ＧＳ美神 ひかり
第十話 分岐
ＰＭ０６：４６ 横島除霊事務所
「せ・・・先生！？」
「ヒカリ・・・・・・いや―、見違えた！」
寝ぼけ顔で部屋から出てきたヒカリにシロは目を丸くした。
「いつ帰って来たんですか？」
「今日着いた。 しかしほんと綺麗になったでござるな。」
「へへ―、そうですか？」
「いい顔だ、１人前の顔になったな。」
ヒカリはにっと笑って見せた。
「バンダナ巻いてるのか？」
シロはヒカリの二の腕に巻かれた赤いバンダナに目をやる。
「うん、父さんが力を貸してくれるかな―、なんて。」
「頭につければいいでござろうに。」
「ヘルメットがかぶれないんですよ。」
「あ、そっか。」
「ニュースとか見たんですか？」
「まあ、な・・・・・拙者はその為に帰って来た。 お主の仕事に関われるかどうかは わからんが、奴らを許すことはできん。」
「・・・・・はい。」
「おまたせ〜。」
「ほら、とりあえずご飯にして。」
お盆を抱えた愛子とタマモがキッチンから出てきた。
ＰＭ０７：２４ 都庁下日本ＧＳ協会本部Ｂ２Ｆ視聴覚室
「彼は？」
「帰りました。」
「そうか・・・・・」
西条は大きなデスクに足を投げ出していた。 ピートは息を切らしながら首にかけたタオルで何度も汗をぬぐい、２本目のポカリをぷしっと開けた。
「・・・・・」
「何かあったんでしょう？」
「・・・・わかるかい？」
「長い付き合いですから。」
「先生はグングニル使うつもりらしい。」
ぶっとピートは口を押えた。
「じゃあ、調印式がここになったのは・・・」
「地中のチャクラを供給するためだ。 明日にもバッテリーコンデンサの取り付け作業が始る。」
「あれは試作段階でしょう・・・？ いいんですか？」
「我々では精霊獣にまともに対抗できないんだ。」
「そうですが・・・」
「式典に何十鬼も精霊獣が出たらどうする・・・？」
「・・・逃げたいですね。」
「僕らはヒカリ君のように単独で精霊獣とは戦えない。 貫通弾があっても精霊獣自体と戦える力はないからな。」
「それは・・・・そうですが・・・・」
「情けないな・・・・少しあの子に嫉妬してるのかもしれない・・・・・彼女ほどのセンスがないことに・・・・・」
「僕だって・・・・そうですよ。」
「・・・・・先生も先生だ、いつもぎりぎりの危険なこと考える。」
「マリアに使わせるんですか？」
「そうなるな・・・」
７月２４日 ＡＭ１０：１５ 厄珍堂
「こんにちは―。」
「厄珍―？」
「お―お―っ、懐かしいでござるな。 まだやっていたとは。」
ヒカリ、タマモ、シロは、玄関をくぐった。
『のっぴょっぴょ―ん！』
『ぱきぃいいいん！』
『霊刀が折れたっ・・・！？』
カウンターの向こうから厄珍が振り向いた。
「おお、ヒカリの嬢ちゃんにタマモちゃん、おおおっ、シロちゃんあるか！？ 久しぶりあるな。」
「ご無沙汰でござる、厄珍殿。」
「う〜ん、ますますいい女になったあるな、若い頃の令子ちゃんみたいあるよ。」
「あいかわらずお世辞が上手い。」
「いやいや、ワタシ嘘は言わないあるね。」
軽く笑っただけだが、シロはぱたぱた尻尾を振っていた。
「ところで厄珍さん、何見てるんです？」
「またいかがわしいやつ？」
「今日は違うね。 倉庫を整理してたらおもしろい物出てきたよ、嬢ちゃんのお父さんのＧＳ試験の時の記録用のビデオある。」
「父さんの！？」
「横島先生の！？」
３人はカウンターに身を乗り出してテレビに目をやった。
『きゃ―っ！！』
『どがしゃああん』
『ああっ！！ 氷河選手、結界をぶちやぶって放り出された―っ！！ カッ、カウンターです！！ まさしく霊波のカウンター！！』
『出会いがしらにあの煩悩をくらってはたまらんある・・・！！』
「へえええ・・・」
「これが横島？ 何かこの人を襲ってるように見えるけど？」
「無礼者！ 先生が必死に戦っているのがわからんか！？」
「だってこの人泣いてるわよ？」
「きっと事情があるはずだ、そうでござるな、厄珍殿！？」
「え！？ いや、まあ・・・・一言では言えないが、この時はいろいろ複雑な事情があったのは事実あるよ。」
『勝者、横島！！ 横島選手、ＧＳ資格取得！！』
『わあ―――――っ』
「やったでござる先生！」
「これが、ＧＳになった時の父さん・・・・」
「今の嬢ちゃんと比べればまだまだ未熟だったあるよ。 すけべな坊主だったが、ワタシとは妙に気が合ったある。 惜しい男を亡くしたよ、まったく・・・」
「ヒカリ、ここにいるの・・・！」
「・・・・母さん。」
「え、どこどこ？」
「あ、画面が変わった。」
「あ―あ。」
「や、厄珍殿！ これ拙者に譲ってくだされ！」
シロは厄珍にカウンターの上から飛び掛った。
「お、落ち着くよろし！ ダビングしてあげるから・・・！」
「本当ですな！？ 感謝します！」
「ふう、そうだ、嬢ちゃんも欲しくないあるか？」
「えっ・・・・私は・・・・・」
「もらうわ。」
「タマモ・・・」
「アタシが見たいの。」
タマモはヒカリにウインクしてみせる。
「うん。」
「決まりあるな、そうそう、忘れるとこだったあるよ。」
厄珍は白いトランクをカウンターに上げた。
「注文の札ある、予定のものより質のいいのが手に入ったから、おまけしといたあるよ。」
「ありがとうございます。」
「なあ、そろそろ拙者にも教えれんか？」
「まだ駄目です。」
「一応、エイムズ達に会ってからよ。」
「じゃあ厄珍さん、また。」
「厄介ごと引き受けたらしいが、気をつけるあるよ。 両親より長生きするのも親孝行の１つある。」
「そう思います。」
ＡＭ１０：３２ ザンス王国大使館
「本当なのか？」
受話器を置いたセリナにエイムズは詰め寄った。
「間違いないわ、今愛子さんに確認をとったけど本人よ。」
「何で２人して携帯持ってないんだ？ こんな時に・・・・！ 何とかＩＣＰＯより先に契約してもらう！ 場所は！？」
「六道さんの所に行くらしいわ。」
「わかった！」
黒いアタッシュケースを持ってエイムズは部屋を飛び出した。
ＡＭ１０：５８ 六道邸（正面玄関インターホン前）
ぶおんっ・・・きききっ インターホンに手を伸ばそうとしたヒカリ達の後に黒いバンが止まった。 後のドアが開く。
「美知恵隊長！？」
「お久しぶり、シロちゃん。 ２人ともおはよう。」
「・・・おはようございます。」
「おはよう。」
「お久しぶりです、隊長もお変わりない様で。」
シロは美知恵の前でぺこりと頭を下げた。
「帰ってきて早々悪いけど、一緒に来てくれないかしら？」
「今ですか？」
「日本ＧＳ本部からのお願い、あなたには今からＧメンの管轄のもとに動いてもらうわ。」
「・・・・」
「・・・・」
「事態は察していますからそのつもりはありますが、命令でござるか？」
「ええそうよ。 拒否すると免停になっちゃうわよ―？」
「げげっ・・・！？」
シロはかくんと上を見た。
「はあっ・・・仕方ない、了解でござる。」
「じゃあ、一緒に来てもらえるかしら？」
ぶわっと風が舞い上がり、白い騎士の精霊獣が着地した。
「おじさん！？」
「あらエイムズ君、おはよう。」
「美神隊長！？ ・・・・・おはようございます。」
「そんなに慌てて何か？」
「いえ、ヒカリちゃんにちょっと・・・」
「そう、じゃ、私は急ぎますからこれで。 シロちゃん。」
「了−解。」
シロはヒカリに向かってすまんと手を挙げると車に乗った。 精霊獣が消え、バンが走り去った。
「はあ、やられたな・・・」
「おじさんごめん、昼には先生を連れてくつもりだったんだけど。」
「しょうがないさ。」
「どうすんの？」
「そうだな・・・・事情を説明しといてもいいが・・・」
「でも先生けっこうおっちょこちょいだから・・・」
「下手に話すとうっかり喋るかもね・・・・武士とか言い張ってる割には。」
「まあ、それは別として、ＩＣＰＯの管理下に入った以上情報を隠すというのは罪に問われる可能性がある。 きみ達は便宜上、依頼内容を黙秘できるからいいが・・・」
「最悪免停どころじゃすまないわね。」
「じゃあ、先生はあっちで頑張ってもらいましょう。」
「はあっ・・・２人共携帯はどうしたよ？」
「ああ、私のこの間壊れちゃって。」
「あ、事務所に忘れた。」
「あああっくそおっ！」
「おじさん落ち着いて。」
「どうどう。」
頭をかきむしるエイムズを、ヒカリとタマモがなだめた。
ＡＭ１１：１０ 日本ＧＳ協会本部最深部中央ホール
「地脈との連結は常に保たれているのか？」
「ええ、東京だけでなく関東地方の大半から供給されていますから、量としては問題ないはずです。」
「十分じゃ。」
西条とカオスは作業員達がチューブやら機材やらをつなげているのを見ながら立っていた。
「３番チューブはＢのプラグにつなげ、固定はしっかりな！」
「カオスさん、ご協力は感謝しています。 でも・・」
「かっかっかっ、気にするな！ これが成功すればわしの理論も学会で認められる、そうすりゃ一気に貧乏生活ともおさらばじゃ。」
「そ、そうですね。」
「名づけて、カオス式霊力の質量と密度の相乗の法則じゃ！ 我ながら実にいい題名、のうマリア！？」
「ドクター・カオス、昨日と・名前が違います。」
「ありゃ、何じゃったかのう？ 体積と面積じゃったか・・・・・？」
同時刻 六道邸
「２人ともいらしゃ〜い。」
笑顔の冥子に出迎えられ、ヒカリとタマモは車椅子を後から押しながら長い廊下を歩いた。
「あのおば様、冥那ちゃんは？」
「あ〜、いたずらしたからちょっとお仕置き中なのよ〜。」
おほほと笑う冥子に、ヒカリとタマモはまたかと顔を見合わせる。
「それよりシロちゃんはどうしたの〜？」
「すぐそこまで一緒に来たんですが・・・」
「美知恵さんに持ってかれたわ。」
「あら〜、残念ね〜。」
「足のぐあいはどうです？」
「大丈夫よ〜、家にはショウトラがいるから〜。」
角を曲がって２つ目の部屋で止まった。
「ここよ〜。」
「なになに、六道家当主の断りなしにこの部屋を荒らすものに呪いあれ・・・？」
「何ですかこれは？」
「ちょっとした用心よ〜、気になさらないで〜。」
がちゃ 薄暗い部屋に高い本棚のシルエットがかすかに見える。 タマモがスイッチを押し、蛍光灯がつく。
「え〜、確かハの５０３番辺りよ〜。」
ヒカリは本棚の間を潜り抜ける。
「見っけ。」
「もうか？」
ヒカリは表紙の変色した赤い本を手にとった。
ＡＭ１１：４５ ？？？
かんかんかんかんかん・・・・・・ ばんっ！
「ミリアか、どうした？」
「・・・キャスが先走った。」
「・・・・キャス！」
ＡＭ１１：４８ 六道邸（庭）
草木の生い茂る広大な庭の中。 丸く開けた芝の中央にヒカリはあぐらをかいて座り、赤い本に目を通していた。
「この魔法陣が？」
「ええ、式神や鬼と契約するためのものよ〜。 たいていのものはこれで契約できるわ〜。」
「は―ん。」
魔法陣の外で冥子とタマモが日傘をさして立っていた。
「何でもある家だこと。」
「ご先祖さまの趣味ね〜、私もいろいろ苦労したわ〜。」
「どこぞのテーマパークのようだわ。」
「ヒカリちゃ〜ん！？ できそう〜！？」
ヒカリの背中に声をかけると、右手のブイサインが軽く挙げられた。
「・・・・・？」
鼻をひくつかせたタマモは振り返った。 風の臭いが変わった・・・・何・・・・・？「冥子、ちょっと散歩してくるから。」
「いいわよ〜、気をつけてね〜。」
ＰＭ００：１０ 美神邸（旧美神令子除霊事務所）
「で、話というのは？」
向き合ってソファーに座ったシロと美知恵はケーキを食べながら話していた。
「アリマト。」
フォークをくわえたシロがびくっとなった。
「何と言われました？」
「アリマトが持ち込まれた可能性があるの。」
「まだあったのでござるか！」
「確証がないわ、結論を急がないで。」
「失礼、続けてくだされ。」
「もし本当ならオカルト防止法の国際条約に引っかかるわ。 見過ごすことはできませ ん。」
「当然です！ あんな物・・・あれは危険でござる！」
「ザンス側は内密にそれを処理しようとするでしょう。」
「・・・・・エイムズ殿ですか？ あ・・・・・ヒカリ！」
「悪魔で推測だけど、彼女はもしかしたらその為に雇われてるのかもしれません。」
がちゃっ シロは立ち上がった。
「まちなさい、まだ話は終わっていません！」
「！ ・・・・・・」
シロは座った。
「何か証拠を掴んでザンス側に認めさせればＩＣＰＯもそれなりに対応できるし、より被害を防ぐ確率は上がるはずよ。 不安を駆り立てるかもしれないから報道で市民に警告はできないかもしれないけど、場合によってはそれもできる。」
「ちょっとまってくだされ、証拠はないと・・・？」
「ええ、今のところね。」
「被害者はいないのでござるか？」
「そう、今日までにアリマトによると思われる犠牲者は１人も挙がってないわ。」
「なんだ、ではアリマトは日本にあるとは思えません。 おどかさないでくだされ。」「たしかにそうなんだけど、どうも引っかかるのよね。」
「そうですか・・・・？」
「今年になって、ザンス王国内でアリマトと思われる剣が盗まれた事件があったのは事実なのよ、そして今だ行方知れず。」
「了解です、ヒカリの方は拙者が聞き出してみます。 後は西条殿の指示に従えばいいですな？」
「お願いね。 犠牲者が出る可能性を黙っているとしたら、それは正さないといけないわ。」
「同感でござる！」
ＰＭ００：２１ 日本ＧＳ協会本部霊動実験室
中央であお向けに倒れている涼介にピートは歩み寄った。
「やってますね。」
「おう・・・ちょっと休憩だ・・・はあ――っくっ・・・」
「ちょっといいかな？」
「あ？」
ＰＭ００：３８ 六道邸付近（住宅街内の道路）
歩道にいたタマモは走ってきたほろのついた軽トラック目掛けてサッカーボウルくらいの火球を投げつけた。 がばあああんっ！ 爆発しながらも走り続けた軽トラは右に傾き転がった。 どおおおおんっ！ 目を細めながら燃え上がる軽トラに近づく。 ぱしゅっ！
「！？」
鋭い一閃が左の頬をかすめた。 熱くなった頬から血が垂れるのがわかった。 炎の影から１人のザンス人女性がサイレンサーつきの拳銃をかまえて現れた。
「無用心ね、マスクなしなんて。」
タマモは頬の血をぬぐった。
「思い切りがいいじゃない、お嬢ちゃん。」
ぱしゅっ かがんだタマモはジグザグにキャスに突っ込んだ。 ぱしゅぱぱしゅっ！ 間合いを詰めたタマモは左手で拳銃を持ったキャスの右手首を押さえ、下からのど元に右手の爪を突きつけた。
「くっ・・・・」
「答えなさい、アリマトは今どこにある？」
キャスの首から垂れ流れる血がタマモの右手首までつたってきた。
「つうっ・・・・・・」
「首がなくなるわよ？」
「くたばれ・・・！」
「それが精霊の教え？」
「異教徒が・・・！ お前達が自らの欲の為に機械を持ち込まなければ、私達は精霊と共に普通に生活できたのに・・・・！」
「そういう話に興味はないわ。 答えなさい、アリマトはどこある！？」
右手に力が入り爪が食い込む。
「がっ・・・・はっ・・・・・」
キャスは口を開けたまま細かくつまるような呼吸をする。
「きゃああああああっ！ 人殺し――――――！」
背後から叫び声がし、誰かが走り去る音がタマモの耳に入った。
「ちっ。」
「はっ、ははっ・・・・そうだ、お前達は人殺しだ・・・かっ・・・あっ・・・・アリマトが・・・お前を・・・・・・」
「さっさと言いなさい、死ぬわよ？」
「はっ・・・・お前も、横島のように・・・・！」
「！」
髪が逆立ったタマモは右手を奥に突き刺し右に切り裂いた。 ぶしっ 壊れた蛇口のように吹き出た血がアスファルトを汚した。 ひざがかくっとなり、キャスの体は沈んだ。
「・・・・・」
タマモは掴んでいたキャスの右手をさらに力を込めて握り、思い切り投げ飛ばした。 どがっ！ 今だ炎の消えない軽トラに叩きつけられたキャスの体は、壊れた人形のようにかくっと倒れた。 タマモは擦り切れたキャスの顔を見つめ、そして自分の右手を見つめた。
「くっ・・・」
血まみれの右手が電柱を殴り、震わせた。 うつむきかけた顔が再びキャスに向く。
「・・・・・帰りなさい、精霊の元に。」
タマモは赤く染まった人差し指から狐火を放った。
ＰＭ０１：１３ 都庁付近某店自販機前
「ふ―ん、で、その銃使うと何でやばいんだ？」
自販機が５つ並んだその真ん中の自販機にもたれながら、涼介はポカリを飲む。
「グングニルの効果事態よりも、その中身なんです。」
ぴっ がこんっ ピートはコーヒーを取り出し、涼介に並んでもたれた。
「精霊石クオーツを違法的にいじくった物とか、闇ルートから押収した物とか、あんまり表ざたにできない物使ってるんですよ。」
「国際警察がねえ・・・」
「ザンステロを恐れて、対精霊獣用として開発してたんです。 世界ＧＳ協会の管理のもとで。」
「でもさ、関東中のチャクラを圧縮して撃ち込むわけだろ？ 精霊獣に対しては十分に効果があるんだろうな。」
「その点に関しては、もう・・・・・一応機密ですから、誰にもしゃべらないでくださいよ？」
「何で俺に話す？」
「う〜ん・・・誰かにしゃべりたかったんです。」
「おいおい・・・で、お前は使うのに反対なのか？」
「あんまり使ってほしくないですね。」
「何で？ そんなにひどいもんでもねえんじゃないのか？」
「・・・・・・何でかな、僕にもよくわかりません。」
「潔癖すぎるんじゃないか？」
「駄目ですかね、そういうのって・・・」
「いいんじゃないの？ 俺は嫌いじゃないぜ。」
ＰＭ０１：２４ 六道邸正面玄関
「終わったの？」
外に出てきたヒカリにタマモは声をかけた。
「ん、何とか。」
ヒカリは２枚の札を見せた。
「器用なことで。」
「タマモもやる？」
「いいや、めんどくさい。」
「ふふっ。」
「さっさと帰ろ、運動したらお腹減った。」
「散歩で？」
「慣れないことはするもんじゃないわ。」
ＰＭ０２：１０ 東京都墨田区某ホテル（１２０５号室 スイートルーム）
「ウェイ、ウェイ？」
寝室に入ったエミはベッドの上の紙切れを拾い上げた。
「何々？ 長らくお世話になりました、我アリマト発見せり、てな訳で行って来ます、さよなら、だと〜？ ふんっ、あのがきっ！」
ＰＭ０２：２１ 横島除霊事務所
「ただいま〜。」
「愛子―、何か作って―。」
リビングに入ったヒカリとタマモは本体に寄りかかって寝ている愛子を発見した。
「愛子ちゃん・・・よだれ垂らしてるよ。」
「だらしない。」
「写真にでも収めとく？」
「迂闊なことするとご飯作ってくれなくなるわよ。」
「それは困る。」
「あと何回食べられるかわかんないしね。」
ヒカリは愛子の頬をぺちぺち叩いた。
「愛子ちゃん、もしもし？」
「んあ・・・？」
「あ―いこ、ご飯。」
「うっあはああああああっ・・・・ああ、よく寝た。」
「おはよう。」
「あ、お帰り。 電話が来たわよ。」
「誰から？」
「シロちゃんとエミさん。」
「あ―い―こ、ご飯は？」
「何だって？」
「シロちゃんは聞きたいことがあるから逃げるなって。 エミさんはすぐ来てほしいって。」
「ご―は―ん―。」
「う―ん、先生何か吹き込まれたかな？」
「そうかもしれないわ。 尋問でもする気じゃない？」
「ね―、ご飯。」
「エミさんは？」
「ウェイド皇太子が１人で出てったって。 アリマトを見つけたとかどうとか。」
「もしもし、アタシのご飯は？」
「どうする社長？」
「どうしましょうかね、タマモさん？」
「とりあえずアタシのご飯。」
ＰＭ０７：１５ 静岡県御前崎（浜辺）
防波堤によって建物と区切られた砂浜に立っていた日本人に、ウェイドは真っ直ぐに歩いた。 太平洋から吹く海の風に目が細くなる。 ウェイドに気がついた日本人はウェイドに体を向ける。
「まだ生きていたのか。」
テノマールはマスクを外した。
「残念だったね。 それが僕を呼ぶもんだから。」
「この程度の細工じゃもう無理か。」
ちゃんとしたものは作れんしな・・・ テノマールはアリマトを包んだ布と何枚もの封魔札をはがした。
「お前達がいくらやったって今更変わらない。 もうやめてくれ。」
「貴様ら王族の安易な考えでどれだけ俺達が苦汁を舐めたかわかって言ってるのか？」
「経済面で混乱が起きたのは確かに迂闊だった。 日本企業を簡単に受け入れすぎたのも、判断が甘かった。」
「・・・・・」
「何とかしたいんだ。 今回の調印式の前に、日本側の体勢だって考え直してもらいたいと思ってる。」
「無理だ。」
「やってみせる！」
「精霊はもういない。」
「そんなことはない！」
「皆飢えて死んだ。 毎日が争いの中だった。 子供がその日食べるものもない毎日を続いているのは貴様らのせいだ！」
「・・・・・」
「・・・・うせろ、今お前と話すことはない。」
「・・・・・それでも、僕はアリマトは破壊する！」
霊波刀を出したウェイドはテノマールに向かって走った。 しゃら・・・ アリマトが沈みかけた日の光をはじく。
「・・・・・」
テノマールは鞘を捨てかまえた。
ＰＭ０７：２２ 横島除霊事務所
「タマモはどうした・・・？」
「出かけましたよ、何か用事があるとかで。」
「そうか、まあいい。 ヒカリ、お主に聞きたいことがある。」
「はい。」
リビングにいた２人の耳に、かちゃかちゃと洗い物をする音がキッチンから届いた。
「お主、今回の仕事アリマトで依頼されたのか？」
「は・・・？ いえ、違いますけど・・・？」
「本当か？」
シロはテーブル越しにヒカリに詰め寄った。
「先生どうしたの？ ちゃんとご飯食べましたか？」
「話をそらすな。」
「・・・・そうだとしても、話せないって先生わかってるでしょう？」
「じゃあ、そうなのか？」
「違います。」
「傷を見せてみろ。」
「いいですよ。」
ヒカリは左の二の腕のバンダナを外し、シャツを脱ぐと、腹に巻いていた包帯も外した。
「普通の傷ですよ、こっちはちょっと痕が残ってますし、お腹の抜糸はまだできませんけど。」
「そう・・・・みたいだな・・・・黒くもないし・・・すまん。 拙者の勘違いだったようでござる。」
シロは体をソファーに戻してほっと笑った。
同時刻 静岡県御前崎（浜辺）
「！？」
人影を２つ見つけた。 一人は倒れて、一人はそこから少しずつ離れていこうとしていた。 ぎゅわんっ！ アクセルを最大に吹かし、砂を跳ね上げながら人影の間に割ってはいる。
「！？」
テノマールは横に跳んでかわし、身かまえた。
「ウェイド君！」
バイクが倒れ、ヘルメットを脱ぎ捨てたヒカリはウェイドを抱き起こした。
「ウェイド君！？」
「まだ死んでない。」
ヒカリはテノマールに顔を向ける。
「安心しろ、体の負担に耐えられなくなって気絶しただけだ。」
「・・・・何で切らない？」
「・・・・・」
「あなた、何考えてるの？」
「・・・・・」
「ヒカリ！ ウェイ！？」
防波堤を乗り越えたエミが駆け寄った。
「ヒカリ！ ウェイは！？」
「大丈夫です。」
「・・・こいつは？」
「シーラム。」
「じゃあ、あれがアリマト・・・」
テノマールの手にある鞘に収められた剣に、エミは息を飲んだ。
「エミさん、ウェイド君を。」
「わ、わかったわ。 気をつけるワケ。」
ヒカリは立ち上がり、エミとウェイドを持ち上げる。 エミはウェイドノ肩を担ぎ、振り返りながらもウェイドの足を引きずって防波堤に歩いた。 エミが見えなくなると、テノマールは口を開いた。
「まだ動けるか？」
「一応ね。」
「そうか。」
青い瞳は、沈んだ日がかすかに残した光を受けて黄色く見えた。 その瞳がヒカリからそれ、海に行く。
「あれから、この国を見て回った。」
「・・・・・？」
「今の俺はシーラムであってシーラムでない。」
「・・・・・何言ってるの？」
「俺に時間をくれないか？ ヒカリ・横島。」
「は？」
「もう少し見てみたいんだ、この国を。」
「悪いけど、私は観光案内を受け付けてないわ。」
ヒカリは破魔札を指に挟んで霊波刀を出す。 ぶわんっ
「無闇に霊力を使うな、侵食が早まるぞ！？」
ひゅばっ 左から胴切りに切り払われたヒカリの剣を後ろに飛んでかわしたテノマールは柄に手をかける。
「俺達だってただの殺し屋じゃない！ 必要以上に殺したくはない！」
「あれだけのことが必要な殺しだとでも言うの！？」
「違う！ 俺だって・・・！」
「破っ！」
剣が霊波の矢となって投げつけられ、テノマールに迫った。
「く・・・」
どごおおおんっ 砂と土が飛び散る。 右に跳んだテノマールは波の中に転がった。
「ちいっ、あんたの母親はもっと人の話を聞いたぞ！？」
「！ ・・・・・」
ヒカリはかまえた２枚目の破魔札を降ろした。
「ふうっ・・・」
濡れた髪をかき上げながら、テノマールはヒカリに歩み寄った。 ある程度の距離で止まる。
「母さんは死んだ。 あなた達の言葉を信じて・・・」
「俺だって嫌だった、あの人は中立の立場として何とかしようとしてくれていたのに。」
「じゃあ、何であんなことになったの！？ 何で殺されなきゃならないの！？」
「・・・・・すまない。」
「何で謝る！？」
ヒカリの目から一筋の涙が流れた。
「精霊なんか知るもんか！ そんなことはどうでもいい！ 何で母さんが死ななきゃならない！」
「すまない。」
「母さんは、母さんはもっと生きてなきゃいけなかったんだ！ 父さんと・・・父さんだって！ 生きて、ずっと、２人で・・・・」
あふれた涙が視界をさえぎった。 握り締めていたこぶしが震えた。
「・・・・・」
「・・・・私は恨んでなんかいない。 私はＧＳだ、ＧＳになったんだ。 依頼された仕事はこなす。」
「俺だってそうさ、だけど、今は時間が欲しい。」
ヒカリは破魔札を持っていない左手で涙をぬぐった。
「ふざけるな！」
「本気だ！ 俺はシーラムから抜けた。」
「嘘だ！」
「信じてくれ！ 俺は自分の目でこの国を見て、もう一度考えてみたい。 自分がどうするべきかを・・・！」
「そんな簡単に心変わりするようなものなのか！？ シーラムってのは！？」
「始めは怒ったさ、こいつらは俺達の国のことを知りもしないでってな！ だけど思った、考え方は違うし信じるものも違うけど、普通に生活する家族は同じなんじゃないかって！」
「今更・・・・！」
「あんたに会って、あんたの母親のことを思い出した。 話したこともないけど、違うやり方を探したくなった！」
「私は母さんじゃない、だからそんなこと言われても信じられないし、興味もない。」「ＧＳ・・・・！」
「プロのね。」
ヒカリは右手の破魔札を突きつけた。
「他のやり方を探すのならそれはいらないはずよ。」
「まだわからない。 シーラムに戻るつもりはないが、考えて、それでも必要と思ったら、俺はこいつを使う。」
「・・・・・念！」
破魔の文字が光り、切っ先がテノマールの胸に突きつけられた。
「アリマトを置いて行きなさい。」
「どうするか決めたら最初にお前に言う、だから今は渡せない。」
「私は牧師じゃないわ、懺悔なんて聞きたくない。」
「そんなつもりはないさ・・・・！」
テノマールの握られていたこぶしから精霊石が弾かれ、ヒカリの剣に当る。 がおおおおおおんっ！
「っつ！」
爆風で砂が飛びかかって来た。 目を開いた時には、精霊獣が飛び上がるのが目に入った。
「必ずお前に言うから！ それまで死ぬな！」
「勝手なこと言わないで！」
飛び去る精霊獣に向かってヒカリは２枚の式神の札を取り出しかまえた。
「・・・・・くそ！」
札を下ろしたヒカリは、精霊獣が見えなくなるまでそのまま立ち尽くした。
ＰＭ０８：１１ 静岡県御前崎付近某旅館（某一室）
「緩和剤を注射したけど、はっきり言ってもう限界なワケ。」
「そうですか・・・」
布団に寝かされたウェイドを左右から覗き込んでいたヒカリとエミは、力なく座り込んだ。 ヒカリは首が、そしてあごや頬の下までが黒ずんだウェイドの顔をそっと撫でた。
「ウェイはね・・・」
ウェイドの顔を見つめながら口を開いたエミに、ヒカリは手を戻して顔を挙げた。
「ウェイは研修生として、遺跡の発掘隊に参加していたの。」
「・・・・・」
エミはウェイドの頭に手を伸ばした。
「発掘されたアリマトに１番興味を持ったのもウェイだったワケ。 その時はまだ、それがアリマトだとは思われてなかったけど・・・」
エミはくしゃくしゃとウェイドの頭をなぜた。
「王室管理の研究所にシーラムが強襲をかけて来た時、生き残ったのもウェイだけだった。 アリマトは消え、残されたのは多くの死体と、腐っていく体になったウェイだけ・・・」
「・・・・・」
エミは手を止めた。
「こいつ、どうしても日本に行くって聞かなくてね・・・」
「・・・・・」
「霊力が高まると、体内のチャクラに反応して一気に体は蝕まれるワケ、こんなふうにね。」
「・・・・・」
「引き受けるんじゃなかったわ・・・・こんなこと・・・・」
「エミさん・・・」
「こんな思いをするぐらいなら・・・・」
「そんなこと・・・言わないで下さい・・・・・」
「！？」
「ウェイ！？」
瞳を開いたウェイドはエミに目をやる。
「ははっ・・・駄目でした・・・・僕・・・」
「ウェイ・・・」
「体が・・・言うこと利かなくて・・・」
「・・・・・・」
ヒカリは左腕に巻いたバンダナを右手で押さえた。
「もういいわ、あんたはよくやったワケ！」
「エミさん・・・あとのこと、っく・・・・頼みます・・・」
「わかった、わかったから・・・」
エミの頬を伝った涙は布団の上にしみを作った。 ウェイドは目を閉じた。
「ヒカリ・・・さん・・・・いますか・・・？」
「はい。」
「生きて・・・・ください・・・きっと・・・・あなたは・・・」
「ウェイド君、父さんと母さん、それからお兄さんによろしく伝えて。」
「・・・・・はい・・・」
ヒカリとエミに看取られて、ウェイドは静かにその呼吸を止めた。
ＰＭ０９：０４ 日本ＧＳ協会本部霊動実験室
ピ――――――・・・
「マリア、マリア聞こえる！？」
マイクを掴んだ美知恵はガラス越しのドームの中を見つめて怒鳴った。 霊気が充満し、霧で覆われたようになったドーム内は何も見えなかった。
「ざざ―・・イエ・・・ス・・・ス・美・ざざっ・・・」
「室内の霊気の密度が下がりません！」
インカムをつけてコンソールを叩く桐原は美知恵を振り返った。
「バッテリー、ロスト！ 冷却装置２番停止！ このままではアリアが・・・！」
「空調フィンを全て稼動！ 地上に出して！」
「はい！」
「これは・・・強すぎる・・・・」
「先生・・・・」
美知恵の後に立って見ていたピートと西条は上手く口が動かなかった。
「・・・・・」
美知恵は黙って充満した霊気を見つめていた。
ＰＭ１０：２２ 横島除霊事務所
「くか――――っ！」
ビール瓶を抱え込んでいびきをかくシロにタマモは飽きれた様にため息をついた。
「手間のかかる奴・・・」
ｓｅｅ ｙｏｕ ｎｅｘｔ ｓｔｏｒｙ