二つの影が、交錯を繰り返す。
重なり、分かれる影。
一つは闇の上に華麗に着地し、一つは闇の上に無様に倒れ伏す。
倒れた影は、すぐに起き上がった。
再び、二つの影が交錯する。
同じ結果を繰り返す。
「ほらほら、どうしたの? そんなんじゃ、ボクは倒せないよ!」
パピリオの攻撃をかわしながら、リュックはそう、嘲った。
人魔 第十幕
パピリオの苦戦
一、
「うぐっ!」
幾度目になるだろうか。
地面に倒れ、しかしすぐに起き上がりながら、パピリオは思った。
敵――リュックとか名乗った少年――に、彼女は手も足も出ないでいた。
相手は、大して強くはなかった。霊力も自分のほうが上だし、スピードもさほどではない。
ただ、当たらないのだ。攻撃が。
自分の攻撃がすべてかわされる。避けられる。そして相手の攻撃は、まるで吸いこまれるように、自分の体にヒットする。
攻撃の威力自体は強くないので、あまりダメージは受けていないものの……
「不思議かい? パワーもスピードもタフさも、自分のほうが上。なのになぜ、こいつを倒せん。そう思ってるんだろ?」
少し離れた場所で、リュックが腕組をしながら言う。
「そりはね、経験と技術とセンスの差!」
その笑みには、余裕がありありと見て取れた。
「ふん……なめるんじゃないでちゅよ」
口元を拭い、パピリオは言う。
「お前の攻撃なんか、全然効いてないんでちゅから」
「ボクの霊力は君の半分にも満たないからね、そのせいだよ。
でも、小さな攻撃でも、積み重なればダメージは大きい。逆に大きな攻撃でも、当たらなければ意味はないんだよ?」
わかってる? と、リュックは続けた。
「当てれば勝ちって事でちゅね」
「違う違う。当たらないから君の負けって事」
「なめるなと――――言ったはずでちゅよ!」
言葉と同時に駆け出すパピリオ。
激しく、リュックを攻めたてる。突き、薙ぎ、刺し、組む。拳、蹴り、手刀、足刀、膝、肘、踵、頭突き。
「そっちこそ、ボクをなめすぎてる!」
それらすべてを、リュックは華麗にかわしていった。受け、流し、避け、止め――――そして、カウンターで拳を放つ。
避けられず、まともに食らい、パピリオは跳んだ。
「体術ってのは、一番シンプルでわかりやすい戦闘方法なんだ。極めれば、とても強力。しかもオールマイティ。サミュエルやセザールの特殊能力と違ってさ、こうすれば破れるってのは存在しないんだ。
わかる? つまり君は、ボクの体術を上回らない限り、勝ち目はないんだよ」
「く……このっ!」
再び攻めるパピリオ。
「あ〜あ、また力押し。それじゃダメだって何度言ったらわかるのさ」
繰り出される拳をかわし、喉に肘を叩きこむ。
動きが止まった瞬間、間髪入れずに、腹に掌底。顎が出てきたところにアッパーカット。
「…………」
がくりと膝をつくパピリオ。
「はっきり言ってあげようか? キミ、弱いよ」
弱者を見下ろし、リュックは冷たい声で嗤った。
二、
「どうした、ベスパ?」
群がる雑魚ども――――将棋やチェスの駒の姿形をした自動人形たち――――を屠りながら、大竜姫は言った。
「いや……パピリオ、大丈夫かなと思ってさ」
明後日の方向を向きながら、答えるベスパ。その間にも、腕は人形を破壊しつづける。
「普通なら、あんな奴らなんでもないだろうけど。
でも、あいつらには、なにかある。霊力だけじゃわからない、何かを感じたんだ。不気味だった」
「ふむ。儂も同じ風に感じた。敵の本拠地に乗り込んだというのに、あの言動。絶対の自信から来る言動じゃ。あやつらは、わしらに勝てると確信しておる」
「この雑魚どもも、その一つかい?」
「恐らくな。時間稼ぎじゃろうて。あやつが、横島忠夫の元へたどり着くまでの。
しかし裏を返せば、それは、わしらとは戦いたくないことの証明。つまり、わしらならば勝てると言うことじゃ」
「なるほど。なら、チンタラやってる場合じゃないね。
退きな、大竜姫! 一気にケリをつけてやる!」
ベスパは自分の霊力を高めた。
「あんたらの相手を、してる暇なんざないんでね!」
キュドア!
大竜姫の退避を確認すると、溜めた霊力を両手から一気に放出する!
その高出力の霊波の前に、意志なき人形は紙の如く千切れ飛び、消えていった。
「……相も変わらず、ものすごい霊力じゃのう」
半ば呆れながら、大竜姫は言った。あれだけいた人形を、ベスパは一瞬にして片付けてしまったのだ。
「へへ。あんたにそう言われるのは、なんか照れるね」
「謙遜せずともよい。わしには、これだけの霊波は放てぬ。 先に行くぞ」
「あ、ちょっと、待てよ!」
敵を滅し、出口をくぐる。
「よし。これで、通常空間へと復帰し――――!?」
「どうしたい、大竜――――な!?」
そこで二人は、驚きに足を止めた。
三、
「うぐっ!」
幾度目になるだろうか。
地面に倒れ、パピリオは思った。
こうして、何度地面に倒れただろう。そのたびにすぐに起きあがり、相手に向かっていった。
だが、今はもう――――
「はぁ、はぁ…………ぐっ!」
攻撃を食らいすぎた。ダメージが蓄積して。
立てない。
「戦いを始めて、かれこれ一時間か。よくがんばったねぇ」
悔しさに、パピリオは涙しそうになった。立てない自分。傷一つない相手。
同じだ。南極のときと。
自分はあれから、何一つ成長してないというのか?
「泣くことはないさ。君はよくがんばった。前言撤回してもいい。キミは弱くないよ」
リュックが近付いてくる。全力を振り絞って、なんとか――――なんとか、立ちあがった。
「惜しかったね。キミがもっと戦い方を知っていれば、結果は違ったかもしれない」
立ちあがるだけではダメだ。パピリオはさらに、両腕を前に突き出した。
その先端に、霊波が収束していく。
「へえ。すごいや、まだそんな芸当ができるなんて」
おどけたように言うリュック。構わず、パピリオはすべての霊力を込め――――
「食らえ!」
放った。
「……足りないよ」
渾身の霊波が、リュックへと牙を剥く。
「そのパワー……」
かわすリュック。
「スピード……」
パピリオに向かい、駆ける。
「力が、キミの強さが……」
その掌底は、パピリオの胸に吸い込まれるように消えて――――
「……足りない」
そして、パピリオは崩れ落ちた。
四、
出口の外で、大竜姫たちが見たもの。それは――――
「おいおい……ウソだろう?」
広がる、先程と同じ空間。
その中に群がる、人形ども。
「多重異空間か。厄介な」
「敵さん、本気で足止めにかかってるってわけか。まずいね」
目の前の人形たちを片付けるなど、二人にはわけのないことだった。
全力を出せば、先程のように一撃でケリがつく。
だが、後に控える敵を考えると、これ以上の消耗は避けねばならない。全力は出せない。
だからといって、消耗を押さえて戦えば時間がかかる。それこそ敵の思う壺だ。
全力は出せない。だが、時間はかけれない。
ジレンマ。
「くそ!」
「やるしかない。空間の裂け目を探して戻るより、こやつらを片付けたほうがはるかに早い」
「このあとにまだ、同じ空間がなけりゃあね」
「……それでもじゃ。容易に見つかる場所に裂け目を作るほど、奴も愚かではない」
「…………わかったよ」
溜息をつくベスパ。人形どもを睨む。
「とりあえず、お前たちでストレス発散、させてもらうよ」
「もう全力は出すな。あとに響く」
「当然」
そして二人は、破壊を振りまいた。
五、
妙神山修行場門前。
倒れ伏す、鬼門たち。
「まったく。鬼如きが僕に敵うわけないじゃないか」
岩に腰掛け、余裕で呟くリュック。
「……ふん。大竜姫たちは第二陣も突破したか。このままじゃ、最終陣もすぐに突破されるね。ま、知ったこっちゃないけど……ん?」
その出現に、リュックはいささか面食らった。
虚空から現われる、血まみれの人物。
立つことも叶わず、そのまま地に伏せる。
小竜姫。
「…………なるほど。サミュエルを倒したか。意外だなぁ」
言ってから、首を振る。
「いや、彼女がそれだけ、強かったと言うことか。あるいは所詮、あいつは研究者だったと言うことか。
ま、どうでもいいや。ちょうどいいから――――パピリオ」
呼ばれ、現われる影一つ。
パピリオ。
リュックは小竜姫を指差し、一言呟く。
「殺しな」
意志なき瞳で、パピリオは行動する。
小竜姫の前に降り立つ。
意識も定かでない師匠に向かい、振り上げたその腕を――――
ためらうことなく、振り下ろした。