ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるる・・
「はい、こちら美神除霊事務所。」
『よう、久しぶり。』
「なによ雪之丞じゃない。 何か用?」
美神は受話器を持ったままくるりと反転してデスクにもたれかかる。
『ちょっと人手を貸して欲しいんだ。 あんたが出張ってくれれば1番助かるんだが、なんなら横島でもいい。』
「それは仕事としてかしら?」
『ああ。 っと、おキヌと犬っころはやめてくれよ。 子供にゃ荷が重いし、来ても役にたたんだろうからな。』
「で、いつ?」
『今夜からだ。 今すぐにでも欲しい。』
「・・・・あいにく私も手が塞がっててね。 横島君も補習授業でいないわよ。」
『かああっ、まいったな〜・・・・他に誰かいねえか?』
「いないこともないけど・・・・?」
美神はソファーで丸まっている狐に目を向けた。
きつねレポート
紅いクルス
暗い階段を下りたタマモは、明かりの照らし出すカウンターに足を進めた。
「いらっしゃい。」
椅子に座ったタマモは指でかんかんとカウンターを叩く。
「キールを。」
「かしこまりました。」
タマモは両肘をついて目を隣に向ける。
「美神さんに電話してきたのはあんた?」
「わかるのか?」
男は帽子を取ってタマモに顔を向けた。
「あんたが雪之丞って奴・・・?」
「まあな。 タマモ・・・・だっけ?」
「ええ。」
「話は聞いてる。 まあ、よろしく頼む。」
雪之丞は手前のグラスを空けた。
「お待たせしました。」
タマモはバーテンに軽く頭を下げ、赤いそれを口に運んだ。
「・・・ふうっ、で、仕事の内容は?」
「まあ待ちな。」
タマモと雪之丞の後からサングラスをかけた男が歩み寄って来た。
「んじゃ、後の連中は?」
「追っ手さっ!!」
ばきっ 振り向きざまに雪之丞は男を殴り飛ばした。 吹き飛ばされた男が引っくり返る。
「ついて来いっ!」
「やれやれ。」
グラスを飲み干し、立ち上がったタマモはかんとグラスを置いた。
「料金はそこに寝てる奴につけといて。」
「は、はあ・・・」
「何してる行くぞっ!」
階段を駆け上がる雪之丞を追い、タマモも走り出した。
とあるホテルの1室
「お帰りなさいっ、雪之丞さんっ!」
「よ、何にもないか?」
部屋に入った雪之丞に、茶髪の少女が駆け寄った。
「はい! そちらは何ともありませんでしたか?」
「大丈夫さ、助っ人を連れてきた。」
雪之丞の後から顔を覗かせるタマモに、少女はぺこっとお辞儀をする。
「初めまして、加津佐かんなと言います。」
「タマモよ。」
「マリア、留守番助かったぜ。」
「イエス、雪之丞さん。」
雪之丞は奥に立っているマリアに手を挙げた。
「その十字架は、もともとこの子の家にあったものだったんだ。」
4人はソファーに座って話していた。 雪之丞は、かんなが首から下げている深い朱色の十字架に目をやる。
「こいつはいわゆるいわく着きの代物で、それなりのものが憑いてる。」
「それで?」
「それを祓うにはこいつを壊すしかない。 出来ればこの十字架を壊さずに何とかしたいんだ。」
タマモはかんなに目を流す。
「あんたの大事な物なの?」
「母の形見なんです。」
かんなは両手で十字架をそっと包み込むように握った。
「で?」
「こいつ事体を壊さずに祓うにはこいつを24時間身につける必要がある。 そうすりゃ人間の生命エネルギーとかにやられて憑いてる奴を祓えるらしい・・・・・よくわかんねえが。 だがその間、憑いてる契約の悪魔がその身につけている者を殺そうとする。 24時間死ななきゃいいってわけなんだが・・・・問題は敵がそいつだけじゃねえってことだ。」
「バーで襲ってきたのはただの人間だったわね。」
「ああ。 かんなの実家の連中さ。」
「どういうこと?」
「この十字架はそれなりの値打ちがあるらしい。 歴史的にも、オカルトアイテムとしても、学術的にも・・・・だっけか?」
雪之丞はかんなに顔を向ける。
「はい。」
「こいつをどっかに引き取ってもらえばたいそうな金になるらしい。 危険だからってことを名目に、親戚連中が取り上げようとしてんのさ。」
「憑いてる悪魔かなんかを祓っちゃうと、価値が下がっちゃうわけ?」
「そうらしい。」
「私、お金が欲しいわけじゃないんです。 母さんの残してくれたたった1つのものだから・・・・・どうしても手放したくなくて・・・」
「・・・・・」
「母さんにも、絶対身につけちゃ駄目だって言われてたんですけど、おじさん達がこれを売るって話してるのを聞いて、それで・・・」
「一度つけたら外しようがねえんだ。 親戚どもに話しても信用せんし、その間、あと・・・・・マリア?」
「15時間、34分です。」
「そう、それだけの間かんなを守るのが仕事だ。 美神が薦めるだけの奴なんだろ? 期待してるぜ。」
「いいけどね。 ところで、その後あんたはどうすんの? 行く当てあるの?」
「一応は。 昔お世話になった乳母のおばあちゃんの所に行くつもりです。」
「そっからは俺の仕事だ。 アフターサービスってことで、ちゃんと何とかする。 お前は気にせず、来る奴を何とかしてくれればいい。」
「はいはい。」
「よろしくお願いします。」
かんなはタマモにぺこっと頭を下げた。
ベッドで眠るかんなをスタンドの光が映し出す。
「で、アタシの仕事は?」
ベッドに腰掛けているタマモは椅子にふんぞり返ってテーブルに足をのせている雪之丞に顔を向ける。
「追ってのほうはマリアに頼むつもりだ。 お前じゃ殺しかねんからな。」
「けけけっ。」
「笑い事かよ? ったく、ともかく、お前は俺と悪魔のほうを担当だ。」
「それがよくわからないわ。 もう少し話しなさい。 いつどういう時にどんなんが襲ってくるわけ?」
「基本的に十字架を身につけた時点でそこからいかにもってのが出てくんだ。 赤いぼろぼろのローブの骨さ。 手に変に湾曲した槍を持ってる。」
「今そいつは?」
「一応ありったけの手持ちの札で動きを封じてきたが、いつ破られてもおかしかねえだろうな。 つまり、今はいつ襲われてもおかしくない状況だ。」
「やっつけられないの?」
「限りなく治る。 一度出たら、十字架を身につけてる奴が死ぬまでな。」
「勤勉な奴ね。」
「・・・・まったくだ。」
笑った雪之丞は頭の後で手を組んで目を閉じた。
「もう一ついい? ギャラのことなんだけど・・・」
「ギャ、ギャラっ・・・!?」
「何をうろたえる?」
「い、いやあ・・・・・別に。」
「はあっ・・・・やっぱりね。 子供が金なんか持ってるわけないしね。」
「・・・・知ってたのか?」
「少なくとも美神さんはね。 だいたい今日は事務所に仕事入ってなかったし。」
「ちぇっ、しっかりしてんなあ。」
「ふっ。」
タマモもベッドのごろんと横になった。
「俺のポケットから少しは出せる。 マリアもそれでじいさんから借りてきたからな。 お前は・・・・・どうする?」
「家に帰っても暇だしね、やってやるわよ。」
「・・・助かるぜ。」
「その代わり質問?」
「な、なんだ?」
「あんたは何でこんな金にならないことやっての?」
「・・・・・」
椅子から立ち上がった雪之丞は、かんなの寝ているベッドに歩み寄った。
「・・・・俺はあ、ママから残してもらったもんはねえからな・・・」
「・・・・・」
タマモは首をそっちに向ける。
「こいつの気持ちは何となくわかるんだ。 自分だったら、って思うと、何となく助けてやりたくてさ・・・・・へっ、笑っちまうだろ?」
「笑いやしないわよ。」
「・・・・何でだ?」
「少なくとも、そのおかげでその子が助かるんじゃない。」
「・・・ははっ。」
「何?」
「いや、そんな風に言われたことなくってな・・・・何つ―か、その・・・・サンキュ。」
「ふっ。」
「・・・・・・ママに似ている・・・」
「何か言った?」
「あ、いや・・」
ぴ―――
「!?」
「!」
雪之丞がテーブルの無線に手を伸ばし、タマモも身を起こした。
「マリアっ! どしたっ!?」
『追っ手が来ました。 対処します。 その部屋は・移動してくださいっ!』
「わかった。 殺すなよっ!」
雪之丞はベッドのかんなの頬をべしべし叩く。
「おい起きろっ、移動すっぞ!!」
「んあ・・・・?」
「寝ぼけてる暇はねえぜっ!! おい、そこのかばん頼むっ!」
「やれやれ。」
かんなをおぶって窓を開く雪之丞に、タマモはかばんを引っ掴む。
「よっと。」
「きゃっ・・・!」
「ふっ。」
ばんばんっ 隣の建物の上に飛び降りた雪之丞とタマモはかんかん走り出す。
「ん、この感じ・・・」
「雪之丞さんっ!」
「来たかっ!」
びゅおっ 弧を描きながら落ちてくる赤い塊に、雪之丞は霊波を放つ。 ばしゅっ
「ちっ!」
槍が霊圧を砕き飛ばし、白い腕と顔を覗かせた骸骨が雪之丞に突っ込んだ。 どこおんっ
「ぐお・・・っ!?」
「く―・・・!!」
飛び退いた雪之丞はかんなを抱く形に持ち替える。 骸骨は天上から建物中に突っ込んだ。
「大丈夫か・・・?」
「は、はい・・・」
震えるかんなを立たせ、雪之丞はかんなを背に穴に目をやる。
「タマモっ、かんなを連れてけっ! ここは押えるっ!!」
「ほいほい。」
「雪之丞さんっ!」
「心配すんなって。」
「ほら行くわよ?」
「はい・・ってきゃあああっ!?」
タマモはかんなの襟首を掴んで隣の建物にジャンプした。
「さあ・・・・・来やがれっ!」
ばがんっ
「!?」
足元から突き出てくる槍の先端に、雪之丞は跳びあがる。
「だ――――っ!!」
振り上げた両手を振り下ろした。 ばちばちっ 白い霊波が赤いローブをまとった骨に槍で砕かれる。
『ばああ――――――っ!!』
「だりゃ――――――っ!!」
ずずん・・・・・・・っ!
翌日の早朝 フェリーの1室
「・・・・・ぶっ!」
「んくくく・・・!」
「・・・・おい。」
雪之丞はかんなとタマモをぎろっと睨んだ。
「あ―――っはっはっはっ!」
「タマモさんっ、笑っちゃ・・・・ぷはははははっ!」
「でえいっ、笑うなっ!!」
鼻に大きなバンソウコウを貼った雪之丞は立ち上がった。
「だってねえ?」
「ごめんなさい雪之丞さん。」
かんなとタマモは涙を払ったが、まだ頬がひくひく痙攣していた。
「は〜〜・・・・ったく、まあいい。 フェリーに乗っちまったんだ。 親戚連中の追撃はこの上では大丈夫だろ。 問題は骨の方だ。 マリア、後時間は?」
「残り6時間27分です。」
「そう、その間何としても踏ん張るぞっ。」
「ん〜。」
「よろしくお願いします、皆さん。」
立ち上がり、ぺこっと頭を下げるかんなに、雪之丞とタマモ、マリアは笑った。
残り4時間
甲板で柵にもたれるタマモと雪之丞は、潮風に髪を振り回されていた。
「・・・・で、傷はいいの?」
「かすり傷さ、と、言いたいが・・・・はっきし言ってやばい。 今襲われても俺は戦えない。」
肩口を押える雪之丞に、タマモは横目を細める。
「ま、そんな時の為のアタシ達でしょ。 あんたはかんなについていてやりなさい。」
「・・・・すまん。」
「気丈そうに見えるけど、まだ若いわ。 不安もあるでしょう。」
「そうだろうな―・・・」
雪之丞はふっと溜息をついた。
「骨をやったって、あいつはこれからがたいへんなんだろうな・・・」
「ええ。」
「俺に出来るのは逃がしてやることだけだ。 それでいいのかな・・・?」
反転し、海に目をやる雪之丞に、タマモもそれにならって海に体を向ける。
「そっから先は、あの子の問題でしょ。」
「そうだが・・・」
「あんたはGSでしょ? 分をわきまえなさい。」
「俺はかんなを助けたいんだっ。」
海にやる目を細める雪之丞に、タマモは笑った。
「そのへんはアタシの知ったこっちゃないわ。 一生守りたいならそうすれば?」
「別にそこまで言ってねえだろ!?」
「怒るなってば。 あんたの言いたいことはわかるわよ。」
「・・・・・」
「ま、自分で決めなさい。」
タマモは柵に沿って歩き出した。
「お、おい・・・!」
「あんたはマリアと交代して部屋に結界でも張ってなさい。 アタシは甲板で見回るから!」
「・・・・・」
手を軽く挙げるタマモの背中に、雪之丞は溜息と共に微笑んだ。
残り2時間
「・・・・・来ないわね。」
「来ませんね。」
舳先の甲板に立ち、タマモとマリアは並んで海を見つめていた。
「あんた、あの骨が接近してきたらわかる?」
「ノー、現時点のデータのみでは感知出来ません。」
「ア―タシも無理。 あいつ臭いないんだもん。 何とか霊気を感じ取れればいいんだけど。」
タマモはかくっと頭を後に垂れた。
「あ〜〜いつやったら速いしな〜〜・・・・」
「!? 霊圧感知っ! 正面です!!」
「おいでなすったか!!」
じゃきっ がしゃんっ! タマモは銃を、マリアは機銃を構える。
「・・・・・」
「・・・・・」
タマモとマリアの目が細まる。
「見えたっ!」
「ロック!」
海面を滑るように飛んでくる赤い布切れに、銃口が動く。
『返せ―――――――――っ!!』
「喋った・・・!?」
「迎撃しますっ!」
「ちいっ!」
どんどんどんどんっ どどっ どどどどどどっ! 閃光が赤い布切れを突き破り、波音の中海に墜落していった。
「・・・・・・」
縁に駆け寄ったタマモは海面に目をやる。
「『返せ』って、言ってた? どうことよ・・・・」
「『返せ』とは・・」
「説明せんでよし。」
「イエス。」
「・・・・・・」
タマモは銃をくるくる回して腰の後ろのズボンに差し込む。
「マリア、少しの間1人で押えれる?」
「イエス。」
「ちょっとお願い。」
タマモは回りに目を配りながら走った。
ばきゃっ ばちばちぃっ
「よっと!」
タマモはドアを引き千切った。
「おま・・・・せっかく張った結界を・・・!!」
「弱すぎ、こんなんじゃ意味ないわよ。」
「しょ―がねえだろ札とかたんねえんだからっ!」
タマモは雪之丞を無視してかんなに歩み寄る。
「かんな、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「な、何でしょうか?」
「お客さん、いったい何の騒ぎですかっ!?」
「あ―すまねえすまねえ、GSだ。 ちょっと訳ありでな・・・」
入口から覗き込んできた船員を、雪之丞は廊下に押し返した。
「GSって、困りますよそんな・・・・」
「いいから、ちょっと落ち着けよ。」
部屋の外に消えた雪之丞と船員に、タマモはかんなの横のベッドに座る。
「さっきあの骨が来たわ。」
「・・・・はい。」
かんなの視線が沈み、体が小さくびくっとなった。
「『返せ』って、そう喋ったわ。」
「・・・・・・」
「その十字架、どういう出所の物なの?」
「分かりません。 母も自分の母親から・・・・・私のお婆ちゃんから貰ったって言ってました。」
「先祖代々からってことか・・・・・?」
「あの・・・」
「ん?」
かんなはタマモに顔を向ける。
「本当なんですか? 『返せ』って、言ったって・・・・」
「ええ。」
「・・・・・・」
かんなは胸の十字架をぐっと両手で包み込んだ。
「ま、どういう因縁かは知らないけど、今はそれはあんたの物よ。 気にする必要ないわ。」
「・・・・・そうでしょうか?」
雪之丞が部屋に入ってきて、タマモは立ち上がった。
「話はいいのか?」
「ええ。 じゃあ、引き続き警戒してまいります。」
「おう、よろしく。」
出て行くタマモに、雪之丞はかんなに目をやる。
「・・・・・大丈夫か?」
「・・・・はい。」
「・・・・・・」
顔を向けてこないかんなに、雪之丞は隣に座り、優しく肩を抱いた。
「ネタはなしか。 ぶっ倒すしかないわね・・・・」
階段を上がって甲板に出たタマモは、マリアの背中に声をかける。
「どう?」
「異常ありません。」
「こっちも収穫なし。 あんた弾はまだある?」
「残弾、左腕に12発。」
「こっちは空だわ・・・」
きゃりきゃりきゃり――ん・・・・ 足元で転がる薬きょうを、タマモは蹴っ飛ばす。
「時間は?」
「残り、1時間23分。」
「ふわぁ〜〜〜あ〜〜あ〜〜・・・・・」
タマモは涙目を擦る。
「早く寝たい・・・」
「頑張りましょう、ミス・タマモ。」
「ははっ、あんたの口からんな言葉が出るとはね〜。」
にやっと笑って見せるタマモに、マリアの顔はすましていた。
残り10分
「・・・・・・来る。」
タマモは閉じていた目を開いた。
「目標補足っ!」
タマモを押しのけ、マリアは左腕の銃口を甲板の端から覗く骨の腕に向ける。 どどどどどどっ
「違うそっちじゃないっ!」
跳ね上がる破片と腕だけの骨に、タマモは階段の入口に目をやる。 赤い布が滑るように入口に飛んでいった。
「んなろ――っ!」
一息で飛び掛るタマモに、骨は槍を投げつけた。 がっ
「だあっ!」
左拳でそれを殴り飛ばし、タマモは右手の爪で骨に切りつける。 じゅばっ
「!?」
切り裂いた赤い布の先に骨はなかった。
『邪魔するな・・・・!!』
「な・・・」
がぶっ
「いいいっ・・・・!!」
上から壁を蹴ってタマモに飛びついた骨は肩にかぶりついた。
「こいつ・・・・・!!」
『あれは我が主人の物・・・・それ以外の者になど・・・・・!!』
「んなこと知るか――っ!」
骨を腕で押さえつけ、タマモは床を蹴って柵を飛び越えた。
「ミス・タマモっ!?」
海面に落下していくタマモと骨に、マリアは慌てて柵に駆け寄った。 どっぱ――ん
「ミス・タマモ――――っ!」
黒い海面は、白い波と泡を発てていた。
「終わったな・・・・時間だ。」
雪之丞は深く溜息をついた。
「もう大丈夫だ、よかったなかんな。」
「・・・・・雪之丞さん、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
「ん?」
立ち上がったかんなは雪之丞に笑顔を向けた。
甲板に上がったかんなと雪之丞は、日の光に目を細める。
「・・・・・何だ? 何か話でも・・・」
首から十字架を外したかんなは、おもむろにそれを海に向かって投げつけた。
「ってぇ、おいっ!?」
雪之丞は慌てて柵に駆け寄るが、見えるのは黒い海面だけだった。
「かんな・・・・何で・・・・・?」
「ごめんなさいっ!」
振り返る雪之丞に、かんなは深々と頭を下げた。
「私っ、自分でもよくわかんなくって、上手く説明できないんですけど・・・・でも、こうした方がいいかなって・・・!!」
「・・・・いや、でもお前・・・・」
「何か自分で区切りが・・・・けじめが欲しかったんですっ! だから・・・・だから私・・・・・」
「・・・・・」
涙をこぼすかんなに、雪之丞は優しく抱きしめた。
「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・!」
「・・・・いいって。」
「でも・・・・私の我侭で・・・・・雪之丞さんも、タマモさんも・・・!」
「大丈夫だって、お前が気にすることじゃねえから。」
「うっ・・・・うううう・・・!」
「だから泣くなって。 これからもっとたいへんなんだぞ?」
「はい・・・はい・・・・・っ!」
きりきりきりきり・・・・ ワイヤーが柵に擦れる。
「大丈夫ですか、ミス・タマモ?」
「ん―――・・・」
びしょ濡れのタマモはマリアに腕を引っ張られて、フェリーの上に引き上げられた。
「よっこらせっと・・・」
べちゃっとタマモはしりもちをついた。
「うっわ・・・・髪がべたつく・・・」
「どうぞ。」
柵にもてれて座るタマモに、マリアはバスタオルを渡した。
「お―サンキュ―。 あいつらは?」
「あちらです。」
「ん?」
マリアが顔を向ける先に、タマモも目をやる。 かんなの頭を優しく撫でている雪之丞に、タマモはふはっと息を吐いた。
「・・・・何だか知らないけど、アタシらの仕事は終わりね。」
「イエス。 お疲れ様でした、ミス・タマモ。」
「あんたもね。」
マリアの差し出す手を、タマモは握って立ち上がった。
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【次回予告】
タマモ「さって次回はどうしよっかな〜・・・?」
横島 「気楽だな〜お前は。 俺は補習と追試だよ。」
タマモ「お疲れ様。」
おキヌ「で、次回はどんな話なの?」
タマモ「休暇の使い方・・・・に、ついてかしら?」
おキヌ「何それ・・・?」
横島 「誰の休暇だよ? 皆で旅行か?」
タマモ「それはないでしょ。」
おキヌ「私の出番あるかな〜?」
横島 「俺も活躍して―。」
タマモ「あんたは補習でしょ?」
横島 「ううっ、現実嫌い・・・・」
タマモ「次回、『サクセス・ホリデイ』」
おキヌ「お掃除は定期的にやらないと駄目って話みたいね。」
タマモ「・・・・マジ?」