時の道化たち

時の道化たち 第一部ゴーストスイーパー武藤玄也
蘇れよ追憶〜スタンド・バイ・ミー〜


 自分の対戦相手はすでに結界内に入っていたが、こちらに背を向けていたので六道冥子はそれが最初誰であるかわからなかった。
「お待たせ〜〜〜〜」
冥子が気楽にその相手に話しかけると、その相手はゆっくりとこちらを振り向いた。黒いふちの眼鏡に首の辺りで無造作にまとめられた長い髪。
「……し………島田…………さん〜〜〜〜」
冥子は驚愕した。
「お久しぶりね、六道さん」
とぎれとぎれに相手の名前を呼んだ冥子に対し、彼女の元同級生である島田祐子はさらりと挨拶をしただけだった。
 ゴングが鳴る。
 相手はすぐさま得物を構えて接近してきた。
 在学中も見たことのある彼女の武器の形状は奇妙なものだった。30から40センチぐらいの持ち手の両端に過度に反られた長い刃がくっついてる。それを島田は体の右側で器用にくるくる回しながらこちらに駆けてきた。冥子は式神を呼び出し、迎撃を指示。とりあえず、アジラ、サンチラ、マコラの三体。
 まず、アジラが島田に向かって炎を吐いた。彼女はそれをあっさり避ける。それを見て冥子はビカラを呼び出した。次はマコラが体毛を打ち出す。これも同様に避けられるが、その間にサンチラが飛びかかった。が、サンチラは彼女の武器によって地面にたたきつけられる。式神に与えられたダメージがそのまま冥子に還元され、頭を殴られたような鈍い衝撃が走る。
「きゃっ!!」
意識を失わないよう必死でこらえて冥子はビカラをコントロールした。島田がこちらに繰り出してくる武器を受け止めさせ、そのままはじき飛ばさせる。が、はじき飛ばされる直前に祐子は自ら後ろに飛び退いていた為、ダメージはほとんどなかった。
「やるじゃない……」
島田祐子は無表情な瞳を冥子に向けてそういった。

 あたりは薄暗かった。おそらくは今まで不思議な光を放っていたグラントがあたりから根こそぎなくなってしまったからだろう。
「皆さーん。無事ですかー」
「あいたたた、どうにか平気なわけ」
「あたしも大丈夫よ〜〜〜〜〜」
「………………」
「………………」
「………………」
「美神さんは?」
「た、大変だわ〜〜どこに行っちゃったのかしら〜〜〜えーと、えーとクビラちゃーん〜〜」
「ぎぎいっ!」
冥子の持つ式神の一匹が影から飛び出るとあたりを照らし始めた。
「あ、いた〜〜!」
冥子は彼女からほんの二、三歩離れた場所を照らした際に美神の足を見つけてパタパタと駆け寄った。玄也とエミも立ち上がる。
「え?あ、あれ?」
暗闇の中から冥子の戸惑った様子の声が聞こえた。
「どうかしたの?」
「なんか………令子ちゃん。頭から血を流しているみたいなんだけど…」
珍しく冷静な冥子の元へ二人が駆け寄ると確かに彼女のいう通りになっていた。
「げ、玄也くん、早くヒーリング……」
「……するまでもないですよ、そんなに深い傷でもないですから、止血をして、安静にしとけば平気ですよ。まあ、一応念のため、やっておきましょうか?」
「うん、お願い〜 〜〜」
武藤の手にぽうっと光が生まれて美神の蒼ざめた顔をあらわにした。
「本当に平気なわけ?」
「おや、心配ですか?」
「なっ、誤解しないでよ。あたしはただ………」
「はいはいわかりましたよ。ただここに残しておいたほうがいいかもしれませんね。何があるかわかりませんし」
そのころにはあたりの様子がなんとなく三人にわかり始めていた。玄也が上を見上げると、幾つか光の差し込んでいる窓がある。外壁は全て何故か壊れていなかった。ちょうど三人は細長い箱の底にいる感じである。頭の高さと同じくらいのところに二階の、そして更にその上には三階の床の端っこの部分が壁にくっついていて、四階の部分も半分ぐらいが吹き飛んでいる。ただ、五階の床はそれほど損傷していなかった。
(そうか……)
やはり、これは『グラント』の本体が五階にあると言うことを示唆している気がした。上のほうの部分のほうがそれだけ、対霊撃力、自己修復能力が強いためエミの霊体撃滅波の傷跡がちょうど上からつぶした楕円形の形になっているのだろう。
「それじゃあ…小笠原さん、美神さんの様子を見といてくれませんか?」
「あたしが??」
「ええ、僕と六道さんで上の様子を見てきますから、ついでに破壊できるようならやっちゃいます。小笠原さんは空飛べませんしね」
「……………………………………わかったわよ」
「お願いします。それじゃあ、行きましょうか六道さん」
「うん、シンダラちゃ〜〜〜〜ん」
「クサナギ」
二人がそれぞれしもべを呼び出して、五階のほうに入っていくのを、エミは黙って見上げた。

 六道冥子は霊力の大きさだけなら、たとえ相手が令子やエミや玄也であろうとも誰にも負けない自信があった(そして、実際これはその通りだった)。ただ、彼女は自分には俗に戦闘的センス、といわれるものが圧倒的に足りないことも自覚していた。そして、必ず彼女、島田祐子はそこを確実についてくる。
 それに対抗するには圧倒的な力で押しつぶすしかないことを、彼女は半ば本能的に悟っていた。
 式神を十二匹とも全て出す。相手が体勢を立て直す前に。
 その様子を見て島田祐子は思った。
(予想通り………だね)
確かに予想通りだったがそれは芳しい状況とはいえなかった。相手は腐っても六道家の人間。日本のGS界の中でも屈指の実力を誇る名家の正当な後継者なのだ。それを証明するかのように自分を含め、学校の授業の模擬戦やクラス対抗戦で、彼女に勝った人間は誰もいない。いや、正確にはまともに戦える人間さえ片方の指で間に合うほどだった。教師や自分を含めても。
 そう、いつも自分は二番だった。いつも彼女は一番だった。
(ここで、それを私は断ち切らなければいけない)
取れる手段は一つしかなかった。延々と攻撃をくり返し相手の全ての式神が力を失うまで闘い続けるしかない。一見絶望的だが冥子の戦いが下手な事を考えればあながち分の悪い賭けとはいえないだろう。
 島田祐子は勝利に向かって駆け出した。

「こっちみたいね〜〜〜〜〜〜」
犬のようにくんくんと霊気の匂いをかぎながら冥子が断定した。五階の部分にもあの紫色をした壁や天井はなかった。廊下だったらしい場所のあたりに開いた穴からはいって適当なところで冥子と玄也は床に降りた。しもべを影と腕輪の中にそれぞれ戻す。
「どっちだかわかりますか?」
「わかるけど、大まかにしかわからないわ〜〜〜〜」
「十分ですよ。さ、行きましょう」
冥子はこくりとうなずいた後、遅れないように少し武藤の近くに小走りでかけていってから並んで歩き出した。二人はしばらく黙って歩いていたが、やがて冥子がその沈黙に耐えられなくなって武藤に話しかけた。
「玄也君〜〜〜〜」
「?」
「あのね〜〜〜今気付いたんだけど〜〜〜〜」
「はい」
「珍しいわよね〜〜〜〜男の人でヒーリング使えるの〜〜〜〜〜」
冥子の指摘は正しい。一般的にヒーリングの使い手というのは女性が多い。無論全てがそうではないし、この事実には理由はなかった。単に統計上の問題だった。が、それにしても自分の傷さえ治してしまうほどに昇華された武藤の場合はかなり特殊だった。
「うーん。僕の父さんも使えましたからきっと遺伝なんでしょう」
「ふーん。でもそこまでやるには相当訓練つんだんでしょ〜〜〜〜〜〜〜」
「そうですね。正直言ってこれにかけさせられた時間が一番多いんじゃないですかね。もともとそれほど向いてる霊質ではなかったですし」
冥子は更に不思議に思った。霊能者にはみな向いてる術、向いてない術というのがある。ふつうならその向いている術を一生懸命のばすのがセオリーである。つまり、武藤の師(彼の父親だそうだ)の教育方針はまるっきりこれに反しているのだ。冥子は更に質問をしようとしたが、それよりも優先すべきことができてしまったのでできなかった。
 二人が行き着いたのは閉じられたドアの正面だった。両開きのそのドアの隙間にはぼろぼろになった結界札がいくつも貼られている。今までゆるんでいた二人の顔が厳しいものになった。
「六道さん……」
「わかってるわ、バサラちゃん〜〜〜〜」
彼女の影から口を開けた式神の中でもひときわ大きな黒い式神が現れた。
 玄也はちらりと目で合図しながら、
「行きますよ」
ドアに貼られた結界札のひとつをはずした。
 その途端!!

 自分に襲いかかってきたのは犬の形をした式神、確かショウトラとか言ったか、だった。その凶暴な牙から祐子は逃れると、ショウトラの人間で言うなら延髄のあたりに自分の武器をたたき込んだ。犬がうずくまったところにとどめをさそうとするが羊の毛針が飛んできて、祐子はそれから自分がのがれる事を優先させる。後ろに飛び跳ねながら冥子に向かって霊弾を放つ。予想通りそれは式神の一匹(どれかは解らなかった)にはじき飛ばされる。そのまま祐子は結界の反対側まで跳んで冥子と距離をとった。式神の追撃はない。
(やはり、あまいわね。あたしだったらここで迷わず追撃するわよ)
両の手のひらに霊力球を生み出しながら薄く笑う。まず力をできるだけ込めた右手のボールを放る。すると、冥子の悲鳴が聞こえた。
「きゃーーーーー!!」
これは一種の賭けだった。もしこの攻撃で彼女が暴走してしまえばそれでお終いである。が、幸いにしてそのような事態には陥らなかった。代わりにもうもうと白煙が立ち上る。間髪を入れずに彼女は霊力球を作っては投げ、作っては投げる。本来こういった放出系の霊力の使い方はあまり得意ではないのだが、あえてそれを使ったのにはわけがある。
 六道冥子と何度か闘って気付いたのだが、彼女の持つ式神は遠距離の攻撃に弱い。いや、正確な言葉を選ぶなら対抗手段が少ない、と言うべきか。六道家の式神で、ある程度遠くに攻撃ができるのは三匹しかいないバサラ、アジラ、マコラの三匹だ。このうちバサラは霊のたぐいにしか影響を及ぼさないので今回は除外。残るはアジラとマコラなのでつまりこの二匹に注意しさえすればあとはどうにでもなる、というのが祐子の考えだった。
 インダラやシンダラの体当たりが来るという可能性が頭をかすめないでもなかったがその程度ならどうにかなるだろう、それにこう煙がもくもくとたっていてはこちらを補足することはおよそ不可能だ。とだけ考えるにとどめておいた。結局、筆記試験ではないのだから必勝法など無い。
 全霊力の半分ほどを使い切ってから祐子は攻撃を一時的に中断した。油断無く身構えながら煙が少しづつ晴れるのを待つ。そこには六道冥子が一人でたっていた。周りに式神はいない。
(あたしの勝ちだ!)
六道冥子は基本的にそれがマイナスにならないと判断したら、たとえプラスにならなくても式神を無意味に出すことで有名だった。このような戦いの場において式神がいないということはすなわち、彼女の式神が全て(一時的にだが)力を失ったことを意味する。
 島田祐子はありったけの力を込めて自分の得物を冥子の鳩尾に突き刺した。

 

 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!!
 扉の隙間という隙間から『紫』がものすごい勢いで這い出してくる。
「バサラちゃん〜〜〜!!」
冥子が焦ったような、それでいて間延びした声を出しながら式神に命令を下す。
「ウンモーーーーーーー!!」
雄叫びと共にバサラの口に向かって無数の細かな粒子が引き寄せられていく。だが、『紫』の勢いは全く衰えない。ぐいぐいとこちらに近づいてきている。武藤も指をくわえてみていたわけではなく、必死に敵からの攻撃を迎撃したりしてはいたが、いかんせん焼け石に水だった。
「げ、玄也くん〜〜どうしよう〜〜〜〜」
僕が聞きたいくらいですよ、といいたくなるのを必死に押さえながら玄也はとりあえずこういった。
「そのまま、バサラの出力を落とさないでください!!落としたら、その途端に『グラント』が小笠原さん達のいるところまで広がります」
怪我人を一人抱えている状態のエミに『グラント』が押し寄せればどうなるかは冥子にも簡単に想像がついた。そんな彼女の意志を察してかバサラの吸引力が一時的にだがあがる。
 一方、武藤玄也は次の手を打ち出せずにいた。力が圧倒的に向こうの方が強すぎるのだ。
(僕のミスだな)
不用意にドアを開けてしまったのがまずかった。
(こうなったら……最大級の力で吹きとばすしかない)
「混沌より生まれし楽園よ、全ての創造の内包者よ、其は至高、其は福音、其は久遠、砕けよ世界!!」
ありったけの力が空間内に押し込まれた。力は周りにあるものを全て壊し、ねじ曲げ、砕き、ひしゃげていく。
(これで………全部吹き飛ばせるか!?)
ややあって、混乱の嵐が完全に終わったあとにそこには、『グラント』は影も形もいなかった。
「はは…どうにかうまくいきましたね」
力無く笑って、その場にしりもちをつく。
「相変わらず、玄也くんはすごいわね〜〜〜」
「ありがとうございます」
冥子からの手放しの賞賛を素直に受け止めて玄也は立ち上がった。そして、前に一歩進もうとしたその時、
 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ!!
 再び、扉の隙間から『グラント』がものすごい勢いで這い出してきた。
「うそでしょ………」
玄也はとりあえず泣き出したかった。
(もうこうなったら、アレしかないなあ)

 まず感じたのは違和感だった。彼女の得物から伝わってくる感触は人間が着る服にしては妙に摩擦係数が少なく、人の体にしてはやたらと冷たかった。そして、冥子にしては重すぎる。次に感じたのは驚きだった。唐突に冥子が冥子以外のものに変わる。この期に及んでもまだ平和そうな顔をしたその美少女の姿がぶれて代わりに現れたのは式神のマコラだった。最後に感じたのは激痛だった。右からか左からか、どちらでもよかったがとにかく攻撃をまともに受けた島田は地面に倒れ伏した。眼鏡が吹っ飛ぶ。ちょうどそのころ煙が完全に晴れて本物の六道冥子が姿を現した。
「意外ね。あんたがまさかこんな戦い方をしてくるなんて」
空元気を装って祐子は低くい声で言った。
「友達に教えてもらったのよ〜〜〜〜〜」
「友達………」
「そうよ。令子ちゃんとエミちゃんていう人〜〜〜〜」
「…………」
「それはそうとギブアップした方がいいと思うけど〜〜〜〜〜?」
彼女が単に試合に勝ちたいからではなく、自分のことを心配してくれて言っているのが解った。それなのに、いやむしろそれだからこそかもしれないが、祐子はつもった冥子への憎悪を押さえることができなかった。
 腹立たしかった。何もかも自分より恵まれている彼女が。
 嫉妬していた。何もかも自分より恵まれている彼女に。
「冗談じゃないわ……私はあんたなんかに間違ってもギブアップなんかしない」
「でも…………」
「無駄よ。なんと言われようがしないわ。努力なんかしたこともなくて才能だけでそんな風にいい気になってるその鼻っ柱を叩き折ってやることが私の夢なんだからね」
「私、いい気になってなんかいないわ〜〜〜〜〜」
「なってるわよ。いい、ここに来る連中は皆それこそ血の吐くような思いをしてやってきたのよ。迷惑なのよ!あんたみたいな、そんな才能だけで片手間に受けに来てる奴なんか」
言いながら立ち上がる。一度こうなってしまうと怒りだけが彼女を突き動かしていた。
「別にそんなつもりじゃあ…………」
「はっきり言ってあげる」
冥子の弁解を無視して彼女は自分の人差し指を突きつけた。そして断罪する。
「他の人にはあなたが才能だけでなりあがってる卑怯者にしか見えない」
「そんなこと………ない!!」
すくなくとも、あの三人だけは。
「あるわ」
島田の声は低くてとても重かった。まるで否定の入り込む余地がないように見えて冥子にはいくつか思い当たることが無いわけでもない様に感じられてしまった。
「でも……」
「一人残らずね」
このときの最大の不幸は冥子のその信じやすい性格にあった。島田裕子の言葉は彼女が思っていた以上に冥子の心にグサリと突き刺さったのである。島田はそのことにすぐに気付き、たまたま近くに落ちていた自分の得物を拾い上げると茫然自失の体となっている冥子に突進した。標的は何かブツブツと呟いている。
(勝った!!)
彼女の持つ白銀の刃が冥子に向かって振り上げられたその時、冥子の式神が暴走し、彼女のもくろみは灰燼に帰した。
「勝者、六道冥子!!」
審判の声は高く響き、冥子の表情は不釣合いに暗かった。

 状況はどんどん悪い方向へと進んでいた。バサラの吸引力は最初のときに比べ、だんだんと落ちているし、敵の勢いはそれに反比例するようにどんどん上がっていった。
「玄也くんも手伝ってよ〜〜〜〜あたし一人じゃとても攻撃をさばききるなんて無理〜〜〜〜〜」
「何言ってるんですか、僕はさっきのでほとんど力を使い切っちゃいましたよ」
「ちょっとでも残ってるんなら手伝ってよ〜〜〜〜〜〜」
「いや、こういうのは万が一のときにとっておきたいですから」
「うう〜〜〜私、このままじゃ死んじゃうよ〜〜〜」
「大丈夫!六道さんなら殺しても死にませんから」
「どういう意味よ、それ〜〜〜〜〜」
「だって、今まで一回も死んだこと無いじゃないですか」
「それはそうだけど〜〜〜……………っていうか二回も三回も死ぬ人なんかいないわよ〜〜〜」
「気付くのが遅いですよ。べらぼうに」
「うう〜〜悪かったわね〜〜〜」
「ほら、それだけ気付くのが遅いのなら心臓刺されても、数十年ぐらい気付かずに生きてますよ」
「し、失礼ね〜〜〜いくら何でもそこまで鈍くはないわよ〜〜〜〜〜」
そんな風に子供のように冗談を言い合う二人に『グラント』は容赦なく攻撃を加える。ついにその鋭くとがった攻撃が式神の防衛線を突破して冥子の頬を浅く切り裂いた。
「あ……………血…………………」
(よし!)
玄也はその場から脱兎のごとく逃げ出し、そして
「ふ、ふ、ふ、ふええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんんん!!!!!!!」
大爆発が起きた。
「さて………と、全霊力の半分ぐらいかな。僕に残された力は」
ふうっと息を吐いてすぐに焼ききられるさだめの結界をはりながら武藤はそう言った。ウソをついていたことがばれたらさぞや叱られるに違いない、と心の中で付け加えながら。

「やったじゃない冥子!それもこれもぜーんぶあたしの考えた作戦のおかげよね」
決してその言い方は恩着せがましくはなかった。美神は冥子に、というよりその隣にいるエミに話すように言っていた。
「おたくじゃなくて、あたしの考えた作戦でしょうが!」
「そうね、あなたが考えたざるみたいな作戦をあたしが芸術的なレベルまで昇華してやったんだからありがたく思いなさいよ」
「なんですって!ざるとは何よざるとは」
玄也はそんな二人のやりとりにもさすがに慣れてきたので三人から少し離れたところで見守っていた。いつもなら、ここで冥子がけんかを止めようとするのだが今回は違った。
 冥子が三人の輪の中から外れてきたのである。彼女は下を向いたままこちらに少し小走りで駆けてきた。武藤はその様子をぼーっと突っ立ってみていた。眠かったからだ。きっと六道さんの方から避けてくれるだろう。
 だがそんな期待はものの見事に外れて彼女はそのままぶつかってきた。速度はあちらの方があったが玄也の方が多少体重が重かったので二人ともがお互いに腰を後ろに落とすような感じになった。
「だ、大丈夫ですか?」
玄也は慌てて立ち上がると急いで冥子に手をさしのばした。ところが冥子はその手を無視して、自分で起き上がると
「ごめんね………ごめんね…………」
ポツリとそれだけ言うとまた同じ方向に向かって走り出した。
「え…ちょっと六道さん……?」
玄也は惚けたように冥子が人混みに紛れていく様子をぽかんとしながら見つめていた。言葉もそうだったが何より彼を驚かせたのは、
(涙……?)
「大体、前から気に入らなかったのよ、あんたのその偉そうな態度は…!」
「おたく、よくもまあ、自分のことを棚に上げてそんなことが言えたもんだわね!」
「ええ…と、あのちょっと二人とも………」
「下品な顔の代表格に人を批判する権利なんか無いわよ!!」
「あたしが下品だったらおたくなんかミジンコレベルじゃない!!」
「あの…………もしもし………………」
「▲☆〒√∫♂△◯◎●◆煤閨蛛ヘ!!!!」
「■▽∋⊇∃∽◇★□▼#@※§∞!!!!」
「二人ともってば!!!!!!!!」
ついに玄也は怒鳴った。その声の量の大きさにさすがの二人もこちらを向く。
「何よ。もう少しでこいつのこと言い負かせそうだったのに」
「口げんかで勝ったからってどうだって言うんですか!」
不満そうな声を上げる令子に武藤はつっこんだ。
「で、一体何なわけ?」
こちらも同様の顔つきでエミが聞く。
「いや、あのですね…………六道さんのことなんですけど……………」
「冥子がどうかしたの?」
「何か変だと思いませんでしたか?」
いきなり「泣いてませんでしたか?」ときくのは理由があったわけではないがなんとなくはばかられて武藤はそう聞いた。
「別に何も」
「うん。普通だったじゃない」
だが、そんな遠回しな問いでは二人は全く動かなかった。しょうがないので、武藤は本題にいきなり入ることにした。
「泣いてませんでしたか?六道さん」
「そう?気がつかなかったけど」
「なんかの見間違いじゃないの」
「たぶん……違うと思うんですけど………」
「………………しょうがないわね」
ふうっとため息をついてそう言ったのは美神だった。
「一応、念のため様子を見に行きましょ」
「そうですか……それじゃあお願いします」
「…ちょっと、おたくは?」
「僕、今から試合ありますから」
三人の中で第三試合が終わってないのは武藤だけだった。
「早めに終わらせちゃってよね。女の子の涙って私苦手なのよ」
「美神さん。それって、普通僕みたいな男の子が言う台詞じゃないですか?」
「つべこべ言わずにとっとと行ってらっしゃい!」(×2)
武藤はエミと美神に蹴り飛ばされて、そのまま戦闘用の結界へ転がっていった。惚れ惚れするほどタイミングがぴったりである。
「お待たせしましたー」
少し間延びした声で武藤は審判に挨拶した。対戦相手は筋骨隆々とした大男。横目で確認すると小笠原と美神が出口から連れ添ってでていくのが見えた。相変わらず言い争いながら。
「さてと…悪いけど急いでいるからとっととおわらせてもらうよ」
玄也は珍しく不敵な笑みを浮かべた。

「ん…………」
「あら起きたわけ、この死に損ない」
自分にかけられたエミの言葉、特に後半部分を無視して、美神令子は辺りを見回した。始めは暗くてよくわからなかったが次第に目が慣れてくる。自分たちは瓦礫が積もった山の頂上に近いところにいた。高さはおそらく建物の二階ぐらいだろうか。
「冥子と玄也君は…?」
頭を軽く振りながらそこに見えない二人の所在を尋ねる。返事はすぐに返ってきた。
「上のほうに二人で行ったわけ」
「上……………」
つぶやきながら上を見上げるとそこにはぽっかりと大穴が開いていた。
「行ってから大体五分ぐらい経ったかしらね」
補足するようにエミが付け足した。
「それで、あんたはここで何やってんのよ」
「あたしは飛べないからって行ってあんたの世話を押し付けられたわけ」
「……………なんであんたなんかに世話されなきゃいけないのよ」
「うっさいわね。私だってあの二人に頼まれなきゃ、あんたなんか放っておいたわよ。あんたと二人っきりだなんて反吐が出るわ」
「それはこっちのセリフよ、エミ」
バヂバヂバヂバヂバヂッと二人の間で殺気がほとばしる。と、その時、
「ふ、ふ、ふ、ふええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんんん!!!!!!!」
冥子の声が上のほうから聞こえてきた。同時に爆発が起こり、瓦礫がいくつか落ちてくる。
「あ、あの子また暴走したわけ!」
「玄也君たら何やってんのよ!」
そういいながらも美神はひょっとしたら玄也がわざとプッツンさせたのかもしれない、と考えていた。
 あまり人のことは言えないが、彼は時々目的達成のためにはある程度手段を選ばない。一体彼の中でどのような線引きが行われているか定かではないが彼は自分たちと比べて、あまり冥子の暴走を恐怖してはいないので、この可能性は十分に考えられることだった。しかし、もしそうなら…………
「それほどにまでピンチなのかしら?」

 武藤は試合開始の合図と同時に全速力で駆け出した。相手も迎撃のために霊弾を撃ってくるが、
「遅い…………」
ポツリとつぶらいてから更にスピードを上げ一瞬で相手の懐に入り込む。
 突き出される、拳。
 それさえも体をひねって難なくよけるとその突き出された腕をパシリと上にたたき上げて無効化させたあと、
「はあっ!」
霊力を込めた掌底を胸に叩き込む。
「くそっ!」
相手はそうつぶやくとひるまずにもうひとつの腕を繰り出してきた。
(厄介だな)
想像以上に耐性が強い。玄也はその腕を腰を下げることによって避けると柔道の一本背負いのように相手の腰を跳ね飛ばしながら一気に腕をつかんでそのまま振り下ろした。
 相手のほうが大柄なため、少し抵抗を感じながらもそれをねじ伏せるようにして引っ張る。
「がっ!!」
相手がウソみたいにゆっくりとしたスピードで床に倒れる。それから玄也は思いっ切り相手の肩口をかかとで踏みつけた。
「ぐおっ!」
相手は痛みをこらえるように声を出しながらもこちらの足をつかんでこちらを倒すために引っ張る。武藤はそれに逆らわず素直に倒れることにした。ただし倒れる場所は相手の真上。そして自分のひじが相手の鳩尾に来るように調整した。
「がはっ!!」
 玄也は今度こそ動かなくなった相手から離れた。
(おちた……………か?)

(相変わらずすごい威力だなぁ)
口には出さずに心の中で武藤は呟いた。幸い、冥子の暴走は珍しく短時間で終わり、本人も今は落ち着いて彼の隣にたっていた。
「すご〜〜〜い、私が暴走しても壊れない建物なんて初めて見たわ〜〜〜〜〜」
一体彼女がどれだけの建造物に被害を及ぼしているか、武藤は聞きたくなったがそれを聞くと彼女の事が嫌いになりそうなのでやめておいた。
 『グラント』は彼らの周りからすっかり姿を消していた。無論、冥子の暴走によるものである。破片があちらこちらに落ちている廊下を見回してから、危険がないことを確認し武藤は再びあのドアの前に立った。
 そして、ゆっくりとドアを開ける。
 暗い部屋だった。原因は部屋の中にある窓全てにブラインドがおろしてあるからだった。長い間放置されていたので二人が足を踏み出す度にほこりが舞う。玄也はとりあえず手近にあった窓のブラインドを引き上げて部屋の中に光を入れた。
 そうしたことで二人のいる部屋の様子が少し分かった。どうやら、ここは建物の角にあるらしく、入り口のすぐ横にある壁とそれから正面の壁にたくさんの窓があった。部屋の形は正方形に近いようで、大きさはかなりだだっ広い。現にこうして、窓を一つ開放したにもかかわらず部屋の全てが見渡せる状態にはならない。
 玄也は直径10センチほどの床に設置されていたパイプにつまずきそうになりながらも、次の窓のブラインドを開けた。そのあとを冥子がついてくる。が、突如
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
突如冥子が大声を上げて玄也の腕にしがみついた。
「ど……どうしたんですか?」
その悲鳴の大きさにびっくりしながら玄也は問い返した
「そ……そこ」
「え?」
「そこに今、何かいた〜〜〜」
そういいながら彼女が指差したのは部屋の隅のほうである。玄也は冥子の腕を振り解くとそちらに向かい手近なブラインドを上げて、周囲を確認した。
「どんなやつでした?」
そこには何もいなかったが、念のため聞く。が、
「んっとね〜〜〜〜黒っぽくて〜〜〜ちっちゃくって〜〜ゾワゾワゾワーって感じのやつ〜〜〜〜」
案の定彼女の説明はわかりにくいものだった。

 だが、このとき彼は冥子が見たものの正体をもう少し深く考えるべきだった。

武藤の予想に反し、相手はむくりと起き上がってきた。
「くっくっく。てめえの攻撃なんか蚊ほどにも感じねえぜ」
そのせりふが虚勢なのかそれとも本音なのかどうかは武藤には判断が付かなかった。
(弱ったな…………)
先程の攻撃はかなり本気で入れたのだが、あれすら通用しないとなると残された手段はあまり多くはない。
「ねえ」
「うん?」
「ギブアップしない?」
「しねえよ」
武藤の提案はあっさりと却下された。当たり前といえば当たり前だが。そこで彼はふうっとため息をつくと、
「悪いけど本当に急いでるんだ」
「だったらとっとと来いよ!」
「言われなくても」
再び両雄は相手に向かって走った。武藤が途中で故意にがくんとスピードを落とす。相手のこぶしのタイミングをずらしてよけるとそのまま相手の懐にもぐりこむ。そして、
「ごめんね」
「はぎょうふっ!」
 玄也は相手の下半身の中心にある男子最大の弱点を思いっきり靴のつま先で蹴り上げた。
(……勝った………)
……………ちょっとむなしい。

 例えるならそれは『台座』だった。が、それはあくまで例えるならの話である。それは非常に奇妙な形をしていた。
 円錐を想像してもらいたい。底面の直径は7、8メートル、高さは10メートルほどだろうか。そんな円錐を地面から1メートルほどのところで切断しさらに下の部分の内側をボールのように切り抜く。さいごにその円の外側の四カ所から互いに中心を向くような3メートルほどの細く鋭い突起を等間隔に配置。
 それらの突起に支えられるようにして大きくて鈍く光る紫色の球体が存在していた。ヴヴヴヴヴヴヴヴ、と低い音を立てている。
「これがさっき言っていた『本体』〜〜〜〜?」
「おそらくは」
紫はほとんど奴の、あるいは奴らのトレードマークのようなものだった。
「さてこれをどうしたものか……」
武藤はその装置を丹念に調べ上げた。すぐに気付いたのは装置に何か複雑な文様が描かれていたことだった。
「何だっけな、これ?どっかでみたことがある気がするんだけど……?」
「どれどれ〜〜〜〜………ああ、これあれじゃないの〜〜〜〜古代魔族の魔術文字〜〜〜〜〜」
「………ああ、そうか。そうですね。となると…………」
「解読しなきゃいけないわね〜〜〜〜〜」
 武藤は文字の解読は六道冥子に任せることにした。こういったことは四人の中でも(とはいえ二人はここにはいないが)彼女が一番得意だったし、四人の中で自分が一番不得手だったからだ。彼はその間に広大な室内の中を探索してみた。とはいえ、物色すべきものなど部屋の一番奥に置かれている作業机ぐらいしかなかったが。
 適当にほこりにまみれた書類やら設計図やらをめくってみる。大部分は彼には理解できないものだったが彼はあきらめずに手がかりはないかと探し続けた。
 あの手の魔術文字というのは解読がかなり困難である。なぜなら、魔術文字というのはそれ自体に魔力が宿っている。彼らは単なる文字ではない。道具であり、武器なのだ。冥子の能力から考えると三時間も四時間もかかりはしないだろうが二、三分でできる代物でもないだろう。そう武藤は考えていた。が、
「あ、わかった〜〜〜〜〜〜」
彼の予想はうれしいほうに外れて冥子はすぐにそういって顔を上げた。
「んっとね〜〜〜装置を停止させるにはこの四つのとがった奴を同時に破壊しなきゃいけないみたいなの〜〜〜〜めんどくさいわね〜〜〜〜〜」
「ははあなるほど。それで四人連れて来いっていったわけですか」
玄也は2、3日前に自分の事務所にやってきた気の弱そうなGS協会の青年の顔を思い浮かべた。
「それじゃあ、私が式神を使ってやっちゃうわね〜〜〜〜」
言うが速いか彼女の影から四匹の式神,名前をあげるなら、ビカラ、マコラ、アンチラ、ショウトラがでてくる。武藤ものんびりと冥子に近づいた。
「行くわよ〜〜〜〜」
ビカラが突進した。マコラも腕を支えに突き刺す。アンチラは耳で支えを切り裂き、ショウトラも牙をむき出しにして飛び掛る。四つの支えが壊されると、その『腕』に支えられていた紫色の球体が音もなく四散した。
「これで……」
「終わったわね〜〜〜〜」
 何の前触れも無く部屋の四方の壁が紫色に変貌したのはその直後だった。

 冥子は屋根の上にいた。太陽はそろそろ南中にさしかかろうとしている時刻だった。が、今は雲に隠れていてその光はさえぎられている。
(令子ちゃん……エミちゃん………玄也君………)
三人の名前を呼ぶ。そうすることで彼らがここにきてくれるような気がした。
(やめよう。あのひとたちも自分のことが嫌いに違いないんだ)
 反証の材料はそれこそ山ほどあった。だが、そのことに気がつくほど冥子には心の余裕がなかった。

 カタン

 音がした。何かが上から落ちてきたような音。冥子は本能的にそちらを見やった。多分鳥かなんかだろうと思いながら。だがそこにいたのは鳥ではなく武藤玄也だった。
「ここでしたか」
彼は相変わらず人懐っこい笑みを浮かべていた。

「おかしいわよ」
「何が?」
唐突に声を上げた令子にエミは質問した。
「相変わらずニブチンね、みなさいよこの建物には今、柱は一個もないのよ。それなのに崩壊してない。けれど外壁だけで上の階を支えてるなんて絶対におかしいわ」
「…………」
エミは沈黙せざるを得なかった。どうにかして反論したくて言葉を考えていたが、そんなことをする余裕は突然なくなってしまった。
「何これ!?」
「わかりゃ苦労はしないわけ!!」
二人が感じたのは自分たちの足元からおこる圧倒的なまでの霊圧だった。一瞬体が浮くのではないかと思うほど強烈な。
「来るわよ!」
「解ってる!」
二人の足元にある瓦礫を蹴散らすようにして円錐型の突起が鋭く突き出てくる。二人はそれをほとんど勘でよけた。
「どーすんのよ、このままじゃいつかは疲れちゃって串刺しよ!」
「私に聞かれたって困るわよ!」
エミの怒鳴り声に美神も負けずに応じた。いちおう、破魔札などで反撃はしているものの敵の勢いを見る限りそんなのは焼け石に水だった。外壁の部分も紫一色だ。
(案外ピンチかもね、さてどうしよう)
美神は落ち着きを取り戻すと神通棍で攻撃をなぎ払いながら考えた。
(玄也君と冥子は今のところくる気配もない………。まさか、死んだとは思えないけど、とりあえずそう仮定しておこう………)
いもしない人間の戦力を期待するなど愚の骨頂である。正直言ってかなり痛い。単純計算でこちらの戦力は半分になってしまったのだから。
(……現状の打破が最優先だわ)
そこまで考えてからエミに向かって声を張り上げる。
「エミ、さっきと同じ手を使うわ!!霊体撃滅波の準備して!!!」
「いいけど………あんた一人で防げるの!?」
「わかんないけど…やってみるしかないでしょ!!」
冗談じゃないわよ、それって賭けられるのはあんたの命じゃなくて私の命じゃない、そうエミは叫ぼうとして、やめた。
 彼女とてバカではない、今この二人だけで相手に対抗できる手段などそう、たくさんはないのだ。癪だったがここは令子の技量を信じるしかなかった。とはいえ、不安はぬぐいきれない。先ほどは玄也でさえ完全に防ぎきることは不可能だったのだ。どう客観的に見てもこの二人の技量の差などほとんどない(ついでに性格を加味するならこれはもう明らかに玄也より令子のほうが信頼が置けなかった)。
「バカッ、何ボーっとしてんのよ!」
そうとは知らずに考え事に没頭していた脳内に令子の叱責がとんだ。一瞬後に彼女に押し倒されるようにしてエミは一緒になって転がった。その際に軽く頭をぶつけたがこれはどうでもいい。
「何やってんのよ!死にたいの!!」
素早くエミと令子は立ち上がり、それから令子は容赦なくエミの事を責めた。
「うっさいわね!文句なら後でまとめて聞くわよ」
感謝するのも謝るのも癪だったのでエミは怒鳴り返した。そしてエミは美神の二の腕から地が滴っているのを見た。さっき自分を助けてくれたときのものに違いない。動揺が生まれる。
 頭上で爆発が起こった。ただ先程のに比べるとやや小規模である。もうもうと粉塵が舞い、そこから姿を現したのは小脇に気絶した冥子を抱えた武藤玄也だった。
彼はそのまま自由落下を開始し始めた。同時に魔法陣を目の前に展開する。
「其は神鎗、其は狂気、其は閃光、今、汝、我の力を代償にその大いなる力を再びこの世界に現出させ、我が眼前の敵を一握りの灰燼へと帰せ、轟けよ雷鳴!!」
呪文の詠唱が終わると魔法陣が一瞬輝きついで紫電が世界に向かって放出された。紫電は眼下にいるエミと令子を器用によけると『グラント』によって侵食されつくした瓦礫の床に襲いかかった。
 紫の饗宴が始まり、そして一瞬で終わる。もうもうとほこりが舞う中に玄也は降り立った。魔導術の発動によって自由落下にブレーキをかけることには一応成功したものの着地の衝撃は軽いものとはいえなかった。
「大丈夫ですか!!」
落下地点と二人との場所が若干離れていたために、駆け寄りながら声をかけた。そして、令子は拳骨でそれに答える。
「い……痛い」
「何が『大丈夫ですか』よ、あんたの術で死ぬかと思ったわ!」
「あうう……」
「ちょっと令子!そんなことはほっといてよ。霊体撃滅波を使うからちゃんと私のことを守りなさいよ!!」
「わかったわ。玄也あんたもよ」
「人をグーでなぐっておいて………」
エミは静かに踊り始めた。彼女がこんな三分間も無防備になる術をあえてもう一度使ったのは、玄也が増えたからなのか、令子の行動からなのかそれは誰にも、おそらく彼女自身にさえわからない。

「玄也くん、どうして〜〜〜」
冥子は「どうして追ってきたの?」と聞こうとした。自分がそれを望んでいたにもかかわらず、いやだからこそかもしれなかったが。
「ひとりになれる場所なんてこの会場では限られてますかね。もっともあの式神、シンダラでしたっけ?あれに乗っていかれたら終わりでしたが」
冥子は少しの間混乱した。会話がかみ合っていない。が、しばらくして、彼女は玄也が自分の発言の意味を「どうしてここが分かったの」という風に取ったということに気づいた。
そこで冥子は改めて問い直した。すると、玄也は困惑した表情を見せて、
「迷惑でしたか?」
と聞き返した。この答えに今度は冥子が慌てた。
「あ、うんうん。そういうことじゃなくて〜〜〜……」
「?」
「あのね、玄也くんはやっぱり努力することって大事だと思う〜〜〜〜〜?」
「それは…………大事なんじゃないですか。やっぱり」
「やっぱりそう思う〜〜〜?」
「ええ」
「…………あたしね、あたしこの力を見につけるのに皆みたいにほとんど修行とかろくにしたことがないんだ〜〜〜」
「はあ」
玄也は冥子が何を言いたいのかよくわからず適当に相槌を打った。
「ずるいよね」
「????」
玄也はますます混乱した。
「玄也君もさ、そこまでの力を身につけるのに相当苦労したんでしょ〜〜〜」
「それは確かにそうですが…………」
「やっぱり、あたしのこと嫌い〜〜〜?」
「何故です?」
言いながら玄也は冥子の隣に腰を下ろした。
「だって………あたし、才能だけでここまでのし上がっちゃった子だもの」
「……………………冥子さんは確か、六道女学院の出身だって言ってましたよね」
沈黙をはさんだ後武藤は唐突に話題を変えた。
「そうだけど〜〜〜〜?」
今度は冥子のほうが困惑する番だった。
「周りがみんな霊能力者だったりすると気付きにくいですけど、霊能力者ってのはみんな多少個人差があっても才能の上にあぐらをかいてる人間なんです。ぼくが通ってるのは普通の公立校ですけど、みんな他の人は大変ですよ」
「……………」
「だからそんなことで嫌いになったりしません。美神さんや小笠原さんだって一緒です」
「本当〜〜〜?」
「本当ですよ」
「本当に本当に本当に本当〜〜〜?」
「本当に本当に本当に本当です」
「絶対に絶対に絶対に絶対〜〜〜?」
「絶対に絶対に絶対に絶対です」
玄也は冥子の問いによどみなく答えた。
「玄也くん………〜〜〜〜」
「はい」
「ありがとう〜〜〜」
玄也はにっこりと笑って言った。
「どういたしまして」
ひゅうっと風が吹いた。玄也はその風でかき乱された髪の毛を手で適当に整えると立ち上がって言った。
「戻りましょうか。美神さんたちも心配してますよ」
言ってから右手を座っている冥子に伸ばす。
「うん!」
彼女は元気よく答えると片方の手で涙をぬぐいながらもう片方の手で玄也の手をつかんだ。
 太陽が雲間からその顔を覗かせた。

 北風が吹き、横島はその冷たさに身をすくませてジャンパーの襟の中に顔をうずめた。
「ううっ、寒いなー」
すでに美神たち四人が問題の現場に入ってから一時間ぐらいがたとうとしていた。その間に横島は近くにあったベンチに腰を下ろして荷物をベンチの開いた空間に載せて美神たちの帰還を待っていた。
「横島さん、大丈夫ですか?」
そんな横島におキヌは優しく声をかける。彼女はいつもどおりにふわふわとその辺を漂っていた。
「寒いんならその辺の自動販売機であったかい『こおひい』でも買ってきましょうか?」
「あ、いいよ。気を使ってくれなくても。それよりおキヌちゃんは平気なの」
「私は幽霊ですから平気ですよ。心配してくれてありがとうございます」
にっこり笑っておキヌがそういった。心なしか頬が赤い。横島が自分の事を気にかけてくれたのがうれしかったのだろう。
「う、あ、うん」
その笑顔は控えめに表現しても十分に魅力的なものだったので、横島は柄にもなく照れてしまった。出てくる言葉が曖昧になる。

 どおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんん!!!!!

「本日三度目ですね」
おキヌが落ち着いた声で言った。もう慣れっこになってしまったのだろう。
「だなー。一体中で何が起こってんだか」
世間話レベルの気楽さで横島も相槌を打つ。先程二回目の爆発があった後、急に建物が紫色になったのには驚いたが、今では元通りになっている。
「……あれ……………?」
「どうしたの、おキヌちゃん?」
「いや、たいしたことじゃないんですけど……………」
そういいながら、彼女は空中をすべるように移動すると問題の土地に張られている金網のすぐ近くまでやってきた。
「おキヌちゃん。そんな近くにいると危ないよ」
横島も歩いて追いかけながら声をかける。
「横島さん……」
「なに?」
「ここのコンクリートのところ、さっきまで紫色じゃなかったですよね」
「確かそうだったと思ったけど……」
横島がおキヌの覗き込んでる場所を同じように注視すると、確かにそこの地面は紫色になっていた。先程建物を覆っていた色と同じだった。
「どういうことなん………」

 ひゅっ!

 その晩、食卓に着いた冥子はいつにも増して上機嫌だった。
「あのね、お母様。今日はね………」
「GS試験があったんでしょ〜〜〜、フミさんから聞いたわ〜〜〜二位ですって、おめでとう〜〜〜〜」
「そう、それはそうなんだけどね〜〜〜私ね、お友達ができたの〜〜〜〜〜それも三人も〜〜〜〜〜」
「あら、それは良かったわね〜〜〜〜なんていう人たちなの〜〜〜〜」
「えっとね〜〜〜令子ちゃんていう人と、エミちゃんていう人と、それから玄也君ていう人〜〜〜〜」
「!………………………」
「お母様〜〜〜〜〜〜??どうかしたの〜〜〜〜??」
「あ、ううんなんでもないの〜〜〜〜」
冥子は直感で母がウソをついてると確信した。すると、それが顔に出ていたらしく、母はこういった。
「たいしたことじゃないのよ〜〜〜〜〜〜ただ、その令子ちゃんだっけ、ひょっとして美神って言う姓じゃないかしら〜〜〜〜?」
「何で知ってるの〜〜〜〜〜〜!?」
「その子のお母さんとはちょっとした知り合いなのよ〜〜〜〜」
「あらそういうことだったの〜〜〜」
そういって冥子はまた自分の目の前にあるニンジンを攻略すべく、果敢に向かっていった。
 一方母親は娘をごまかせた男にホッと胸をなでおろした。
 彼女が驚いたのは実は『令子』ではなく『玄也』だった。
 玄也といえば思いつくのは一人しかいなかった。
 武藤玄也。あの少年。
 食事が終わって自室に戻ると六道家当主は鍵のかかった机の引き出しから手紙を取り出した。『彼女』からのだ。
(願わくば…………これをあの子、玄也君に渡すことが無いといいのだけれど〜〜〜〜)

「霊体撃滅波!!」

 どおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉんんんん!!!!!

 エミの必殺技が炸裂し、『グラント』は1ミクロン以下にまで粉々にされそして消える。
「それで………一体どういうことなの!?」
「それは………」
詰問口調の美神に対し武藤が何か答えようとしたその時、美神の腰につけていたトランシーバーから声が聞こえた。それはおキヌの声だった。
「み、美神さん、美神さん!!」
「何よ!」
苛立ちを隠さずに美神は怒鳴り返した。よく耳をすますと後ろで横島の悲鳴も聞こえる。が、とりあえず聞かなかったことにした。
「な、何かこっち大変なことになってるんですけど!!」
「どうしたのよ?」
「あの、その何か突然地面の形が変わって襲ってきて………」
やな予感がした。
「どういうこと!?」
「わ、わかりません!……ただ、なんか建物が一回紫色になってそれが普通の色に戻ったとたんにこんなことになって…………」
「何ですって!!」
「え、いや、だから建物の色が普通になったとたんに今度は地面が紫色になって………」
「違う!その前になんていった!?」
「え?建物が紫色になって………」
美神は口にあてていたトランシーバーをゆっくりと下げてから言った。
「やられた!!」
そう、やつらはエミの一回目の霊体撃滅波を受けた後、外壁の外側に移動することで美神たちの目の前から姿を消すことに成功したのだ。そしてそれが先程美神が疑問に思った柱が一本も残ってなかったのに建物が崩れなかった理由でもある。
(でも……そんなことをするのに一体何の意味があるのかしら?)
「ねえ、一人で納得してないでどういうことなのか説明してくれない?」
エミが不満げに聞く。美神が意識を視覚にも与えると気絶していた冥子も復活していた。そこで美神は武藤も含めた三人に自分の推測を語って聞かせた。
「………でも、何でそんなことをしたのか皆目見当がつかないのよ」
美神がそう話を締めくくると、今度は武藤が口を開いた。
「クサナギ」
たった一言で彼のしもべが呼び出される。
「あれをだして」
「了解」
やり取りがかわされてからクサナギの休憩の体が風呂敷が解かれるようにペロンと剥ける。そこには一冊の文書が会った。
「何それ?」
「先程最上階で見つけました。口Iで言うより見たほうが早いです」
そういいながら美神に渡す。エミと冥子も脇から覗き込んだ。
「…………そういうことだったの」
「ちょっと待って敵がこういう反応をしたってことはおたくら、もうやっちゃったわけね」
「もう少し早く気付けばよかったんですけどね」
武藤が弁解するように言った。その時再びおキヌの声がトランシーバーから入る。
「み、美神さん!早く、早く何とかして〜〜!!」
先程よりも今度は大きな声だったので武藤たちの耳にもはっきり聞こえた。
「まさか…………」
「もう始まってるみたいね」
美神が無表情に言う。
「た、大変じゃない〜〜〜このままじゃいずれ東京中に〜〜〜〜〜………」
「それならまだいいんだけどね」
エミが冥子の声をさえぎりながら言う。そして続ける。
「地脈を使えば日本中、いや下手すると世界中に………」
「『グラント』が繁殖してしまう………か」
美神が静かに絶望的な展望を語って締めくくった。


※この作品は、ジャン・バルジャンさんによる C-WWW への投稿作品です。
[ 続き ][ 煩悩の部屋に戻る ]