2nd day



 次の日、窓の外は昨日と変わりない吹雪であった。
  「どうするでござるか?」
  「どうしようもないんじゃない」
 少しだけチャックを開けて窓をのぞむ。暗い白一色で、青空はビタ一文望めない。
  「拙者お腹減ったでござる」
  「武士は食わねどって知ってる?」
  「腹が減ってはでござる」
  「戦がどこにあるのよ」
 軽口の応酬が始まりそうだ。
  「ああ煩い。人の腹の上で喧嘩止めい。家に帰ってからにしてくれよ、二人とも」
  「好きでいるわけじゃない」
  「ああ、そうだったな。すまん」
  「あ 謝られても・・・」
 普段と違い、言い返さないので調子の狂うタマモ。
  「よし、飯にしようか。俺もトイレに行きたいしな」
 皆でトイレ(無論外である、戻ってきた皆雪だるまであった)と、フリーズドライのおにぎりに味噌汁のみの朝食を取る。終われば再び三人共にシャラフの中。一度外に出て一人の寒さが身に滲みたのであろうか、今度はタマモも率先して横島の上で大人しく丸まる。

  「退屈でござるな。散歩行きたいでござる」
  「あんた一人で行ってよね。あたし死にたくないから横島にも死なれちゃ困る。死ぬなら一人でお願いね」
  「そうだな。俺もスコット隊の二の舞は御免だ」
  「スコット隊ってなんだ?」
  「う!え〜っと、帰ってオキヌちゃんにでも聞いてくれ・・」
 横島が言葉に詰まる。朧げに南極で遭難した人とは覚えているが、それ以上はサッパリ覚えていないのであった。
  「・・・分かった」

  「うう〜」
 それは兎も角、横島に見捨てられて、孤独に押し黙るシロ。
  「こらシロ、俺の足を噛むんじゃ無いよ」
 言い返せずにジタンダを踏んで、横島の足を甘がみしているらしい。生憎と横島の顔だけは山小屋の天井を向いたままなので、何が起こっているのか触感に頼るしか無いが、粗方二人の行動は理解出来る。
  「タマモならいいで・・」
  「頼むから、それも帰ってからにしてくれ。お前の霊波刀や狐火でシャラフ焼かれたら堪らないかなら。タマモも堪えてくれよ」
  「は〜い了解、大丈夫。馬鹿犬と違ってあたしは良識ある お と な だから」
 横島を盾に出来るので勝ち誇るタマモ。
  「ぐぬぬ」
 暗闇では、タマモのクスクス笑いの表情が分かるので、あまりの侮辱に殿中を忘れて切りかかりたいと、涙を流すシロ。
  「こらシロ!オシッコ漏らすんじゃ・・・」
  「ちがうでござる〜」
 遠吠えが狭い山小屋にこだました。

  「でも、本当に退屈ね」
 今度はタマモだ。皆、昨日は疲れも手伝ってグッスリ眠ったので、幾ら横になっていても眠気が襲ってこない。若い彼らにとっては退屈は最大の敵だ。
  「そうでござるな」
 シロもやはり同じだ。それは横島も同じであった。

  「クジラ」
  「ら ラクダ」
  「だ 達磨」
 退屈紛れにシリトリをすることになった。
  「ま 枕」
  「ら ら ラクダは言ったから ラバ」
  「ば ばばば ばばば  馬場正平!!」
  「先生、それは人名でござる」
 馬場正平、偉大なるプロレスラーであった御大 故 ジャイアント馬場さんの本名。
  「う いいじゃないか、偉大な人なんだから」
 彼が亡くなった折は雪の丞 タイガー ピートと泣き明かした。
 きっと違う世界で16文キックを繰り出していることであろう。それとも、故 逸見政孝さんと出会えて、誓いの葉巻断ちを止められ、きっとハバナ産の葉巻を楽しんでおられるだろうと、皆で慰めあった物なのだ。
  「駄目!それなら何でもありじゃない。これで差し引き横島は、あたしにキツネうどん4杯とイナリ3つ。シロは散歩七回だからね」
 そんな思いも女には理解出来無いのが悲しかった。
  (達磨だって人名じゃないか、馬場さんは達磨大師なんかより、ずっと ずっ〜と偉大なんだぞ・・・)
 そうだ横島。きっとその意見は正しい。負けるな横島。クローンジャイアント馬場さんが出来るその日まで(いいのかこんな事言って・・・)。

  「ええい、もう止めじゃ」
 横島はグレて不貞腐れた。それを感じてシャラフの中から二つの忍び笑いが聞こえたので、更に不機嫌になる。タマモはまだいいが、弟子に笑われるのは一応プライドのある彼には悲しい。
 結局その日はそれだけで終わってしまった。

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