「?」 
タマモは事務所の前にうろうろしている老婆を目にした。  
「・・・・・」 
タマモは歩いて近づく。  
「朝もいたわね。 入らないの?」 
「え・・・!?」 
老婆はタマモに顔を向ける。  
「この事務所に何か用なの?」 
「あなたは・・・?」 
「アタシはここに厄介になってる者よ。 入れば?」 
「は、はい。」 
入口のドアを開くタマモは、老婆に手招きをした。 
『お帰りなさいませ、タマモさん。』 
「はいただいま。 お客よ、えっと〜・・・・・?」 
「あ、私は山口春奈と申します。」 


きつねレポート

 レイク・ハント 


「湖?」 
「はい。」 
老婆の言葉に、美神は眉をひそめた。 
「正確には放置されたダムの慣れの果て、なのですが。」 
「そこに婆さんの村があったの?」 
タマモは隣に座っている春奈を顔に横目を流した。 
「ええ。 子供の頃までなんですが、今でも鮮明に思い出せますよ。」 
「それで?」 
美神は飲み干したコーヒーカップをかたんと置いた。 
「村にある祠に、思い出の品が今も残っているはずなんです。 どうかそれを取ってきていただきたいのです。」 
「それって家みたいな除霊事務所に頼むことじゃないんじゃないの? もっとプロがいるでしょうに。」 
「そうなんですが・・・・どうもそこには何か得体の知れないものが住みついてしまっているようなのです。」 
「ふ〜ん。」 
「1度知り合いを通じてダイビングの方にお願いをしたのですが、湖の中で巨大な蛇に襲われたと言うんです。」 
「蛇?」 
「蛇ねえ・・・」 
美神とタマモは顔を見合わせ肩をすくめる。 
「ですから、これはもうGSの方にお願いするしかないと思いまして、こうして伺ったしだいです。」 
「おもしろそうな話だけど、山口さん? 家はきっちりこなす分、報酬もきっちり頂きますよ?」 
「存じてます。」 
春奈はバッグから通帳やら書類を取り出し、美神の前に置いた。 
「私の全財産です。 これでやっていただけないでしょうか?」 
「どれどれ・・・・・・ふ〜ん・・・・・ちょ―っと少ないわねえ、でもまあ、いいでしょう。 引き受けますわ。」 
「はあ・・・・よかった。 ありがとうございます。」 
春奈は深く頭を下げた。 
「大丈夫ですよ、家の従業員は優秀ですから。」 
「・・・・アタシ?」 
「やるって顔してるわよ?」 
ウィンクをする美神に、タマモは苦笑いを返す。 
「ギャラはアタシが貰うわよ?」 
「任せるわ、そろそろ家賃を払ってもらう頃だし。」 
「そうだっけ・・・・ん? それ以前にあったの家賃?」 
「さあ? そうだ、横島君あたり連れてってもいいわよ? バイト代はそっちもちってことならね。」 
「別にいらないけど・・・・荷物持ちにするか・・・」 
美神の笑顔を見ながら、タマモも笑ってコーヒーをすすった。 

3日後 件の湖  

「でえ、ここがその湖か・・・・」 
「思ったより大きいわね。」 
「・・・・・これは大変そうでござるな。」 
タマモと横島とシロはバッグを放ってため息をついた。 
「くっそ〜・・・・こういう仕事は絶対俺にやらすんだからなあ・・・・」 
「でも、おキヌ殿は試験前でござるから・・・」 
「俺だってそうなんだよ、一応な。」 
「だから来なくていいって言ったのに。」 
タマモは砂利を歩き、水際にかがんで水面に目をやった。 
「そう言うなよ、今月の給料使い切っちまったんだ。 やることやるからさ。」 
「いいけどね。」 
「まあまあ先生、ぷりちぃ―な拙者がいるからいいではござらんか。」 
「しかし・・・・・せっかく湖に来たのにこれでは色気が足り―――んっ!」 
「だから拙者が・・」 
「海のバカヤロ―――っ!!」 
「ここは湖でござるに・・・・」 
「お―い馬鹿師弟、遊んでると日が暮れるわよ? ここら辺は民家がないし、明るいうちに1度潜ってみないとね。」 
横島とシロはばしゃっと水をふっかけられた。 
「わ―ってるって。」 
「バイト代欲しかったら、きりきり働く!」 
「へ―い。 じゃやるか。」 
「とりあえずゴムボート作らないと。 横島お願い。」 
「おう。」 
「じゃあ拙者水着に着替えるでござるっ!」 
「・・・は?」 

ばっしゃああんっ 黄色いゴムボートが水面を叩く。 
「うっしゃあ、出来た出来た。」 
横島はどっと砂利に座り込んだ。 
「お疲れ。」 
振り返った横島は、黒地にピンクの蛍光ラインがサイドに走るダイビングスーツのタマモを見る。 
「ふ〜ん、様になってるなタマモ。」 
「そお?」 
「うんうん、色っぽい色っぽい。」 
「馬鹿やってないで、あんたも着替える。」 
「は〜? 少し休ませろよ・・・・」
「先生先生っ! 拙者どうでござる!?」 
「ん? いいんじゃねえのその水着・・・・っておい!?」 
「は?」 
水色のビキニ姿のシロは手にしている浮き輪を脹らまそうとする手を止めた。 
「おま―何考えとる!?」 
「え?」 
「んなんで潜れるわきゃねえだろがっ!!」 
「だ、駄目でござるか・・・?」 
「当たり前だろうがっ! 水深何メートルあると思っとるっ!?」 
「いいんじゃない? シロなら死なないわよ、多分。」 
「・・・・・それもそうか。」 
「そこで納得されると何か悲しいでござるが・・・」 
「横島、あんたも早く。」 
タマモはボンベをゴムボートに積みながらへたり込んでいる横島を足で小突いた。 
「やれやれ、馬鹿な弟子を持つと頭痛いぜ。」 
「美神さんもそ―思ってるでしょうね。」 
「へっ、すんまへんなあ。」 
「けけけ。」 

黄色いゴムボートが水面を流れていた。 
「わっせ、わっせ、わっせ・・・・・」 
「ほら、もっと力入れなさいよ。」 
「何で拙者1人だけ漕ぎ役でござるかっ!?」 
「何、人狼ってのはこの程度の労力でねを上げるのかしら?」 
「くっ・・・・何のまだまだあっ!!」 
ばしゃばしゃとオールの回転速度が上がる。 
「よしよし、横島どお?」 
「ご覧の通り。」 
横島の手の見鬼君はくる〜りと回り続けるだけだった。 
「水中のをどこまで探知できるかわかんねえからな。」 
「ま、しょうがないっか。」 
「わお〜〜んっ!」 
「うるせえぞシロ、静かに漕げよ。」 
「ふんぬ〜っ! だったら代わって欲しいでござるっ!」 
「あ、そろそろかな?」 
地図とコンパスを手にしているタマモは、回りの山と太陽を見比べる。 
「ぜは――っ、ぜは――っ、つ、着いたでござるか・・・・・?」 
「う――ん、いいか。 じゃここらで潜ってみましょうか。」 
「うし。」 
タマモと横島はボンベを背負ってゴーグルをつける。 
「え、あれ? 先生も行っちゃうでござるか?」 
「ん、ああ。」 
「ちょっ、拙者はあっ!?」 
「留守番よろしく。」 
「せ、拙者も行くでござる――っ!」 
「無理言うなって、ほれタマモ。」 
横島はタマモに文珠を投げた。 
「じゃ、ダイビングデートと行きますか?」 
「お宝捜しよ。」 
ヘリに座ったタマモと横島は、倒れこむように背中から水中に潜り込んだ。 ざぶんっ ざっばあんっ 
「・・・・・」 
水しぶきでずぶ濡れになったシロはオールを握り締めて天を仰いだ。 
「わお〜〜〜〜〜んっ! 先生―――っ!!」 

暗く濁った底を見つめながら、タマモと横島はヘッドライトの明かりを頼りに足を動かし水を蹴った。 雪のような白い粒が視界いっぱいに広がっている。 
『通』 
『通』 
文珠が淡く光る。 
『もしも―し。 タマモ聞こえるか―?』 
『ええ。』 
『おおっ、成功したよおい。 うまくいくもんだなあ。』 
『よけいな会話はやめとけば? 体力なくなるわよ。』 
『いいじゃんかよ別に。 喋ってねえと何か不気味でやっとれんのじゃ。』 
『子供みたいなこと言わない、似合わない。』 
『うるへ―。』 
タマモは隣の横島が腕を振っているのを見る。 
『・・・・見える?』 
『ん? ・・・・・おお、これが龍宮城ってか?』 
雪が積もったような村がその姿を見せた。 
『思ったより早く着いたな。 1発でビンゴか。』 
2人は底に足を着いた。 白い煙が足元でゆっくりと膨らんだ。 
『さっさと祠を探しましょう。』 
『OK,じゃ2手に。』 
横島が差し出した手をタマモはそっと叩いて泳ぎだした。 

「あう〜ん・・・・先生の馬鹿―・・・」 
ゴムボートに仰向けになっているシロは、照りつける日差しの中手をゴムボートから出してぴちゃぴちゃしていた。 
「ああ・・・・なぜ空は青いんでござろうか・・・・・」 
ぴこっ、ぴこっ、ぴこっ
「えっ!?」 
反応する見鬼君に、がばっと跳ね起きたシロは水面に黒い影が走るのを目にする。 
「・・・・・・・っ!!?」 
白い尻尾が逆立ち、毛がびんびんに逆立った。 辺りを見渡すシロ。 
「ひい―――――――っ!?」 
ゴムボートを取り囲むように泳ぐ長く巨大な影は、水面をわずかに膨らませるもその姿を見せることなく、やがて消えた。 
「・・・・・・・・っ!!?」 
がたがた震えるシロは、手にしていたオールを握り締め、視点すら動かせないほどじっとしていた。 

『・・・・これか?』 
横島は小さな鳥居と祠の前に立った。 
『タマモ―、聞こえるか―?』  
『聞こえるわ。』 
『それらしいのを見つけたぞ、多分これだ。』 
横島は鳥居を潜り、祠の扉に手をかけた。 
『今行くわ。 どこ?』 
『役場かなんかのでかい建物の近くだ。 わかるか?』 
『ええ、近いわ。 と言うより、あんたのライトがもう見える。』 
横島は振り返ると、ライトの光がゆらゆら近づいてくるのが見えた。 
『中は?』 
『これからだ。』 
横島は扉を引っ張るが開かず、押したが開かなかった。 
『ん〜〜〜・・・・』 
『どお?』 
たどり着いたタマモは横島の肩に手をかけ、祠を目にした。 
『何か開けらんねえよ、さびついてんのか?』 
『密閉されてるのか・・・・それなら水圧かな?』 
『だあっ、もうめんどくせいっ!!』 
横島は手のひらをかさして文珠を作り出した。 
『開』 
ばしゅうっ ごぼああああっ 無数の細かい泡が吹き出し、上に上っていった。 
『―――っ!?』 
タマモは後を振り返った。 暗闇に目を凝らす。 
『これじゃねえか?』 
横島は祠の中からかすんでいる赤い布の袋を掴み出した。 
『なあタマモって、何だよ?』 
『・・・・・』 
『もしかして、例の蛇ってやつか・・・・?』 
『・・・・来る。 横島文珠っ!!』 
タマモは横島の手から袋を掴み取って手を握った。 ナイフで自分と横島のボンベを切り離す。 
『文珠――っ!』 
『昇』 
ごぼぼぼぼっ! 突き上げるように上昇する2人より早く、巨大な影がすべるように突っ込んできた。 
『来た―っ!?』 
『っく!?』 

どばっ 
『しゃぐわ―――――っ!!』 
「ひ――っ!?」 
「こいつは・・・っ!」 
水柱と共に空気中に突き飛ばされて飛出たタマモと横島は、頭や体のところどころに毛の生えた大蛇を目にする。 繋いでいた手は放れ、大蛇は空中に放り出されているタマモにぐるっと弧を描いて口を開いた。 
「げっ・・・」 
ばくっ どばしゃあんっ 
「タマ・・ぶはっ!?」 
横島は水面に落ちる前に、潜っていく大蛇の尾に跳ね飛ばされた。 

「・・・・・んあ・・・?」 
「先生っ! よかった――っ! 死んじゃったかと思ったでござるよ。」 
岸で、横島はシロに膝枕をされているのに気付き、頭を押えて体を起こした。 
「あってて・・・・何だ・・・・? 俺は・・・」 
「急に水が飛び上がって、そしたら先生が浮かんでたでござるよ。」 
「あ・・・・・蛇はっ! タマモはどうしたよっ!?」 
横島はシロに掴みかかった。 
「・・・・・」 
シロにつられ、横島は湖の中央に目をやる。 
「食われちまったのか・・・・!?」 
「先生、どうするでござる・・・・?」 
「じょ、冗談じゃねえぞっ!? もうあんな化け物は・・・・・・ん?」 
横島は自分の左腕を上げてみる。 長い金色の毛が絡み付いていた。 
「・・・・・」 

『・・・・・・?』 
タマモはゆっくり目を開いた。 水底の村が流れるように視界に入ってきた。 首を動かし、手を伸ばす。 見えない膜に手が触れる。 
『・・・・腹の中、か。』 
焦点を村に向ける。 
『・・・・明るく見える・・・・・あれ?』 
人影がそこに見えた。 車が走っていた。 会話をし、家から出てくる人々が見える。 
『・・・・・』 
大蛇はゆっくりと泳ぎ、タマモは透けるその体の中で半分開いた目で村を眺めていた。 流れるように泳ぐ大蛇は、やがて祠の上にやってきた。 
『・・・・子供?』 
祠の前に、幼い少年と少女がいた。 ぱしゅうっ 
『!?』 
タマモは透ける膜を通って外に放り出された。 ゆっくり浮かんだタマモは、少年と少女が赤い袋を一緒に祠の中にしまっているのを見る。 
『これはあんたの記憶なの?』 
タマモは祠の回りをゆっくり回って漂う大蛇に顔を向ける。 黒い目がタマモを見つめる。 すっと大蛇は消え、少年と少女も消えた。 
『何よ・・・?』 
人影が消えていき、明るくなっていた水底の村は、だんだん暗くなってきた。 
『・・・・・?』 
上を見上げたタマモは、ライトと共に黒い影がゆっくり下りてくるのを見た。 
『タマモ・・・!?』 
底に降り立った横島はボンベもゴーグルもつけていないタマモに手をかける。 
『おいっ!? 大丈夫なのか!?』 
ごぼっと泡を吹く横島に、タマモは金色の髪を揺らして笑った。 
『何だよ? ここ息出来んのか?』 
『あ、馬鹿・・』 
『うごばぼごがあっ・・・・!!?』 
チューブを口から外してごぼごぼやる横島に、タマモは横島の肩を押さえた。 
『ほらっ! 早くこれ咥えるっ!!』 
『べぼばばばばばばっ!!』 
泡で視界が遮られ、横島は口を押えてばたばたした。 
『――ったく!!』 
タマモは横島の首に手を絡ませて顔を近づけた。 手を押しのけ、唇に唇を突きつける。 
『・・・・っ!!?』 
横島が体を硬直させてる隙に、タマモはチューブを掴み取り、口を離すと同時に横島の口に突っ込んだ。 
『タ、タマモ・・・・?』 
『ちょっと待ってなさい。』 
タマモは横島から体を離し、祠に近づいた。 
『春奈はもう婆さんだから、自分で取りには来れないのよ。 あんたはそれを守ってるんでしょうけど、それを渡してくれない? アタシがちゃんと届けてあげるから。』 
ごばっ 閉じられていた祠が開き、赤い袋がゆっくりとタマモに流れてきた。 そっとそれを掴む。 
『ありがとう。』 
タマモはくるっと反転し、横島に歩み寄った。 
『上がりましょうか。』 
『お、おう・・・』 
タマモの差し出す手を、横島は握り返した。 

「先生――っ! ご無事で何よりでござるっ!!」 
「だああっ、舐めるな邪魔だっ! とにかく引っ張り上げてくれ!」 
シロは横島をゴムボートに引っ張る。 
「は〜〜〜〜〜・・・」 
タマモはゴムボートの縁に掴まって大きく息を吐く。 
「シロ、タマモも引っ張ってやれよ。」 
横島はタオルで頭をごしごしやりながらシロを小突く。 
「ふんっ! 先生に迷惑をかけるような狐は少し頭を冷やせばいいでござるよっ!」 
「そう言うなって。」 
「別にいいわよ、それよりさっさと岸に上がりましょう。 もう日が暮れるわ。」 
タマモは山際の赤い太陽に目を細めた。 

その夜 湖畔 

「ぐお〜・・・・先生〜拙者もう食えんでござるよ〜・・・・」 
シロは横島の膝枕で丸まって眠っていた。 
「へ―へ―。 風邪引くからテントで寝ろって。」 
焚き火を挟み、3人は炎を見つめていた。 
「・・・・・」 
タマモは毛布に包まってコーヒーをすすっていた。 
「あ、あのさ・・・・」 
「何?」 
「いや、何だ―・・・・その・・・」  
「あの蛇はね。」 
「・・・・?」 
「婆さんの思い出のこいつを守ってたのよ。」 
タマモは赤い小さな布の袋を振ってみせる。 
「へ、へ―。 中身は何だろうな・・・?」 
「そ―いうのは見ないのがマナーよ。」 
「お・・・・おう・・・」 
「子供2人のつたない思いが、村はなくなっても思い出のこれを守ろうとしてたのね・・・・・あの祠に祭られてた神さんとその辺で気があって蛇を作った。 そんなところかしら?」 
「じゃ、じゃあお前が水ん中で息できてたのは・・・」 
「御加護ってとこかな。 よくわからないけどね。」 
にっと笑ってみせるタマモに、横島は思わず顔を背けた。 
「? さっきから何よ?」 
「い、いや・・・・その・・・」 
「・・・・・もう1度したい?」 
「えっ!!?」 
タマモに顔を向けた横島は、微笑んでにじり寄ってくるタマモに思わず身を後に引いた。 
「す、するって何を・・・」 
「キ・ス。」 
タマモの手が伸び、横島の頬に触れた。 顔が近づいてくる。 
「タ・・」 
「目、閉じなさい。」 
「――――!!?」 
ぐっと目を閉じる横島は、唇に当てられる感触に思わず抱きしめた。 
「んんんっ!!?」 
「?」 
目を見開いた横島は目の前にシロの顔を見る。 
「せ、先生―――――っ!? こ、これはいったい・・・!!?」 
「って、何でお前が――っ!?」 
「いや〜〜〜!! もうお嫁に行けないでござる―――っ!!」 
「ばっ、これは違っ!!」 
「責任とって拙者と結婚するでござる―――っ!!」 
「ちが―っう!! これは罠だ―――――っ!!」 
シロは横島の首に飛びついた。 
「さあ先生今1度っ!!」 
「やめんか〜・・・・ん?」 
横島は手元にある紙切れを拾い上げる。 
「何々、『急用ができたので先に帰る、馬鹿犬で遊んでなさい。』だと〜!? あんにゃろ――っ!!」 
「もう放さんでござるよ先生〜〜〜!!」 
「怖いぞお前っ!」 
唇をとがらせてくるシロに、横島は右手をシロの腕から振りほどいて文珠を叩き付けた。 
『忘』 

「急ぎなさいっ!!」 
月明かりの照らす空を、蛇は薄い雲を突っ切って泳ぐように飛んだ。 タマモは振り飛ばされそうになりながらも、毛に掴まりながら鱗を蹴っ飛ばして急かす。 
「見えたっ! あそこっ!」 
町並みの無数の明かりがある中、既に暗くなっている大きな建物に蛇は急降下する。 木と電柱を跳ね飛ばし、赤十字の看板を吹き飛ばして蛇はタマモを1つの窓に運んだ。 
「婆さんっ!!」 
タマモは蛇の頭を踏んづけ、窓を開いて中に飛び込む。 どたんっ 転がり込んだタマモはベッドに駆け寄り、寝ている春奈を揺すって赤い袋を取り出す。 
「目を開けなさいよっ! ちゃんとあったわよ婆さんっ!!」 
「・・・・」 
うっすら目を開いた春奈は、月明かりに照らされるタマモに顔を向ける。 
「ほらっ、これでしょうがっ!」 
タマモは春奈の手に袋を握らせ、顔の前に持って行く。 
「・・・・・」 
震える春奈の手をタマモはぐっと握った。 わずかに頬の緩む春奈は、一筋の涙を流し、その瞳を閉じた。 
「・・・・・」 
「・・・・婆さん・・・?」 
「・・・・・」 
「・・・・・」 
「・・・・」
「・・・・」
タマモは春奈の手をそっとベッドに戻した。 窓に向かって歩くタマモは空を見上げた。 月明かりに照らされた空に、黒い影がうねるように飛んでいき、見えなくなった。 
「はあ・・・・・帰りは歩きかな・・・」 
冷たい風に、金色の髪がなびいた。 

数日後 

事務所の屋上に、タマモと横島は並んで寝転がっていた。 
「婆さん、死ぬ前に思い出の品が見たかったのか・・・・切ないなあ・・・やな終わりかただ・・・・」 
「そうね、後味よか―ないわ。」 
「でも間に合ったんだろ?」 
横島は体を横にして、仰向けに目を閉じているタマモを見る。 
「どうかしら? 生きてはいたけどね。」 
「・・・・・なんだよそりゃ、こっちはシロでひで―目にあったのに・・・」 
「お味はどうだった?」 
「ばっか子供には手―出さねえよっ!」 
「何だつまらない。」 
「こんのやろ〜。」 
「けけけっ。」 
「は―あ―・・・・」 
横島は再び仰向けに転がった。 
「ちぇっ、誰かさんにはいいようにたぶらかされたしな―・・・」 
「そうだっけ?」 
「純真な男の心をかどわかすなんて。」 
「誰が純真よ?」 
「俺は1年間もお前のこと待ってたのにな〜。」 
「女には皆そう言うでしょうが? そういうセリフは、美神さんとかおキヌちゃんに使ったげなさい。」 
タマモは足を空に突き上げ、振り下ろした反動で飛び起きた。 
「よっと。」 
首をこきこき動かすタマモに、横島も体を起こした。 
「いい天気ね。」 
「あ―あ―そうでございますな。」 
「すねないの、テストのカンニング手伝ってあげるから。」 
「ほ、ほんとか!?」 
「報酬まともになかったからね。」 
「愛してるぞタマモ―――っ!!」 
「あいにく間に合ってるわ。」 
跳びついてくる横島を踏んづけ、タマモは風に吹かれながら日差しを手でさえぎり、青い空を見上げた。 

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【次回予告】 
愛子 「ここから始る1つの物語。」  
タマモ「は?」 
愛子 「それは意図とせず、互いに惹かれあうこと。」 
横島 「な―んか語りに入ってるし・・・」 
愛子 「2人は、互いに愛し合っている訳でもない。」 
タマモ「ところで次回からまた長編だって・・・?」 
愛子 「ただ、そこにはお互い自分とは違う相手がいるだけ・・・」 
横島 「まじかよ・・・・・今度は何するんだか・・・」 
愛子 「相手の深きを知らず、平行に流れるだけの2人。」  
タマモ「知らないけど・・・・この子いつまでこれしゃべってんの?」 
愛子 「馴れ合わない。 けど、だからしがらみもない。」 
横島 「俺に言うな俺に、本人に聞けよ。」 
愛子 「気付いた時、その相手といる時が、1番自分が自分でいられた・・・・」 
タマモ「何だそりゃ?」 
愛子 「次回、『学園祭ヘブン −2つの珠主−』」 
横島 「あ、わかった。 きっと舞台のセリフ練習かなんかだな。 文化祭近いし。」 
タマモ「は〜ん・・・」 


※この作品は、狐の尾さんによる C-WWW への投稿作品です。
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