「よう久しぶり。なんだ、しかし、相変わらず代わり映えしねえ殺風景な門だな。せっかく立て直したんだったら、もう少し近代的にしろよな」
「そうだな。二度も壊された割りには全然変わらないな・・・しかしお前らも生きてたの?確か門扉と一緒に吹き飛ばされたと聞いていたけど」
「ええい無礼を申すな」
「本当に相変わらずな奴らだ。無礼を申すと通さんぞ」
雪の丞と横島の軽口に怒った素振りの鬼門だが、言葉ほどは嫌がってはいないようだ。あまり表情多岐な方では無いが、前の戦いでの借りもあれば、神魔に好かれやすい横島にも因子があるのであろう。
「小竜姫の旦那いるか?」
予約したのだ、いるには違いないが、これが彼の挨拶のパターンらしい。しかし、返ってきたのは意外な言葉だ。
「それがだな、言い難いのだが急に天界に用事が出来たらしいのだ。帰宅は二三日後になるとの事なのだ」
「ん?なんで」
雪の丞が約束を勝手に無下にはしない彼女の行動に怪訝な顔をするが、横島は別の事を考えていた。
「そうか!小竜姫様は俺との種族を超えた結婚を認めてもらいに天界に・・・・・・それならば、やっぱり俺も一緒に行ってだな『お父さん 娘さんをください』と挨拶に行った方がいいのでは・・・。『人間の身でわが娘を籠絡すとは天晴れ、宜しい娘をお前にやろう』と!二人は末長く幸せに暮らしました、めでたし めでたし、と後は小竜姫様とタダレタ夜の生活を昼も朝も続けてやるぞ、グヒヒヒ。・・・・・いや、待てよ、きっとよくあるパターンだと『人間なんぞに大事な娘をやれるか、娘が欲しくばワシを倒して見ろ』とか云うのが定番だろうか?。それなら、やっぱ俺も雪の丞に付き合って小竜姫様のお父様に勝てるようにおかねばならんだろうな。・・・・いや待てよ。それだとすると、俺がお父様に勝った時に『きゃあ、お父さん・・・。なんて悲劇、まるでロミオとジュリエットの様な・・・・・・・・横島さん!!ああ、私はあなたに全てを捧げた身、なれどあなたは父の仇。私も後を追います、お覚悟!!』ってなことになるかもな。それじゃ困るな。てことは、つまり適当に善戦して、負けたほうがいいかもな。『人間の身でありながら、この私と同じ剣技とはな。よろしい横島君娘をやろう』となって『ありがとうございます、お父さん』『ははは、早く孫の顔が見たいものだな、頑張ってくれよ横島君』『!まあ、いやだわ、お父様ったら』『ええ!お任せくださいお父様。小竜姫、子供は四人以上は欲しいから頑張ろう』『ええ、横島さ・・いえ、旦那様』『ふふ!ういやつじゃ』『ああん、そんなにお焦りならなくとも私は逃げませぬ』とかなって・・・・・・」うひひひひと、見ているだけで無気味な笑いが妙神山の正門に木精していた。
「「「・・・・・・・」」」
えらく長丁場な妄想に突入した横島の隣で汗を垂らす三人。
「どうしたのだ?」
「いや、俺に聞かないでくれ・・・。まあいつもの病気だと思ってくれれば・・」
「成程!」
「納得した」
「・・」
それでこの二人に納得される横島の、浅いんだか深いんだか分からない懐に再び汗を垂らす。
「でも、それなら連絡入れてくれればいいのによ、旦那も。ここ遠いんだから」
思いっきりブー垂れる。彼は元来からして短気な江戸っこ体質なのだ。仕事の性質からすると、似つかわしいとは思えないが、待つのは性に合わないらしい。
「小竜姫様も、お主に断わり入れようとしておったが、お主直ぐに出ると言っていたらしいでは無いか。きっと電話を入れてもおられん筈、と小竜姫様困っておられてのだ」
雪の丞は胸ポケットから黒い塊を取り出し、二人の鬼門に見せた。
「・・・・・。これ何か?小竜姫は知っているか?」
「?」
「??」
「・・・携帯電話なんだが」
「けいたい? で・・」
「電話?馬鹿を申せ、電話線がどこにあるのだ」
「い いや、もういい・・・・」
憔悴した表情の雪の丞の顔に、ひたすら ? な鬼門であった。確かに今時黒電話、銭湯の番台には赤電話で、カード電話すら無い時代で止まっている以上は彼らに罪は無いと分かった。まさかそれまで門の前で待つわけにも行かないので、しばらくは客用のレストハウスに通される。名前は今風だが、どう見ても江戸時代の長屋にしか見えない。
「しかし一体誰のセンスなんだ」
例の番台といい、新しく作り直された筈のこの建物といい。門は鎌倉時代あたり、番台長屋は恐らく昭和、それも高度経済成長の前当たりでポッカリ止まっているようなセンスだ。もしかしてこれが小竜姫のセンスであったら、ちょっと嫌だと思う横島。やっぱりめくるめく小竜姫との夜の生活、色んなあんなことや、こんなことにベッドはかかせないらしい・・・。「横島〜!ひさしぶりでしゅね」
荷物を置いて落ち着くと部屋にパピリオが飛び込んできて、勢いのままに横島に抱きつく。どうやらいつもは優しいが、同じく厳しい小竜姫がいないので、これから帰るまでは遊び三昧と決めているようだ。手にはゲームステーション2にソフトやトランプに花札やウノなどのボードゲームが満載だ。
「おう!久しぶりだなパピリオ・・・・あれっ!お前ちょっと大きくなったんじゃないか?」
「そうでしゅ。パピリオ背が4センチも伸びたんでしゅよ。ほら!おっぱいも、少しだけ膨らみ始めて、みるでしゅか?」
「わー!!分かった分かった」
もしかして、小竜姫のお下がりかもしれない鱗文様の道着の前をめくろうとしていたのを押し止める。子供とは云えども、今の世の中では危ない行為だ。児童ポルノ規正法案に引っ掛かるかもしれんし、男としても正味多少結構ドギマキしまった。「俺はロリコンじゃない」と、壁に顔を打ち付けようとしたが、生憎抱きつかれたままなので出来ないのが辛かった。
「もてるな!」
「うるせえ!もう、もてなくていい奴は黙ってろ」
ニヤニヤしている雪の丞に言い返すが、本心悪い気はしない。確かにパピリオは可愛いし、慕ってくれて嬉しいのは事実だ。確かに恋愛感情では無いが、きっと将来は彼女の姉らに似て・・・・、胸はどうだか分からないが美人にはなるのは嬉しい。
「本当に・・大きくなったんだな・・・・」
パピリオの頭を、まるで愛おしむように優しく撫ぜるその表情に、雪の丞は何やら感じたらしく。「俺ハヌマンの旦那に挨拶にいってくるから、パピリオのお守頼むぜ」と出て行く「ベー」と子守と言われた事にパピリオが抗議していた。
雪の丞の背中に、一緒にゲームをやろうとせがむ彼女の声が聞こえた。
(本当にもてるな・・・・うらやましいぜ)
「ようジーク、おひさ」
「あれっ!雪の丞さん。どうし・・・・鳴々、今日修業に来ると云うのはあなた達だったのですか」
魔族のジークはどうやらあの時からずっと何処に配属されている。今は居ないらしいが彼の姉、ワルキューレも同じらしい。
「ああ横島の野郎もいるぜ。お前もあの時からここに常駐してんの?」
「ええ!あの時から世界中の神魔デタントは継続されていますから。今はお盆なので、殆ど国に帰ってますが、普段は結構賑やかですよ」
神魔がお盆?誰がどう先祖やら生者がどこに帰るのか知らないが不思議ではあった。
「ふうん。まあいいや。で、なんで今日約束していたのに、小竜姫の旦那いなくなっちまったのかな。確か急用だとはいっていたけど・・・ん?!」
雪の丞はジークの顔色が少し陰ったのを見逃さなかった。
「それが・・・ちょっと」
「なんだ?またなんかトラブル持ち上がってるのか?アの字の残党とか?」
「いえ、それは無いんですが。・・・それがですね・・・」
意を決して話し始めたが、その口調は非常に重かった。「決闘?!小竜姫が」
「はい」
「誰と?」
「姉とです」
「ワルキューレ・・・なんで?」
「それが、理由は二人とも話さないんですよ」
「ふ〜ん。で、なんで天界に?」
「許可を貰いに。デタントの最中ですから、体裁はあくまで腕試しということですが、結構本気みたいで。姉も同じく魔界に許可をもらいに」
「大仰だな・・」
確かにあまり種族同士は元もとは仲良しこよしとは言えないが、前にあったときはお互い十分に分かり会えた仲間に見えた。
「仲悪かったのか?仲いいように見えたが・・」
「いいえ、実は今朝まではそんな素振りは見えなかったですけど」
ジークにもサッパリ理由が分からない。タイプは多少違うが、お互い真面目な性格であるし、似たもの同士なので気はあっていた。それなのに、今朝見た二人は闘犬前の土佐犬みたくにらみ合っていた。
「一体なんでしょうか?確かパピリオが電話だと呼びに来た後での事だったようですが・・」
「電話?まさか、俺からのかな・・・・・・まさか」
あまりの突飛な推論に頭を振る。確かに小竜姫にその匂いは感じたが、あのワルキューレにそんな事はあるとは思えない。「まあいいや、女同士の喧嘩は猫同士の喧嘩と同じだろう。関わるとロクな事はねえって聞いたことあるからな」
もう一度神魔二人の女性を思い返したが、首突っ込むと馬に蹴られそうな結論を苦笑した。そんな事は無いとは分かっていても、あの全世界意地っ張りオリンピックならば、きっとプラチナが取れる美神を思い返して、可能性を考えながら首を振る。
それより他人を思いやる場合では無い。多分前回よりキツイ修業の筈だから、恐らく負けるって事になれば下手するとヤバイ。
「ま、いっか。それより修業の方頼むわ。ハヌマンの旦那いるんだろう」
「え ええ。おられます・・・・しかし」
ジークの顔が再び沈む。
「ん。なんだ?」「ギックリ腰?!」
「はあ。今朝小竜姫さんが、老師に連絡を取ろうとしたらば、その電話を取ろうとして立ち上がった時にやってしまったそうです。その、今朝寒かったですから・・・・・」
「・・・。まいったねー。小竜姫だけでなくて、ハヌマンの旦那もいないのか」
「すいません。いつもはそんなに厳しい修業をやられる方おられませんから、大方は小竜姫さんか、彼女が急務の時は姉も臨時的に任されているのですが、その二人もいませんし、私はまだ未熟ですので、とてもお二人のお相手は・・」
「ん?。ワルキューレも管理人やってんの。でも旦那の訓練キツソウだな。行き成り精霊石弾撃たれたらかなわんじゃあねえか?」
「いや!姉はあれでも、剣技もですが、魔界軍の指導教官をやっておられましたから、そう小竜姫さんとは腕の差は無いと思います」
「へえ、見かけにはよらんな。あまり人を教えるタイプには見えんがな」
「はっ はは・・」
指摘され、応えるジークの笑顔は乾いていた。自分に厳しいだけに、人に対してもとっても厳しいのだ。
その頃。レストハウスのテレビ画面では横島がグレていた。
「くそっ!パピリオ強すぎるぞ」
連戦連敗でグレタ横島が、いつぞやの雪の丞みたいにヒスを起して、コントローラーを投げて不貞寝していた。
「大人げないでちゅよ横島」
「俺は貧乏でゲーセンにも行けないし、このゲーム機も持っていないんだから、少しはハンデくれてもいいだろう。お前絶対やりこんでいるだろう」
聞くとパピリオは天龍の皇子と共にこのゲームはやりこんでいるとのこと。同じ年頃なので二人は仲がいいらしい。まあ、お互い回りが大人ばかりなのだ、境遇は似ているかもしれない。共に修業をさぼっては小竜姫に怒られているようだ。
「後でくるっていってまちたよ。だから天龍に負けないようにもっと頑張るでしゅ」
「くそっ。まさか妙神山くんだりまでゲームの修業にくる羽目になるとはな。まだ雪の丞に付き合ってるほうが良かった。小竜姫様の親父との対決もあるしな」
再びコントローラーを手にする。可愛いパピリオだったら負けてもいいが、例えガキでも野郎には負けたく無い。
結局夕方雪の丞が戻って来たときまで、横島はパピリオと天龍皇子にボコボコ にやられてスッカリグレまくっていたそうだ。
「くっそう!小竜姫さまもワルキューレもいないなんて詐欺じゃ〜」
と、叫びながら。