もう一つの物語
第十七話 夜明けと共に
横島と小竜姫は、人狼族の里の外れにある、小高い丘の草原に座っている。
2人は、無言で徐々に明るくなっている空を見つめていた。
空がゆっくりと青みがかってくる。時折吹く早春の風が、少し寒い。
「・・・横島さん。怒ってますか?」
「・・・どうして?」
「さっきから、ずっと黙ってるから・・・。」
「そうっすね。ちょっとびっくりしてしまって、うまく言葉が出てこないんすよ。」
静かな草原に、春に近い爽やかな風が吹く。
「あの、子供は産みます。でも、その、別に一緒に住まなくてもいいですよ?
神族では、あまり一般的ではないですし・・・。」
横島は、小竜姫に視線を送る。
「俺と一緒に住んだら、迷惑っすか?」
「そ、そんなことありません!!」
小竜姫が、慌てて叫ぶ。
横島は、じっと小竜姫を見つめている。
しばらくして、意を決したように言った。ガチガチに緊張している。
「小竜姫さま!お、お、お、お、俺と、俺と、結婚してください!!
そ、その、俺、頼りないし、大した力ないっすけど、でも、小竜姫さまのこと、
一生守りたいっす!俺たちの子供と一緒に!」
小竜姫は、しばらく横島を凝視していた。
横島は気が気でない。小竜姫の沈黙が、永遠に感じるような気がする。
やがて、小竜姫が横島の肩にそっともたれかかった。
「・・・違うでしょ?横島さん。」
「え?」
「3人の子供です。横島さんと私。そして・・・そしてルシオラさんの子供です。」
「小竜姫さま・・・。」
「横島さん・・・。今でも、ルシオラさんのこと、好き?」
横島は、小竜姫から視線を外す。
そして、夜が明けつつある空を見上げた。
「ええ・・・。好きっす。今でも・・・。」
小竜姫は、安堵したように微笑んだ。
「よかった。」
「え?」
驚いたように、横島が小竜姫に視線を移す。
「好きじゃないとか、もう忘れたとか言ったら、横島さんのこと嫌いになるところです。」
「怒らないんすか?」
「どうして?」
「だって・・・、その、結婚を申し込んでるのに、他の女の子のことを・・・。」
「ルシオラさんは、横島さんでもあるじゃないですか。
それに、横島さんのことを、命がけで好きになった人。
そんな人を、私が怒ったり、嫌ったりすると思ったのですか?」
「・・・。」
「横島さんを、ルシオラさんが守ってくれた。
だから、私は横島さんを好きになることができたんです。
横島さんの命の一部となって、共に生きるルシオラさん。
命がけで好きなってくれたルシオラさんを、ずっと忘れずにいる横島さん。」
忘れた方が、ずっとずっと楽なのに。でも・・・。」
小竜姫は、横島へ最高の笑顔を向けた。
「でも、そんな横島さんだからこそ、私は好きになったんです。
横島さんが、永遠に忘れることの無い、ルシオラさんと一緒に。」
横島は、黙って小竜姫の話を聞いていた。
そして、再び空を見上げた。そのままじっとしている。
「・・・泣いているんですか?」
「な、泣いてなんかないっす!目にゴミが・・・。」
「ほら、しっかりしてください。そんなことで、私を幸せにできるんですか?」
「も、も、もちろんっす!!」
「ふふっ!」
幸せそうに微笑む小竜姫。
横島の頬に、ひとしずくの涙がつたっていった。
その涙は、横島自身の涙なのか。それとも・・・・・・。
横島は、空を見上げながら、呟くように言った。
「・・・小竜姫さま。」
「ん?」
「俺、小竜姫さまと出会えて、本当によかった。」
小竜姫は、優しそうに横島をしばらく眺めていた。
やがて、少しだけ戯けた風に横島へ語りかける。
「感謝してくださいね!神界でも、とびきりの私と結婚できるんですから。」
「・・・とびきり?」
「・・・なんですか?その間は!?」
「い、いや、ちょっと意表をつかれて・・・!ちょ、首を絞めないで・・・!」
「許しません!!」
夜が明けた。
山の頂から、太陽がゆっくりと顔を出してくる。
少し離れた木の影に、2つの人影があった。
「・・・ふられちゃいましたね。」
「そうね・・・。」
「横島さん、幸せになってくれますよね。」
「・・・そうじゃなきゃ、あたし達が許さないわよ。」
2人は、丘の上にいる横島と小竜姫を、嬉しそうに、そして少し寂しそうに眺めていた。