GS美神 ひかり
第二話 予感
7月16日 AM10:23 成田空港
「西条さん!」
ピートはスーツケースを3つも引きずってくる上司に向かって駆け出した。
長髪の男はおう、とばかりに片手を軽く振って笑った。
「おひさしぶりです。」
ピートはスーツケースを2つ手に取ると、タクシー乗り場に向かって歩き出した。
「元気そうでなによりだ。」
「西条さんも。」
「またいろいろとめんどうが増えたが、よろしくたのむぞ。」
「はい。」
タクシー乗り場は思ったより混雑していた。 西条は壁にもたれながらタバコに火をつけた。
「・・・そういえば彼女はどうしてる? かわりはないかい?」
「ヒカリさんですか? ええ、しっかりやってるみたいですよ。 もう、僕なんかじゃ太刀打ちできないでしょうね。」
「その謙虚な態度はあいかわらずだな。」
ふいいっと一息ついた。 空は雲ひとつない青空だが、けだるいような暑さに、西条はネクタイをゆるめた。
「ヒカリ君には確かに力がある。 だからといって、あんまり無理難題を押し付けるのはどうかな。」
「えっ・・・・な、何のことですか・・?」
嘘の下手なやつだ。 だが、裏を返せばそれは彼の正直さを意味するのだが。
「僕が何も知らないとでも思ってたのか。 きみがヒカリ君に表ざたにできない仕事を頼んでいることぐらい、とっくに知ってるんだよ。」
ピートは汗をだらだら流して青くなった。
「ぼ、僕がそんな・・何のことかさっぱり・・・あ、タクシーきましたよ。」
「ま、いいさ。 どのみちほっとくわけにもいかなかっただろう。 もし僕でも、ヒカリ君に限らず誰かにやってもらっていただろう、ばれないようにな。」
「・・・すみません。」
「お、認めたな?」
「げっ、誘導尋問だったんですか。」
「ふふん、きみもまだまだ修行が足りんな。」
そう言って西条はタクシーのトランクにスーツケースを入れた。
AM11:35 墨田区某和風料亭
「失礼します。」
ふすまを開けて入ってきたヒカリは、一瞬、彼女の母親を思はせた。
「久しぶり。」
エイムズは座るよう勧めた。
「4年ぶりかな、こうやって会うのは。」
「4年と3ヶ月です。」
「あ・・・そうか、そうだったな。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・」
しばらくの間話が続かず、互いにお茶をすすっていた。
「駄目ですね。」
「は?」
ヒカリは沈黙を破ってつぶやいた。
「心の準備はできてるつもりだったんだけど、どうもやっぱり緊張しちゃって・・・」
「・・・実は俺も・・」
「・・やっぱり?」
「やっぱり。」
「っふ。」
「くくく・・」
「ふはははは・・」
「っはははははははは。」
これだ、俺が4年前のあの時以来、ずっと見たかったのは。
「はあ、では改めて、お久しぶり、エイムズおじさん。」
「お久しぶり、ヒカリちゃん。」
「おじさん少し老けたんじゃない? ちゃんとご飯たべてます?」
「顔だけじゃなくてしゃべることまでお母さんに似てきたみたいだな。」
「そお? そういえばタマモにもそんなこと言われたような・・・」
「あの時日本を去ってからずっと忙しくてね、死なない程度には食べてるよ。」
「・・・という事は?」
「いまだ寂しいひとり身さ。」
「やっぱり。」
「俺が愛するのはきみのお母さんだけだからね。」
「まだ言ってたんだ。 父さんにさんざん怒られてたのに。」
「でも家族ができたぞ。 2年ほど前。」
「ほほう・・?」
「詳しいことははぶくけど密輸された犬でね、どうも霊的に訓練された犬みたいで処分しようかってことになったんだけど、俺が世話するってことで引き取ったのさ。」
「GS犬?」
「ま、そんなとこかな。」
「そっか・・」
ヒカリは庭に目をやった。 手入れの行き届いたそこは、落ち着きと奥ゆかしさを引き出すような、そういう不思議な感じがした。
「父さんと母さん言ってたよ、『エイムズによろしく』ってね。 本当はお葬式に出たかったでしょ?」
「・・・・・・・当たり前さ。 それにきみに謝りたかった。」
エイムズは畳に手をつくと頭を下げた。
「俺は何もできなかった。 きみにも、きみの両親にも。 どうか許して欲しい。」
ヒカリはそっとエイムズの手を握った。
「頭を上げてください。 あなたがどれだけ悩んで、苦しんだか、私はわかります。
それは、父さんも母さんも同じです。」
まいったな・・・ ほんと、母親そっくりだ。 エイムズはうつむいたまま、ただただどうしようもなく涙した。
できるなら、この子を巻き込みたくない。 だが・・・
PM00:40 横島除霊事務所
「お腹減ったあああ・・・・」
タマモはソファーにあお向けに転がりながら時計に目をやる。 出前をとってもう一時間、いつもなら30分で来るのにこれでは油揚げは無事でも麺が伸びてしまう。
「ねえー、愛子ー、遅いと思わない?」
「変よね、どうしたのかしら?」
「ヒカリについてけばよかったかなあ・・・」
「何言ってるの、きつねうどん食べたいからって自分で言ってたくせに。」
「だってえー。」
愛子はテレビをつけた。
『7月13日にGS本部のデータバンクに不正に侵入した容疑で逮捕されたカオス容疑者は、依然、容疑を認めておらず、黙秘を続けているとのことです。 このため、捜査は難航しており、・・・』
「カオスさん何であんなことしたのかしら?」
「さあ・・・? そんなことよりお腹減ったよう・・・」
タマモはそう言いながらソファ−から転げ落ちた。
M01:15 墨田区某和風料亭
「呪いの剣・・・・・?」
「そうだ、俺達の国に伝わる伝承の中に時々出てくるんだが、その剣で切られたものは必ず死にいたると言われている。」
食事を終えたあと、エイムズからヒカリに話し出した。
「直接呪いによるものかどうかは解らないが、おそらく呪いという線が一番強いだろう。 とにかく、その剣で切られた者はどんな手当ても治療も効くことなく死んでしまう。」
「霊刀の類なの?」
「どうだろう、そうとも言えるし、そうでないとも言える。」
「それで?」
ヒカリは遠まわしに話すエイムズに結論を求めた。
「キャラット女王陛下の乗る旅客機が事故に遭ったのは知ってるね。」
「ええ、日本との貿易に反対する過激派の・・・シーラム・・でしたっけ? そのテロの仕業だってニュースでは言ってます。」
「そいつらがその剣を持っている。」
「!・・・だって、伝承の、昔話の剣なんでしょう?」
「本物かどうかは解らん、だが被害者は皆、何の治療も効かずに死んだ。」
「・・・本当に・・」
「3ヶ月前、古い遺跡が発掘されたがその中に1つだけ他とは形の異なる剣があったんだ。 しかも保存状態がよくて、とても5000年も昔の遺跡にあったものとは思えない。 それでもしやってことでとりあえずと倉庫に保管しておいたんだが・・」
「盗まれた・・・・・?」
「ああ。」
「それが呪いの剣だと気付いたのは?」
「被害者の状況で・・・かな。」
「・・・・・・・連中がそれを手に入れたとして、どう使うか・・よね?」
「おそらく日本に持ち込むつもりだろう。」
「ザンス王国で、じゃなくて?」
「国の方針はもう決まっている。 たとえ女王陛下が暗殺されたとしてもね。 だったら相手側に断らせればいい。」
「そうですね。 4年前の事件でまだザンス王国との貿易を危険視する人も多い。
またそれがらみで何か起これば・・・」
「最悪日本側からストップがかけられる。」
「うーーーん・・・」
ヒカリはひっくり返って唸った。 エイムズも一息ついてお茶を飲んだ。
「私にどうして欲しいと?」
ヒカリはえいっと起き上がるとエイムズを見つめた。
「きみに協力して欲しい。 もちろん、正式な依頼として。」
PM 02:00 横島除霊事務所
「・・・で、引き受けたの?」
「うん。」
「・・・うんって・・」
タマモと愛子は顔を見合わせた。
「あのね、社長。 そういう長期の依頼は私に相談してくれないと予定が・・」
「他のやつは延期、できないのはキャンセル。 それでよろしくね。」
「簡単に言わないでよ。」
「これも青春よ。」
「あのね・・・・」
愛子はしぶしぶいすに座った。
「・・・・・ヒカリ。」
「ん?」
「敵討ちとか考えてるんじゃないでしょうね?」
タマモの言葉に自分の部屋に入ろうとドアに手をかけたヒカリと、電話をかけようとしていた愛子はぴたっと固まった。
「そんなのじゃないわよ。」
ヒカリは真っ直ぐにタマモの目を見た。
同時刻 オカルトGメン日本支部
「そうか、ドクター・カオスのことはきみの・・・」
「すみません、どうしても気になることがありまして・・・」
「気になること?」
西条は荷解きをする手を止めてスーツケースの上に座った。
「エイムズさんと警護の打合わせでお会いした時、何か、上手く言えないのですが、何かあるような気がして。
エイムズさん、僕らには何か隠しているみたいな・・」
「わからんな。 そんなあいまいなことで・・」
「でもすごく!・・・・すごく、嫌な感じがしたんです。」
こいつがむきになるとは・・・
「で、何かわかったのかい?」
「はい、3ヶ月ほど前、ザンス王国で発掘された遺跡より出てきた剣が盗まれたようなんですが・・・」
「国の状勢が状勢だからな。 王室に遺跡の物を渡したくないやつらもいるだろう。
珍しいことじゃないさ。」
「その剣が・・4年前のあの剣かもしれないんです。」
「!・・・馬鹿な・・・! あれは横島君が・・・・」
開け放たれた窓から7月とは思えない冷たい風が吹き込んできた。
デスクの上の書類がぶわっと舞い上がり部屋中に散らばるのを、西条は黙って見つめていた。
PM05:55 名古屋市港区某倉庫
「日が沈んだら作戦開始だ。 各自、装備をチェックしとけ!」
テノマールは部下に指示を出してから右手の指輪をしっかりとはめ直した。
「緊張してるのか?」
ミリアがぽんっと肩を叩いた。
「いや・・・・こっちのメンバーは陽動が目的だが若いのが多い。」
「お前らしいな、テル。」
ミリアはテノマールの右手に手を重ね合わせた。 指輪の石が冷たく心地よい。
「私達には精霊の加護がある。 うまくいくさ。」
「・・・ああ。」
PM06:00 千葉県某大学病院特別病棟302号室
《 内か外かで汝の運命は大きく変わる 内を捕れば安息と心の渇きを 外を捕れば絆と体の喪失を いずれの道も汝の心の強さしだい 》
涼介はダイスと銀貨をポケットにしまうと立ち上がった。
「お袋、俺やっぱ行くよ。」
「そう。」
かおりは立ち上がると息子をそっと抱きしめた。
「過信は禁物よ。 でもプロとして、自分の思うようにやってみなさい。」
「わかってる。」
かおりは息子の顔をすっとなでた。
「無事に戻ってくるのよ。」
「おう。」
涼介が病室を出ていくのを見送ったかおりは、ベッドで寝ている雪之丞に歩み寄った。
「まったく、誰に似たんだか・・・」
かおりはやさしく笑って雪之丞の頭をなでた。
PM07:30 横島除霊事務所
『・・愛知県警は名古屋市全域に避難勧告を出しましたが、すでに数十人の死傷者が出ているとのこと。 また交通網の混雑により現場は混乱し、詳しい情報はいまだ入っておりません・・・・』
「テレビは見たかい?」
「今見てます。」
「今から名古屋に行く。 きみも来てくれ。」
「間に合うんですか?」
そう言いながらもヒカリは携帯を片手にお札をかき集めていた。
「マリアで飛んでいく。 屋上に! もう着く。」
「はい! タマモ!」
「ええ!」
「気をつけてね!」
愛子の見送りを背中に受けながら、ヒカリとタマモはエレベーターを無視して屋上まで駆け上がった。 屋上のドアを蹴り飛ばした時、がおっと熱風を吹き付け、マリアがずががっと着地した。 ピートもいる。
「ヒカリちゃん!」
駆け寄りながらエイムズの投げたヘルメットをかぶる。 マリアの腰の安全ベルトを自分の腰につけてる間、タマモは狐に戻りヒカリのナップサックに潜り込んだ。
「OK!」
「イエス!」
ばくっ! マリアは一気に上昇し、西に向かって飛んだ。
「聞こえるか? ヒカリちゃん。」
「無線・・? ヘルメットの?」
「そうだ。」
ヒカリは自分と同じようにマリアの首にしがみついているエイムズのほうに首を向けた。
「うわっ。」
「無理してこっちを見なくていい。 ピート君、聞こえてるな?」
「はい。」
「よし、報告だと敵は10人ほどだが精霊獣が2体はいる。 そいつらは俺がやるからきみ達は他のやつらを。 無茶はするな。 応援がくるまでと避難が完了するまでだ。」
「了解!」
山の向こうがオレンジにうっすらと明るく、山は黒くその輪郭をあらわにしていた。
ヒカリは夕日があまり好きではなかった。
なんとなくナーバスになるからだ。
同時刻 関東警察署
「14号、飯だぞ。」
「誰が14号じゃ誰が!」
「お前しかおらん。」
「またそんなちんけな飯をだしおって・・・ たまにはうなぎでも出せ!」
そう言いつつも、カオスは食事をがっつき始めた。
「取調べのときもこのくらいしゃべってくれりゃあな・・・」
「おひ、ほぞう!」
「ん?」
「おはわり。」
「・・・・・・・・・・・」
PM08:04 日本GS協会本部第1作戦司令室
「愛知県警に連絡! あと1時間で応援が到着するからできる限り住民の避難にあたるようにと。」
「了解。」
「西条さん、ヘリポートにヘリが到着しました。 ザンス王国のSPの方、3名が同乗します。」
「ヘリにつないでくれ。」
「はい・・・・どうぞ。」
「西条だ。」
「桜井です。 いま、出発しました。」
「名古屋のほうはピートとレイター氏に指揮を任せてある。 現場に着いたら2人の指示に従ってくれ。」
「わかりました。」
ふう・・・ 西条はぐっといすにもたれかかった。
「海上保安庁より連絡、巡視艇きりさめ、及びしぐれ、名古屋港内に到着しました。」
「警戒線で待機、湾内の船舶はこれより全て出港禁止だ。 入港予定のものも全てチェック。 やつらの武器密輸ルートを洗い出せ!」
PM09:15 名古屋市内上空
「ひどいな・・」
本来なら光の海なのだろうが、今はところどころ火の海だった。
「精霊石反応・探知! 北西に・3、南に・2、正面に・2、さらに西に・精霊獣・確認!」
「見えた!」
人影がこちらに気付いたのか、見上げるようにしている。
「分散するしかないわね。」
「タマモ君!」
「わかってる。」
ふらっと落ちたかと思うと、ごうっと燃え上がる巨大な狐がそこに突っ込んでいった。
「僕は北西へ!」
「ピート君! 警察に避難のほうを!」
「そのつもりです!」
ピートはヘルメットをとり、インカムを切り離した。
「ピートさん! 気をつけて!」
「ヒカリさんも!」
ピートはインカムをつけると、降下しながらヘルメットを捨てた。 ピートが見えなくなるとエイムズはヒカリにヘルメットをとるよう合図した。 叩きつけるような風が、ヒカリの髪を後ろに激しく流した。 思わず目を細くする。 減速したとはいえ、空は風が強かった。
「きみの仕事はあくまでアリマト優先だ! いいね!」
「はい!」
「これを持ってけ!」
エイムズは拳銃を差し出した。
「銀の貫通弾だ、大事に使ってくれ! いでよ我が精霊獣!」
青白い輝きの中から、槍を持った人より2,3倍もあろうかという騎士が現れた。
その姿形はザンス王国独特のシルエットをしており、白い鎧は夜の中に光っているようだった。
エイムズは騎士の肩に飛び乗ると、もう一度振り返った。
「い・・」
そこにもうマリアとヒカリの姿はなく、見つめるずっと先に、マリアのジェトノズルが光っていた。 まったく・・・ エイムズはインカムをつけると、西へと真っ直ぐ飛ばした。
ヒカリはヘルメットを捨てると、片手で髪を束ねた。
「マリア、さっきの話はオフレコだからね。」
「イエス、ミス・ヒカリ。」
ヒカリがインカムをつけた時、正面から鈍い光が飛んでくるのが見えた。