れた場所で、横島は一息ついた。
ふと、横を見ると、小竜姫が少し頬を染めながら、あさっての方向を見ている。

「あ。」

横島もちょっとだけ赤くなった。
公園から、ずっと手を繋いでいたのだ。
まるで小学生カップルのような初々しい反応を示す2人。
どちらからともなく、微笑む。
ふと、横島の顔が緊張した。すっと左手の建物を眺める。

「どうしたんですか?横島さん。」

小竜姫は、横島の反応を不思議そうに見る。

「霊の気配っすね・・・。」

久々にGSとしての横島の勘が動き出した。



※この作品は、hoge太郎さんによる C-WWW への投稿作品です。
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