かわいくて、とっても健気なおキヌちゃん。なんと、20巻では生身の身体 となって生き返るという離れ技まで見せてくれました。
誰からも好かれるおキヌちゃんですが、300年もの間幽霊をやっていただ けあって、ちょっと行動が一般常識からズレちゃうこともあります。
ここでは、おキヌちゃんの金銭感覚を中心にして、彼女の犯罪意識がどのよ うに変化して行ったか、という観点から、社会と隔離されていた人格が一般常 識を身につけていく過程というものをケーススタディしてみましょう(おおっ、 なんだか凄く大げさな出だしだぞ!?)。
最後のコマで、おキヌちゃんは「スイス銀行の美神さんの秘密口座に10億 円入金…と。こんぴーたーって面白ーい」と言いながら、オンラインを不正操 作しています。このコマでは、彼女は無邪気に微笑んでおり、罪の意識は感じ られません。
この話はおキヌちゃんが登場した直後の回だったことを考えると、彼女はま だ、自分の行っている操作の意味をよく理解しておらず、また、10億円とい う金額の大きさに関する感覚もよくわかっていないものと考えてよいでしょう。 おそらく江戸時代からたいして変化していない知識で、「口座」だの「オンラ イン」だのの概念を理解するのは不可能でしょうから、無理もないことと言え ます。
美神が、イフリートが封印されているツボを約20億と値踏みしたのを受け て、「そ…そんなに値打ちのあるツボなんですか!?じゃあ…花ビンにできま せんね。お花、どうしましょう?」と言っています。ここでは、「20億とい う価格の代物は、うかつに花ビンなんかに使うわけにはいかない」という程度 の金銭感覚は身についているようです。
美神が風邪で休んでいるのをいいことに、横島が内緒で5億の仕事を引き受 けようとしているとき、「5億ってものすごい金額とちがいます?」と言って います。この頃になると、「5億=ものすごい金額」という程度の金銭感覚は 備わってきたようです。
《ケース5・ツキは沈みぬ!!》美神・エミ・冥子の3人と一緒に冥子の父親の書斎に忍び込み、金印をくす ねるのを手伝います。「金印ってこれですねっ」とにっこり金印を差し出し、 その後の降霊も悪びれずに見学しているところを見ると、ケース1と同様に罪 の意識を感じていないような気もしますが、いくら何でもこれが「悪いこと」 であるのは解るはずですよねぇ。ここは、「悪いお姉さんたち」の毒気に当て られて、一時的に善悪の感覚が麻痺してしまったんだ、と考えたいですよね。うん、 そうしましょう(笑)。
まず、冒頭で美神がおキヌちゃんにルーレットイカサマを手伝わせているシー ンから関連のあるセリフを抜き出してみると、
「美神さん美神さん…!私、もーこーいうのいやです…!」 「それってインチキじゃないですか〜!もうやめましょうよ〜!!」
と言っています。
ここでは、ケース1やケース4と違って、美神にやらされていることがイン チキであることをはっきりと認識しています。長く社会で暮らしているうちに 自然に学習した知識が生きてきたのでしょう。さすがにいつまでも江戸時代じゃ いられないもんね。
また、もともと彼女は善良ないい子ですから、インチキとわかった以上はちゃ んと拒否反応を示しています。
続いて、美神が「ビッグ・カジノ」にリターンマッチを挑むときの、
「バクチなんかするから〜〜!!」 「でも、もう私、バクチの手伝いはしませんからね!今回限りですよ……!」
というセリフからは、「バクチ=悪いこと」という認識が読み取れます。やっ ぱりおキヌちゃんはいい子ですよね。
金欠で飢餓状態に陥っている横島を見かねて、自分の蓄えを貸してあげよう とするおキヌちゃん。しかし、「幽霊のクセにムダづかいが多」い彼女の所持 金は、たったの90円でした。
ところが、おキヌちゃんは、屈託のない笑顔で「きゅうじゅうえんありまし た。どうぞ」と言って、その90円を差し出すのです。いったい彼女の金銭感 覚はどうしてしまったのでしょう?よくお使いに行ってる彼女が、食料品の価 格の相場を知らないはずはありません。
きっとこのときのおキヌちゃんは、大好きな横島を助けてあげたいという想 いでいっぱいで、90円程度ではとてもじゃないけどまともな食べ物は手に入 らないとか、そういう現実的な判断は二の次になってしまっていたに違いあり ません。いじらしいですよね。
余談ですが、このシーンのあとでスーパーでツケで買った分のお金、おキヌ ちゃんはちゃんと返せたんでしょうか。1年以上勤めてたった90円しかたま らなかったペースを考えると…返すのに30年以上はかかりそうな気がするん ですが(笑)。
3浪中の受験生を気の毒に思ったおキヌちゃんは、たまたま事務所にあった 「絶対合格」のお札を衝動的に持ち去って、浪人にあげてしまいます。
ここでは、おキヌちゃんはその優しさのあまり犯罪をはたらいてしまいます。
そのような形の優しさは、結局相手のためにならない、ということを知るに は、彼女の人生経験はまだ不足しているようです。ちょっと残念ですが、でも、 おキヌちゃんは、道徳心を完全になくしてしまったわけではありません。「… でも、とっさに持ってきちゃったけど、やっぱり悪いことなのかなあ…」とた めらいも見せています。ここはあたたかく彼女の精神的成長を見守ってあげま しょう。
ところで、お札の行方を気にもとめなかった美神も美神だと思いません?あ まりにもずさんだ(笑)。
ひったくりが出たシーンで、「美神さん!車で…」と追跡を主張します。やっ ぱり、普通の時は悪いことは悪いこと、とはっきり認識してますね。
エミのターゲットにされた地獄組組長に依頼されて張り切る美神に、「でも、 地獄組って悪い人たちなんでしょ?」と疑問を挟みます。素朴な正義感から出 たこの疑問に対して、美神は「近代社会における犯罪者の人権」という概念を やさしく説明します。封建制社会に生まれ育ったおキヌちゃんがきちんと理解 するのは正直言って難しいと思いますが、でも彼女はそれ以上追求することは しませんでした。
ギャラを1銭でも多く残したい横島がお札の値段をけちっているのを見て、 思わず「いくらなんでも3万円くらいは必要ですよっ!!」とアドバイスしま す。バカ正直に3万円のお札を使ってムダ骨に終わった横島が「きかんじゃな いかーっ!!」と言いがかり(笑)をつけると、「だから最低でも3万ってこ とで…!!」と弁解します。
これらのセリフから、「ちゃんとしたご利益を求めようと思ったら、まあ、 3万円はないとダメ」「ただし、この3万というのはお話になるかどうかの最 低線であって、実際にそれが効くかどうかはまた別問題」と思っていることが わかります。かなり複雑な判断を難なく下しており、その内容も適切であるこ とから考えて、この頃では普通の人とほぼ同程度の金銭感覚を身につけるに至っ たと見てよいでしょう。パチパチパチ。
ここでは、美神に引っ張られて、チーズあんしめさばバーガーのCMに出演 します。ああっ、だめだよ、おキヌちゃん…!そんなインチキ商品の売り上げ に協力しちゃ…!(笑)
もっとも、小鳩への同情が一番根底にあったんだろうけど。
最初はちょっと浮き世離れしていたおキヌちゃんも、時が経つにつれ、徐々 にまともな感覚を身に付けています。また、このような限られた切り口からの 調査でさえ、「優しさ」が彼女の性格の最大の特徴として浮かび上がって来た のはさすがです。
かわいくて、健気で、優しくて、誰からも好かれるおキヌちゃん。人間とし て生き返った彼女が、これからの本当の人生を、健やかに成長していくことを 祈っています…!