GS美神 ひかり
第六話 強敵
AM07:31 ザンス王国大使館
「ヒカリさんの仕事・・・?」
「ええ。」
「どういう意味かしら?」
デスクに肘を着いたセリナは、噛み合わせた手に顎を乗せて涼介を見た。
「なぜあいつを雇ったのですか?」
「彼女の力が必要だと判断したからよ。」
「ICPOを通さずに個人として雇ったのは何か理由があるんですか?」
「・・・・・」
「同じ条件でも、俺とあいつと仕事内容が違うのはなぜですか?」
セリナは目を閉じた。 この子・・・あの子が心配なんだ・・・
「依頼内容をお話することはできません。」
「・・・・・失礼しました。」
頭を下げると、涼介は静かに部屋を出て行った。
AM09:59 六道女学院第2体育館
「では理事長からのお話です。 理事長、お願いします。」
「は〜い。」
自らタイヤを回し、冥子はステージ上のマイクの前で車椅子を止めた。
「よいしょっと。」
マイクを手に取ると軽く咳払いをする。
「えー皆さん、明日からいよいよ夏休みですね〜。 1学期に学んだことを〜皆さんなりに復習して〜より確かなものにしてくださいね〜。 あ〜でも〜、せっかくの夏休みなんだから〜、ちゃ〜んとのんびりすることも〜大切ですよ〜?」
ぱちぱちぱちっ! 冥子の顔が緩む。
「はいは〜い、皆さん素直でよろしいわ〜。 それから〜霊能科の人達には〜午後の集会で娘の方から連絡があるはずだけど〜、今ザンス王国の貿易問題で〜大変なことになってますね〜。 27日に女王陛下がいらっしゃいますけど〜いつ名古屋のようなことがここで起こるかわかりません〜。 皆さん〜十分注意してくださいね〜。」
AM10:38 愛知県警取調室
男はいすに座らされ、タマモはその前に立って両手で男の頭を押えていた。
「・・・・あなたの名前は?」
「・・・・・ジェイク・トング。」
「シーラムのメンバーね?」
「・・・・・・・・・・・はい。」
桜井はピートの方に顔を向けた。 ピートは人差し指を口に当てると、目をタマモの方に戻した。
「なぜ名古屋を襲ったのかしら?」
「・・・陽動・・」
!? まずい・・・ 手のひらの霊力が一瞬強くなる。 ピートも桜井も身を乗り出している。
「・・・・・・・・・」
「どうしたんですか?」
「黙って気が散る!」
陽動・・・ アリマトのことだとしたら今アリマトは・・・
「・・・あなた達のリーダーの名前は?」
「・・・・・」
「日本での隠れ家はどこ?」
「・・・・・」
「名古屋の次の標的は?」
「・・・・ぐっ」
男の顔が苦痛に歪み、汗がにじみ出てきた。 やっぱり・・・
「こいつ暗示をかけられてる。」
「? あなたのではなくて?」
「多分、こいつら全員にでしょ。 情報が漏れないようにするためにね。」
ピートは腕組みをして唸った。
「何とかならないんですか。 あなたが時間をかければできるって言うからこんな時間をかけて・・」
「よせ、桜井!」
「ですが! ピートさん!」
うるさい小僧だ・・・ まったく・・・・・ しかしこいつもどのみち・・・ 手に力を注ぐ。
「うっがあああああああっ!」
「!?」
「答えなさい、次の標的は?」
「あああ・・が、く道女学院・・・」
六道女学院?
「いつ?」
「ひっ・・7月、20日・・・」
「今日じゃないか!? 桜井! 西条さん連絡だ!」
「はい!」
「待って! それだけ? 何で学校を襲う?」
「あああああっ・・・・! ICPお・・・引き付け・・・発電・・・・襲う・・」
「どこ!? 言いなさい!」
「た・・・竜野宮原ぱ・・がふっ!」
「!?」
男が吐いた血で、タマモは顔から真っ赤になった。 うなだれた男の目をそっと開く。
「・・・死んだわ。」
「なっ・・勝手なこと・・」
「あんたが望んだことでしょ・・・?」
首を傾け軽く笑う。 返り血がつっと頬を流れる。
「ふざけんな化け物・・!」
ばきっ だんっ! 壁に叩きつけられた桜井は頬を押えてピートを見た。
「桜井、西条さんにつなげ、僕から報告する・・・・・先に行ってろ!」
「・・・・はい・・」
桜井は口をぬぐい、よろっと出て行き、ピートは握ったこぶしをゆるめた。
「すみません、部下が失礼なことを言ってしまって・・・」
ピートはハンカチを差し出した。
「だから嫌いなんだ・・・あんた達なんて。」
タマモは、差し出されたハンカチを持った手を軽くはたき、ピートの横を通り過ぎた。
「ですがタマモさん・・・」
「どのみちこいつは死んだわ。」
顎から垂れる血をぬぐい、べろっとなめる。 まず・・・ ぺっと床に吐く。
「・・・・ヘリを用意させます。」
「・・・・・・ありがと。 時間がないわ。」
「はい。」
AM11:10 六道女学院多目的ホール1F(第2グラウンド南西)
「・・・というわけで〜、3年生以外の人にも召集がかかるかもしれません〜。 もちろん戦闘なんてありませんけど〜、でも〜、間違っても〜自分の力を過信してはいけませんよ〜? いくら成績が良くても・・」
!? 何・・・? 冥那は窓の外に目をやる。
「どうしたんですか、先生?」
「冥那先生・・・?」
「せんせ―?」
・・・・・・来る。 冥那はきっと生徒たちの方を見た。
「皆さん〜? 落ち着いて聞いてくださいね〜? 今から〜、結界を張ります〜。」
「?」
冥那の影から次々と式神が飛び出し、ぞろぞろと床に座っている生徒を囲んだ。
「先生、どうかしたんですか?」
「心配ないわ〜、私がついてるから〜」
大丈夫・・・ やれるわ〜・・・ 窓の外から閃光が飛び込んでこようとしているのを、冥那は黙って見つめていた。
同時刻 日本GS協会本部第1作戦司令室
「まだつながらないのか!?」
「駄目です。 やはり電話回線が切れているのかと・・」
もう手が回ったのか・・・?
「西条さん、結界トレーラーの準備整いました。」
「すぐ出させろ! 竜野宮原発付近の避難は!?」
「千葉県警からの連絡で、半径10キロまでの住民の避難完了まで後30分!」
間に合うのか・・・? いや、落ち着けよ・・・ ぷるるるる、ぷる・・・
「第2部隊の島崎さんより連絡、竜野宮原発に到着。 陸自の協力で、警備のほうは後10分で完了します。」
「よし、そのまま結界トレーラーの到着を待つように。」
少し肩の力が抜ける。 ・・るるる、ぷる・・ 桐原が電話に出た。
「!?・・・西条さん! 六道女学院で爆発が・・・!」
「くそっ! 間に合わなかったか!」
「第1部隊、準備整いました。」
「よし、僕は六道女学院に行く! 竜野宮のほうは島崎に任せると! 桐原君、何かあったら連絡しろ!」
「はい!」
西条は上着を持って立ち上がった。
AM11:15 六道女学院多目的ホール跡
全てのがれきが落ち、砂ぼこりがやむ前に、冥那はその男を見つけた。 2本の剣を腰に提げ、2鬼の精霊獣を引き連れた、その白髪の男を。
「皆〜? 怪我はない〜?」
生徒達はまだ状況がわからず、ぽかんとしたり震えたりしていた。 冥那は1番近くの子を見た。
「あなた名前は〜?」
「3年C組の山下奈緒です。」
落ち着いてるわ〜
「奈緒ちゃん〜? 皆の無事を確認して〜、あと落ち着くように〜。」
「・・・はい。」
冥那は微笑むと、顔を前に向け男を睨んだ。
「うちの生徒達に何かごようかしら〜?」
フリノは鼻で笑った。 左手を前に振る。
「やれ。」
ワニを思わせる2鬼の精霊獣は、口から霊波の塊を吐き出した。 冥那の胸で印が組まれる。
「禁!」
手から式神を通して結界に気が流れる。 どどっ だんっ! ばしゅっ どんっ! 振動が結界の中に伝わる。
「先生・・・」
「せんせ〜・・・」
「大丈夫よ〜、私に任せて〜。」
足が震えそうになり、膝に力をいれぐっと踏ん張る。 どんっ ばきっ! ががんっ
「むう〜〜〜!」
霊力を高め、さらに式神に気を送る。 ワニ頭は尽きることなく霊波を吐き出してくる。 どおおおんっ
「!?」
「・・・・何?」
違う場所の爆発音に、多くの目が行く。 ぶわんっ 砂ぼこりの立ちこめる校門から、黒いバイクが走ってきた。
「・・・ヒカリちゃん!?」
フリノは左手を黒いバイクに向ける。 1鬼の精霊獣がバイクに向かって跳んだ。
「!?」
精霊獣・・・・ ヒカリはブレーキをかけながら車体を横に振る。 左手が破魔札を掴み、突っ込んでくる精霊獣に左手を突き出す。 当るんでしょ・・・ カオスさん信じてるからね・・・ 当たって!
「念!」
ざしゅっ! リーチ差でワニ頭の胴を貫いた。 煙のような残骸が通り抜けると、同時にヒカリの剣も消えた。
「・・・・・」
こいつは・・・ フリノはバイクから降り、ヘルメットを脱ぐ長い髪を首の後ろで束ねた女を黙ってみていた。 リュックを置くと、ヒカリは冥那達の方に歩いた。 その瞳はフリノから離さずに。
「行け!」
もう1鬼のワニ頭が、口を唸らせ跳びかかって来た。 くっ。 ヒカリは右手の指に破魔札を挟み、かがんで居合にかまえる。 消費が激しい・・・温存しないと持たない・・・? 鋭い爪が振り下ろされる前にヒカリは踏み込んだ。 剣よ・・・・・!
「念!」
青白い一線が走った。 ばしゅう・・・ 引き裂かれた精霊獣が消えた時には、振りかざした右手をゆっくり下ろすヒカリが残った。
「・・・・・」
ヒカリは冥那達の前まで来ると、フリノに体を向けた。
「全員無事?」
「何とか〜。」
「ここ以外の人は?」
「わかんない〜、でも普通科の子達はもう帰ったから〜、職員室の先生が何人かいるだけだと思うわ〜。」
「・・・・・冥那ちゃん、皆を出しちゃ駄目だからね?」
「うん・・・ヒカリちゃん〜、あの人やっぱり・・・・」
「目的は多分生徒達だから。」
腰の剣に目が行く。
「絶対出しちゃ駄目だからね!」
「う、うん。」
ヒカリはフリノに向かって歩いた。 フリノは動かず、ヒカリを見つめていた。 もういいかな・・・ 適当な距離をおいて止まる。
「・・・アリマトであの子達を切るつもりだったのかしら?」
「たいしたもんだ。 生身で精霊獣を切り裂くとはな。」
「どうも。」
「・・・・・そうか、はっははははは、お前、横島だな!?」
「何?」
「そうか、 こんな所でお前に会えるとはな!」
「何言ってるの?」
「会いたかったぞ・・・」
「・・・・・じきにICPOも来るわ。」
「ふっ。」
フリノは長刀を抜いた。 両手で逆手に持つ。
「残念だったな。」
どかっ グランドに突き立てられた長刀から光が走る。
「!?」
四方に走り去った光はすぐ見えなくなった。 ヒカリはフリノから目を離さずにいた。 長刀を観察し、地面に目をやり、視点を上げた。 フリノの口が動いているのが目に付く。
「! しまった!」
走り出すと同時に右手が霊波刀を出す。
「捕らえよ! 其のもの!」
ぶわっと霊圧が押し寄せ、身構えたヒカリの足が止まる。 少し離れた空で、四方から光が線を引くように集まると、1点で交わるのが見えた。 空気の感じが変わったのが肌で感じられる。 フリノが長刀を抜くのが目に入り、ヒカリは後ろに跳ぶと改めてかまえなおした。
ひゅんっ 土を振り払い、フリノは長刀を右手に持って担いだ。
「悪いが逃がすつもりはない。」
「・・・・・」
「せっかく来たんだ。 お前も仲間に入れてやる。」
フリノはヒカリに向かって歩き出した。
AM11:30 愛知県警屋上ヘリポート
マリアがヘリに乗り込み、タマモも髪を振り回されながら足をかけた。
「タマモさん!」
「?」
顔だけ振り向くと、息を切らした桜井が膝に手をついてこちらを見ていた。
「・・・・・」
顔を前に戻して両足を乗せてしまう。
「出して。」
「はい。」
機体が浮き、足元がやや傾く。 ドアに手をかけると、桜井が目に付く。
「ちょっ・・・待って・・・・」
桜井はヘリに向かって走ってきた。
「・・・・・」
がちゃっ ヘリは上昇した。 桜井はヘリポートの端まで来ると、ヘリを見上げた。
「あっ・・・」
もはやヘリの中は見えず、プロペラの音が響いた。
AM11:32 六道女学院多目的ホール跡前
近づいてくるフリノに、ヒカリの右足が1歩さがる。 口元が緩むと同時にフリノは走り出した。 ヒカリは霊波刀を正面にかまえる。 互いに振りかぶる。 がきっ 弾き合った長刀と霊波刀が再び振り下ろされる。 ぎゃりっ 読みがずれ、2本の剣はお互いの右側に大きくすべった。 その勢いに体も引っ張られる。
「!」
「くっ!」
ヒカリは右足を突き出して踏ん張り、胴を狙おうと霊波刀を切り上げた。
「!?」
限界まで開かれた口が目の前にあった。 ワニの頭をした精霊獣はヒカリに喰らいつき、飛び出た勢いでそのまま空に飛んだ。
「ああああっ!」
腹の傷に牙が食い込んだ。 右手ごと体が挟まれていたが、傷口が開いたような痛みだった。 血が吸われた。 嫌でも涙が出た。 左手がお尻のポケットに伸びる。
「わあああっ!」
どしゅっ 破魔の文字が浮かび上がった剣がワニ頭の胴を貫いた。 精霊獣が消え、ヒカリは20メートルの上空に放り出された。 かろうじて開いていた目には、空が流れるように見えた。
「ヒカリちゃん!」
言い終わらないうちに結界からシンダラが飛び、落ち始める前にヒカリをその背に受け止めた。 上空を旋回する鳥を見上げながら、フリノは左手をそれに向けた。
「! 式神か・・・!?」
結界の方から蛇のようなそれが牙をむき出して迫って来た。 長刀でそれをなぎ払う。 続いて3鬼の式神が来るのが見える。
「そんな余裕を・・・!」
フリノは長刀を投げつけた。
「くれてやった覚えはない!」
フリノはアリマトを引き抜く。 アンチラ、夜叉丸、ビカラの間をすり抜け、長刀は結界に突き刺さった。 切っ先が冥那の腹を突く。
「ぐっ・・・」
「先生!?」
「いやあああっ!」
「誰か! ヒーリング早く!」
結界に突き刺さったままの長刀を抜き、生徒たちが服で冥那の腹を縛る。 冥那は両足で踏ん張ると印を組んだ手にさらに気を込める。 足に流れる生暖かい液体がやけにゆっくりに感じられた。
「だ・・・いじょうぶよ〜、皆、落ち着いて〜。」
アンチラの耳を後ろに跳んでかわして精霊石を投げつけると、フリノは右から来る夜叉丸の蹴りを自らの足が地に着く前に切り飛ばした。 どがああんっ 吹き飛ばしたアンチラの後からビカラが口を広げて現れた。 着地と同時に体勢を低くして左手を地に着き、一足飛びでビカラを切りつける。 ずばっ 胴切りにされたビカラも、影となって消えた。
「!?」
振り返って見上げると、空から霊波刀を左手に、ヒカリが影となって落ちてきた。
「っつ!」
目を細め、アリマトを突き出す。 ヒカリも霊波刀を突き出した。 二の腕をアリマトがかすめ、狙いがずれる。 霊波刀がフリノの肩を裂く。 どかっ 体と体が激突してフリノは倒れ、ヒカリはその向こうまで吹っ飛んだ。 息をつく間もなく起き上がり、起き上がりきる前に剣が互いの首を狙う。 わずかに出遅れたフリノは狙いを首から霊波刀に変える。 がきんっ 霊波刀を弾き返し、左手で精霊石を投げつけた。 右手から先ほどの鳥が飛んでくるのが目に付く。 どごおおんっ
「邪魔な鳥だ・・・!」
ヒカリを乗せたシンダラは素早く上昇すると、そのまま冥那の張った結界の前にヒカリを運んだ。 フリノは切り裂かれた肩口に手を当てた。 骨も神経もやられてない・・・ かすめただけか。 押えた左手を離し、手のひらについた血を服でぬぐった。
「冥那ちゃん・・・生きてる?」
「何とか〜。」
ヒカリは左の二の腕を押えながら半透明の結界にもたれかかった。 深くはないけど・・・ 参ったな・・・ フリノが右肩に何か巻いているのが目に入る。 背中の噛まれた跡から結界に血がついた。 右手で左腕を押えたまま、左手で腹を押えてヒーリングをかける。
「ヒカリちゃん、結界に入って〜。」
「できればそうしたいんだけどね・・・」
頬が緩んでにやけてしまう。
「先生! 結界を解いてください!」
「え〜!?」
「?」
「このままじゃどのみち殺されちゃうんでしょ!?」
「そうですよ! だったら戦わせてください!」
「無理よ〜、相手は・・」
ヒカリは両手を顔の前に持ってくると、フリノを視界に入れたまま軽く何度か指を曲げた。
「・・・・・」
右手は今押えていた傷の血がべっとりついていた。
「やってみなきゃ・・」
「いかせてください!」
「あのね〜・・」
「先生!」
「冥那先生!」
「ひかりちゃ〜ん、どうしよ〜?」
「・・・・・」
つばを飲み込み、ヒカリはフリノがこちらを見て、こちらに歩いてくるのを睨んだ。 どうする・・・
「戦わせてください!」
どうする・・・
「先生!?」
どうする・・・
「ひかりちゃん〜!」
・・・・・・・・・・・・・・・・どうしよう・・・・父さん・・・母さん・・・・