GS美神 NEW事件ファイルシリーズ
FILE-9 「横島達の独立・美神の屈折激励」
著者:人狼
「もう一度言ってみな。」
「はい。今日限りで、俺とおキヌちゃんとタマモの3人はこの事務所を辞めさしてもらいます。」
美神除霊事務所は今までにないほどに険悪な雰囲気になっていた。それでも、横島は美神令子という女の迫力に気圧されながら、しかししっかりと答えた。
「…なんで?」
「それは」
「自分たちの事務所をかまえるためです。」
キヌが横島に続くように言った。
「おキヌちゃん。」
「忠夫さんはずっとそのことを考えてきたんです。そして、私はその忠夫さんにずっとついていきます。」
「…ってえことは? やっぱおキヌちゃんも事務所を辞めるの。」
「…はい。」
「ついでに言うと私もね。」
タマモもキヌの横に進み出ながら言った。
「私はこの二人の弟子になってGS資格を取るの。だからついてく。」
「…あーもう! 勝手にしなさい!」
「!」
「さっきから3人揃って辞めるだの独立するだの好き勝手言って! 半人前のくせにカッコつけんじゃないわよ!」
さっきまでの冷静さはどこへやら。プッツンと切れた美神は言いたいことを言いたいだけ言って、鼻息荒く部屋から出て行った。
「…どうします? 美神さん怒らせちゃいましたね。」
「まあ、予想はしていたんだが、ここまでだったとは…」
「…忠夫さん、タマモちゃん、実はね…」
キヌはそういいながら後ろに持っていた封筒から、一枚の紙を取り出した。
「これ、依頼書じゃない?」
「ええ、そうよ。ちょっとこの依頼書の報酬を見てください。」
「ん? …なに! 除霊した後の建物をただでくれるってか!」
「そうなんですよ! …美神さんには悪いですけど、行くだけ行ってみません?」
「……そうだな、行ってみるか。美神さんも除霊の仕事に行っちゃったみたいだし。」
そういうわけで横島、キヌ、タマモの3人はキヌの持ってきた依頼書の物件へ行ってみることにした。
「…ここか。」
横島は、目の前にたたずむ巨大な建物を見ながら呟いた。
「そうみたいですね。首領格の霊のランクは『B++』で、キマイラよりも1ランク分上ですね。」
「う〜ん、強いんだか弱いんだか…キマイラにもいろいろいるからな。」
「ま、とにかく戦ってみればわかるって。」
霊の強さの微妙さに頭を抱える横島に何故か楽しそうに言うタマモ。
「お前が楽しそうに言うときって大抵…」
「わかってるわね。ってことで、私にやらせて。」
「まあ、強さも強さだし、やらせてみるか。」
「なら、入りましょう。」
話が決まったところで、建物の中に入って行く3人。
建物の中は霊の巣のようなところで、360°どこを見回しても霊しかいないような状態だった。
「うっわー、霊ばっかや…」
「これくらいだったら、私の笛で!」
キヌはそう言って「ネクロマンサーの笛」を取り出し、吹き始めた。ピルルルルルルル!! 吹いた笛の音が霊波に変換され、次々と霊たちをおとなしくさせていった。
「忠夫さん! 今です!」
「おう!」
キヌの言葉にうなずき、横島は『浄』の文殊を作り出しておとなしくなった霊たちに投げつけた。眩い閃光が辺りを照らしつけ、それが落ち着いた頃にはさっきまでうじゃうじゃいた霊たちは、跡形もなく成仏していった。
「一丁上がり。…そうだおキヌちゃん。」
「なんですか?」
「おキヌちゃんはあと、除霊作業しちゃだめね。」
「な、なんででですか!?」
「あのね…おキヌちゃんのおなかには、子供がいるんだぜ?」
横島が呆れたように頭をかいた。
「あ…」
「そういうことで、後は見てるだけね。」
「つーか、もう霊はいないわよ。」
タマモの一言にハッとする横島とキヌ。しかし次の瞬間、別の強力な霊波を感じ取った。
「!」
「まだ一匹いたか…。」
「多分、今回の親玉でしょうね。」
「よし、はりきってたおそっと。」
新たな霊の出現に気を引き締める横島とキヌ。その横でタマモが肩をぐるぐる回しながら張り切っていた。
古びた階段を使って2階に上がると、そこにはザコ霊すらいない状態で、ただただ奥の部屋から強い霊気が滲み出てきているだけであった。
「あんまり霊力が強すぎて、ザコ霊すら集まってきてねえや。」
「そっちのほうがやりやすくていいんだけど。じゃ、行ってくる。」
「気をつけろよ。」
「そっちこそ、久しぶりに夫婦の会話でもしてたら。」
ボッとでも音が聞こえてきそうなほどに急激に真っ赤になる二人を残し、タマモは親玉の霊がいるであろう部屋に入っていった。
「…油揚げ?」
部屋に入ったタマモの目に飛び込んできたのは、一枚の巨大な油揚げだった。タマモがその油揚げに飛びつかなかった理由は、その油揚げから霊気が流れ出ていたから。
「何で油揚げみたいな霊が? もしかしてこいつも、横島の言ってた「キマイラ」の一種じゃ。」
『せっいかーい!』
「うわっ!?」
『よくも僕の正体を見破ったね! ご褒美に君を殺してあげよう!』
バシュッ! 油揚げがしゃべり終わると同時に、タマモは横に退いた。油揚げが何か仕掛けてくることがわかっていたからだ。爆発の衝撃波を受けながらも着地して自分がさっきまでいた場所を見てみると、そこには、ぽっかり開いた穴があった。
「…げ。」
『僕の霊派の破壊力は、君の狐火の威力の何十倍もの威力さ♪』
「…なんで私が妖孤だってわかった?」
『君の霊派の質が、数年前に戦わされた狐と似ていたからさ♪』
「いちいち楽しそうにしゃべるな!」
思わず怒鳴るタマモ。
「なら、見せてやろうじゃないの。私の狐火の威力を!」
ボウッ! タマモが勢いよく狐火を放出する。実は油揚げのさっきの一言が気に入らなかったらしい。
『ひぇ〜〜〜〜〜〜♪』
「…なんだか、余計にムカつく…」
『な、何てことするんだい!? ボディが燃えたら大変なことになるぞ!』
「ははーん。あんた、攻撃力は馬鹿みたいに高いけど、防御力はサッパリないわね。」
『………………』
「図星か。」
『ウルサイウルサイウルサ〜イ!!』
油揚げが怒り狂ったように霊波を乱発してくる。しかし、我を忘れたような攻撃はもはや、タマモに直撃する可能性を限りなく0%としていた。
「…ウルサイは一度でいいの。」
ボウッボウッボウッ! 狐火の3連発が乱発される霊波の間を縫って油揚げに突き進む。普通に考えれば避けられたであろう油揚げだったが、乱発した霊波で視界が狭まっている上に、自分自身が混乱に近い状態のために「避ける」と言うことが出来なかった。
『あ、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!』
「熱いは一度でいい。」
タマモが冷静に返答している間にその存在を消滅させてしまった妖怪・油揚げ。タマモはその場に他の霊がいないことを確認すると部屋を出た。
「おいタマモ! いったい何があったんだ!?」
部屋を出て早々、横島とキヌがタマモのもとへ駆け寄る。
「何があったって、別にこの部屋にいた油揚げを倒しただけよ。」
「…油揚げ?」
「今私が戦ってきた妖怪よ。」
「戦ってたのよね。その割には全然音がしなかったわよ?」
「へ? あれだけ霊波を乱発されたのに?」
タマモと横島の微妙な相違点に頭をひねる3人。
「3人とも勉強不足。」
突然の声に揃ってビクッとする3人。後ろを向くとそこには美神令子と愛子の姿のあった。
「タマモが戦っている最中にも関わらず、外に音がしなかったって言うのは霊的フィールドがそこに出来ていたってことね。」
「そ、それはわかりましたが、何で美神さんがここに…?」
「なによ、私が来ちゃいけないっての!?」
「い、いえ! 全くそんなことはないですよ! アハッハハハハハハハ!!!!」
「実はね横島クン、美神さんもここを除霊しに来たのよ。」
美神に変わって説明する愛子。そして、愛子が美神の脇腹を小突いて何か合図のようなものを送った。
「よ、横島クン、おキヌちゃん、タマモ…ちょっとこっちに来てくれない?」
「?」
「?」
「?」
「い、いいから早くきなさいっ!」
美神に怒鳴られるままに、美神のもとへと集まる3人。
3人が自分の前に集まったことを確認すると、美神は一人ひとりに封筒を渡した。
「ほらっ、ちゃんともらった!?」
「なんすか、これ。」
「よく封筒を見てからいいな。話はそれからよ。」
「…………退職…金? 美神さん、これ…」
キヌが「信じられない」とでも言いそうな口調で聞く。美神はそっぽを向きながらやや小さめの声で言う。
「愛子ちゃんとシロに説得されたのよ。3人の意思を潰すのはよくないって。…いい!? 今回は愛子ちゃんとシロに説得されたから許可したけど、私は絶対に認めないんだからね! あんた達は一生私の部下なんだから!!」
「…………はい。」
「フン、横島クンたちに仕事先取りされてやること無くなっちゃったわ!」
くるりと踵を返し、もと来た道を帰っていく美神。
美神たちが帰ってしまった後、横島は自分の退職金の入っている袋にお金以外の別のものが入っていることに気づいた。
「? なんです?」
「さあ……ああ!」
「これは、私のGS資格試験の紹介状…しかも責任者の名前が二人の名前になってる。」
「美神さん、なんだかんだ言いながらもここまで準備してくれてたんですね…」
「ああ……。」
そういうなりキヌとタマモに背を向け、横島は壁に額を当てた。そして、それきり何も言わなくなった。
「忠夫さん…」
キヌには、横島が泣いていることが人目で感じ取れた。居た堪れなくなったキヌは、横島を背中から抱きしめた。
「………………。」
「忠夫さん…私達、いい師匠を持ちましたね。」
「……ぁぁ。」
横島は、キヌにさえ聞こえるか微妙な声で小さく答えた。