HAND RED FUTURE


第2章 忘れられないモノ

 険しい山を登る男が二人・・・
 二人は今、とある修行場にむかっている。
 もう、かれこれ登り続けて2時間ほどになる。
 この山・・・明神山は標高の高い山で、季節も季節なので雪が降り積もっている。
 一応、道はあるのだが、ろくに整備もされていない。
 また、道幅は狭く一歩踏み外せば谷底にまっさかさまだ。
 命の保証はない。

「ったく!何でこんな所に修業場なんか建てるんだよ。
 寒いし、疲れるし、空気薄いし・・・きれいなねーちゃんもいない!」
 氷河がついにグチをこぼした。
 前世とあまり進歩がない。
 昨日、GSとしての能力に目覚めたと言っても、突然のことであったため、自由に使えない。
 ましてや、寒さをしのぐ能力などあるはずもない。
「仕方ないじゃないですか。行くって言ったのは横島さんですし。
 話を聞くなり飛び出して、ろくな防寒着も持って行かなかったんですから。」
 こう答えたのはピートである。
 これは氷河の方の分が悪い。
「お前はいいよな。ヴァンパイアだから、こんなくらいどうってことないもんなぁ。」
 ふたりは、そんな話を幾度となく交わして道を進んでいた。
「そんなこと言わないでくださいよ。あっちに着けば、いろいろもてなしていただけると思いますから。」
ピックッ!
 氷河が反応した・・・。
「そうだった!美しい竜神様が俺を待っている!!!」
 氷河はそう言うと、すごい勢いで山を登り始めた。
 やはりあまり進歩していないようだ。
「本当に相変わらずですね・・・。」
 ピートが急いで後を追いかけた。

山頂にかなり近づいた頃、やがておおきな中国風の建物が見えてきた。
「ここですよ、横島さん。」
 その言葉を聞き、氷河は慎重に門に近づきのぞき込んだ。
 
『この門をくぐる者 汝一切の望みを捨てよ     管理人』

「管理人ってのがなんか迫力に欠けるけど、それでも不吉な予感が・・・」
 不吉な予感・・・
 なぜなら、その大きな門には大きく鬼の顔がふたつついている。
 そしてその両脇には、頭のない大きな体が襲いかかりそうな勢いでたっている。 
 (さすがにこれは・・・。)
 しかし、未知の領域という気はしない・・・。
 ここに今まで、絶対に来たことはない。
 だけど、この風景には見覚えがある・・・。
 あのとき見た、真紅の世界ほどはっきりしてはいないが・・・。
 そんな、過去にも幾度となく味わった考えが頭の中で渦巻いた。
(またか・・・前にも俺はここに来て、同じことを言った気がする・・・。)

 悩んでいる氷河をよそに、ピートは何も気にせずに門に近づいていく。
「おっ、おい。やめた方がいいんじゃないのか・・・」
 氷河がそう言うか、言わないうちに・・・
 予測していた事態が起きた。
「だれだぁぁぁぁっ!」
 雷が落ちたかと思うくらい大きな声が、あの鬼の顔から聞こえた!
「ひーーーーーっ。すいませんーーー!」
 氷河は岩陰に急いで隠れた。
 しかしピートは、動揺していないらしい。
(おいおい。いくらピートでもやばいんじゃ・・・。)
 そんな氷河の心配をよそに、ピートは大鬼と話している。
 俺の名前が聞こえてくる。
 話が終わったらしい・・・
「横島さーーーん。こっちへ来てください。」
 ピートが呼んだ。
 (大丈夫かよ・・・。)
 氷河はおそるおそる近づく。
「そんなに怖がらなくてもいいですよ。いい人(鬼?)たちですから。」
 確かに敵意はなさそうだ・・・。
「おおっ!確かに横島だ!」
 鬼たちは氷河に向かって、訳の分からないことを言った。
(何言ってるんだこいつら?まあ、悪いやつらじゃなさそうだ。)
「横島さん中に入りますよ。」
 ピートが門を開けながら氷河を呼んだ。 
「おっ、おう。」
 氷河は慎重に門をくぐった。
二人は中に入っていき、門は再び固く閉じられた。
 
「なあ、左の・・・わしら門番の役目を果たしてないのう。」
「右の、こういう場合はしかたない。あの二人は、小竜姫様が呼んだのじゃし。」
 
 ピートは昨晩、氷河が眠っているうちに小竜姫様と連絡を取っていた。
 氷河の力が目覚めたと聞いて、小竜姫様はとてもうれしそうだった。

 中に入ったのはいいが・・・
「おいおい・・・これが修業場かよ・・・。」
 氷河は中に入って、唖然とした。
 表の門はいいとして、中は・・・銭湯・・・?
「なんだよ、この間違ったセンスは・・・。」
「あら、いらっしゃい。」
 竜神様、もとい小竜姫様が突然、ドアを開けて出てきた。
 見た目は、16年前と比べ全く変わっていない。
 氷河は知らないが。
 すぐに襲いかからないのが、氷河の前世からの唯一の進歩といえるだろう。
 この場合、動けなかったと言った方が正しいかもしれない。
 再び、何度も味わったことのある感覚に襲われていた。
「お久しぶりです・・・横島さん・・・」
 小竜姫様は笑顔だったが、氷河にはどこか不安で寂しそうな顔をしているように思えた。
 そして同時に、おかしなことに気づく。
「お久しぶりって・・・どこかで会いましたっけ?」
「あっ・・・。」
 小竜姫は急いで口を手で覆った。
「俺がこんなきれいな人忘れるわけが・・・そう言えば俺も小竜姫様に以前、会った気  がする・・・・。」
 ・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・。
 ・・・・・・・・。
「えっ!?」×3
 小竜姫、ピート、そして氷河が同時に反応した。
 氷河はまたおかしなことを言っている自分に気づく。
 今まで、会ったこともない人の名前を知っている・・・。
 『小竜姫』という名前は、ピートからは一度も聞かされていないはずだ。
 この体験は氷河にとって初めてではなかった。
 げんに、今、隣にいるピートと初めて会ったときも自分は知っていた・・・彼のことを。
 ピエトロ・ド・ブラドーという名前も・・・ヴァンパイアであることも・・・。
(またか・・・。ばれちまったし話しとくか・・・。)
 自分が今まで、他の人とどこか違うと思っていたことを初めて話す気になった。
 親友のピートならともかく、今、初めてあったこの人にも・・・。
 ばれてしまったということもあるが、それだけではない。
 この人なら信じてもらえる・・・。
 この人はとても頼りになる人だと、無意識のうちに理解していた。
「今まで誰にも言ってなかったけど俺、昔から会ったこともない人を知っていたり、行ったこともない場所を知るっていたりするんだ・・・。
 今こんなことを、会ったばっかの小竜姫様に話してしまうこともそうなんすけど。」
 そこにいた氷河はさっきまでの、おちゃらけた男ではなかった。
 ・・・・・・・
 少しの沈黙の後、小竜姫は口を開いた。
「分かりました。いつかは話そうと思っていました。
 修業の前にすこしお話ししましょう。着いてきてください。」
 そう言った小竜姫様の顔は真剣味をおびていた。
 氷河は思った。
 (何か、まずかったかな・・・。)

 小竜姫につれられ、氷河は居間につれてこられた。
 純和風・・・それがこの部屋の感想だった。
 (なんか、やっとふつうの場所に来れた気がするな・・・。)
 氷河は差し出された座布団に腰を下ろした。
 あまりに整とんされているため、なぜか少し緊張した。

 ピートはというと、『僕の役目は横島さんをここに連れてくることですから。』と言って帰ってしまった。
 少し心細かったが、ここはなぜか安心できたし、小竜姫様もいるからと思い、別に引き留めなかった。 

「これから、お話することはすべて真実です。現実離れしていますが、まず驚かずに聞いてください。」
 すぐに会話は始まった。
 小竜姫の険しい表情に、氷河は小竜姫の話をただ聞くしかなかった。

「はっきり言います。
 あなたは約100年前、あのアシュタロスの事件を解決した、英雄・・・そしてあなたの祖先・・・横島忠夫さんの生まれ変わりなんです。 
 それもただの生まれ変わりではありません。魔族型転生・・・聞いたことはあると思います。
 人間型転生との最も大きな違いは、前世の記憶、容姿、力を色濃く残していることです。
 忠夫さんの魔族型転生した姿が・・・あなたです。
 ですから忠夫さんの記憶があなたの魂に残っているのです。
 行ったこともない場所を知っていたり、会ったことのない人を知ってしるのはそのためです。
 そして今、あなたが、忠夫さんがGSとして目覚めた17歳に近づくにつれ記憶も力も戻りつつあるのです。
 そして昨日・・・何かは分かりませんが、きっかけになりGSとして目覚めたのです。 不完全な形ですが。」

 驚きのあまり沈黙していた氷河だったが、何とか声を出した。
「ちょっとまった!魔族型転生!?俺は魔族?人間ではない?俺の親も、そのまた親も人間だったのに!」
 ふいに、机から氷河は乗り出していた。

話は理解でき、いままでの不思議な体験の説明もついた。
 しかし、ショックだった。
 自分の存在が否定された気がした。
 驚くなと言われていても、これは驚くしかない・・・
 そんな氷河に小竜姫はやさしくこたえた。
「安心してください。
 そのことは心配いりません。
 あなたは人間です。
 なぜ魔族転生したのかは今は言えません。
 なぜなら、それはあなたの前世の記憶に深く関わっているからです。
 無理に記憶を起こすとまずいことになるので。
 とにかく、あなたはあなたです。
 記憶が完全にもどっても、今までの記憶も、あなたの自我ものこります。
 それにこれからの未来を進んでいくのはあなた自身です。
 時には次第に取り戻していく過去の記憶に苦しむかもしれませんが、それに立ち向か  うか、逃げだすかもあなた次第です。」
 ・・・・・・。
 なんだかよく分からなかった。
 が、俺の転生は他の人間と比べて、とくべつで、前世の記憶が強く残っているという  ことは分かった。
「くっ・・・。」
 自分のことでこの人を、これ以上困らせたくないと思った。
 だから、納得はできなかったが表面上は理性を取り戻した・・・。
 そう思いながら、心の奥で納得している自分がいたのかもしれない。
 忘れてはいけない何かが自分の中にあるような気がした・・・。
 氷河は座布団に再び行儀よく腰を下ろした。
「そうっすね。悩んでいても仕方ないっすよね。なんかすっきりしました。小竜姫様のことも知っていたんだし、少しずつ記憶が戻ってきているのは確かそうだし。まっ、とりあえず記憶を戻すためにも、修業お願いします。」
 立ち上がった氷河の顔はあの事件の忠夫が垣間見せた男の顔だった。

(横島さんは・・・私のこと覚えていてくれたんですね・・・。)

 今、氷河と小竜姫は修業場に向かっている。
 氷河は、あの懐かしい声のことを考えていた。
(俺の能力が目覚めたきっかけは、昨日のあの絵・・・だよな。
 あのとき、俺は一人足りないと言った。
 そのあと見たあの真紅の世界。
 あれも前世の記憶・・・?
 あの声はなんなんだ?悲しくて、儚くて・・・暖かい・・・。
 もしかしてこの人なら知っているかもな・・・。)
「あっ、あの。」
「はい?」
 氷河は小竜姫を呼び止めた。
ズキン・・・
 その瞬間、頭の痛みがよみがえる。
「あっ、え〜っと・・・なっ、なんでもないっす。」
「?」
 氷河は話をしようと思ったが、やめた。
 (やっぱりやめとこう。あの記憶は・・・)
 こうした理由はよく分からないが、あえて言うなら、心に言葉が浮かんだからだ・・・。
  ―――ソレハ 私タチノ 思イ出―――
前世の記憶が完全に戻ってないのが、なぜか悔やまれた。
 無言で歩く氷河。
 いつもより激しい頭の痛みだけが続いていた・・・

 修業場についた二人・・・。
 辺り一面岩と砂だけ・・・地平線がみえる・・・
「わ、悪い夢のよーですね。地平線が・・・」
「人間界では、肉体を通してでしか霊力を鍛えられませんが、ここでは直接鍛えることができるんです。」
 ここまで来たのはいいが、
 この異様な風景に、さきほどの話に、そして何より勢いだけでここに来てしまった自分に氷河はとまどっていた。
「あ、あの〜俺、修業に来たのはいいんすけど、まったく力ないですよ。うちの家系は  みんな、GSなのに俺だけその力がなかったし・・・。昨日、力を使ったと言ってもほとんど覚えてないし・・・。」
 氷河の不安の表情に、平然と答える小竜姫。
「ああ、心配いりません。あなたの霊力は腕にある封印の呪術よって封印されています。 あなたのお母さんが、前世の巨大すぎる霊力に飲み込まれないように封印してくださったのです。」
 突然のことに制止する氷河・・・
「へっ。そ、そう言えばこの模様・・・おふくろはお守りとか言ってたけど・・・。
 そうか俺にもGSの素質があったのか・・・。(しみじみ・・。)
ん?まてよ・・・ってことは、おふくろは俺の前世を知っていたのか!?」
 それを聞いて、少し困る小竜姫。
 それを見て、あわててフォローする言った本人。
「まっ、いいか。誰でも秘密は一つくらいあるし・・・。それで、これをはずすんですか?」
 氷河はなんとか明るくつとめた。
 女性の困ったり、悲しむ顔は昔から苦手だ。
「ええ。その呪術は霊力の量を制限するもので、3段階に張ってあります。昨日はなぜか、霊力が漏れだしたようですが、今の状態では、普通の人間並の霊力しか出せません。ですから、霊体に対して、攻撃も防御もほとんどできないんです。ですから、まずは一つ目をはずします。」
「え〜。めんどくさいから全部はずしてもいいっすよ。」
「それはダメです!霊力のコントロールを覚えないと、力に負けて暴走することになります!あなたの潜在霊力は、私を越えているので私にはあなたを止めることができまん!」
まずった・・・そう氷河は思った・・・。
 
「すいません!まず一つ目お願いします!」
「分かってくれればいいです。ではいきますよ・・・。」
 小竜姫様の両手が青白い輝きを放ち、俺の腕に近づいた・・・。
スーーーッ・・・・
 体の力が抜けていく・・・体の周りに何か暖かい物を感じる・・・。
シュッ!!
 すごい光が自分を包んだ。
 目を覆う氷河。
「終わりました。これであなたは今、50マイトくらいの霊力を持っていることになります。修業をし、実戦経験を積んで、あなた自身の基礎霊力をあげればこの状態でも、200マイトは楽に越えると思いますよ。」

 腕の模様が薄くなった以外、特に変化は感じられなかった。
(ほんとに俺、変わったのか?それにしても、50マイトって下の上くらいのGS並の力だよな・・・)
 昨日の感じを思い出して、右手に力を入れてみる。
(ん?)
 いつもと違う感覚。
 体全体があつくなる・・・。
 体を覆っている生ぬるいものが右手に集まる・・・。
 あのときと同じ感じだ・・・。
 ヴュウウッ・・・ヴヴヴッ・・・
 ぼんやりした物が、はっきりした形になる。
「でっ、できた!これが俺の力・・・。すごい・・・。」
「そうです。その感覚を忘れないでください。その盾の使い方は覚えていますか?」
「ええ、まあ。」
「よろしい。では、ここから本格的に修業を始めます。まずは、甲羅剛練武(シェル・ゴーレム)と戦ってもらいます。」
「へっ・・・実戦!?」
 訳の分からない氷河・・・。
 つい、サイキック・ソーサーを解いてしまった。
「甲羅剛練武!」
ビュウウム!!!
 地面から、金属でできた5メートルはある巨人がでてきた。
「で、でかい・・・これと戦うんですか!」
「ええ。いい勝負ができると思いますよ。シェル・ゴーレムは、45マイトですから。装甲が硬いので気をつけてください。それでは・・・はじめっ!」
ウォォォォン!!
 始まったと同時に、ゴーレムが巨体をうならせ突撃してきた。
「うわっち!アブねぇ・・・。」
(素人の俺がこんな化け物に勝てるのか・・・?)
 まっすぐなゴーレムの動きは、氷河にとって、避けることは難しくない。
 横に飛び退いて反撃の体勢を整える。
 勢いあまり、ゴーレムは岩にぶつかった。
 ゆっくりと立ち上がるゴーレムだが傷ひとつついていない。
「マジかよ。でも見切れない動きじゃない。何とか隙を見て、俺の攻撃を当てれば・・・。」
 前の感覚を思い出して、右手に集中する・・・。
ヴヴヴッ・・・
 同じものができた。
「よし!いつでも出せる!いくぜっ!」
 何だかんだ言ってやる気の氷河。
 微妙に好戦的なのは曾祖母の血であろう。
 しかし右手に集中しているうちに、ゴーレムが目前に迫っていた。
ブンッ!!!
「くっ!!」
 うなるゴーレムのパンチをなんとか受け止める。
 一見、物理的攻撃に見えるが、ゴーレムも霊体なので、サイキック・ソーサーで受け流すことはできる。
 それでも、すごい衝撃が体の負担になる。
シュッ!
 なんとか受け止めているものの、霊圧で頬や腕に2,3本傷ができる。
 だが、氷河は気にせず右手に集中している。
「コノヤロォォォォッ!!」
 霊力を両腕に注ぎ、攻撃を何とか受け流す。
「いまだっ!」
 攻撃を受け流されて、バランスを崩したゴーレムに向かって、霊力を吸収した霊気の盾を投げつける。
ザシュッッッ!!!
 投げられた盾は、ゴーレムの背中のあたりに命中した。
 (よしっ!)
 勝利を確信して、ガッツポーズをかます氷河。
 しかし!
ウオオオオオン!
 巻き上げられた砂埃の中から、ゴーレムが姿を現す。
 小さな亀裂がはいっているようだが、ダメージはあまりないようだ。 
「なんて硬いんだよっ!」
 もう一度、サイキック・ソーサーを出す氷河・・・。
(さすがに短時間に3つも出すのはきついか・・・。)
 じっくり敵を観察する。
(装甲のうすいあの目玉をねらうのがベスト・・・。何とか当てるしかないな。)
 ――――前世の戦いの技術は多少受け継いでいるようだ。
 今度はこちらから仕掛ける氷河。
 ゴーレムも素早くこちらに向かってきた。
 攻撃の態勢のため、防御が若干遅れた。
 ゴーレムの太い腕が目の前に迫る――――
「うわぁぁぁぁっっっっ!」
 敵の攻撃を防ごうとした、氷河だった・・・
ズシャァァァッ!!!
(あ、あれ!?)
 衝撃に備え目をつぶっていた氷河だったが、衝撃が来ないため、おそるおそる目を開ける。
 敵の腕の上をすべっている――――
(俺が霊力をコントロールしたのか!?)
 攻撃を軽やかに避けた氷河はゴーレムの方向に体勢を整える。
 岩に再びぶつかるゴーレム・・・。
(やっぱ、ダメージはなさそうだな・・・でも、次がチャンスだ!)
 砂煙の中、ゴーレムが立ち上がりこちらを振り向く・・・。
「そこだぁっ!!!!!」
 ザシュッッッッ!!
 氷河の手を放れた盾はゴーレム唯一の弱点といえる目玉に、ピンポイントで命中した。
バフッ!
 ゴーレムは跡形もなく煙になり消え去った。
 その場に仰向けで倒れる氷河。
「ふ〜〜〜っ。」

パチパチ・・・
 小竜姫が拍手をしながら、氷河に近づいてきた。
「1分57秒。なかなかの記録ですね。よく、ゴーレムの弱点を見抜き、その小さな目標にうまく当てることができましたね。それに霊力のコントロールもお見事でした。まずはひとつめはクリアです。今ので横島さんの霊力が上昇したはずですよ。」
上半身だけを起こす氷河。
「そうっすか。でも、もうヘトヘトっすよ。まだやるんすか?」
 イヤな予感がよぎる・・・。
「はい。あと、もう2回戦ってもらうことになります。でも今の戦いを見て、次の戦いがいらないほど、霊力が高まっているようなので、ふたつめをとばして、最後の戦いをこれから行います。」
(なんか、得したのか損してるのかよくわからん・・・。)
「体力回復のため、10分間の休憩を認めます。10分経ったらまた来ます。」
 そう言ってこの空間を出ていく小竜姫。
(10分で回復って・・・おいおい。)
 一人残された氷河。
 てきとーに岩に腰掛ける。
「ふーーーーっ。なんか俺、すごいことになっちまったな。」
 そう言ってまじまじと右手を見つめる。
 そこにあるのは昨日までと比べて、何の変化もない手。
 昨日までは普通の人間だと思っていた自分。
「前世の記憶か・・・。俺は前、何してたんだろうなぁ。いろんな人と会ったんだろうな。それは今の俺が知っている人だったり、知らない人だったり。やっぱり戦ってたんだろうな、今みたいな敵と。今の戦いは怖かったけど、なんか懐かしい感じだった。まあこんな人生も悪くないな。」
 無意識にすべてを納得にかえた氷河。
 ボーーッと地平線を見つめる。
 何もない世界・・・岩と砂と空だけ・・・。
 どこまで行っても何もない場所・・・。
ただひとり残されたのは自分だけ・・・。

「・・・さん。横島さん。」
 遠くで小竜姫様の声。
 氷河は自分の名を呼ぶ声に気づく。
 ボーーーッとしていて気づかなかったが、いつしか10分経っていたらしい。
「す、すいません。」
 あわてて立ち上がり、小竜姫のもとに駆け寄る。
「お願いします!」
「はい。では、最後の実戦を始めますよ。入ってきなさい。」
 そう言って小竜姫はドアの方に顔を向ける。
 すると、
ガラッ!!
 勢いよくドアを開けて、何かが飛び出てきた。
「久しぶりでござる〜♪せんせぇに会いたかったでござるよ〜!」
 急に抱きつかれ押し倒される氷河。
 ボケッとしていた思考が覚醒する。
「えっ。ちょっ、な、なんだよこいつは!」
 突然すぎて訳の分からない氷河。
「シロちゃんやめなさい!」
 そう小竜姫が一括する。
 驚いて飛び退く、シロという少女。
 年は氷河と同じくらい。
 変わったズボンをはいている。
 そして、何よりも目に付くのがシッポ・・・。
「すまんでござるよ〜。あまりにうれしくて。」
 無邪気な笑顔であやまる。
 どことなく魅力を感じる笑顔だ。
「うれしいからって、これはないだろ・・・。」
 なめまわされて、べとべとの顔の氷河・・・。
「うううっ・・・すまんでござるよ・・・。」
「それよりお前、人間じゃないよな・・・。人狼?前世に会ったことあるよな確か。こんなことを前にもやられたことがある。」
「そうです。前世で横島さんは、シロちゃんの先生だったんですよ。」
「なんとなく、そんな気がします・・・。」
 こんな予測不可能でエネルギッシュな人物は、転生しても忘れるはずがない。
「まあ、これからもよろしくな。シロ。」
「はいでござるっ!」
 再び元気を取り戻している。
「ところで人狼ってこんなに年とらないのか?俺の記憶では、あまり外見が変わってない気がするけど。」
 前世の薄い記憶をたどって質問する。
「それは昔、せんせぇが拙者に霊力を分けてくれて、そのとき拙者一気に成長したせいで成長が遅いのでござる。」
 シロの簡単でわかりやすい(?)説明。
 なぜか得意げな表情だ。
 なんとなくそんなことがあったような気がする氷河。
「そっか。霊力が高いと、犬でもこんなに長生きできるんだな。」
「狼でござるっ!」
「コホン!再会はこの辺にして最後の修業を始めますよ。いいですか?」
 忘れられていた小竜姫が少々いらつきを見せている。
「は、はい。でも、もしかして俺・・・シロと戦うんすか?」
「そうでござるよ〜♪」
(何でうれしそうなんだよ・・・。)
「そうなります。シロちゃんは外見以上に強いからあなどらない方がいいですよ。それでは、距離をとってください。」
「なんか気がすすまんな・・・。」
(女の子だし負けないとは思うけど・・・。)
ヴヴヴッ・・・
 戦闘準備完了。
「いきますよ・・・・・・・はじめっ!!!」
「せんせぇ〜いくでござるよ〜!」
 そう言ったシロの姿が氷河の視界から消えた・・・。
 氷河の記憶はそこまでだった・・・

 氷河は夢を見た。
 自分が歩いている夢・・・
 どこに行くかは分からない
 前には、明るいような暗いような、きれいで不気味で、やさしいような落ち着かないような・・・そんな感じの赤い丸い物が霞ながら浮かんでいる・・・
         夕日?
 歩いていくと
 たくさんの人が自分の横を通り過ぎる・・・
 知っている人も知らない人も
 ピートや、小竜姫様もいる
 みんな様々な笑顔で・・・何処か寂しげに・・・
 たくさんの人たちだった
 懐かしい人たちだった
 歩いて行くにつれ・・・
 いつしか、道幅は狭くなっていた
 いつしか、誰ともすれ違わなくなっていた

 また、ひとりになった
 真紅の世界で

 急に心細くなり
 引き返そうと思って振り向いたとき・・・
      ―――  ヨコシマ  ―――
 自分の名前を呼ぶ声に制止する
 あの声・・・
 ゆっくり正面を向く
 目がその姿をとらえた
 後ろの赤い光が逆光となり、顔はみえない
 シルエットだけが浮かぶ
 自分はいつしか泣いていた
 右目から流れ落ちて止まらない涙・・・
 左目はそれを許さない・・・
 また聞こえる・・・
    ―――マタイツカ 一緒ニ・・・―――
 その言葉の続き・・・何となく分かった
 押さえていた左目の涙も止めどなく流れた・・・
 何処か無理矢理押さえていた左目の涙・・・
 涙をぬぐった次の瞬間、彼女の姿はなかった
グラッ・・・
 崩れていく真紅の世界・・・
 自分がこの世界を後に、空に昇っていくのが感じ取れた。

 ハッ・・・
「やっと気がついたでござるか〜?」
 シロの声。
「お、俺はいったいどうしたんだっけ・・・。」
 周りにはあの荒野が広がっている。
「拙者にやられたんでござるよ〜。せんせぇも修業不足でござるな。」
 なんとなく思い出す。
「大丈夫ですか?横島さん。」
 小竜姫様もいる。
「まだ、シロちゃんとの戦いは早かったようですねぇ。」
「あははは・・・。」
(ん?)
 氷河は笑いながら体の異変に気がついた。
 照れ隠しに頭をかいた左手・・・。
 左手の手の甲・・・小さな模様が浮き出ている。
 赤い、吸い込まれそうな色。
 形は、なにやら虫のよう・・・。
スゥーーッ・・・
 模様は体に吸い込まれるかのように消えてなくなった。
「横島さん?」
「は、はい!?なんでせう?」
 動揺が隠しきれない。
「今日はここまでです。今日はここに泊まっていってください。もう遅いですし。」
「えっ、いいんですか?」
 少しとまどう。
「そうするでござるよ〜。」
 氷河の服を引っ張り甘えるシロ。
「うっ・・・そ、そうさせてもらいます。」
 照れているらしい・・・
 前世と違い、シロが同じくらいの年(外見)だからか。
「やったでござる〜♪」
 こうして、明神山での日々が始まった。
 同時に戦いの日々とも・・・。
 目覚めはじめた氷河の力と記憶
 それはとても小さな輝きかもしれない・・・
 しかしこの輝きは次第に大きくなり、すべてを飲み込み始める・・・

第2章 忘れられないモノ  完・・・


※この作品は、ヒッターさんによる C-WWW への投稿作品です。
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