「よし、じゃあ横島君、ちょっとこれお願い。」
美神はデスクの上にある書類にぽんと印鑑を押して横島に手渡した。
「え〜また俺っすか〜・・・・?」
「文句言わない。 それともあんた私の代わりにこれ整理する?」
嫌がる顔の横島に、美神はデスクの上に1m近く積み上げられているファイルを叩いた。
「どっちも勘弁してくださいよ〜・・・・・俺補習がたまってんすよ〜〜〜。」
「ぐだぐだ言ってないで早く行くっ!!」
「へ―い。 ったくこの忙しいのにシロとおキヌちゃんはどこ行ったんすか・・・?」
「ああ、なんか友達と旅行だってさ。 シロもそれにくっついてったのよ。 今日帰ってくるはすだけど・・・・」
「タマモとかいないんすか?」
「タマモ・・・・? そ―いえば随分と見てないわね・・・・」
「今度はどこ遊びに行ったんだか・・・・」
「ん? 何か忘れているような・・・・・・」
きつねレポート
キャスト・スタッフ −後編−
美神除霊事務所
「じゃあ何? アタシに押し付けた仕事を1ヶ月も忘れてたっての・・・・?」
ソファーにふんぞり返って缶ビールを飲むタマモに、美神はファイルを開きながら苦笑した。
「ごめんごめん。 ここんとこばたばたしてて・・・・・・あんたも連絡くれないもんだからさ・・・・」
「所長がそんなんでいいのか?」
「悪かったってば。 それよりどうなった? 何か分かったの?」
「ん? 何かも何も、も―終わったわよ。」
タマモはテーブルの上に空の缶を放り、また缶を掴んでぷしっと開けた。
「終わったって・・・・・そうなの? 結局何だったのよ・・・・?」
「さ―ね―?」
けけけと笑うタマモはひっくとしゃっくりをした。
「何、教えなさいよ。」
「い―じゃん別に。 ギャラはアタシがもらったんだし。」
「そ―言わずにタマモさ〜ん。」
デスクから離れた美神はテーブルに歩み寄って自らも缶ビールを開けた。
「仕事終わってないんでしょ?」
「今日はもうお終いっ。 それより話なさいよ。 最近つまんない事務ばっかで退屈してんのよ。」
「詳しくはこれを見て。」
タマモは美神にディスクを手渡す。
「何これ、DVD・・・? 『踊るGSザ・ムービーV 丸秘舞台裏』・・・・?」
「面白がったスタッフの皆々様が制作した映画のB面。 アタシ寝るから〜・・・」
「あ、ちょっとこら・・・」
ふらふらとソファーに倒れこんだタマモは狐に戻って丸まってしまった。 美神は髪をかき上げた。
「なんだかな〜・・・」
美神はテレビをつけ、デッキにディスクを入れた。 ぶぶん・・・・
−踊るGSVザ・ムービー 丸秘舞台裏−
主演 近畿剛一 タマモ 製作者スタッフ一同
「・・・・マネージャー・・・・?」
「そや。」
ソファーに寝転がってテレビを見ているタマモに、銀一はコーヒーカップをのせたお盆を持ってリビングに入って来た。
「誰が?」
「キミが。」
「誰の?」
「俺の。」
「何で?」
「・・・・・何でって・・・」
銀一はテーブルにお盆を置いてタマモとむかいのソファーに座った。 タマモは目をテレビに向けたままカップに手を伸ばした。
「アタシはあんたの映画撮影とかに支障がないようにするのが仕事なのよ。 ただでさえめんどくさいのにこれ以上めんどう増やさないでよ。」
「簡単な仕事でいいんや。 組みとかまではええから、次何とか教えてくれるとかでええんやけど・・・・」
「・・・・・」
ぎろっとタマモの目が銀一に向く。
「めんどい・・・」
「ええやん別に。 ど―せ皆の前じゃ黒髪の姉ちゃんに化けとるんやし、理由もなく部外者は入れられへんね。」
「ったく・・・」
いやいや顔のタマモはソファーから足を下ろして体を起こす。
「そっちの話は別料金でもらうからね?」
「OK、商談成立! よろしく頼みますよタマモさん?」
手を差し出す銀一に、タマモはふいと顔を背けた。
「馴れ合いはしない。」
「・・・・さいですか。」
「・・・・・なんだこりゃ?」
テーブルの上につまみとビールを広げたまま、美神はテレビの画面を凝視したままずずっとビールをすする。
「ただいま戻りました〜・・・って、美神さん、何見てるんです?」
部屋に入って来たおキヌは美神の肩越しにテレビを見る。
「あっ、近畿君だっ!! あっ、タマモちゃんまでテレビに・・・・何で!?」
「おキヌちゃんも見る? 映画の裏版だって。」
「裏版・・・?」
「制作裏での除霊やらなんやらをまとめたドキュメンタリー映画みたいよ。」
「わ〜見ます見ます〜っ!!」
「ところでシロは?」
「お買い物してくるってどっか行っちゃいました。」
海岸の撮影現場
「はいカーット!! 近畿君お疲れっ! 続きは昼からにするから各自勝手に飯でも食ってろ――。」
「「「「「へ―い。」」」」
砂浜で人々が照明やら機材を運び出す。 椅子にどかっとへたり込んだ銀一に、黒髪の女が腕組みをして歩いてきた。
「お疲れ。」
「ど―も。 タオルとかとってくれません?」
「自分でやりなさい。」
銀一を無視する黒髪はスタッフ達を睨んでいる。 ちぇっとすねた顔の銀一に、監督が歩み寄ってきたので銀一は立ち上がった。
「近畿君、さっきのB4のセリフなんだが・・・・・おっと、失礼。」
黒髪の女に肩が触れ、監督は軽く頭を下げる。
「九十九さん・・・・・でした? 新しいマネージャーの?」
「違・・」
「ええ――そうなんですよ! とりあえずにと・・・・ね?」
口を開いた黒髪の声を銀一の声がかき消す。 黒髪に目配せをする銀一に、ぶっちょう面の黒髪は黙って会釈する。
「大変でしょうが頼みますよ? 公開まで日にちがおしてますから。」
「了―解。」
「・・・・・・近畿君、ちょっと・・・」
監督は銀一を引っ張っていって黒髪から距離をとる。
「もっと他にいい人はいなかったのかね・・・?」
「まあ、その・・・・いろいろと彼女ではないといけない訳もちらほらと・・・」
「・・・・・ひょっとして、キミの彼女か?」
「ちっ、違いますよ・・・!?」
にひひと笑う監督は銀一の首に腕をまわしてきた。 それを振り払った銀一は、黒髪をちらっと振り返りながらも顔を赤らめた。
「タ、タマモちゃんいいな〜・・・・」
「あの女、どっかで見たような・・・・」
おキヌは人差し指を咥え、美神は腕組みをしながら、並んでソファーに座って目を細めた。 テレビの画面は車で移動する銀一と黒髪が映し出され、ハンドルを握る黒髪がぼしゅっと金髪のタマモになった。
「しっかしタマモの奴・・・・まさかこいつら全員に正体ばらしたんじゃ・・・?」
「ああ――――っ、思い出しましたっ!!」
大口を開けて立ち上がるおキヌに美神はぶっと口からビールを吹いた。
「な、何よおキヌちゃん・・・!?」
「あのタマモちゃんが化けてた黒髪の人っ、週刊誌で近畿君の恋人かも、って噂されてた人ですよ・・・っ!! どこの誰だか分からない謎の美人だって・・・・・犯人はタマモちゃんだったんだ・・・!!」
「は、犯人っていうのはど―かしら・・・?」
ずるいよタマモちゃんと叫ぶおキヌに、美神は口周りを拭って苦笑した。
某テレビ局内
「は? 撮影の終わった場所・・・・?」
局内の廊下を歩きながら、銀一は黒髪に顔を向ける。
「そう、もしくは使い終わった衣装とか小道具とか。」
「それに霊か何かがとりついてるかもしれないって言うんですか・・・!?」
廊下にいた人々が一斉に銀一と黒髪のタマモを見てくるので、黒髪はばしっと銀一の頭を叩いて歩く足を速めた。
「馬鹿声が大きいっ!」
「殴らんでもええやろ・・・・」
銀一は口を尖らせた。
「直接的な被害者はあんたの元マネージャーのみ。 あとは映画そのものの妨害っぽいやつのとばっちりみたいだし・・・・そいつと一緒に行った場所か、触った物とかを調べる必要があるから、これにてきと―にリストを作っといて。」
黒髪はポケットから出したメモ帳を銀一に押し付ける。
「ええけど・・」
「よ―近畿君。」
廊下の向かい側から歩いてくる3人のスタッフに、足を止めた銀一は頭を下げる。
「明日も頼むぞ。」
「こちらこそ、至らないところもありますがよろしくお願いします。」
「しっかし仲いいなキミらは、え―?」
1人が銀一の腕を突付いてくる。
「カメラ野郎共が追っかけてるぞ? 気を付けて帰れ。」
「彼女はただの臨時マネージャーですよっ!」
「ははっ、照れるな照れるなっ!」
「九十九さ―ん、今度皆で飲みに行きましょうや―。」
めいめいに手を振っていってしまうスタッフに、黒髪は笑顔で手を振った。
「あ―・・・・・気を悪くしないでくださいね。 別に悪い人達じゃ・・・」
「いいわよ別に。 悪評はアタシの生涯につきものだし・・・」
黒髪はバックから雑誌を取り出した。 見出しに大きく銀一と黒髪の女が映っている。
「ま、ど―せこの姿での写真だしね。」
「・・・すいません。」
苦笑しながら頭を下げる銀一に黒髪はふっと鼻で笑った。
「じゃ、悪いけど先帰っておいて。 アタシこの局ざっと見物してくるから。」
「あ、はい・・・」
「夜には戻るけど、夕飯は自分でつくるよ―に。」
「ちぇっ、タマモさんの飯食いたかったのに・・・」
「嘘つきなさい。 じゃあ。」
「ええ。」
バッグを銀一に押し付け、黒髪は歩き出しながらも後手に手を振った。 銀一は頬を緩め、その背中に向かって軽く手を挙げた。
「なるほど・・・・小道具とかそ―いうのが怪しいかもね。 使い終わったものならタマモや横島君がいった後には、もう何も起きなかった、か・・・」
「って、いうか・・・・タマモちゃん女優さんみたい・・・・いいな〜・・・・・」
「ふん、拙者ならもっといい演技してやるでござるに・・・・」
「って、シロ・・・・? あんたいつから?」
美神とおキヌの間のソファーに座ってばりばりせんべいをかじるシロに美神は目を見開く。
「さっきからでござる。 ったく狐のくせに拙者の近畿剛一といちゃいちゃいちゃいちゃと・・・・」
「いつからあんたのになった・・・」
テレビの画面から目の離れないおキヌとシロに、美神もテーブルの上から缶ビールを手にして再び眼を画面に向けた。
深夜 局内衣装置き場
「ふ―む・・・・」
金髪のタマモはぱちっと電気をつけながら、ごつごつしたぶら下がっている大量の衣装に目を細める。
「怪人の着ぐるみか・・・・・人間のセンスってのはど―してこ―・・・・」
ため息をつきつつ、タマモはメモを見ながらぶら下がる衣装の間を歩く。
「腐ったライオン腐ったライオン・・・・・・お、これか・・・?」
タマモは1つの着ぐるみに手を伸ばした。 黒ずんだそれはワニの怪人の着ぐるみだった。
「・・・・・違う・・・ん?」
そのワニの着ぐるみを全部取り出したタマモは、それ全体が見えるように手に取った。 着ぐるみの内側に穴がある。 すっと指が底をなぞる。
「焼けた後・・・・? っ!?」
ばっと青い光が着ぐるみから溢れ出し、タマモの体が光に飲み込まれた。
「撮り終わった着ぐるみか・・・」
テレビを睨む美神におキヌが顔を向ける。
「何かがとり付いてたってことですか?」
「さあて・・・・」
「ああっ、歯がゆいっ! タマモの奴なんですぐに気付かんでござるか!?」
シロはびんびんに逆立つ尻尾でソファーの背もたれをばしばし叩いた。
「っ! そうか・・・・」
「「?」」
「横島君が、局内にも用心のためにお札で結界を張ったって言ってたわ。 それでタマモはすぐあれを感知できなかったのよ。」
「でも、最初に見鬼君で調べたんじゃ・・・」
「既に燃えちゃって極度に霊波が弱まってたのなら、そこらの雑霊気に混じっちゃったのかもしれないわ。 外からの呪いかなんかだと警戒したのが逆効果になったか・・・」
銀一の部屋
「だ、大丈夫ですかタマモさんっ!?」
「あ―うるさい。 触るんじゃない。」
金色の髪を半分真っ赤にしたタマモは、銀一を押しのけてキッチンの椅子に座った。 床にぼたぼたと血だまりができる。
「病院とか行かなくていいんですか!? 横っちか美神さんに連絡を・・」
「いいから。 それよりこのリストにある着ぐるみって、これで本当に全部?」
赤くなった後髪の束を掴み上げたタマモは銀一を睨んだ。
「ええ。 アクションシーンは大半が終わってましたし・・・」
銀一ははさみでじょきじょきと赤く染まった髪の束を切り落とすタマモをちらちら見ながら、指でリストを順になぞる。 赤と金のまだらの髪の房が床に散らばる。
「破棄した奴があるんじゃない・・・・?」
「え・・・・」
口元に指を当てた銀一は押し黙った。
「・・・・・そ―言えば、途中で台本を訂正した時、変更した奴があったか・・・・ 俺は現場にいなかったんですけど、着ぐるみに火が飛んだとかで・・」
「その時あんたのマネージャーは・・・・?」
「俺の変わりにロケ地に・・・ ―――っ!? じゃあ・・」
「ビンゴ、焼けた着ぐるみの1つに霊波があったわ。 アタシから霊波を奪って逃げてったけど、正体はわかったしもうびくびくする必要はないわ。」
後髪を全部短くしたタマモは、肩の毛を払って立ち上がる。
「マネージャー言ってました。 着ぐるみに火が付いたのは自分のせいだったかも、って。」
「仕返しね・・・・それですんでくれりゃあいいけど、それならマネージャーを襲うだけで済んでるわ。」
棚から救急箱を持ってきた銀一はテーブルにそれを置く。
「じゃあ・・・」
「自分が使ってもらえなくなった映画なんか、やっぱ邪魔したくなるもんでしょ?」
「・・・・・」
「心配しなくていいわよ。 あとはあいつが来次第、火葬してあげるから。」
「頼みます。 それより、ちょっと頭見してください。」
銀一がタマモの頭に手を伸ばそうとするのでタマモはそれを振り払う。
「いいってのに。」
「ああ――うるさいっ、ええから見せえっ!!」
どかっとタマモを椅子に座らせた銀一は、箱から包帯を取り出す。
「男が守ってもらってばっかりで納得できるかい。」
諦めたようにため息をつくタマモの額に銀一は手を伸ばした。 前髪をかき上げると裂けた額に赤い肉が顔を出す。
「うわひでえ・・・」
「たいしたことないわ、仕事の内よ。」
「いやいや引き受けたくせに。 ほんまは仕事とか思っとらへんやろが。」
「じゃあ、暇つぶし。」
「これが暇つぶしでやることかい。」
薬を塗り、巨大な白いガーゼをテープで貼り付ける。
「・・・・すいません、女性の顔にこんな・・・」
「あんたがかしこまるこっちゃないわよ。」
神妙な顔で額から手を離した銀一に、タマモはけけけと笑う。
「でも、せっかくのきれいな顔が・・」
「この顔は偽物。 こんな人型状態をどう言われたって別に嬉しくもないし、ありがたくもないわ。」
「俺はこれでも役者の卵や。 女性は見た目でなく本質を見とるつもりなんやけどな・・・」
「ご立派なこって。」
タマモはふっと額に向かって息を吹き付けた。 前髪がふわっと揺れる。
「・・・・ありがと。」
「え・・・・? あ、いえそんな・・・」
にかっと笑う銀一にタマモも笑った。
「お腹空いちゃった。 なんか食べるものある?」
「そ―言うと思って、用意しといたで。」
「へ〜、銀ちゃん気が利くじゃない。」
「誰が銀ちゃんや。」
「なんか新婚夫婦って感じね・・・」
笑う美神はひっくとしゃっくりする。
「わ、私なんかどきどきしてきました〜・・・・」
「うう〜〜〜・・・・拙者ならもっと色っぽくできるのに・・・・っ!!」
「あんにゃろ〜・・・・・俺のタマモといちゃいちゃしくさって・・・・っ!!」
「お―横島君、いつからそこに?」
ソファーの背後からテレビ画面を見ている横島に美神は振り返った。
「美神さんなんなんすかこれは・・・っ!?」
「はいこれ。」
美神はDVDのパッケージを横島に手渡す。
「なっ、何ぃ〜〜〜!? 裏踊るGSだぁ〜〜っ!?」
「横島さん静かにっ!!」
「先生うるさいでござる!!」
東京タワー内
「よ―し、じゃあシーン45っ、落下するすみ子を横山GSが追いかけてダイブするシーンっ! 今回は特別料金払って窓外したんだ失敗すんなよお前ら―――っ!!」
「「「「おお―――っ!」」」」
いそいそと準備して歩き回るスタッフやらに、黒髪に化けたタマモは窓から下を見下ろした。 髪がばたばたと風で振り回される。
「まじでやんの? 落ちたらアタシでも死ねるわ・・・」
ロープを腰のベルトに巻きつけてもらっている銀一が台本に目を通しているのをタマモは見た。
「俳優、か・・・・・・ っ!」
タマモはひくっと鼻を動かした。
「・・・・・来る。」
タマモはかつかつ銀一に近づく。
「ちょっと。」
「なんですマネージャー? すいません、ちょっと・・」
銀一はスタッフに謝りながらも黒髪と2人で他の人達から距離をとる。
「着ぐるみさん近づいてくるわ。」
「マジかっ!? よりによってこんな時にか・・・・!?」
げっという顔の銀一は窓の外に目をやった。
「タマモさんが追っ払ってから2週間近く何もなかったのに・・・」
「ん―、多分、どっかで霊力蓄えるとか傷を癒すとかじゃないの? よくあることよ。」
「んなん知るかいっ!!」
「知ってなさいよ、踊るGSなんでしょ―。」
窓に手をかけ、銀一と黒髪は窓の下を覗き込む。
「何かあったら死ねるな・・・・飛行機の上よかましやけど・・・・」
「飛行機?」
「いや、前にちょっと・・・」
「大丈夫よ、痛いと思った瞬間はもう死んでるから。」
「・・・・」
「まあ、冗談はともかくあんたは気にせずいつも通りやりなさい。 あとはアタシが何とかしとくから。」
「でも・・・」
「ちゃんとした俳優になるんでしょ? これくらでびくつくんじゃない。」
「ちっ、言ってくれるわ・・・」
にやっと笑う黒髪に手を振り、銀一はスタッフのところへと戻って行く。 黒髪はそっとその場から離れ、走り出した。 ぼんっと烏に化けたタマモは、ぎゃ―ぎゃ―鳴きながら開いた窓から外に飛び出し、展望室上の鉄筋に掴まって金髪の人型になる。
「さ―て、着ぐるみってのは燃えるゴミか、それとも燃えないゴミかしら?」
目を凝らしながらも、短かった後髪が風に振り回されながら徐々に長くなり、いつしか腰まで届く長さになった。
「よ―し準備はいいか――!? おら3カメっ! ぼやぼやすんじゃねえ、突き落とすぞこらっ!!」
タマモは細い目で辺りを見渡す。
「――――っ!」
小さな影が獣のように軽々と建物の上を駆けてくるのが目に映った。 タマモは後髪を1本抜くと、それをぴんっと伸ばして光る槍にする。
(アタシに気付いてるか・・・・?)
槍を振り上げながらタマモは近づいてくるそれを睨む。
「いくぞ、3、2、1、アクションっ!」
「横山君っ!!」
「すみ子さんっ!!」
ひも付きベルトをつけた女優が背中から落下し、腰のいかついベルトを投げ捨てた銀一は飛び込むような格好で窓から飛び降りた。
「しっ!!」
タマモは振り被っていた槍を跳ねて迫ってくるワニの着ぐるみに投げつける。 どがっと足を貫いてやりは道路のアスファルトに突き刺さったが、ワニはその足を引き千切って鉄筋を登ってきた。
「外したっ! くそっ!!」
タマモは走り、展望室の屋根から飛び降りる。
『ぐわおおおおおおおおっ!!』
「「っ!?」」
雄叫びとともに下から鉄筋を駆け上るようにして登ってくるワニの着ぐるみに目を向けたことで、落下中の女優と銀一はバランスをくずした。
「なんだありゃっ!!?」
「おい誰のいたずらだっ!!」
「ありゃ使うのやめたワニのゾンビか・・・!?」
「何でもいいからカメラまわせっ!!」
カメラを向けるスタッフ一同の目の先でに、落下する金色の毛玉があった。
「「「「「!?」」」」
ベルトのゴムひもの反動で宙ぶらりんの銀一と女優にワニが口を広げておどりかかった。
「ひ―――っ!?」
「こいつが犯人かっ!!」
揺れる2人にワニはうまく飛び掛ることができずに地面に落下していく。 その後を、銃を構えたタマモが追うように落下していった。 手から放たれた長い髪が銀一の足に絡みつく。
「発砲ごめんっ!!」
どんどんっ!! 地をえぐって銃弾がめり込む。
『俺は、まだ使えるっ!!』
片足で立ち上がったワニに周囲の人々は逃げ出す。 銀一の足に絡みついた髪が伸びながらブレーキをかけ、タマモはごろん地に転がると起き上がりざまに引き金を引く。
『まだ使えるんだ――――っ!!』
「ちっ!」
乱射するも銃弾は地面や街頭や車を撃ちぬくだけで、泳ぐように地を這うワニには当たらない。
「タ、タマモさん・・・っ!?」
宙でぐるぐる回るように吊るされたままの銀一は服に取り付けてあるマイクに怒鳴った。
「下ろしてくれ早くっ!!」
銃を捨て、タマモは左手の爪をじゃがっと伸ばしてワニに向かって走り出した。
『俺は・・・まだ使えるんだ――――っ!!』
「うるさいっ!」
突き出される爪を踏むように飛び上がったワニは、長く太い尾でタマモの顔を弾き飛ばした。 転がるタマモに飛び掛かかり、巨大な口にある牙を肩から食い込ませた。
「が・・・っ!?」
『貴様を喰って・・・!!』
「ふざけるな―――っ!」
背後から頭を横にワニは殴り飛ばされた。 牙がタマモの肩や胸から赤い液体と共に抜ける。
『なんだぁ・・・っ!』
よろけながらも転ばずに体勢を治すワニに、銀一は神通棍を構えた。
「お前には悪かったと思ってるけど、これ以上撮影の邪魔はさせないっ!! このGS横山役の近畿剛一が相手になったる・・・・!!」
「・・・・こいつ。」
(そんな小道具で・・・)
肩を押さえながら立ち上がるタマモはふんと笑った。
『貴様・・・・主演の男か・・・・? 貴様も殺してこんな映画はつぶしてやる―――っ!!』
飛び掛るワニは斬りかかった銀一の神通棍を肩ごと爪で切り裂いた。 つんのめる銀一にワニはすぐさま飛び掛るが、間に入ったタマモに蹴り飛ばされた。
『ぐっ、女ぁ・・・・・!!』
「あんたは邪魔よ、下がってなさい。」
背後の銀一にタマモは言う。
「へっ、GSは陰湿な霊にはくっしたりせんねん・・・! 見てみい・・・」
「!」
『!?』
タマモとワニは周りに目を走らせた。 スタッフの何人かが取り囲むように立っており、手には封魔札が握られている。 素早く銀一の襟首を掴んだタマモはそのまま宙に飛び上がった。 ワニの目がそれを追った瞬間、数枚のお札が発光する。 ばちちぃ・・・!!
『け、結界・・・・!?』
張り詰める霊気の中でワニはかすれた声を漏らす。 銀一を掴んだままタマモは結界の外に着地した。 銀一がカメラをまわしている監督に駆け寄る。
「監督っ!」
「待たせたなっ! こんな飛び入りのハプニングがあるなら教えておいておしいねえ!!」
にかっと笑う監督やスタッフ達に銀一も笑い返す。 監督は金髪のタマモにカメラを向けた。
「ようマネージャーさん、話は聞いたぜ。 事情はわかってっからあいつのとどめは頼むぜ? にわかオカルトの結界じゃ長持ちはしないだろう。」
「・・・・どこまで話した訳?」
「まあ、ぼちぼち・・・」
睨みをきかしてくるタマモに銀一は引きつった顔で目を逸らした。
「ったく・・・・ま―いいけど・・・」
ぽんぽんとステップするようにバックしたタマモは結界から距離をとる。
「ねえ、あんたらの話じゃ、とどめの必殺技は蹴りだっけ?」
「まあ・・・」
「じゃあ、それにあやかって。」
しゃがんだタマモは右足のくるぶし辺りでぱちんっと指を鳴らした。 途端、足にごばっと赤い炎が燃え上がる。 そのまま勢いよくダッシュしたタマモは結界を飛び越えるようにジャンプした。
「「「「おおっ!」」」」
カメラやスタッフらの目がそれを追う。 空中でくるっと1回転したタマモは燃え盛る右足を硬直しているワニに向かって突き出した。
「だ―――っ!!」
どがっ!
『がは・・・っ!』
蹴り飛ばされたワニがよろけると同時に結界が消えた。 転がりながら着地したタマモの目の前で、ふらつくワニは蹴られた箇所から赤い炎を吹き上がらせた。 ぼこおおおおおん・・・っ!
『か・・・はっ・・・・』
一瞬にして黒い灰だけが残り、それは風に吹かれて四散していった。
「「「「やった――――っ!!!」」」」
歓声を上げるスタッフ達に、タマモはふっと息を吐いてごろんとその場で寝転んだ。
「ああ――――っ、終わった疲れたお腹減った〜〜〜・・・・っ!!」
「まだ終わってないですよ。」
歩み寄ってきた銀一がタマモを覗き込むようにしゃがむ。
「何でよ? 除霊したじゃない。」
「まだマネージャーの仕事が残ってます。 途中退職は困るな。」
「・・・・ったく、勘弁してよ。」
ぺしっと額を叩くタマモを銀一は引っ張り起こした。
「もうマネージャーもいらないでしょ?」
「あ、タマモさん動かないで、頭の傷口が開いてる。」
「え・・・・?」
タマモの額の髪をどけるようにする銀一に、タマモはぴたっと動きを止めた。 その隙に、銀一はタマモの唇に自分の唇を押し付けた。
「・・・・・」
「・・・・・」
目を閉じている銀一にタマモもすっと目を閉じる。 互いに顔が離れ、目を開いた。
「撮影が終わるまでの契約のはずですよ。」
「・・・・ま―いいけど、暇だから。」
銀一の笑顔にタマモも頬を緩めた。
「話がまとまったところで皆上へ戻るぞ――!? 今日中に撮り直さなきゃならんっ、機材その他を早急に運び込めっ!!」
「「「「おお――――っ!!」」」」
監督の声にスタッフが拳を突き上げた。
「まあ、そういうわけだからマネージャーの嬢ちゃんも来るといい。 皆で歓迎させてもらうぞ?」
「そう? あ――・・・・」
タマモは自分の姿に目をやってから、周りの自分を見ているスタッフ達を見渡した。 どの顔も皆笑っている。
「・・・・このままでいっか。」
タマモが顔を向けてくるので、銀一も笑って頷いた。
数日後 某ホテルステージ裏
「え、試写会見ていかないんですか・・・・?」
黒いスーツ姿の銀一はネクタイを直しながら、タマモを振り返った。
「うん。 監督とか皆々様にはもう挨拶したし、お土産いろいろもらったし。」
タマモは背負っているかばんを叩いて見せた。
「でも・・」
「撮影終了、試写会も済めば、あとは公開だけでしょ。 タイムアップよ。」
「・・・・そやな。」
ふうっと息を吐いた銀一は改めてタマモを見る。
「よかったら・・・・・今後も俺のマネージャーやってみんか?」
「・・・・遠慮しとくわ。 狐にはきつい仕事みたい。」
目を閉じて笑うタマモに銀一も髪をかきながら苦笑した。
「そか。」
「・・・・・」
「・・・じゃあ、横っちや皆さんによろしくな。」
「ん・・・」
すっと互いの目が会い、どちらともなく目を閉じて顔を寄せた。 タマモの肩に銀一の手がかかる。 が、次の瞬間銀一の手は空を掴み、バランスを崩して大きくよろけた。
「・・・・・!?」
銀一は辺りを見回すが、そこにタマモはいなかった。
「近畿君、挨拶挨拶っ!! 早く集合して!!」
「あ、はい・・・!!」
係員に呼ばれ銀一はそちらに走り出そうとして、ふと肩にからみつく光る物に手を伸ばした。 指で掴みあげた細いそれは金色に光る。
「彼女の髪・・・・?」
見つめると、頬が緩んだ。
「・・・・・お疲れさんでした。」
「近畿君早くっ!!」
「っと、すいません!!」
慌てて走る銀一は、黒い幕をどけながら明るい方へと走っていった。
「・・・・・・どこまで本当の話なんだか・・・・」
スタッフロールとエンディングテーマが流れる画面を見ながら美神は苦笑する。
「ま、とにかく無事仕事は終えたってことね。」
「おんのれ銀ちゃん俺のタマモに〜〜〜〜〜〜っ!!」
「タマモちゃんいいな〜・・・」
「絶対拙者の方が女優としての・・・・!!」
わいわい言い合う3人を残し、美神は缶ビール片手に眠っている狐に歩み寄った。 4つ足が抱え込むようにしている紙切れを見つけ、そっと摘み上げる。
「・・・・あはっ!」
銀一とタマモ、DVDに出てきたスタッフやらが揃って並んでいる写真に、美神は微笑し、そっと狐の頬を指先で撫でた。
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【次回予告】
おキヌ「出番ほしいです〜・・・・」
美神 「そんなおキヌちゃんに耳寄り情報! 次回はおキヌちゃんの話よ。」
おキヌ「ほ、ほんとですかっ!?」
美神 「うん、多分。」
横島 「どこまで信じていいかが問題っすね・・・」
美神 「そういうあんたに出番はなし。」
横島 「なんで!? 俺まじで影薄くないっすか・・・っ!?」
シロ 「拙者だって拙者だって・・・っ!!」
おキヌ「まあまあ2人共、私が代わりに活躍しますから。」
美神 「ま―、そ―いうわけで・・・」
おキヌ「次回、『てまりのいたずら』」
タマモ「ぼちぼち頑張りますか。」
おキヌ「あれ、タマモちゃんいたの・・・?」