GS美神 ひかり
第七話 コクーン
AM11:41 六道女学院多目的ホール跡前
ヒカリは結界に刺さった長刀に手をかけ、足を踏ん張り腹に力を込める。
「ふっ!」
じゃがっ 引き抜いた勢いで180度回転し、フリノに対して両手で長刀をかまえる。 切っ先から冥那の赤い血が刃を垂れる。 歩いてくるフリノの頬が緩む。
「冥那ちゃん、非常用の結界があったと思うんだけど?」
「クビラちゃん〜!?」
大きな瞳が赤く光り、冥那の頭に映像が流れ込む。
「大丈夫〜、壊されてないみたい〜。」
「結界を一面に展開して皆をそこに誘導して。」
「で、でも〜、精霊獣がいるし〜、皆言うこと聞いてくれないかも〜。」
「そういうのはほっといていいわ! あと虎君貸して!」
長刀を握る手に力が入る。 アリマトがかすめた左腕から血が噴き出し、ほつれかけた包帯に血が染み込んだ。
「私達だって戦えます!」
「そうですよ先生!」
「ヒカリちゃ〜ん、血が〜。」
ヒカリの白いシャツは、もう半分赤かった。 どごおおおおんっ!
「!?」
「!?」
「!?」
結界を殴った左手の甲から血が出る。 体は前を向いたままで。 フリノの足が止まるのが見える。 生徒たちは静まり、ヒカリと冥那を見た。
「冥那ちゃんお願い、もう余裕がないの。」
「・・・・・わかった〜!」
「ありがと。」
再び左手を柄に添える。
「皆〜! 中庭の記念碑の前にいくわよ〜!」
各々の顔に緊張が浮かぶ。
「10分でいけると思うわ〜。 すぐ戻るから〜。」
「いいよ、そこで待ってて。」
「じゃあ〜・・」
「職員室は私が見に行くから、式神で皆を守ってて。」
「・・・うん。」
「・・・・・行くわ!」
「メキラちゃ〜ん!」
結界から飛び出したメキラはヒカリを背に、フリノに向かって駆け出した。
AM11:47 六道女学院正門前
「やはり駄目です。 全体が結界に覆われていて、中に入れません。」
「くそっ、先手を取れたと思ったんだが。」
西条は車のボンネットを叩きつける。
「処理班を全部竜野宮に回してしまったのが裏目に出るなんて・・・!」
「西条さん、理事長の話によると、現在六道女学院の中には職員数名、霊能科の生徒が400人ほどいるそうです。」
「生徒を狙ったのか?」
「おそらく・・・・しかし中に理事長の娘さんがいらっしゃるそうです。」
「冥那君か・・・」
「あと、目撃情報によると、黒いバイクが入っていったとのことですが。」
「何だ? シーラムのことか?」
「長い髪の女・・・だそうですが・・・・」
「・・・・・」
「何か心当たりでも・・・?」
「いや、それより竜野宮原発のほうはどうだ?」
「まだ何も。 ですが住民の避難、警備のほうは完了したそうです。 ザンスのSPの方も数名来てくれたそうです。」
「あっちは任せるしかないな。」
「しかしこの結界、我々だけでどうします? 迂闊に手を出しては爆発しかねませんよ?」
「もうすぐ専門家が来る、それからだ。」
西条は改めて結界を見上げた。 ピラミッド型のそれは、青みがかった半透明の壁と、白い霧によって中のものを見せなかった。
PM 12:00 六道女学院多目的ホール跡前第2グランド
「はあっ、はあっ、はあっ・・・」
がきんっ
「!? メキラ!」
ひゅばっ アリマトが空を横に裂く。 5メートルほど後ろにテレポートしたメキラは再びフリノの視界から消える。
「後ろか!?」
右回転で振り向きざまに背後の気配を切りつける。 アリマトよりも一瞬遅れていたフリノの瞳は、切り裂いたそれが破魔札であることを確認した。
「念!」
どごおおおんっ 砂煙が舞い上がる。 ヒカリは胸の前で組んだ印を解くと、グランドに突き刺した長刀を抜いた。 メキラが体勢を低くしたので、ヒカリの体も沈んだ。
「ぐるるるるっ」
「!?」
ぶわっ 煙を突き破り、ワニ頭の精霊獣が飛び上がった。
「何鬼持ってるのよ。」
ひゅおんっ 土を振り払い、長刀を右手に左手でメキラの毛皮を掴んだ。 メキラの毛皮が赤く染まる。 ワニ頭の左手に掴まれていたフリノは、メキラの背のヒカリを見つけると切っ先を向けた。
「ぐおおおおおんっ!」
巨大な霊圧が閃光となって吐き出された。 左手が胸ポケットから退魔札を取り出す。 血で塗れた札が何枚も零れ落ちた。
「退け其の者!」
ばしゅううっ 受け止めた霊気が拡散する。 体が沈み、メキラが踏ん張っているのが体で感じられる。
「くうううううっ!」
長刀を離した右手が左手首を掴み、霊気を込める。 持たない・・・ 一瞬にして退魔札が燃え尽き、ヒカリはメキラと共にテレポートをするのを感じた。
PM12:15 千葉県竜野宮原子力発電所付近某ビル屋上
「何でだ! どうしてわかったんだ!?」
「さあな。」
ミリアは双眼鏡から目を離すと柵を背にしてもたれ、空を見上げた。
「テルが情報を漏らすとは思えないが・・・ まずいな。」
「どうする?」
男はミリアと同じように柵を背に空を見上げた。
「フリノのことも気になる、中止だ。」
「まてよ、あの程度の警備なら蹴散らせる。 俺は行くぞ。」
「無理だ、それにアジトのこともある。 今は急いで立て直しが必要だ。」
ミリアは柵から背を離し、階段へ足を進めた。
「・・・・・」
足を止めたミリアは振り返った。
「ゲイル、馬鹿こと考えるなよ。」
「・・・・お前は行けよ、俺はこの時の為に今まで生きてきたんだ。 この国のやつらが俺達にしたこと、思い知らせてやる!」
男は右腕を空に掲げた。
「おい!?」
ミリアが1歩足を戻した時には、精霊獣が真っ直ぐに飛び去った。
PM12:20 六道女学院正門前
「簡単に言うとこうじゃ。」
カオスはパトカーのボンネットの上に広げられた見取り図に赤いマジックを走らせた。
「4つの高エネルギーを持った精霊石で四方を囲み、術者の霊力に共鳴することでピラミッド状の結界を作り出す。 ある程度精霊石の方にも細工が必要じゃろうが、まあ、この手のものはたいてい術者の霊力に大きく左右されるな。」
カオスの反対側から覗き込んでいた西条が肘を着いたまま軽く右手を挙げた。
「解体することは可能でしょうか?」
「この結界を張った奴は中に居るんじゃろう?」
「ええ、おそらくは。」
「ふん。」
パトカーから離れると、カオスは結界のそばまで歩いていった。 西条が後に続いた。
「カオスさん・・・・?」
カオスは黙って霧がかった結界の中を見つめていた。
「おい西条。」
「はい。」
「この付近は避難させてあるのか?」
「念の為、半径1キロ内の住民に避難はさせてありますが・・」
「マリアはあとどのくらいで着く?」
「まだ1時間以上はかかります。」
「うーーーん・・・」
「・・・・・」
カオスは腕組みをした。
「何とか中の様子を知りたいところじゃな。」
「ええ、しかし電話線も駄目で、電波も届きません。 霊波による干渉も受け付けません。」
「お前、中の生徒らが生きていると思うのか?」
「ええ、結界が張られ続けているのがその証拠だと思います。」
「そおかのお?」
カオスがぼりぼりと頭をかくのを見て、西条はわずかに目を細めた。
「それにヒカリ君が中に居ますから。」
「何じゃと!? ヒカリが!?」
「ええ、だからきっと、中の生徒たちは無事ですよ。」
「・・・・・」
PM12:30 六道女学院校舎普通科棟3F廊下
どんどんどんっ 窓を突き破って飛び込んでくる霊波が足元を崩す。 ヒカリは廊下を走るメキラに両手でしがみつきながら、背後の廊下が崩れ落ちる音を聞いた。 校舎に平行して追うように飛んでいたワニ頭は、その右手にフリノを乗せていた。
「横島・・・・!」
精霊獣石を握る左手に力が入る。
「来る!? メキラ!」
背筋に寒気が走ったのを感じたヒカリは、メキラの腹をかかとで蹴った。 どがあああああんっ! がらららっ ずんっ! どんっ がらん・・・ 教室を挟んでさらにその向こうの霊能科棟にテレポートした。 吹き飛んだ校舎を背に、教室のドアをメキラがぶち破る。
「あった!」
メキラから降り、棚にかかっている霊体ボーガンと矢の束に手を伸ばす。
「がうっ!」
「!?」
見つかった・・・? 押しつぶすような霊圧が迫ってくるのが感じられた。 ヒカリは両手に握った霊体ボーガンと矢を落さないようメキラに飛び乗った。 ドアの向こう側、廊下のそのまた向こう側の窓の外から霊気の塊が収束しているのが見えた。
「メキラ!」
がああああんっ!
PM12:40 六道女学院正門前
カオスは見取り図に書かれた赤い四角形のそれぞれの角にマジックで丸を打つ。
「この精霊石それぞれに外側から霊力を無効化させる結界をかけ、4つを同時に起爆させる。」
「起爆?」
「うむ、そしてそれと同時にピラミッドの頂上に穴を開け、爆発の力を外に逃がせ。」
「確かにそれなら中の被害を少なくできますが・・」
「外のわしらには影響は及ばんはずじゃ。 安心せい。」
「六道理事長によると、生徒達は一応避難訓練でいざという時は非常用の結界に避難することになってますが・・・・」
「それを確かめれんのが痛いのう。」
「ええ、それに例え結界の中でもどれほど防げるか・・・」
「しかし時間をかけても中の者にとってはいいことはないからな。」
「こんな時にタイガー君がいれば・・・」
「で、どうする?」
「・・・・・やりましょう。」
「うし。」
西条はワイシャツの袖を捲り上げると、ネクタイを外した。
「手元にあるだけの封魔札を集めろ! それと貫通弾とライフル4丁! あとロケット砲と精霊石弾頭だ! 急げ!」
「はっ!」
「マリアは間に合わんかのう。」
「いてくれると助かるんですが、時間が惜しいですからね。」
「燃料がなけりゃ飛べんからな。」
「・・・・・即席ものになりますが僕が結界を作ります。」
「完全な円陣は作れんじゃろうが、ま、おぬし次第じゃな。」
トレーラーの荷台の後扉が開けられ、いくつものトランクが運び出された。 西条とカオスはそこに向かって早足に歩いた。
「西条さん、封魔札と貫通弾は揃ってます。 一応、弾頭弾もありますが、かなり強力ですよ?」
「でなきゃ困るんだ。」
一台のパトカーから一人の男が叫んだ。
「西条さん! 竜野宮に精霊獣が現れました!」
「来たか!? 状況は!?」
西条はパトカーまで走った。
「それが・・・」
「貸せ!」
無線マイクを引ったくった。
「僕だ。」
「あっ、西条さんですか?」
「桐原君、状況は?」
「敵は1鬼の精霊獣ですが、結界トレーラーが3台破壊され、死傷者が数名出たようです。 ザンスSPの方が何とか食い止めているようですが・・・」
「たった1鬼に、そんなにか・・・」
「島崎さんからの情報とザンス王国からのデータを照合した結果、該当者が出ました。 ゲイル・ヒュンスター、元王室の側近として働いていたのですが、8年前からシーラムに所属し・・」
「島崎に伝えてくれ、すぐに行くからそれまでもたせろと!」
がっ 無線を投げつけると西条はトレーラーに走った。
PM12:45 千葉県竜野宮原子力発電所
「貫通弾はもうないのか!?」
「あと2,3発ぐらいなら!」
「ああっ!」
空を見上げた島崎は、SPが噛みつかれ、精霊獣が引き裂かれるのを見た。 顎に力を入れたそれは、SPを胴から食いちぎり、捨てた。 これで味方はあと2鬼か・・・ ぐしゃっ! 血しぶきが飛んだ。 落ちてきたものを見ないようにして島崎は声を張り上げる。
「援護しろ! 撃て!」
涼介は精霊獣の背に足をかけ、左肩に自分の左手をかけながら右手の拳銃をかまえた。 その中指には緑色の精霊石が強い光を放っていた。
「!?」
ばばばばばっ、ばばっばっ! いくつもの黄色い光が地上より伸び、黒い獅子の頭をした精霊獣は、背中の主を守るために腕を前にして地上に正面を向けた。 涼介はそれの上を取るように上昇し、背後から一気に降下する。 肩にかけた左手が風圧で冷たくなり、浮いている体は精霊獣に引っ張られた。
「上か!?」
ゲイルは獅子頭の背に座るような形で振り向くと、ライフルを涼介に向けた。
「がきが・・・・邪魔するな!」
どんどんっ! かちっかちっ・・・ 弾切れか!? ゲイルは腰のナイフに手を伸ばした。涼介は手を精霊獣から離した。 わずかに軌道がずれ、閃光が体の下を走り抜ける。 右こぶしを握る。 喰らえ・・・! 全身が熱くなり、霊波が体を覆うのが感じられる。
「おおおおおりゃあああ!」
突き出した両腕が黒とダークグリーンの鎧に覆われ、手首の辺りから白い30センチほどの剣のような牙が伸びる。 霊波が完全に物質化したのを感じた時、ナイフをかまえるゲイルの顔が正面にあった。 どがっ!
「ばっ・・・・!」
激突の反動が体全体で感じられた。 右手の牙はゲイルのわきの下を通り抜けたが、左手の牙は根元まで胸の真ん中に食い込んでいた。 抱き合うような形で空中に放り出された。 バランスを崩し、それほど早くないにしろ、くるくる回りながら落ちていた涼介は、ゲイルの胸に左足をかけると、左の牙を引き抜いた。
「ふんっ!」
ぶしゅううっ 血しぶきが飛び散るのが横目に見えた。 引き抜いた勢いで横に回転したため、ゲイルが視界から消え、代わりに迫り来る地上が見えた。
「くっ、精霊獣!」
右こぶしに力が入った。
同時刻 六道女学院職員室
「・・・・・」
ヒカリは肩で小さく息をしている女性の体を抱き起こした。
「ここの先生ですね。」
「・・・・はっはっはっ・・・あなた・・・・誰・・・・?・・」
左肩を胸まで切り裂かれたその女性の傷口に、ヒカリはそっと手のひらを当てた。
「GSです。」
「ぐっ・・・・あっ・・・はっはっはっはっ・・・・突然っ・・・はっ・・・男がっ・・・」
「しゃべらないで。」
ヒカリの頬を汗が流れ、顎まで来たそれは雫となって落ちた。 ・・・・・治らない、この人もアリマトで切られてる。 ヒカリは女性の顔を見た。 目をきつく閉じたその顔は、汗と涙でにじんでいた。 抱き起こした体は呼吸で小刻みに上下していた。
「・・・・助けて・・」
女性の右手が傷口に当てていたヒカリの左手首を掴んだ。 思わず体がこわばった。
「はっはっ・・・痛い・・・死にたくない・・・・お願い助けて・・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
・・・・・ごおおおおんっ 廊下から爆音が響いた。 顔を挙げ、そちらを見た。
「・・・近い。」
ヒカリは女性を寝かせ立ち上がろうとした。
「!?」
女性の掴んだ手の力に、ヒカリは立ち上がりかけた体を再び沈めた。 ぐしゃぐしゃにゆがんだ女性の顔が目に入る。
「痛い・・・痛い・・・・」
助けられない・・・
「ここで待ってなさい。」
私はあなた達を見捨てる・・・
「後で必ず助けにきますから。」
それが私の仕事だから・・・
「もう少し我慢して。」
ヒカリはゆっくり床に寝かせると、手のひらで女性の目をそっと閉じさせた。 女性の手の力が緩んだ。 ヒカリはそれを振り解いて立ち上がり、廊下への入り口へと走った。 デスクに置いておいた霊体ボーガンと矢に手を伸ばし、ドアに手をかける。 その矢には1つ1つに破魔札が縛りつけられていた。 がらっ 廊下の角を曲がって自分を乗せたメキラが走ってきた。 メキラにまたがっていたヒカリの顔が崩れ、マコラがもとの姿に戻った。
「こんな仕事さっさと終わらせる。」
マコラが伸ばした手を掴み、走り抜けるメキラに飛び乗る。 マコラの後に乗ったヒカリは、そのぐにゃっとした感触に掴まりながら首だけ何とか後を振り向いた。 廊下を曲がった勢いで壁を擦りながら飛んでくるワニ頭が見えた。 その手に座ったフリノに目が行く。
「今度こそ・・・・逃がさん!」
フリノは笑っていた。
「娘に面倒ごとを残さないでほしかったな。」
「やれっ!」
ワニ頭は口を尖らせ、噴き出すように霊気の塊を吐いた。
「マコラ、皆は避難したの!?」
「きいっ!」
「OK、メキラ!」
「がうっ!」
メキラはサイドステップを踏み、壁をテレポートで超え、砂利の敷かれた校舎横の並木を駆け抜けた。 どどおおんっ! 壁をぶち破り、フリノが外に出、追って来た。
「しつこい!」
ヒカリは上半身をひねって振り返り、ボーガンの引き金を引いた。
PM12:50 六道女学院正門前
「本当か、桐原君!?」
「はい、襲撃をかけて来たシーラムは、SPの方とザンス大使館が雇った民間GSによって死亡しました。」
「わかった、島崎にくれぐれもよろしく言っとくよう伝えてくれ。」
「はい。 竜野宮原発はこのまま警戒態勢におきます、よろしいですか?」
「ああそうしてくれ。」
「西条さん、そちらも気をつけて下さい。」
「そのつもりだよ。」
無線マイクをかけると、乗り入れていた上半身をパトカーから出す。
「よおおおおおしっ、竜野宮は守りきった! こっちも片付けるぞ!」
「はい!」
部下に指示を出す西条に、カオスが後から声をかけた。
「西条。」
「はい?」
「今マリアと連絡をとった。 燃料の残量を考慮すると、そろそろマリア自身で飛んで来れる。 あと2,30分で着くじゃろう。」
「ならそれまでに結界を完成させます。 マリアにはロケット砲を任せたいのですが。」
「ふっふっふっ、任せろ。 着弾のタイミングをふまえて、もう、撃つタイミングも計算してあるわい。」
「頼みますよ。」
「安心せい、わしにぬかりはない。」
わっはっはと笑うカオスに、西条は苦笑いを返した。
PM12:52 静岡県東端上空
「予定ポイント到着、ミス・タマモ、いつでも・行けます。」
「OK,ドアロック解除して!」
「了解。」
左腕のないマリアを押しのけ、タマモはドアに手をかけた。 ぶわっ
「おわっと。」
思わず後に倒れこんだタマモをマリアが支えた。
「大丈夫ですか、ミス・タマモ?」
「ふう、びっくりした・・・」
起き上がったタマモはマリアと入り口の天井に手をついて立った。
「噴射の衝動で・間接部に負担がかかります。 よろしいですか?」
「よろしい、よろしい。 さっさと行くわよ?」
ゴーグルをつけると、タマモは左手でマリアの右手を握った。
「はい、OK。」
「イエス。」
ヘリから飛び降りたマリアはすぐにジェットノズルを噴射させた。 うわっ・・・ 近づくと思えた地上は一気に遥か後の景色となった。 肘と間接が外れたように感じた。 耳が痛かった。 首を何とか前に向けた。 スピードが上がるのがわかる。 ・・・・死んでないとは思うけど。
PM01:14 竜野宮原子力発電所シーラム対策指揮所(テント下)
「あの。」
「あっ、きみは・・・・」
涼介に声をかけられた島崎は椅子から立ち上がった。
「今回の協力は本当に感謝しています、伊達さん。」
涼介の手を取ると、島崎は両手でそれをぶんぶん上下した。
「はっ、はあ。 仕事ですから。」
「いや〜、言うことも親父さんそっくりだ。」
「父のことはいいです。 それより、六道女学院の方はどうなりましたか?」
「もうすぐ結界を破るために何かするみたいだけど・・」
「俺も行っていいでしょうか?」
「え?」
島崎は握って汗ばんだ手を離すと、長机にもたれるように座って右手で頭をかいた。
「う〜ん・・・、今すぐ奴らが来ることもないだろうが・・・、ま、どのみち僕の権限じゃきみを引き止めることはできんからな。」
「! ありがとうございます。」
涼介は顔を緩めると一礼して走り去った。 その後姿を、島崎は笑って見送った。
PM01:27 六道女学院正門前
「最終確認をする!」
西条は無線を持って結界を見つめていた。
「カウントにあわせて同時に4つの精霊石を貫通弾で起爆させる。 各ポイント準備はいいか!?」
「Aポイント、OKです。」
「Bポイント、OK。」
「Cポイント、今、配置につきました。」
「Dポイント、準備完了です。」
「よし、マリア、準備はいいか!?」
西条は右斜め前方で右腕にロケット砲を固定したマリアに目をやる。
「イエス、ミスター・西条!」
マリアは振り向かなかったが、ひじまでしかない左腕を上げて応えた。
「ピラミッドの頂上部より爆風が飛びきれば結界は消える! 結界が消えたのを確認次第突入する! 優先されるのは生徒と職員達の避難だ! 怪我人は速やかに応急手当をして病院に運ぶ、いいな!?」
「了解!」
西条は右手の無線を下ろした。
「よし・・・」
「・・・・本当なんでしょうね? ヒカリが中にいるってのは。」
ジーパンのポケットに手を突っ込んだタマモは、西条の後から歩いて近づいた。
「ああ、きみの携帯からもつながらないだろ?」
「ええ。」
「目撃証言からも、ヒカリ君のバイクに間違いないだろう。」
「・・・・・」
「心配かい?」
「ええ、まあね。」
「ふっ。」
西条はばしっとタマモの背中を叩いた。
「きみはすぐにヒカリ君を探してやってくれ。」
「・・・・・・・・」
タマモはずっと結界から瞳をそらさなかった。 ヒカリ・・・・もうすぐ結界を破る、アリマトが有るなら何とかしなさい・・・・・・!
PM01:29 六道女学院多目的ホール跡前第2グランド
タマモ・・・・・・? 何か来るの・・・?
「ききいっ!」
「えっ!?」
ヒカリを後に引っ張り投げたマコラは首から胴にかけて切り飛ばされた。 メキラから転がり落ちたヒカリが手をついて立ち上がった時、ワニ頭に頭から食いちぎられるメキラが影となって消えた。
「メキラ! マコラ!」
影を突き破ってワニ頭の背に乗ったフリノが突っ込んできた。
「もう、式神はあるまい!」
「このっ!」
散らばった矢を拾う間はなかった。 霊体ボーガンを左手に持ち替え、右手の人差し指と中指で破魔札を挟み、ワニ頭に向かって走った。 これが最後!
「!?」
フリノが後ろに跳んだ。 時間差を狙うの・・・? でも先にこいつをやらないと・・・!
「切り裂け! 念!」
ワニ頭を頭から唐竹割りにすると、その後にはまだ地に足が着いていないフリノがアリマトを振り被っていた。 右手の剣が消え、左手の霊体ボーガンを突き出す。
「!」
「!?」
引き金を引く瞬間にアリマトの刃が霊体ボーガンに食い込んだ。 アリマトを持ったフリノの右腕に矢が突き刺さる。 力負けしたヒカリは後にバランスが崩れるのがわかった。 やられる・・・!? 右手が口の前で印を組んだ。
「念!」
ばん!
「ぐはっ・・・!」
矢に結ばれた破魔札が起爆し、フリノは左回転で横に吹き飛んだ。 右腕がひじから吹き飛び、血と肉片が飛び散った。 ヒカリの瞳は、吹き飛んだ右手の握ったアリマトを追った。 どすっ ずざざっ 尻餅を着いたヒカリと転がったフリノは同時に地に落ちたアリマトに目をやった。
「ア、 アリマトを・・」
「触るな!」
アリマトに手を伸ばしたヒカリに、フリノは左手から霊波を放った。
「ちょっ・・」
ががあがあがん・・・・! 地を削って迫るそれに、ヒカリはアリマトと反対側に吹き飛ばされた。 ざしゃあああっ
「つう、痛・・・・」
まだ血の止まらない左腕が擦れ、顔をしかめながらもアリマトに目をやる。
「!?」
フリノが左腕でゆっくりとアリマトを拾い上げるのが見えた。 慌てて立ち上がるが、頭がふらつき、目が霞んだ。 フリノが血が流れ落ち続ける右手に何かしているのがぼやけて見える。 顔がこちらを向いた。
「・・・はははっ・・・さすが横島・・・・楽しませてくれる。」
口の端がつりあがっていた。 食いしばった歯が見える。
「・・・はっ、笑ってるの? あなたおかしいわよ。」
「ふっ・・・ああ、そうだろうよ。 残念だが今日はここまでだな。」
「!」
閃光と共に鎧に身を包んだ騎士が現れた。 空よりも青いその色に、ヒカリは一瞬目を奪われた。 精霊獣はフリノを抱きかかえると飛び上がった。
「逃がすわけには・・・・!」
ヒカリは首にかかっているチェーンを掴んでシャツの中からコクーンを引っ張り出すと、霊力を込めて投げつけた。
PM01:34 六道女学院正門前
「カウントを開始する!」
パトカーの後まで後退した西条は、腕時計の秒針に目を置きながら無線に怒鳴った。
「・・・10,9,8,7、・・」
「結界内部・高熱源探知!」
どごおおおおおおおんっ! ピラミッドの頂上部を巨大な火柱が貫き、遥か空の奥まで吸い込まれた。
「な、何だ・・・」
「はて、マリア、お前撃ったかのう・・・?」
「ノー、ドクター・カオス。 爆発ポイント、結界内部。」
霧がかって見えた内部は真っ赤な炎に染まり、結界が徐々に消えていくのがわかった。
「・・・・・・・・・・・! 作戦中止! 結界が消え次第急いで突入! 生存者を救出しろ!」
PM02:05 六道女学院多目的ホール跡前第2グランド
ぼこっ 地面から突き出た右手が大地に手をかけ、ヒカリの上半身を地中から引き上げた。
「ぶはっ! あ〜・・・・・死ぬかと思った・・・・・」
首を後にうなだれると、青い空の上に逆さになったタマモの顔があった。 しゃがんでヒカリの顔を覗き込んでいたタマモはヒカリの頭の土をはたいた。
「何してんの?」
「土遁ノ術。」
「・・・・・・・・・」
「はっ、いいから手貸して。 バイクも掘り起こさないといけないから。」
「バイクまで? よく生きてたもんね。」
ヒカリの前に回りこんだタマモは両手で手を掴んだ。
「当ったり前よ、大事なバイクを〜〜〜〜っと。 ふうっ、ありがと。」
ヒカリは全身をパンパン叩いた。
「さて、次はバイク。」
「待った待った、そういうのはマリアにやらせて。」
「マリア? 来てるの?」
「その他大勢もね。」
「その他ねえ・・・・・あっ、 冥那ちゃん達は?」
「病院行ったわよ、生徒は全員無事。」
「・・・・そう。」
まぶたが重くなり、足がふらついた。 あくびが出た。
「焼き焦げた遺体が2、3、見つかってる。 教師のだとするとちょっと足りないんだけど、吹っ飛んじゃってるから・・・」
「あっそう・・・」
「ねえ、そいつら・・・」
「眠い。」
瞳が閉じた。 後にゆっくり倒れる感じが気持ちよかった。 タマモが体で受け止めた。 首が反動でがくんとなったが、瞳は開かなかった。
「・・・・・ま、後で聞くわ。」
ヒカリの二の腕から垂れた血がタマモの手に沿って落ちる。 とりあえずは小鳩のところか。 だらしなく口を開けて寝息を立てるヒカリを背に乗せ、タマモは歩き出した。