結局小竜姫とワルキューレの戻ってきたのは三日後。その間中、体の良い保父横島は、流石に人と比べくも無いパワーの二人に振り回され、心身ともにズタボロであったそうだ。おかげで十分な修業であったらしい。
「あの、本当にやるんすか」
武闘場は例の異空間。見届け役のハヌマン老師はまだギックリ腰が治っていないので車椅子。それとジークらの見守る中、刃引きの剣を携えた小竜姫とワルキューレが準備を整える。いくら刃を丸めた刀とは云えども、この二人が真剣に剣を交わせば只では済まないであろう。
「せめて木刀か、竹刀とか、スポーツチャンバラのウレタンあたりでやったらどうすか?。お二人共・・何が原因か知らないすけど、間違って体に傷がついたりしたら大変っすよ。折角の美しい顔にあざでも出来たら」
ピリピリした空気に圧倒されているので、すっかり三日前の妄想は地平の彼方に消え失せている。一番風呂の千倍は体の節々がピリピリする横島であった。
(おっかねえなあ、この二人共)
あまり関わりたくないと云うのが本当の所だが、知り合いの、奇麗なねーちゃんが傷つけあうのを止めないのは彼のポリシーに反する。出来れば、何とか止めて欲しいのは彼の煩悩以外の欲求でもあった。いつかのワルキューレの言葉でも無いが、二人共に仲間なのだから。
「心配しないでください横島さん。ちゃんと手加減はしますから」
「心配するな横島。ちょっと実力の違いを見せるだけだ」
バチバチ
ヒー(×3)
小竜姫が挑発の視線と口元を浮かべれば、ワルキューレも負けずに返して、端で見ていた横島 雪の丞 ジークが震え上がる。確かに彼女らの戦闘能力は知ってはいるが、それに女の意地の張り合いが加味されれば、彼ら年若い彼らに止める手立てなどあろうはずは無い。
(なんとかしろよジーク)
(どうやってですか)
(そこを考えるのが魔族士官だろう)
(ああなったら姉も、きっと小竜姫さんも止まりませんよ)
(しかしお互い奇麗なお姉ちゃん 小竜姫様とワルキューレが傷つけあうのは見るのは)
(だいたい今回の決闘の原因は分かったのか?)
(それが私にはサッパリ)
(老師も何とかしてくださいよー)
(わしだってトバッチリは御免じゃ。年寄りにはキツイ仕事じゃからな。だいたい横島よ、お前にも責任の一環があるんじゃから、お前何とか止めろ。お前しか後当事者いないんじゃから)
(え?当事者?なんすか。おれの責任って)
(神界のヒャクメから連絡あったのだ、実は今回の一件は・・)「そこ!何を小声で話し合っているんですか?!」
小竜姫の厳しい叱責と視線が向けられる。
「いややややや」(×4)
稲川順二のようにシドロモドロに、両手をバタバタ ワタワタする四人。神界屈指の実力を待っている猛者の老師といえども、いや逆に齢重ねているから、普段真面目な女性が切れた時の恐さは身を持って知っているのだ。
「云いたいことあるならばハッキリ喋るがよい、ジーク!」
「いえ!!何でも無いです」
直立不動でブンブン首を振る、すっかり情けない頃に戻ったジーク。雪の丞は先刻の老師の言葉を反芻してみた。
(ん〜。ハヌマンの旦那の言葉だと・・・・・。なんだかな〜、。やっぱ横島がらみ。・・・まさか俺の推理あたってるのか・・・・・・まさか!)
冗談交じり、あまり推考無く出した、オモシロ可笑しい結論。つまり横島を巡って恋の物騒な鞘当てを予想したが、まさかそれが当たっているかもしれない。得られた情報がそれを裏ずけている、横島を巡っての争いには、彼としても呆然だ。
どう考えても、厳格を絵に書いたような魔族士官のワルキューレの方は嗜好が違う筈だと思っていた。
(でもアイツに女が惚れるキッカケ・・・オキヌちゃんに聞いた限りじゃ、そのパターンに沿ってるよな)
まず嫌われる、狙われる、殴られる、敵対する、殺されかける、そして呆れられる。どれも所謂少女マンガの黄金定番のキツイやつだが、マイナス感情であっても、そのベクトルが大きい。転調してプラスに転じれば、その感情は強固な物になるのは少女マンガだけでは無く現実でも同じなのだ。何となく嫌いの感情は仲々転じないが、大嫌いは結構転じる可能性高いし、その際エネルギーキャパシティは高いのだ。
(まあ、いいけどよ)
こればっかりは他人事。三角、四角、五角関係でも俺には無関係。それに、やっぱり馬に蹴られるのは嫌なのだ。
(放し飼いにした旦那が悪いんだからよ)
この一件で、切っ掛けを作ったのが自分と知られると、美神の旦那一派に恨まれると厄介、暫くは近寄らないようにすることにした。強さを求める孤高の存在といいつつ、事女相手ではからっきっし情けない。「何が原因か知りませんけど、もう一度考え直しませんか」
ジークを前面に押し出す盾にしながら、恐る恐る提案する横島。すると、殺気が薄れ彼の方を向き直す二人。
「心配しないで大丈夫ですよ。あなたの事は私が・・」
「いや、横島は私がもらう」
「へ?!」
殺気が消えた、いとしむような顔立ちに戻った二人に呆気に取られる。妄想ならば突飛でも、少女マンガパターンの定番であろうが、事ここに至っていてはとことん鈍い奴であった。
ガキーン チン チーン チンチンチン
武闘場に金属同士の響き合う音だけが冴え渡る。
戦いは、立ち会う者全ての想像を超えて激烈を極めた。
何しろ超加速を使わない取り決めであっても、ジークと雪の丞には動きを追う事すら難しかった程だ。
「まずいぞ、これは。どっちか死ぬぞ」
「そんな老師」
下した老師の結論に、戦いから思わず目を反らして縋り付きたいジーク。
「本気じゃ!!、まずいな」
「じゃあ止めてくださいよ」
少なくともこの場で彼以外二人を止めれる実力を持った者はいない。しかし今は車椅子では無理であった。
「そうもいかん。当事者以外は戦いに関わってはいない事になっていて、それは神魔ともの取り決めなのじゃ」
「!?」
「横島お前が止めろ」
雪の丞が横島に詰め寄る。
「しかし、当事者しか」
「お前も当事者だ!」
「え?」
「いいから耳かせ」
雪の上に耳打ちされて目を向く横島。
武闘場では最後の時を迎えようとしていた。お互い息を整え、己の剣を小竜姫は真横の中段、ワルキューレは正眼の上段に構える。
「これ以上は・・」
「・・分かっている」
美しい声であるのに、その奥にはドスの利いた台詞だ。周囲を巻き込んで闘気が収束し始めた。
ダッ タン
二人が急速に接近して行った。生と死の交錯する接点に向かって。キーン カーン
「!」
「?」
「なんじゃと、あ奴」
お互い、下手すると致命傷になりかねない部位に打ち込もうとしていた剣は、横島の両手の霊波刀で寸前で止まっていた。
「横島」
「横島さん」
「両者そのまま」
「「しかし」」
「取り敢えず剣を引いてください」
口調は穏やかではあったが、えも言えぬ迫力に圧倒される二人。「今の横島さん、まったく・・」
「ああ、ワシも見切れなかったわい」
「流石に煩悩の男だぜ」
「煩悩?なんの事じゃ?」
雪の丞の呟きに怪訝なハヌマン。
「?」
今度は雪の丞が表情を曇らせる。「ワケは雪の丞から聞きました」
「雪の丞さんからですか?」
「なんで知っているのだ」
横島は意味ありげに微笑んだ。
「「!」」
その表情が、まるで「俺知ってましたよ」とばかりに、暖かく包むような物であることに気がつき頬染める二人。
「そんな事情で決闘なんて」
「しかし横島さん」
「そうだぞ、これはお前の為でも」
『そんな』と言われて怒って見せる二人。どうやら彼女らも真剣であるので、今の言い方は釈然としないらしい。
「ああ、すいません。でも、こんな形で決着を付けても後に引くんじゃないでしょう」
「た 確かに」
「それはそうだが」
「それに、俺はそんなに軟弱ではないすよ。女性二人ぐらいは、この俺の溢れるような愛情で受けとめてみせるっす」
「う〜ん」
言われても悩む二人。
「ダメッすっか、俺は気にしませんよ。
「しかし、それではお前が」
「俺は大丈夫っすよ。でも、もしどうしても決着つけようってなら決めるのは俺でしょう。なら、取り敢えず初めてみましょうよ。その上で俺が決めるってのはどうですか?」
「!」
「?」
二人顔を見合わせ、しばし密談していたが、どうやら話合いがついたらしい。
「お前がそう言うならば、まず初めてみるか」
「そうですね。その上で横島さんがどっちの方が良かったのか決めてくださいな」
(ううっ。どっちに決めてだなんて、決めてたまるか。小竜姫様もワルキューレも二人とも俺のもんじゃ〜)
「負けませんよ!ワルキューレ」
「それは私もだ、何しろこれには魔族軍の名誉がかかっているのだから」
「それは私も同じこと。絶対勝つ条件で竜神皇からも許可を得たのだ。横島さんには気の毒ですが、こうなった以上は、もし横島さんが竜神族を選ばない以上は・・・・・」
「え??選ばない以上は・・・・」
何やら不審な言動を肌で感じたので少し引く。
「私とて同じ。もし横島が、わが魔族軍のやり方を選ばぬ時は・・・・」
なんか今までホノボノしていた空気が淀み始めた感触に背中を冷たい物が走る。なんで選ぶのが「竜神族」と「魔族軍」なのか不審だ。何故に「私」なのではないのだろうか?と。
(なんか、先刻の話と、えらく違っていないか?おい雪の丞)
聞いた話では、二人が自分を巡って恋の鞘当て。愛をかけて勝負して、勝ったほうがおつき合い・・・と、聞いたのだが・・・。
(うっ!)
雪の丞を振り向くと、車椅子の老師に何やら耳打ちされている姿が・・・。
「!」
横島の視線に気がついた雪の丞は、心底「わりい」と言う表情で、手を合わせていた。
「うっ」
ポン ポン
両肩を同時に叩かれる感触に、ユックリと振り返ると、共に満面の笑顔の二人が剣を構えていた。