極楽戦隊 ゴーストレンジャー

「 第一話 戦え、ゴーストレンジャー! 」 

Act.1



  
 人々の喧騒が渦巻く東京。 
 摩天楼が空高くそびえる街の、その地下深くの不穏な動きに人々は気付かずにいた。 

「ふ、ふはははは、ふわっはっはっ!」 
 しわがれた男の笑い声が、薄暗い部屋に響く。 
 辺りには、壁一面に据え付けられた怪しげな機械からの低周波音も漏れている。 
「ふふふふ、この天才、ドクトル・カオスにしては手間取ったが、やっと完成したか、 
・・・おいっ、誰かっ! 誰かおらんかっ!?」 
 カオスは、その大柄な身体にまとったマントを翻し、辺りに呼びかけた。 
「はっ、ワッシならここに・・・」 
 すっ、とカオスの傍にひざまずいた巨漢の男がいた。 
「おお、タイガー大佐か」 
「はっ」 
 タイガーは、再び頭を下げる。 
「よし、タイガー、今すぐに一つの作戦を授けよう」 
「はっ、ありがたき幸せですケン!」 
「あの、にっくき警察のメス猫どもを一気に片付けるのだ」 
 カオスの言葉に、タイガーは思わず顔を上げた。 
「は? 猫と申しますと・・・?」 
 途端に、カオスは手にしていた杖でタイガーの額を打ちつけた。 
「ふぎゃっ!」 
「ふん、ブザマよのぅ、猫というのは我々の野望を阻止せんとするあの連中の事じゃ」 
 タイガーは額をさすりながら、あわてて応える。 
「はっ、あの『ゴーストレンジャー』とかいう・・・」 
「そうじゃ、今まで二度ほどじゃが、我々の邪魔をしおったからのぅ」 
「し、しかし、たかが『4人』ぽっちの娘どもですケン、取るに足るとは・・・」 
「ワシは、目の前にちっぽけな虫がちらつくだけでも目障りでなぁ・・・」 
 じろりとカオスに睨まれたタイガーは、もう何も言えなかった。 
「ふっ、おまえにはこいつを貸してやろう、いい働きをするじゃろうて」 
 カオスは杖で部屋の奥を差し示した。 
「・・・・?」 
 タイガーがその方向を見やると、何かの気配がした。 
 ういーん、と微かにモーター音がする。 
 そして、暗闇の中で、青く不気味な双眸が光った。 
  



  
「ワン、ツー、ワン、ツー、ワン、ツー、ワン、ツー!」 
 規則正しいリズムに乗って、床の上をその身体がしなやかに跳ねる。 
「よいしょ、よいしょ、よいしょ、よいしょっと!」 
 サイクルマシンを懸命に漕ぐ、その首筋に汗が光る。 
「どえりゃあ〜〜〜〜〜〜っ、ふん〜〜〜〜〜むっ!」 
 息を荒げてベンチプレスと格闘する、その全身の筋肉が震える。 
「い〜ち、に、い〜ち、に・・・あ〜あ、疲れちゃった〜〜〜〜」 
 のんびりとした声が妙に響き、声の主は壁際に向かうと、ぺたんと腰を下ろした。 
「・・・こらー、冥子、さぼっちゃダメでしょ!」 
「だって〜令子ちゃ〜ん、冥子、疲れたんですもの〜〜」 
 エクササイズのリズムを崩した美神令子、レッドレンジャーは足を止めた。 
「まったくもー、人のリズムを乱すんじゃないっ!」 
 令子はそれでも怒った風でもなく六道冥子、ピンクレンジャーの頭をこずく。 
「そ、そろそろ休みますか?」 
「そうねおキヌちゃん、エミも、ほらちょっと休みましょう」 
 令子の言葉におキヌはサイクルマシンを降り、エミもベンチプレスをやめた。 
「まったくもー、根性ないんだから」 
「いゃ〜ん、エミちゃんまでそんな事いう〜〜」 
「うっさい、なまけものめ!」 
 小笠原エミ、グリーンレンジャーは、冥子にデコピンを食らわした。 
「いった〜〜〜〜い、エミちゃんってば、もー」 
「まぁまぁ、エミさんもそんなにふくれてないで・・・はい、タオル」 
 と、おキヌはみんなにハンドタオルを手渡した。 
「おキヌちゃんって、いっつも優しいのね〜〜」 
「でも、もうちょっと頑張りましょうね」 
 苦笑する氷室キヌ、ブルーレンジャーにピンクは小首を傾げた。 

 ここは 「中央国際警察機構」 (Central-World Wide Wisdom police) の極東支部が 
特別隊員『ゴーストレンジャー』の為に秘密裏に設営した「レンジャー特別基地」の施 
設の一部、「加気圧トレーニング・ルーム」、各種トレーニング器材が装備され、レン 
ジャー達は時間を作ってはここで身体を鍛えていたのだった。 
 だが、レンジャーの使命を帯びているとはいえ、彼女たちもやはり年頃の女性である 
何かにつけお喋りに花が咲いてしまうのは、幾分仕方ない事であろう。 
「エミ、あんたさー、ちょっと太ったんじゃない?」 
「う、うっさいワケ! あんたにそんな事言われる筋合いないワケ!」 
「あ〜、喧嘩なんかしちゃダメって、隊長が言ってたのに〜〜」 
「あ、そうだ、今度みんなで一緒にご飯食べに行きましょうよ、近くにおいしいレスト 
ラン見つけたんですよ!」 
「あ、いいわね、おキヌちゃん・・・で、エミはどーする?」 
「・・・あんたねー、それってイヤミなワケ!?」 
 令子の意地悪げな微笑みにエミは拳を握って睨んだ。 
 おキヌは、そんな二人にやれやれと呆れる。 
 何だかんだ言って、この二人の息の良さは実戦で証明されているのにと。 
 と、ふと冥子が宙を見上げて令子の腕を突ついた。 
「ねー、令子ちゃん〜〜、もう一人のコって、いつ来るのかしらね〜〜」 
「さぁ、本部のリサーチ次第ってとこかしらね」 
 冥子の問いに、令子は少しばかり動揺した。 
 自分たちがまだ『ゴーストレンジャー』として不完全である事に、冥子もまだ不安が 
隠せないでいるのだと。 
 この日本、東京の地に、地獄の使者と称する謎の男「ドクトル・カオス」が現われて 
「カオス党」の名乗りを上げてからというもの、人々は不安と恐怖にさらされている。 
 そんな人々を救う為、結集してきた自分たちであるはずなのに「本当の実力」はまだ 
出せないでいたのだ。 
 理由は一つ、あと一人のメンバーが揃わないからである。 

 過去二回、カオスの手先の魔物を退治はしたものの、今のままではすぐに限界が見え 
てくる。 一人一人の力だけでなく、五人の力がないと、決戦兵器が使えないのだ。 
 おそらく、カオスの次の攻撃は今までより強力になるだろう。 
 それまでに、何とか体制を整えなければ・・・・ 

「ま、考えても仕方ないワケ、そのうちなんとかなるわよ」 
 不意にエミが令子の耳元につぶやいた。 
「・・・・そうね、ありがと」 
 微笑んだ令子は、軽くウインクをして、それに応えた。 
  


  
「・・・でも、美神さんって、本当にじゃんけん弱いですね」 
「ははは、おキヌちゃん、それは言わないで」 
 令子は長い髪をなびかせ、愛車コブラのステアリングを駆る。 
 ご飯の材料の買い出し、令子とおキヌ、エミと冥子がそれぞれペアを組み、互いに交 
代で行う約束が、いつの間にやらじゃんけん勝負で決める事になり、令子はそれにほと 
んど負けているのだった。 
 だが、いい方に考えるとすれば、通常の私服パトロール以外に外出する機会があまり 
ないレンジャーとしては、絶好の息抜きのチャンスでもあった。 
「あ、美神さん、次の角曲がって少し行った所に、洒落た喫茶店があるんですって!」 
 ちゃっかり、街のガイドブックを持ち込んでいたおキヌがはしゃぐ。 
「はいはい、行きますわよ」 
 心得た令子がコブラのノーズをその方向に向けたその時。 
 突然、人影が目前に飛び込み、倒れ込んだ。 

 キキィーーーーーッ! 
 間一髪、跳ね飛ばす寸前に斜めになってコブラは止まった。 
 激高した令子が怒鳴る。 
「何やってんのよっ!死にたいのっ!!」 

 その途端、令子の背筋に悪寒が走った。 
「ギーェ、ギーェ!」 
 おぞましい啼き声が近づいて来た、間違えようがない。 
 カオスの手先の人工ゾンビ「ゾンビット」のものである。 
 そして、倒れていた人影、紫の髪の女がゆっくりと顔を上げた。 
 令子はその瞬間、その正体を悟った。 
「あなた、人間じゃないわねっ!?」 
「ギーェ、ギーェ!」 
 三体のゾンビットが物陰からわらわらと現われた。 
 紫の髪の女はそれを見るや、この場から離れようとした。 
 だが、足元がおぼつかなく、ぎくしゃくと不安定な様子だった。 
「ち、ちょっと、あんたっ!」 
 女を呼び止めようとした美神だが、ゾンビットも迫りつつあった。 
「美神さんっ!」 
 助手席のおキヌが、左手首のブレスレットに手をかけるのを見た令子は叫んだ。 
「ダメッ! おキヌちゃんっ! 変身しちゃダメ!」 
「で、でもっ!」 
「私はアレを! おキヌちゃんはさっきの女っ!」 
「はいっ!」 
 瞬時に反応したおキヌは、紫の髪の女を追った。 
 令子はパシッと拳を叩く。 
「いっちょ、やりますか!」 

 勝負はあっけなくついた。 
 令子は、巧みにゾンビットの弱点「眉間」を貫いたのだった。 
 倒れたゾンビットはいつもの様にその場で溶けて消滅した。 
 先の三体以外に追っ手はなく、令子は息を整えてからおキヌの元に行った。 
「あ、美神さん・・・」 
 おキヌの腕の中、紫の髪の女は無表情に令子を見やる。 
「・・・・アンドロイドね」 
「ええ、見た事のないタイプですけど・・・」 
 一般的な普及はまだまだ先の話だが、既にハイテク企業の研究段階では、人間タイプ 
のアンドロイドの開発が盛んで、事実、C−WWWの他の支部では危険地帯での活動に 
アンドロイドが使用されていると聞いてはいた。 
「なんだって、こいつはこんな市街地に・・・」 
「何か、追われている風でしたね・・・」 
 おキヌはアンドロイドが身につけている服が破れ、本体の一部も内部構造が露出して 
いるのを見てつぶやいた。 

「ヴ・・・・ン・・・ヴ・・・・」 
 と、アンドロイドがノイズ混じりに何かを言おうとした。 
「何? 何か言いたいの?」 
 令子が問う。 
「・・・ヴ・・わたし、マリア・・にげ・・・てきた・・・かおす・・・ヴ・・・」 
「カオス!?」 
「・・・かいぞう・・される・・まえ・・・にげた・・・けいさつ・・・まで・・」 
 令子とおキヌは顔を見合わせる。 
「・・・かおす・・・ひみつ・・・はやく・・・ビシュー、ギギギ・・・」 
「あっ、ちょっと、あんたっ!」 
 突然、機能を停止したアンドロイド、マリアを、令子は思わず揺さぶった。 
「・・・美神さん、どうしましょう・・・?」 
 途方に暮れた様におキヌが問う。 
「・・・そうね、とりあえず、所轄の警察に持ち込むしかないわね」 

 令子がマリアをコブラに載せ、走り去る様子を少し離れた植え込みの影から見ていた 
男がいた。 言わずものがな、タイガー大佐である。 
「しめしめ、あれで警察からゴーストレンジャーまで話が通るジャろうな・・・それに 
しても今のおなごは強かったノー、一般人にしとくにゃ惜しいかも知れんノー」 
 妙な感心をしながら、タイガー大佐もその場を立ち去った。 
  



  
「盗難届けの出ている個体に、該当するものはない、ただし、極秘研究の対象だったか 
も知れないが・・・とにかく、メーカー各社の返事は全て該当なしだ」 
  
 C−WWW極東支部のメインオペレーションルーム、警視庁と連携した捜査を行う為 
の設備であり、極秘扱いの「レンジャー特別基地」とは違い、一般的に知られた施設で 
ある。 唐巣隊長はレンジャー達を前に、マリアについての調査報告書を読み上げた。 

「要するに、正体不明なワケね」 
 エミが、モニターに映るマリアの映像を見やる。 
「ああ、技術部によると幸い特殊な部品にダメージはなく、復元可能と言っていたが」 
「ほっ、良かった・・・」 
 つぶやいたのはおキヌだ、相手がアンドロイドとはいえ、人型ゆえに情は移る。 
「・・・にしても、アンドロイドに『逃げる』なんて概念あるのかしら?」 
 令子は、心に引っかかっていた疑問を誰ともなく問う。 
「そうだな、倫理、論理、心理形成に学習能力を持ち、なおかつ感情という概念を柔軟 
に処理出来れば不可能ではないだろうが・・・ま、私も専門家じゃないんでね」 
 大げさに肩をすくめる唐巣隊長に、令子は表情を和らげた。 

 ヴン! 
 オペレーションルームのドアが開き、ひょっこりと冥子が現われた。 
「・・・あんた、何やってんのよ?」 
 令子が片眉を上げた。 
「あ〜の〜、マリアちゃんが〜、直ったんだって〜」 
「本当!?」 
 おキヌが思わず立ち上がった。 
「ええ〜、で〜、私たちに〜、話があるんですって〜」 
「・・・私たちって・・・どういうワケ?」 
「それは〜、本人に〜、聞いて下さいな〜」 
 と、冥子に続いて、マリアがオペレーションルームに入ってきた。 
 アンドロイドに表情はないと、無粋な者は言うだろうが、きれいに整備されて本来に 
近い状態まで復活したのであろう、マリアの表情は凜として気高く美しいものだった。 
 マリアは、一同を見渡して、静かに語る。 
「わたしは、マリア、せいぞうばんごう・しさくM−666・・・」 
「あらあら〜まぁまぁ〜、ご丁寧に〜、わたしは〜、ろくど・・むぐっ!」 
 冥子の口は、エミががっちりと塞いだ。 
「で、マリア、あんたはカオスの元から逃げたって、本当?」 
 先に令子が聞いた。 
「イエス、ミス・・・・?」 
「令子でいいわ」 
「イエス、ミス・レイコ」 
「その前はどこにいたの?」 
「ノー、エラーデータ、はかいされています」 
「・・・都合がいいわね」 
 令子は意味深げに微笑む。 
「じゃ、なんで逃げてきたのか、教えてくんない?」 
「ノー、ここではできません」 
「どうしてだね、ここは警察の施設なんだよ?」 
 唐巣の言葉に、マリアは辺りを見回す。 
「ノー、カオスとたたかう、とくべつなにんげんがいるはず」 
「!?」 
「マリアがもつひみつのデータは、ゴーストレンジャーにつたえなければならない」 
「!!」 
「なるほどね、そう来ると思ったわ、私たちがそのゴーストレンジャーなのよ」 
「令子!!」 
 冥子の口を押さえていたエミが、すっ飛んできて令子の襟首を掴むや、壁際まで押し 
つけた。 
「令子、どういうつもりなワケ!? あっさり正体明かすなんて!!」 
「エミってば、そう怒んないでよ、明らかに罠なのは百も承知、ちゃっちくて話にもな 
んない幼稚な罠よ、でもさぁ逆に考えれば、こっちも相手の裏をかけるんじゃないかな 
と思ってね」 
「・・・何か、作戦があるワケ?」 
「ま、見てなさいって」 
 エミを押し退けた令子は、つかつかとマリアの前に立ち、にっこり笑った。 
「さ、こっちはもう隠し事なんかないわよ、さっさとカオスのアジトを教えなさいよ」 
「イエス、ミス・レイコ」 
 そんな強引な展開に、置いてけぼりをくらったのは残りのメンバーだった。 
「・・・令子クン、仮にも私が隊長なんだから、そーゆー事は私を通してから・・・」 
 丸メガネ越しにうるうる涙の唐巣隊長。 
「・・・せ、せっかく内緒にしてたのにー」 
 おキヌもまた、配慮の一切が無駄と分かって力が抜けた。 
「・・・・・・・ぐー・・・・・・」 
 冥子に至っては、いつの間にか寝こけていた。 
  

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※このドキュメントは、編者が著者の許可を得て、Nifty-Serve PATIO「極楽LAND」より転載したものです。

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