∬2
「連中も、きっと表面的にはもう何も出来ないわよ」
美神が呟く。あの日以降、連中の八つ当たりの矢面に立たされた横島が、依然と同じく美神の事務所にいればどんな難癖をつけられるか分からない。美神の仕事を気ずかった横島は事務所を辞めていた。
「戻ってこない・・・もう大丈夫よ。あたしも、少しぐらいの嫌がらせをされても気にするような事は無いし・・・・・その・・・・」
力無く、しかし毅然と首をふる。
「いえ、俺にはまだ外交官特権があるからいいすけど、馬鹿な国粋主義者はまだ俺を売国奴と言ってるし、そうはいかないでしょう。俺が戻ればきっと仕事に差し障りますよ。あいつらきっと美神さんのお得意さんに手を回します。あの手の連中は絡め手が得意ですからね」
「でも・・・」
それは本当の所であったが、美神は諦められない。神父によれば、今回横島は自らスケープゴートになってくれていたのだ。そうでもしなければ、もっと大きな問題になっていただろう。まだ、先陣を切ったのが未成年の高校生ではそんなに大事に出来ないのも加味していた。
「俺一人暮しをして、金に困ってたときには、毎日が退屈だったんすよ。で、美神さんとこに来てから、命がけの仕事を必死にやって、まあ変な言い方ですけど、精一杯走ったような気がします。でも、一度立ち止まってみれば、平和で退屈だと思っていた毎日もそんなに悪く無いと思うようになったすよ」
「そう・・」
「今になって、よく考えてもみれば、俺別段GSに成りたくて始めた理由でも無かったんですよね」
「・・」
「まあ、確かに将来高給取りになればと思ったけど、あんまり俺には将来性がありそうな気はしないです。悪霊殴ってるだけじゃ商売は出来ないでしょう。依頼人を探してきて、値段の交渉や人件費や事務所の維持費や税金を考えるのは、きっと俺には向いていませんですからね」
「そんなこと・・」
「危険と引き換えの高給より、今では薄給でも平和と思っているぐらいですよ。今ナルニアから少し手当が・・・今までより多少大きいお金持っても、何でか殆どあまるんすよ。俺はきっと、貧乏が身に染みてるんで結局は大金手にしても邪魔なだけにしか思えないんすよ」
「・・」
確固たる意志が見えるだけに、今更感情論など口に出来ないので口を噤む。
「それにもう免許もないですしね・・・」
「あんたなら直ぐに取れるわよ」
「でも、又戦わないといけないでしょう・・・・例え相手が誰であっても、もう生身な相手とは戦いは本当の所したくないんすよ」
「そんな・・」
「すいません。しばらく普通の学生してたら、本当は恐くなったんですよ。臆病者なんすよ、俺は、基本的に・・・・・ああ、ここでいいっすよ」
「え?」
コブラは、ドライバーの意識とは知らぬ所で、いつのまにか横島のアパート近くまで来ていた。
「この先工事してたから、この車じゃ転回しずらいから。それじゃ、送ってくれてありがとうございました」
美神が手を伸ばそうとした右手・・・それを知らぬように駆けていく横島であった。
出しかけた、その手を眺める。
∬3
「令子」
「・・・・・・・・ママ」
入れ代わりに美神の母 美知恵が建物脇から姿を表わす。
「見てたの?」
静かに頷く。
「あたしも送ってくれないかしら」
無言のままに乗り込む母子二人。
「ふん!情けない奴だとは思ってたけど、本当にたった何か月であんなにふ抜けになるとは、少しはやれると思っていたのに見損なったわ。あれだけ、あたしが手塩にかけて育ててやったのに・・・・」
母は怒る娘を見ずに、ひたすら前を見ているだけ。大排気量のOHVサウンドは先ほどのくぐもった走りのカーボンを発散するように乾いた咆哮を当たりの轟かせている。
「そう・・・じゃあ、そろそろ重労働担当の助手入れたほうがいいわね。オキヌちゃん達も大変でしょうからね。彼の分の荷物持たされてれば除霊どころじゃないでしょうからね。任せてくれるなら、協会で有望株を会わせるからそれで決めなさい」
「・・・」
母に勧められても押し黙ったまま。
「・・・その分じゃ、横島君は例え戻って来ても役たたずのようね。まあ、あんたの天敵ももういないし、一応心霊兵器も大っぴらに使われないでしょう。それなら、そんなたった何ヶ月でふねけて、根性の無い役立たずよりは・・・」
キキキー
車輪をロックして急制動するコブラ。
「ママ・・・いくらママでも・・・・」
殺気すら漂うような物凄い形相で母を睨む。
「だいたい 大体、こんな事になったのはママのせいじゃ・・・・」
言って、耐え切れずにかぶりを振る
「ふふっ」
娘の般若の形相にも微笑みたえさない母。
「ママ・・あたし怒ってるのよ」
「そう・・・そうよ。分かっているでしょうけど、あのシナリオの素案を書いたのはあたし。・・・横島君?それとも西・・」
「・・やっぱり」
「あらっ!カマを掛けられたのかな?」
ちょっと舌を出す。
「演技は止めてよ。どうせその内話すつもりだったんでしょう」
「ん・・ええ」
「どうして横島君を使ったの!!なんで、それならあたしでも良かったじゃないの」
「御免ね令子。本当に御免なさい。でもね、他に方法が無かったの。それは本当よ」
「・・・」
演技では無い。寡黙に深々と頭を下げる美知恵に何も言えなくなる。
政府の陰謀、少なくとも彼女はそう捕えた計画。それを潰すには、すでに反対運動では引き換えせぬ程に事態は進行していた。残った選択肢は実力公使のみ。明瞭なる徴兵拒否を誰かが先人を切って始める必要があった。
その為にはアシュタロス、そして今回の事件の立て役者で、只一人の免許所持者にして未成年の高校生である横島以上に適役はいなかった。高校生に権力が力の行使であたるなどとは絶対的にマスコミも国民にも受けが良くないに決まっていた。
事務所でその事を告げると、少しショックを受けていたようだが快諾してくれた。
それで仲間達の手、同族の血で濡らさなくて済むならとまで言ってくれた。
(・・・・)
何とか説得しようと思っていただけに意外な程スッキリと受けてくれたことに美知恵も拍子抜けをした。それより今の言葉の端々のフレーズが頭に残る。
(同族の血?)
人間同士を呼び合うのに同族などとマトモな表現方法では無い。
それを使う理由に思い浮かんだ。
(彼女ね、あなたをそんなに変えたのは)
もういない女性の幸せそうな顔が過る美智江。
『御免なさい、辛い選択させて』
『まあ、美神さんなら金儲けが出来ないからってもっと辛いんじゃないですか?。それ考えるとまだ俺のほうがいいでしょう。まあ、折角取った免許が無くなるのはチョット残念ですけどね』
『まあ、横島君なら正式にもう一度やれば直ぐに取れると思うわ。あなた以上のGSなんて、令子を入れたって殆どいないんだから。それにホトボリ冷めたら再発行も出来るかもしれないしね』
横島が止めたと正式にしなくてはならないので、本当に返納する必要があった。GSなら喉から手が出るほどに貴重なパスを。
『しかし先生!しかしあいつ等もそれを予想しているようで、一度取得したのは能力者で、それまでも軍事体制では組み入れようとしていると、先程連絡が』
『あらま。初耳ね。まいったわね。免許返すだけじゃ済まないとなると・・・』
そこまでは予想していなかったといいたいようだ。思案顔の美知恵をチラリと見て目配せする横島。それに気がつき視線を再び戻す二人。
『でも、今回の事はあくまで日本政府の決定なんでしょう?』
『ええ?』
『なら大丈夫でしょう』
『どういう意味だ?』
『簡単!日本人止めればいいって事だろう。俺の両親はナルニアの王族と懇意だから、なんでも申請したら国籍取れるって自慢してましたから。俺にもいるかっていってました』
『な なるほど、それなら』
『でもいいの、横島君。日本人じゃなくなるのよ。そんなに簡単に決めて』
『俺は平和主義者なんすよ。どっかの剣と鉄砲振り回す奴と違ってね』
視線の意味が分かって暴れようとする西条。それを制する美知恵。
『ごめんね、つらい事ばかりさせて』
『いいですよ。でも・・・相変わらず美神さんは隊長にだけは口が軽いっすね』
『え?』
少し固まる素振りの二人。何やら悪戯をする前にバレてしまった子供のような気がしてバツが悪い、そんな雰囲気だ。
『惚けなくていいすよ、美神さんから聞いたんでしょう。俺がその事話したのは、あの人だけでしたからね、ナルニアの一件はね』
『・・』
押し黙る美知恵と西条。
『ええ、知っていたわ』
『まったく、隊長は相変わらずに策士ですね。前の事もあるし、隊長が動くときは何か裏が絶対あるって思ってましたけどね。でも、あんまり裏で暗躍されるような事ばかりやってると、赤ん坊なんかは敏感に感じっるって言うからヒノメちゃんも影響受けてグレますよ。まあ、美神さんはもう手遅れですけらいいすけどね』
柔らかく苦笑する横島だった。策にハメルというと語弊があるが、本来は逆であったはずなのに、それすら釈迦の手の平だと言葉に窮する二人。
『そ それでもいいの』
『まあ国際化の時代ってゆうじゃないですか。そんな一国に固執する為に、大事な物失いたくないですよ。優先順位が違いますからね。まあ、女守るのも男のかどうかは知りませんが俺は義務だと思ってますからね』
アッケラカンとしている横島に向き合い、策を労した事が白日に曝され、少し気恥ずかしくなる美智江であった。
[ 次章へ ] [ 煩悩の部屋に戻る ]