月夜。
 ボロアパートの一室。
 虫の歌声が木霊する薄闇の中、マリアは静かに、窓から夜空を見上げていた。
 彼女の主であるドクター・カオスは、すでに夢の世界の住人である。豪快にいびきを掻きながら、シャツの上から胸をかきむしっている。
 アンドロイドであるマリアは、正確な意味では眠らない。
 バッテリー節約のために夜になると待機モードに入るのだが、今宵、マリアは眠る気にはなれなかった。
 マリアは黙って、月を見上げる。
 月明かりがセンサーを刺激する。その薄い光に、マリアの白い肌が蒼く照らし出されている。
 月を見つめるマリアは、しかし月を見てはいない。
 マリアは、自分のメモリーから数日前の映像を引っ張り出していた。
 自分と、『横島』の戦いの映像を。
「……なにも・役に・立てなかっ・た…………」
 マリアを支配するのは、その想いただ一つ。
 ロケット・アームも、エルボー・バズーカも、クレイモア・キックも、『横島』にダメージを与えることはできなかった。
 それどころか、結果的にとはいえ、『横島』の戦闘力を向上させるのに一役買ってしまったのだ。
 そして、『横島』の動きをセンサーが捉えられず、攻撃になんの対処もできなかった。『横島』の動きをメモリーに記録し、情報を提供することすらできなかったのだ。
「…………アクセス…………」
 メモリーからの画像を止め、マリアは上空をかける人工衛星にハッキングした。
 衛星を通して、地上の別地点をサーチ、映像を視覚へと回す。
 しかし、結界の中の妙神山を見ることは叶わなかった。
 ハッキングを解除する。視界には、薄く光る月。
 なにもできなかったあの日。なにもできない今。
 月明かりに責められるように、マリアは俯いた。
 しょせん、自分は機械でしかないのだろうか?
 そんな想いが、彼女の中を駆け巡っていた。
「……横島・さん……………」
 その夜、彼女は眠ることができなかった。
※この作品は、桜華さんによる C-WWW への投稿作品です。 
[ あとがき ][ 煩悩の部屋に戻る ]