ちり―・・・ん・・・・
「・・・・・・?」
タマモは通り過ぎた道を振り返った。 人ごみを掻き分け、路上に並ぶ座り込みの露店に足を向ける。
「・・・・いらっしゃい。」
白髪の老婆の広げる店の前に立つ。
「・・・・・」
銀色のアクセサリーが並ぶ中に、小さな鈴が目に映る。
「これは・・・・?」
「ご覧の通りの鈴だね。」
「・・・・いいかも。 これいくら?」
「まいど、2800円です。」
「こっ、これ1個でえ・・・!?」
「どうなさいます?」
「・・・・・・・買う。」
きつねレポート
サイレント・ベル
「馬っ鹿ね〜、それ絶対騙されてるわよ。」
「いいの、気に入ったんだから。」
タマモは首から提げる小さなそれをちりんと鳴らして見せた。
「見たところ特にオカルトに関係なさそうだし・・・」
美神は霊視ゴーグルを手にとって覗いた。
「いいんだってば。 そういうんで買ったんじゃないんだから。」
「はいはい。」
タマモはソファーにどさっと身を投げた。
「何かタマモちゃん嬉しそうですね。」
おキヌは美神のデスクにお茶を置いた。
「あんまり身の回りのものに金をかけない奴だからね。 たまにはいいんじゃない?」
「私もああいうの買おうかな〜。」
「あんたはそうやって周りに影響受けすぎ。」
「ええ〜? そうかなあ・・・」
「ははっ、気になるんならタマモに場所聞いてみたら?」
「わっはは〜〜! 何でござるかそんな猫みたいな物つけてっ!!」
「・・・・・」
タマモはシロに向けていた目をぷいと逸らした。
「シロちゃん、そんなこと言っちゃ駄目よ。」
「はは〜ん、どうやら自分はペットだということを自覚したんでござるな? 関心関心!」
「タマモ行くわよ?」
「ん。」
「じゃおキヌちゃん、留守番と書類お願いね?」
「行ってらっしゃい!」
ばたん
「お、おキヌ殿〜〜〜!? 何でござるかタマモの奴あんないいものつけてっ!?」
「シロちゃんさっきと言ってることが・・・」
「はっ!? さては色気づいて先生をたぶらかそうという魂胆ではっ・・・!?」
「違うと思うけどなあ?」
「こうしちゃおれんっ! おキヌ殿! 拙者達も買いに行くでござる!!」
「じゃあ、タマモちゃんが買ったって場所に行ってみようか?」
厄珍堂
がららっ
「厄珍〜?」
「おお令子ちゃん! ほんと久しぶりあるな〜。」
のれんをくぐった美神とタマモはカウンターに歩み寄った。
「神通棍の修理出来てる?」
「終わってるあるよ、ほい。」
「サンキュー。」
「アタシのほうは?」
「来てるあるよ、ちょっと待つよろし。」
厄珍はカウンターの下から箱を取り出した。
「サイズが特注だったから今はこれだけしかないあるが・・・」
タマモは箱の封を切って銀の銃弾を摘み上げた。
「十分よ、ありがとう。」
「おっ? 変わった物つけてるあるなタマモちゃん。」
「これ?」
タマモは鈴を摘んで見せる。
「いい仕事してるあるな〜。 これきっと腕利きの仕事よきっと。」
「そうなの?」
美神も覗き込んだ。 タマモは鈴を振ってみた。 ちりりん
「でも気をつけるあるよ? 銀にはものが憑きやすいあるからな。」
「狐とかかしら?」
「あっははははは! なるほど、既にあんたが憑いちゃってるって訳ね。」
「うまいこと言うね。 おおっ、そうだ令子ちゃん。 仕事受ける気ないあるか?」
「何よ仕事って?」
「ある大手企業からの依頼ある。 報酬はたんまりあるよ?」
「ふん・・・・で、内容は?」
「・・・・・?」
鈴を手のひらの上で転がしながら、タマモはカウンター越しに書類に目をやる美神と厄珍を眺めていた。
「猫?」
「ええ。」
首都高を走りながら、髪を後になびかせるタマモは運転する美神に顔を向けた。
「飼い猫が精霊石を飲み込んで凶暴化しちゃった、ってとこみたいよ。」
「何で精霊石?」
「あれはアクセサリーとしても結構人気あるのよ。 金さえあれば、手に入れられないこともないわ。 関心はしないけどね。」
「ペットがうっかり飲み込んだってとこか。」
「多分ね―。」
「で?」
タマモは首の鈴を指で撫でる。
「詳しくはまだわかんないけど、多分、それを退治でしょう。」
「ふ―ん、化け猫退治、か。」
某大手企業本社ビル
「お待ちしておりました、私、ここで専務をやらせてもらっている者です。 どうぞこちらへ。」
「話は大方聞いてるわ。」
美神とタマモは客室に通された。 ソファーに腰を下ろす。
「んで、問題の猫は?」
「このビルの45階から60階のどこかにいるはずです。」
専務が見取り図をテーブルに広げた。
「件の猫は社長の飼っていらしたものなのですが、精霊石とかいうのを飲み込んでしまってすっかり凶暴になってしまって・・・・・」
「そのへんはいいわ。 で、どう対処しろとおっしゃるのかしら?」
美神は上目使いに専務を見る。
「縄張りを主張しているのか、主に50階以上を占拠しているのです。 念の為にと45階から封鎖をしましたが、このままでは経営に影響がでます。 なんとか処理していただきたい。 方法はお任せします。」
「オーケー、引き受けたわ。 行くわよタマモ?」
「やれやれ。」
美神に引き続き、タマモは立ち上がった。
「馬鹿な仕事ね。 どうすんの?」
エレベーターの中、タマモは壁にもたれて銃に弾を込める。
「捕獲なんて準備も用意もなしには無理よ。 手っ取り早く退治、狐さんのご意見は?」
「めんどくさいのはごめんね。」
「じゃあそういうことで。」
美神は破魔札をぴらぴら数えるとぴしゃっと揃えた。 ちんっと音がしてエレベーターが止まり、ドアが開いた。
「あんたは45階から上へ、私は最上階から下へ。」
「了解。」
タマモはエレベーターから下り、閉じた扉が美神を上へと運ぶエレベーターを隠した。
「ふうっ・・・・行きますか。」
タマモは拳銃を指でくるくる回して歩き出した。
60階
「猫さん猫さん猫猫さ〜んっと。」
神通棍を指でくるくる回し、美神は廊下を歩いた。
「さっさと退治したいから早く出て来―い。」
かちゃっとドアを開け、美神は社長室に踏み込んだ。
47階
「ふわ〜〜〜〜・・・・」
開いた口を手で押え、タマモは給湯室でお茶を飲んでいた。
「何かお茶請けないの?」
タマモは戸棚をがさがさあさった。
『もしも―し、こちら美神。 聞こえるタマモ?』
タマモは無線を掴んで耳にあてた。
「何―? 終わった―?」
『まだ見つかってない。 今56階まで下りたけど、そっちどお?』
「今必死に捜索中。」
タマモは冷蔵庫を開く。
『こりゃ思ったより手強いかもしれないわよ? 気をつけなさい。』
「お、みずようかん発見。」
『ちょっと何やってんの?』
「美神さん抹茶と小豆どっちがいい?」
『じゃあ抹茶。』
「了―解。」
『って、何しとるかあんたはっ!?』
「50階辺りでお茶にしようか。」
『あ、いいわね―。』
50階
ずずず―・・・
「ぷは〜、仕事中のお茶はおいしい〜。」
「で、上にはいなかったの?」
「ええ。」
窓の外を眺めながら、美神とタマモは机に座ってお茶を飲んでいた。
「あんたも見つかんなかった?」
「下にはいなかった。」
「さ〜って、どうしましょうか・・・・?」
「縄張りを放棄したかしら?」
「いい天気だし、昼寝でもしてんのかしら?」
「・・・・美神さん、屋上見た?」
「屋上・・・・?」
屋上
「いた。」
「マジ・・・・・?」
貯水タンクの上で、一回り大きくなった灰色の猫が丸まっていた。 その額に、青白く光る石が見える。 ひゅっと風が吹いた。 ちり〜ん・・・
『!?』
「気付かれた!?」
「来るわよっ!」
美神は神通棍を伸ばした。
『しゃがああっ!』
立ち上がった猫が口から霊圧を飛ばしてきた。
「ちっ!」
「ふっ!」
どかんっ 左右にわかれて避けた美神とタマモは貯水タンクを挟むように走り出す。
『くおっ・・・!?』
「喰らえっ!」
タマモが火球を投げつけた。 飛び上がった猫に、美神の神通棍が飛ぶ。 どしゃっ
「なっ・・・!?」
「別れたっ!?」
水が飛び散るように弾け飛んだ破片が、何十体もの猫になって屋上中に散らばった。
『にゃあっ!』
『ふ―っ!!』
『しゃ――っ!!』
炎と鞭を振り回し、タマモと美神は背中を合わせた。
「何てことしたのよっ!?」
「私のせいかいっ!?」
飛び掛ってきた猫を神通棍で弾き飛ばした美神は破魔札をばら撒く。
『ふぎゃあっ!』
『うびゃあっ!?』
爪の炎を振りかざして威嚇し、タマモは右手でCR−117を掴む。 どんどんどんどんどんどんっ!
『がはっ・・・!』
『ぎゃっ!』
貫かれた猫を飛び越え走り回る猫達に、2人は中央に取り囲まれた。
「数が多い・・・・っ!」
「一気に片付けるっ! タマモ、合わせるわよっ!」
「!? よしっ!」
美神は首から下がっている精霊石を引き千切った。
「精霊石よっ!」
美神が上に放り投げた緑の石に、タマモは両手を挙げて炎を飛ばした。
「増幅せよっ!!」
「散っ!!」
タマモが掲げていた腕を振り下ろした。 ごばあっ 精霊石を中心に、炎が屋上中に広がり飛ぶ。 ずおおおおおおっ
『びぎゃあああ・・・!』
『ふぎゃああああっ!?』
猫達が吹き飛ばされ消える。
「!? 全部ダミー・・・?」
「上よっ!」
『しゃ―――っ!』
落ちてくる猫に、美神とタマモは2手に別れて飛び退く。
「このっ!」
美神は転がり起き、振り向きざまに神通棍を振る。 体を沈めてそれを潜った猫は美神に飛び掛った。
『か―っ!』
「ぐっ、猫野郎っ!!」
肩を押さえ込まれるように押し倒された美神は、倒れきる前に猫を蹴り上げた。 どかっ
『ぐっ・・・』
空中に飛ばされた猫を火球が襲う。 ぼかんっ
『びやああああっ!』
残り火がくすぶるコンクリートに転がる猫は、転がり続けて体の炎を消した。
「美神さん!」
タマモは美神の前に立つ。
「いって〜・・・」
後頭部を擦って美神は立ち上がる。
『ぐるるるるるっ!』
猫が身構えながら立ち上がった。
「あ〜ら、怒っちゃったかしら?」
「けっこうすばしっこいわよ、どうする?」
「あんたの銃は?」
「当んない。」
「このへたくそっ!」
「うるさい。」
「なら当るようにするわ。」
美神がぴっと吸魔護符を掴み取る。
「・・・・なるほど。」
きゃりきゃり―ん・・・・ 薬きょうが落ち、タマモは弾を1つポケットから取り出した。
「じゃよろしく、ちゃんと当ててよ?」
「そっちこそ。」
美神は左手に吸魔護符を握り、神通棍を振りかざして走り出した。
「むっ!」
タマモは銀の銃弾を額にかざす。
「白銀の刃となりし強き者よ、わが息吹を糧となし、その身に宿して強きを極めよっ!」
右手から溢れる炎が弾に吸い込まれ、銀の色を赤く染める。
「だあああっ!」
神通棍を飛び越えた猫の顔に、美神は吸魔護符を突きつける。
「念っ!」
ぱしゅうっ
『か―――っ!』
光る護符を突き破り、猫の爪が振り下ろされる ざしゅうっ 白紙となった護符が飛び散る。
「ちっ! タマモっ!!」
『!?』
肩から血を噴出して転がる美神からタマモに顔を向けた猫は、飛んできた炎に飛び上がった。 額の精霊石が光る文字を浮び上がらせているのが見える。
「す――・・・・」
タマモは着地する猫に銃口を向ける。
「いっけ――っ!!」
どこおおんっ
「うわっ!?」
反動でタマモが引っくり返る。
『!!』
屋上から飛び降りようとする猫に、美神が額で印を結んだ。
「吸引っ!!」
ぎゅおんと弾が軌道を変え、猫の額に吸い寄せられた。 どかっ
『があ・・・っ!?』
額を弾き飛ばされ、猫は転がった。
「終わった・・・?」
尻餅をついているタマモは美神に顔を向けた。
「・・・のよ―ね、は〜やれやれ・・・」
美神は肩を押えて立ち上がった。
山村動物病院前
「ど―も―。」
頭に包帯をぐるぐる巻きにされた猫を抱えて、タマモはドアを閉めた。
「どうだった?」
「ま、こんな感じ。」
助手席に乗ったタマモは猫を持ち上げてみせる。
「そう。」
「にゃ―。」
「はあ? いいけど・・・・」
「出すわよ?」
美神はコブラを動かし始めた。 ぶおんっ ぶろろろろろ・・・・・
「何だって?」
「ん?」
タマモは猫の背中を撫でながら目を向ける。
「そいつよ、何か言ってたんでしょ?」
「アタシにこいつの言葉がわかると思う?」
「さあ・・・・? で?」
「迷惑かけてごめん、とでも言ったんじゃない?」
「じゃあ、ど―いたしまして。」
美神は片手を伸ばして猫の首筋を撫でた。
「みゃあ。」
「このお気楽者。」
タマモは猫の両耳を摘んで引っ張った。
「うみゃあっ!?」
「よしなさいって。」
運転している美神はハンドルを切りながら笑った。
きききいっ
ビルの前でコブラが停車する。
「ここでいいの?」
「いいみたいよ。」
猫が飛び上がってボンネットにのった。
「みゃ〜〜う。」
「ん―・・・・いいけど?」
タマモは立ち上がり、首から鈴を外して猫の首にかけてやった。 ちりちり〜ん・・・
「みゃう〜。」
猫はボンネットから飛び降り、鈴をちりちり鳴らしてビルの中に走っていった。
「あげちゃってよかったの?」
座るタマモに、美神はギアを入れる。
「いいんじゃない?」
「・・・・・・」
ちり――・・・ん・・・
「・・・・ふっ、そうね。」
美神は笑って、コブラを発進させた。
美神除霊事務所
「ただいま〜。」
「同じくただいま。」
『お帰りなさいませ、オーナー、タマモさん。』
「あれ、おキヌちゃんとシロは・・・?」
『いらっしゃいますが・・・』
「お帰りなさい、遅かったですね。」
「お帰りでござる―。」
「・・・・・」
「・・・・・」
首からやたらとじゃらじゃら銀製品をぶら下げているおキヌとシロに、美神とタマモは顔を見合わせた。
「へ、変ですか・・・?」
「ど―だタマモ、拙者のほうがいろいろ持ってるでござるよっ!? 参ったかっ!」
「いや、全然。」
「ま〜た負け惜しみを・・・・って、タマモ、鈴はどうしたでござる?」
「あげた。」
「ええ〜何でタマモちゃんっ!?」
「美神さん今日は夕飯食べてくでしょ?」
「そうしよっかな〜。 よし、久しぶりに一緒に作る?」
「いいわね。」
美神とタマモはキッチンに向かった。
「あ〜あ、ちょっと買いすぎちゃったかな〜?」
「大丈夫っ! きっと先生は誉めてくれるでござるよっ!」
かちゃっ
「ちわ〜〜っす、夕飯貰いに来ました――って、おキヌちゃん、シロも? 何変なの着けてんの?」
「へ、変・・・!?」
「が―――んっ!?」
横島は2人を通り過ぎて椅子に座った。
「そんなの着けなくてもいいんじゃないの? タマモとかみたいにさ―。」
「そんな〜。」
「くっそ〜〜馬鹿狐〜〜〜!!」
おキヌはいそいそと外し、装飾品を引き千切ったシロは床に放り投げた。
「2人共どうしたよ?」
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【次回予告】
タマモ「朝起きると、そこにはいつもと違うアタシが目を覚ます。 昨日とは違う、でも、明日ともまだ違う、そんなアタシ。」
横島 「何の話だよ?」
タマモ「これは明日のアタシに近づくためか、それとも昨日のアタシの衰えなのか。」
横島 「どっちでしょうかねえ?」
タマモ「これがどっちなのかアタシにはわからない。 一晩中鏡に自分を映しても、その違いは映らない。」
横島 「ぶへっくしゅんっ! ・・・・風邪かな?」
タマモ「自分が昨日の自分とどう変わったか、それを決めるのは自分自身。 誰かに言われるものじゃないわ。」
横島 「おいおいこのノリはいったい何だあ・・・?」
タマモ「でも結局、そんなことは考えるだけ無駄。」
横島 「何で―?」
タマモ「それじゃお腹はふくれないのよ。」
横島 「うむうむ。」
タマモ「次回、『黒き半身』」
横島 「えっ!? ひょっとしてこのノリは、最終回・・・・!?」
タマモ「・・・はっくしゃんっ! ・・・・・・つ――、風邪染ったかな?」