∬4


  「そんな事があったの」
 事の経緯を話されて少し唖然とする。無理矢理言わされたと思っていたのに、聞くかぎりでは積極的にさえ思える。その中に自分を庇うような事すらいったらしい。
  (女を守るのは俺の義務ですって、格好つけちゃって)
 少し胸が熱くなるが、自分への評価には多少不貞腐れて冷たい風を吹かせて冷やす。
  「しかしアイツも、あたし達がいうのもなんだけどさ」
  「何?令子」
  「本当に、よくこんな勝手な母娘の言い分を聞いてくれるわよね」
  「う・・・・・確かに・・・・。本当に・・・・よね」
 多少覚えはあるようだ。そうでなければ浮かばれないであろう。彼無くして今の美神家の団欒は有りえないと断言出来るので、苦く笑するしかない母娘だ。

  「でも分かってくれた。彼が戻ってこない本当の理由を・・・・。まだ彼に対してこの国の馬鹿達の風当たりは強い。だから、あの時から彼は一人矢面に立つ道を選んでくれた。そこまでしたのに、今戻っても多分アンタに迷惑をかけると分かっている以上は決してGSとして事務所に戻る事は無い筈よ」
  「分かってる・・・・でも・・・・・」
 笑う美知恵。その朗らかな仕種に少し怪訝な顔をする。

  「似てるのは嫌よね」
  「何が?」
  「あたしもだけど、欲しい物は近くに置いてくか、綱で縛っておかないと嫌なのよね。まあ、ちょっと曲折はあったけど惚れた男も、家族もね」
  「え?・・・・あ あたしは・・」
 意味深な視線に慌てる。
  「横島君との関係は、確かに初めが雇い人と雇われる側ですからね。それが無くなって嫌なんでしょう?」
  「え?」
  「あんた、自分と横島を結ぶ糸が切れたのが不安なのね」
  「あ あたしは」
 分かり易く、思いっきりあわてる。
  「知ってるわよ令子」
  「な なな なにをよ、ま ママ」
  「シロちゃんが散歩で、オキヌちゃんが料理や掃除で横島君と出掛けてる時のアンタ、物凄く不機嫌なんですって」
  「え そそそ それは ああ タマモの奴ね」
 口でピンポンを鳴らす。
  「アイツ、拾ってやった恩も忘れて・・・」
  「まあ、それはともかく。それはそれはあんたの括りでしょう」
  「くくり?」
  「横島君とあんたの絆は、あんたは雇われ人だと思い、そして自分の物だと思って行動の制限を行なうのも当然だと思ってる。そうしないと不安なのよね」
  「不安って、あたしはそんなこと」
 狭いシートに立ち上がり、食いつこうとする娘を押し止める。
  「まあ、最後まで聞きなさい。反論はまとめて聞いてあげるから。はい令子ちゃん、良い子 良い子だから座ってね」
 まるで子供の頃のあやしかただ。
  「うう〜」
 真剣な話であったのに、オドケて見せる母。怒ろうか、どうしようかと判断つかなくて拗ねてみせる。悔しげにアクセルに力を込める。

  「どっかに行かれたり、無くすのが不安。だからガッシリと手綱を絞って縛っておきたいのよ。心とココロの繋がりなんて、あんたにしては不確かな物でしょう。だから、厳然と存在する契約って形でね」
  「・・」
  「まあ、あんたの一番の関心がお金であるいじょうは、それで縛っているのが、あんたには一番安心できるんでしょうけどね」
  「ママ・・」
  「オキヌちゃんとシロちゃんは会いたいから会いに行く。あんたは何かの理由をつけてからでないと会いに行かないの、何故かしら?」
  「別段・・・あたしはアイツになんか」
  「そうかしら。今日の事だって、あたしが説明に行くって知っていたでしょう」
  「それは・・ママはきっと仕事が終わったらと思って・・なるべく早く」
  「そうね。でも、あたしは当面、ホトボリ冷めるまではGメンに入って貰うつもりだったのよね。西条君も・・・・・まあ相当嫌がっていたけど一応納得してくれたし・・・・・同じチームってワケにはいかないでしょうけど・・・・・・」
  「・・・」
  「それが嫌だったんでしょう?自分の所で無いのが。もう一度仕事で付き合うって理由ずけが出来無くなるから」
  「・・」
  「もう、会いたかったら逢いにいけばいいのよ。理由なんかいらないのよ。あたしはパパに会いに行くのに、会いたいから以上の理由で会いに行った事は無いわよ」
  「でも、あ あたし」
 まだすがりつく娘を制する。
  「あんたの名前は?」
  「え?」
  「あんたの名前は!!」
  「み 美神令子!」
 気概に押されて思わず答える。しかし真意は分からないので、答えてしまった口を押さえる仕種をした。
  「そうよ。あんたは美神令子除霊事務所の所長であるまえに、人間である、あたしの娘 美神令子って事を忘れているんじゃないの」
  「ママ」
  「横島君も同じよ。あんたがいつまでも所長ズラしているから困っているのよ。いつまでも主従関係をあんたが無くせないから」
  「でも・・・・」
  「いいから最後まで聞きなさい」
 キツイ瞳でキッパリ反論を拒否する。
  「いい!男ってのはしがらみに弱いのよ。その癖女に苦労はかけたくないなんて脅迫観念植え付けられてるもんだから身を引くほうに逃げちゃうのよ。まったく、なんで母子揃ってそんな男共に・・・・・・・・・。そんな男の馬鹿な慣習は剥ぎ取ってやんなさい。あんたの作ったしがらみなんだから、あんたがまず率先してよ。そうしないと黙っていても何も変わらないわよ」
  「え?じゃあ・・・その」
  「分かっているんでしょう。あなたと彼を縛っているのは、あなたの心自身であることがね」
  「・・」

 黙り込む娘にポツリと吐く。
  「どう?しばらく事務所閉めてみない。あなたが単なる女になれる為の期間だけでも」
  「え ええっ?」
  「そうすれば、会うだけの今だって多少気を使っていた彼の制約は無くなるわ。きっとあなたも美神令子に戻れるし、彼も助手から横島忠夫って少年・・いや男・・いや、まだ男の子って思いたいかな、令子は」
 皮肉っぽく笑う。いつまでも子供扱いして、自分が優位に立ちたい美神、つまりはよっぽどガキであると言っているのだ。
  「そんなことが出来る理由無いじゃないの」
 母の皮肉っぽい笑顔と、金儲けだけが生き甲斐と思い込もうとしている彼女には当然の答えである。

  「いいこと人生は麻雀かポーカーみたいなもの。欲しい牌かカードがあるなら、手に持ってる物捨てたり諦めてりしなくちゃならないのよ。あなたは自分が、例え地球が無くなっても生き残るって言っているそうだけど・・・・まあ、そう思うならば仕方無いけどね。でもね、あんたは只の女だとはあたし思ってる。単なる、そうね、この前の戦いだって、横島君がいなくればあんたも、この世界も無くなっていたのは、いくらあなたが突っぱねても、その事実は否定出来ないでしょう」
  「う ううん」
 流石の美神も母の見切りの前には項垂れるしかないようだ。
  「あんまり自分を特別だと思わないことね。あんたは単なる女よ。ちょっと霊力は強くて、頑固で、自分の弱さを人に見せるのが恐いだけの女。でも、心配はしなくていいのよ。それが普通だからね。ただ・・・・・・普通はもう少し早く気がつくんだけど・・・・二十歳越えて、まだ女子高生か中学生レベルは問題ね。普通なら親身に聞いてくれる友達がいるからだけど、あんたの場合はね〜。ちょっとそれも問題ね」
  「大きなお世話よママ・・・・・誰のせいよ」
 これは触れてはいけない話題なのでマジにぶっくれる。グレテいたので、思春期まともな友人は結構・・・・・。


  「取り敢えず、まあ、あんたの相手が出来るようなお人好しはそういないわよ。多分あたしの知っている限りでも、彼と西条君ぐらいでしょう。二者択一の片方が無くなるのは親としても困るのよね。西条君は、何とかあんたには耐えてくれるでしょうけど、大体縛る嫁の旦那は浮気するって決まってるから、彼も結構キレルと後先考えないからな〜。そうすると、まだ小さなヒメノに荒んだ姉の家庭を見せたくないのよね。横島君のいうように、あの子には真人間に育って欲しいと思ってるのよね。あんたの事があったので、あたしも多少は教育方針変えたから・・・・。強欲で無くて、博愛とまではいかなくても少しは他人を思いやる心のある子に育って欲しいのよね」
  「マ ママ・・・実の娘にそこまでいうの・・・・・」
 非情な母の言葉に、もう怒る気力も無くなったようで、完全に拗ねる娘。
  「まあ、相手誰でも、あんたぐらいの性格はともかくとして、器量がいいから暫くは持つでしょうけど、男は長く付き合ってれば結局は性格重視だからね。よく言うじゃない『美人は三日見れば飽きるって』だから、少しは素直にならないと、折角あんたのと出会いでスッカリ素敵な男の子に育てたのに、そんなんじゃその内トンビに油げって事になるわよ」
  「トンビに油げ・・・タマモだと怒りそうね」
  「そう。確かに、あの娘ならトンビはきっと丸焼け・・・じゃなくて、知ってるでしょう。六道さん所の女の子らの何人かが彼に本気で御執心だって。みんな気がつきはじめたようよ」
  「ううっ。確かにこの頃オキヌちゃんらの機嫌が悪いけど」
 あんたもでしょうとは口にしなかった。
  「まあ、初めはアシュタロスとこの前の兵器暴走を押さえた一件、それに軍国主義者からGS業界を守った立て役者として興味を持たれていたみたいだけど」
  「そうよ、きっと今頃あきれられているに決まっているわよ」
 と、言おうとしたが制される。
  「でも彼はあたしが見ても結構魅力的よ。本当に大事な物が何であるか知っている。一緒にいれば、確かに騒がしいけど楽しいのはあなたも知っているでしょう。あたしこの前彼の幼なじみの銀さんに聞いたら、昔からそうだって言ってたわ。外見なんかに左右されずに、本当に人を見る目がある女にはね。きっと雄の匂いみたいなもので横島君には魅かれるって」
 実は美知恵も彼のファンだったので、横島の口沿えでサインを貰いに言ったおり昔の横島の事を知りたくて、流石に尋問は手慣れているので話させてしまった。
 その際、誘導尋問に気がついて口を手で押さえた銀が美知恵に頼んだ事がある。いつも好い所ばかり持って行かれた振られ男の復讐に協力して欲しいと・・・・・・。横島はもう少し大人になったら物凄いプレーボーイになる筈だ。だから奴のお相手は奴に存分に天誅を下せる非情な女性であるお宅も娘さん、つまり令子と一緒にさせてくれと。そうすればきっと自分の今までの無念を存分に事有る毎に晴らしてくれるだろうと。
  (・・・・・・・・・・・・・・)
 素直に頷けぬ母であった。
 
 
  「じゃあここでいいわ」
 美神が無意識のウチに車は都庁に着いていた。年に似合わずにドアも開けずに飛び降りる。
  「今日を最後にあたしは横島君の事であんたに説教するのを止める事にするわ。
他人が何言っても本人がその気にならなきゃ結局は無駄だからね。だから最後にいいこと教えてあげる」
 意味深に振り替える母に怪訝に警戒する。
  「な 何?」
  「あんた、今幾ら持っている」
  「え?今って」
 無論財布の中身の事では無いだろう。貯金通帳に記載されて、隠し金も金塊も貴金属も入れた金額である。おそらくステルス爆撃機を数機揃える事が出来るであろう。しかしその額を聞いているワケでは無いので真意を探る問いを待つ。
  「その額を十倍とか、百倍にするつもりでしょう」
  「ええ、勿論よ!!」
 あまりに毅然と言う娘に頭痛がするが、気を取り直す。
  「で でもね、横島君は増やせないわよ」
  「え、増やすって・・・・あの馬鹿を」
  「クローンじゃないわよ・・・・・・・・・・誰かに今取られたらおしまいって事。二度と戻っては来ないって事よ」
  「・・・・・」
  「横島君じゃないけど、あんたも優先順位をちゃんと決めないと、あんたがいつも言っている現世利益が無くなるって事よ。お金は体が無事な内なら稼げるけど、あんたもオキヌちゃん達に比べると若くないんだから、そういつ迄も男を魅力で引きつけられると思ってるんじゃないわよ。じゃあね」
  「ちょ ちょ ちょっと待ってよ、ママ」


 何かいいたげな娘を無視して正門に入ろうとしたが、立ち止まり、振り返らないままに鞄から携帯を取り出す美知恵。
  「?」
 どこに掛けているのかと思った時に自分の携帯が鳴った。
  「ママ!この距離で、何考えてるの?」
 こんな近距離で携帯を使うのは無駄使いに過ぎない。受話器に疲れた声を吐く。
  『でも考えたんだけど』
  「なにをよ?」
  『よく考えてみたけど、あんたといないほうが横島君幸せなんじゃないのかな?』
  「は?」
  『だって因業で強欲で、意地っ張りで強情で頑固でヤキモチ焼きで大酒呑みでいい加減で嘘つきで怠け者で無責任なあんたに連れ添ってもあんまりいい事これからもあるとは思えないもの。彼もそろそろ気がつく頃じゃない。今日の高校生同士のデートだってあるし、もしかして先刻の話じゃ無いけどもう手遅れかもね。やっぱり男子高校生には女子高生でしょうからね。わざわざ行き遅れそうな年増よりはね』
  「そ それでも親かー!!血を分けた娘にそこまで言う!!」
 コブラのシートに激昂して立ち上がり携帯に怒鳴る。
  ザワザワザワ
 修学旅行で都庁見学に来ている地方の学生が怯えたり、外国人観光客は「東洋の神秘」とか「芸者ガール」とか言いながら、もの珍しそうに写真まで撮っている。チラリと振り返る美智江が・・・・・・・・「ふう」と安堵の息を吐く。
  『ああ、良かった。離れてて。あなたと一緒に見られると恥ずかしいものね』
 その人非人な言動に、思わず買ったばかりのiモード携帯を美智江に投げた。祈りは通じ、携帯は見事に美智江の後頭部に炸裂した。

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