もう一つの物語
第七話 前途多難な二人の旅立ち
次の朝。
横島はパピリオと掃除を終え、朝食をとり、修行場で小竜姫を
待っていた。
「なあ、パピリオ。小竜姫さまはどこへ行ったんだ?」
パピリオは、眷属である蝶と戯れている。
「聞いてなかったんでちゅか?小竜姫は、老師に呼び出されてたでちゅよ。」
「ふーん。んじゃ、俺たちは何をしてればいいんだ?」
「鬼の居ぬ間に洗濯ってやつでちゅ。」
「鬼じゃねーだろ。小竜姫さまは、竜神族なんだから。」
「細かいことを気にする男は、もてないでちゅよ?」
「へいへい。」
そのころ、小竜姫は老師のもとにいた。
「来たか。小竜姫。」
「ちょうど私もご相談したいことがありましたので。」
「ふむ。それは後にしよう。」
そう言うと、老師はおもむろに、綺麗に梱包された封筒を差し出す。
「こ、これは!命令書!?」
百年以上、この封筒を受け取っていない。
すぐに、老師の手から命令書をとろうとすると、老師は叱りつけた。
「馬鹿者!無造作に命令書を受け取る奴があるか!」
小竜姫は慌てて、正規の受領手続きにはいる。
といっても、態度だけだが。
背筋をピンと伸ばし、敬礼する。
そして、両手を伸ばし、命令書を受け取った。
「妙神山管理人、小竜姫。確かに命令書を受け取りました。
開封のご許可を願います。」
「許可する。」
「開封します。」
直立の姿勢のまま、小竜姫は命令書に念を送る。命令書の封が、小竜姫の
霊波を確認すると、封が解けた。
内容を見る。
小竜姫の顔が、みるみるうちに、険しくなっていく。
「こ・・・これは!」
「復唱はどうした。」
「でも・・・これはどういうことですか?」
「質問を許可した覚えはないぞ、小竜姫。」
「では、質問のご許可を願います。」
「許可する。簡潔に述べよ。」
「この命令書に書かれている内容は、どういうことでしょう。」
「ワシは、命令書の内容を知らぬが。」
知らないわけがない。老師のサインが入っているからだ。
小竜姫は、いらつくように、命令書を読み上げる。
「命令受領者は、命令書受領と同時に、以下の任務を命ず
一.人間界の住人、横島忠夫を監視すべし
一.横島忠夫に不穏な動きがある場合、直ちに抹殺すべし
不穏な動きとは、時空移動、次元移動、その他、
因果律に大きな影響を与えるものを指す
一.別命あるまで、任務を継続すべし
発 神魔族最高幕僚会議
宛 妙神山管理人 小竜姫」
下には、小竜姫の直接の上司である、老師のサインも入っていた。
小竜姫は、老師をじっと見る。
「で、どの部分の説明が欲しいのじゃ?簡潔でわかりやすい命令書だと思うが。」
「ええ、非常にわかりやすい命令書です。ですが、私が聞いているのは
そんなことではありません。なぜ、横島さんが、監視対象になるのですか?」
「文殊じゃ。」
「文殊がどうかしましたか?」
「愚か者め。文殊は使いようによっては、この世界をひっくり返すことも
可能なのじゃ。しかも、人間のままならまだ良かった。魔族の力も使えると
なると、その応用範囲は無限に広がる可能性が出てくる。アシュタロスよりも、
よほど恐ろしい存在。それがあの小僧なのじゃ。」
「でも、横島さんはそんなことはしません!」
「なぜ言い切れる?小竜姫よ。お主、あの小僧が時々夕日を眺めているのを知っておるだろう。」
「ええ、それが何か?」
「これは、報告書にあったことじゃが、あの小僧に力を与えた魔族。
その魔族との強い思い出があるのが、夕日と東京タワーらしい。」
「・・・そうなんですか。私が見た報告書には、そのようなことは
載っていませんでしたが。」
「お主に渡った報告書は、上層部で検閲を行ったものじゃからな。」
「でも、それがどうかしましたか?」
「まだわからんか。今の小僧の力と文殊を持ってすれば、アシュタロスにも
対応できよう。つまり、時空移動を行って、あやつが大切なものを守りに行く
可能性があるということじゃ。」
「・・・!!」
「人間の心は弱い。今は善人でも、明日には極悪人になってるやもしれん。
そのような危険な存在に、あまりにも強力な力が宿っている。
これが、上層部の判断というわけじゃ。・・・わしは反対したんじゃがの。
それと、この問題はまだ審議中じゃ。だが、危険は直ぐにでも起こるかもしれん。
だから、とりあえず監視という命令が下ったのじゃ。」
小竜姫は黙ってしまった。
上層部の判断は、恐らく正しいだろう。人間に絶対を求めることは不可能だ。
ならば、常に監視しておくべきだ。理屈では分かる。でも・・・!
黙ってしまった小竜姫に、老師はもう一度問う。
「復唱はどうした。」
「・・・了解しました。妙神山管理人、小竜姫。
横島忠夫監視の任、謹んでお受け致します。」
「・・・成功を祈る。」
老師も小竜姫も、それきり黙ってしまった。
しばらくして、老師が口を開く。
「なに、あやつが“不穏な動き”とやらさえしなければ、とりあえず安泰じゃ。
それほど気に病むこともあるまい。」
「・・・そうですね。横島さんは、見た目よりずっと強い人ですから。
大丈夫。うん。大丈夫です。きっと!」
小竜姫は、自分に言い聞かせるように、強く言った。
「ところで、小竜姫よ。お主の話がまだじゃったの。」
「あ、そうでしたね。」
小竜姫は、あまりにも重い命令書の内容で、当初の目的をすっかり忘れていた。
「えっと、実は私の事なんですが、除霊の修行をしてみたいと思っています。」
「除霊じゃと?人間がよくやっているあれか?
なんでまた、竜神族であるそなたが、そんなことをする気になったのじゃ?」
「私は管理人として、妙神山を訪れる色々な人間とあってきました。
剣の道を極めようとした剣士には、剣の修行を。霊力を強化したい陰陽師には、
霊力の修行を。でも、剣や霊力そのものについては自信があるものの、
陰陽師が行う除霊作業そのものは、どのようなものか全く知らなかったのです。
その除霊作業を、昨日、初めて横島さんに見せて頂きました。
私は、手も足も出なかったのです。それが理由です。」
「ふむ。」
老師は、しばらく考えた。
「で、小僧と一緒に陰陽師のまねごとをしてみたいと。小僧自身はどう思っておるのじゃ?」
「横島さんは、今は妙神山の修行で満足しています。
でも、妙神山でしか行えない修行については、完了しています。
あとは、どこで修行を行っても同じ効果が得られます。」
「そうさな。小僧を監視するのがお主の任務なんじゃから、小僧が行くところへは、
どこまでもついて行くがよかろう。・・・わかった。妙神山と、パピリオのことは
ワシが引き継ごう。」
「ありがとうございます!」
「軍資金がいるじゃろう。金蔵から、適当に持っていくがよい。ただし、一度だけじゃ。」
「わかりました!」
小竜姫は、大きく礼をして、そのまま出張所へ戻ろうとする。
「おい、小竜姫!任務を忘れるんじゃないぞ!」
「わかってます!」
「・・・全く、いつまでたっても子供じゃな。」
走り去っていく小竜姫を見て、幼い頃の小竜姫を思い浮かべる老師であった。
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「・・・というわけです。」
横島とパピリオは、昼食の蕎麦を食べていた。
その動きが止まった。
「あの、小竜姫さま。意味がよくわからんかったのですが?」
「何度も言わせるんじゃありません。ちゃんと聞いてください。
私は、除霊の修行に出ます。横島さんには、お供してもらいます。
パピリオは、現在の修行を続けて貰います。指導は、老師に引き継ぎます。
また、妙神山の管理人の代理人は、老師が担当します。」
小竜姫が淡々と述べる。
「・・・なんででちゅか?なんでヨコチマを連れていくんでちゅか!!!
しかも、なんでパピリオだけ置いていくんでちゅか!」
パピリオが喚く。
「それはワシから説明してやろう。」
いつの間にか、老師が一緒に蕎麦を食べていた。
「パピリオ。お主は、魔界からの派遣という形で、妙神山で修行をしておる。
お主は、魔族、神族の微妙な力関係の一つなんじゃ。小竜姫どころか、ワシの
一存でも、勝手に動かすことはできん。」
老師が、蕎麦をうまそうに啜る。
「小竜姫、お代りはあるかの?」
「はい。一杯ありますよ。もう無くなったのですか?」
「いや、もう少しで無くなる。」
パピリオは、目に涙を溜めながら、なお食い下がる。
「でも、ヨコチマを連れて行くんじゃないでちゅか!!」
「小僧は、小竜姫の管理下じゃ。どうしようと小竜姫の勝手というわけじゃな。」
「納得いかないでちゅ!」
「人生、うまくいかないものなのじゃ。」
どこかで聞いたようなセリフをはく老師。
小竜姫は、ちょっと辛そうに、パピリオを見ている。
「・・・パピリオ。心配しないで。時々戻ってくるから。ね?」
「嫌でちゅ!」
「我侭言わないの。」
「嫌と言ったら、嫌でちゅ!」
そう言うと、パピリオは横島にしがみついた。
横島は、小さい子を諭すように、パピリオに優しく話す。
「パピリオ。お前は、俺の叔母なんだぜ?
甥に、しがみついてどうすんだよ。もっとしっかりしてくれ。
大丈夫だ。俺たち、血が繋がってるじゃねーか。そんなこと言ってると、
ベスパに笑われるぞ?」
パピリオは、横島にしがみついたまま、ヒックヒックと泣いている。
やがて、横島を名残惜しそうに離すと、そのまま元の席に戻った。
「・・・必ず会いに来るんでちゅよ?叔母の命令でちゅ。」
「ああ、必ず会いに行く!」
「・・・わかったでちゅ。」
こうして、小竜姫と横島は、妙神山を出た。
小竜姫は、心の中でパピリオに謝る。
『ごめんなさい、パピリオ。我侭言ってるのは、私の方ですよね。』
鬼門の運転で、買い出しに訪れる小さな町についた。
鬼門が男泣きをしながら、小竜姫に別れを告げている。
「小竜姫さま!どうか、どうかご無事で!!」
うおおおんという叫び声が道行く人々の興味をそそる。
小竜姫は、そんなことはお構いなしに、鬼門に語りかける。
「心配せずともよい。老師とパピリオのこと、くれぐれも頼みましたよ。」
「小竜姫さまあああ!!うおおおおん!」
汗くさい鬼門の行動が、相当頭にきたらしい。
横島は、大荷物を抱えながら、鬼門に蹴りを入れる。
「えーい、うっとうしい!!小竜姫さまには、俺が一緒にいるんだから、
お前らは心配せんでもいいちゅーの。」
「お前が一緒だからますます心配なんだろうが!」
「どーゆー意味だてめえ!」
「小竜姫さま!このケダモノが襲いかかってきた暁には、遠慮は無用ですぞ!
妙神山謹製拷問フルコースを叩き込んでやってください!」
「おのれら〜!」
「ふふっ、大丈夫ですよ。横島さんはそんなことするような人じゃありません。
ね?横島さん。」
「も、もちろんっすよ!小竜姫さまの着替えやお風呂を覗いたりとか、
二人っきりになったのをいいことに、あんなことやこんなことをしようなんて
これっぽっちも・・・ハッ!!」
首筋に冷たいものが触れた。
ゆっくりと振り返ると、小竜姫が微笑んだまま、御神刀を横島の首筋に当てている。
初っぱなから先行きに大きな不安が残る、2人であった。
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町の中心から少し外れた公園のベンチで休憩をする2人。
大荷物を地面におろし、横島は小竜姫に尋ねた。
「さて、と。除霊の修行と言っても、あてはあるんすか?小竜姫さま。」
「私にあるわけないじゃないですか。」
「へ!?」
横島の目が点になる。
「そ、それじゃこれからどうすんです?」
「それは横島さんが考えることです。」
「そ、そんな無茶苦茶なああああ!!」
「横島さんは、GSの資格を持っているじゃないですか。
それに、大丈夫ですよ!軍資金もあることだし。さっき、換金してきたんです。」
そう言って、小竜姫は、札束を見せる。
「なんと!100万円もあるんですよ!!
これだけあれば、都内に事務所を置けますね!美神さんと鉢合わせするかも。」
楽しそうに、小竜姫は話している。
だが、横島の目は半眼になっている。
確かに大金だ。でも・・・。
「小竜姫さま。ちょっとこちらへ。」
そう言って、小竜姫をコンビニまで連れて行く。
「これに目を通してみてください。」
そう言って、都内の物件情報誌を渡す。
よくわからないまま、情報誌を開いた小竜姫。ピシッと凍り付く。
「横島さーん・・・。」
小竜姫の目がウルウルしている。
黙って横島はコンビニを出て行く。
「ああっ、待ってください!置いていかないでー!」
2人は、また公園のベンチに座った。
「どうしましょう・・・。軍資金の持ち出しは、1回のみだし。
ああ、こんなことなら、千両箱をそのまま持ってくるんだったー!」
「いきなり、流浪のGSになってしまった・・・。」
横島は、ちょっと、いや、かなり後悔している。
小竜姫を責めているわけではない。都内のオフィスの相場なんて、小竜姫が
知るわけ無い。むしろ、横島が軍資金の現場に居合わせるべきだった。
要するに、あまりにも無計画すぎたのだ。
『美神さんを頼るか・・・?いや、それはあまりにも節操がなさすぎる。
そもそも、小竜姫さまは、俺を信頼して除霊の修行をすると言ってくれたんだ。
俺の力でなんとかしないと・・・。でも、どうする?』
時間が無為に過ぎていく。
小竜姫と横島は、先ほどのコンビニでおにぎりを買って、
公園のベンチでモソモソと食べていた。
『前みたいに、いきなり除霊の現場に居合わせたなら、共同作業として
いくらか報酬が貰えたかもしれないけど。・・・ん?そうだ、あの人に聞いてみよう。』
「すんません、小竜姫さま。ちょっと電話してきます。」
そう言って、横島は電話ボックスへ走っていった。
横島が電話ボックスから戻ってきて、待つこと1時間半。
公園の前に、1台の軽自動車が止まった。
「まったく、こんな所まで呼び出すんじゃねーべ。」
ブツブツ言いながら、運転席から、ショートカットの女性が降りてきた。